西へと向かう後部座席の後ろでは、めずらしく悟空が真ん中に座っていた。

暖かな日差しに誘われてうとうとしているの横で、悟空と悟浄がカードの興じていた。

「あッ!ちょいタンマ!!テメェ今カードすりかえただろ!?」

「てねェよ!目のサッカクじゃねーのー?」

「じゃあ今捨てたカード見せてみろよッ」

「ケッ、ヤダね」

「っ!このエロ河童ぁ!!」

「ああ?!やるかチビ猿!!」


「...みょ?」

「やらいでか!!」

「...にゅ?」

2人の怒鳴り声に起こされたが、寝ぼけた声で2人を交互に見る。

当然のことながら、状況がまだ理解出来ていないに2人を止めえられる訳がなく、悟空と悟浄はジープの後部座席で取っ組み合いを始めた。

「は?えっ?何!?」

「降りてやれ!降りて!!」

「今日もまた賑やかですねぇ」

「2人とも、こんな狭いところで!」

「あっバカ!危な『ゴン』...!」

悟浄に押された悟空が、八戒の腕とジープのハンドルに衝突した。


   ズル!   グラッ


「え?」

「あら?」

「うお?」

「!!」

「どわあぁあ!!」


    ザボン!!


「...ぷはあッ」

「だぁあ、冷てえッ」

ハンドルがずれたジープは、タイヤを滑らせて川の中へと突っ込んだ。

「.........」

「ジープ大丈夫ですか?」

「ピィー」

「エンジンに水が入らなくて良かったですね」

「おいッ!てめーのせいだぞ、このバカ猿!!」

「何でだよ!元はといえばお前が...」


  ザブン!


「死ね!このまま死ね!!」

「「がぽごぽご...」」

「...5分くらいなら平気じゃないですか?」

「くす くす くす」

聞こえてきた笑い声に5人が声のしたほうを振り向くと、洗濯籠を抱えた女性が笑っていた。

「あ...ごめんなさい。あんまり楽しそうだったから、つい...」

「俺をこいつらと一緒にしないでくれ」

「もしかして洗濯にいらしたんですか?スミマセン、水を汚しちゃって」

「ごめんなさい」

も八戒に続いて、申し訳なさそうに女性に謝る。

「...それより、どーすんだよ。替えの服までズブ濡れじゃんか」

「ずぶ濡れの原因は、悟空と悟浄の取っ組み合いでしたけどね」

「...あ、服を乾かすならウチの村まで来ませんか?笑っちゃったお詫びに熱いお茶でも」

「良いんですか?」

「ええ」

「お願いします」






体を拭いて着替えた5人は、女性の待つ部屋へと入った。

「あ、タオル足りた?」

「助かりました。スミマセン、服までお借りして」

「ううん、サイズが合ってよかった。でも、貴方にはちょっと大きかったみたいね」

「裾を折れば着れますから、大丈夫ですよ」

「そう?よかった」

女性がそう言ったとき、家のドアが力強く叩かれた。

旬麗(しゅんれい)!あたしだよ。入っていいかい?」

「あ、おばさんだ!どうぞ!!」

旬麗が声をかけると、大きな鍋を抱えたおばさんが家の中に入ってきた。

「お隣の(パン)おばさん。料理が凄く上手いんです」

「お昼ごはん作ってきたよ!皆で食べとくれ」

「うまそー!!これ全部食っていーの!?」

「ああ、もちろんさ」

鍋を覗き込んで目を輝かせる悟空に、は苦笑を漏らした。

「オヤまあ、色男ぞろいじゃないか!!あたしもあと10年若ければねぇ」

「20年の間違いでしょ、オバチャーン『ぴこん!』でッ!」

「女性に対してそんなこと言ってはいけません。すいません、悟浄が失礼なことを...」

「あはは、気にしちゃいないよ!坊やも、きっと将来女の子にモテルだろうねぇ!!」

「悟浄よりモテルのは確実だよな?」

「ンだと、この猿!!」

「まあまあ」

「人様のお家で暴れないで下さいね」










    第九話    赤い髪










「へぇ、じゃあアンタ達は西へ向かってるのかい。この村はいい所だよ、しばらくいるといい」

「少々訳ありでな。先を急いでいる」

「いいさ、若いうちは旅をするもンだ。それにね、アタシはアンタ達に感謝してるのさ」

「感謝?」

「ああ...何せ、旬麗の笑顔なんて久しぶりに見れたからね」

「...え?何それ?マジで?」

「旬麗にはねえ、そりゃあ仲の良い恋人がいたんだよ...だけど彼は、妖怪だったんだ...人間と妖怪...異種間の交わりが禁忌とされてることくらい、アタシらだって知ってたさ。だけど、2人とも働き者の良い子でね。村人は誰もが2人を祝福していたよ」

懐かしそうに話していた半の顔がふっと曇る。

「...だけど、それも1年以上前の話さ。アンタ達も知ってるだろう?世界中の妖怪達が急に凶暴化したことを...1年前、村の妖怪達全てに異変がおとずれた。彼もその1人だった...完全に自我をなくす前に...って、旬麗を振り切って飛び出してっちまったのさ。そして、それっきり帰ってこなかった。旬麗はその日から笑顔をなくしたんだ...」

「...じゃあこの服は、その方の物なんですね」

5人は自分達が着ている服に目を落とす。

「...きれいに洗濯してあるだろう?」

「そういえば先ほど会ったときも、男物の服が入った洗濯籠を持ってらっしゃいました」

「あの子は...旬麗は恋人がいつでも帰ってこられる様に、寂しさをまぎらわす様にいつもああやって洗濯してるのさ」

「...本当に大切な人の服なんですね...私たちに貸して下さったこの服は」

「ああ、そうさ。その大事な服をアンタ達に貸したのも、『笑ったお詫び』じゃあなくて、笑顔を与えてくれたお礼なんだろうよ。あたし達はね、茲燕(じえん)が生きてることを願うばかりだよ」

「『ジエン』...!?その男『ジエン』ってのか!?」

半が旬麗の恋人の名前を言った途端、悟浄が勢いよく立ち上がる。

「ああ、そうだよ。いなくなる4年程前にこの村に来たからね。本名かどうかは知らないけど...何だ、知り合いかい?」

「...いや、どうだろうな...」

「...?」

言葉を濁した悟浄に、八戒はしょうがないといった感じでため息をつき、他の3人は不思議そうに悟浄を見た。






「あれ?悟浄はぁ?」

「2人だけですか?」

部屋に入ってきた悟空とが、悟浄の姿が見当たらないことに疑問の声をあげる。

「さあ?便所じゃないか?」

「げ!何コレ!?」

「あのおばさんがどうしても一晩泊まってけって...修学旅行じゃねえっつーの」

「あはは、ぎっしり...」

「ま、お世話になったことですし、お言葉に甘えましょう」

「?、寝る場所が4人分しか見当たらないんですけど?」

「...は誰かとおんなじ布団で...とか?」

「......マジですか」

呆然とするに、3人が哀れんだような目を向ける。

「あはは、まあ今回だけですから」

「.........はい」

笑顔でフォローを入れる八戒に、は諦めたように頷いた。

が頷いたあと、悟空が八戒のとなりにドサッと腰掛ける。

「...なー、八戒いい加減教えてよ。前っから悟浄が探してる『ジエン』ってのは何者なんだ?」

「僕もおトイレお借りしますか」

「「本持って(です)か?」」

ばっくれんなよッ!!悟浄のこと知ってんのは、一緒に暮らしてたお前だけじゃん!」

八戒は悟空の言葉に困ったように笑う。

「本人に直接聞けば...」

「ぜってー嫌「じゃあ、行って来ます」...?」

「話したくなったら悟浄も話すでしょうし、話す必要が無いと思って話さないならそれまでのことですし」

「...だけど何か...俺何にも秘密とかねーのに、アイツにあるのってズルイじゃんか」

「?、そうですか?」

「...ガキ?」

「悪かったなガキでよ!!まだ未成年だもんよ」

「...まあ、悟浄の暴露話は私が行ってからにして下さいね。わざわざ口に出さないようなことを、他の人から聞くのもなんか嫌ですし」

そう言っては部屋から出て行った。

よりガキだな」

「ぐっ...!」

「...まあ、悟浄に口止めされてませんしね」

八戒はが出て行ったあと、ひとつため息をつくと悟浄について話し出した。






「悟浄いますか?」

は声をかけながら、センサーで見つけた悟浄がいる部屋のドアを開けた。

「......あ」

「...え?」

「...............悟浄...」

が部屋のドアを開けると、旬麗が涙をこぼしながら部屋の壁に背をあずけ、悟浄がそれを上から覗き込むような体勢になっていた。

「.........泣かせたんですか?」

「え!いや、コレは!!」

「...泣かせる気はなかったんですか?」

「あ、ああ」

「でも、泣かせたんですよね?」

「うっ...」

「......くすくすくすくす...」

「?、旬麗さん?」

無表情になって悟浄を問いただすと、の言葉にあたふたする悟浄を見て、旬麗が笑い声を上げる。

「大丈夫よ君。悟浄さんは私を慰めてくれただけなのよ」

「そうですか」

「...おい、俺のときと態度が違うじゃねぇか?」

「悟浄は女性に対するように接して欲しいんですか?」

「...遠慮する...」

の言葉に、悟浄は脱力しながら返事を返す。

「そういえば君、悟浄さんに用事があったんじゃないの?」

「ありましたね」

「あ?何だよ?」

悟浄が尋ねたとき、窓の外を見た旬麗が驚いたように声を出す。

「あ、私洗濯物取り込まなきゃ!」

「手伝いますか?」

「ううん、大丈夫よ。用事もあるんでしょう?あ、お茶は自分で入れてもらえる?」

「分かりました」

「ごめんね」

そう言って旬麗は、パタパタと小走りに部屋を出て行った。

「で?」

「話を聞きに来ただけですよ」

「あ?話?」

「悟空が悟浄が探している『ジエン』という方が気になったようで、私も少し気になったので聞きに来ました」

「...悟空が今頃八戒に詰め寄ってんじゃねぇの?」

「そうでしょうね」

「『そうでしょうね』って、分かってんなら...」

「八戒の場合『話さない』という選択肢はなくなるでしょうけど、貴方に聞く場合なら『話さない』ということも選択可能です」

「...それで良いわけ?」

「話したく無いことを、無理に話させるなんてバカらしいでしょう?それに、本人が話したくないことを無理やり聞きだすのは『拷問』というんですよ」

「...猿に見習わせたいぐらい、大人だねー」

悟浄はの言葉にふっと笑みを浮かべると、ドアへと歩き出した。

「場所変えようぜ。旬麗が聞いたりしたら、また泣かせちまうかもしんねぇからな」

「...また泣かせたら、隣のおばさまに言いつけますからね」

「げっ!それはやめろ!!」

2人は旬麗に声をかけてから、川のほうへ歩いていった。






悟浄は川の淵まで来ると、草の上に座り込む。

も悟浄の隣に腰を下した。

「...俺の髪と目、色が赤いだろ?」

「そうですね」

「昼間おばちゃんが言ってただろ?人間と妖怪の交わりは禁忌だって...この赤はな、禁忌の色なんだよ」

「.........」

「人間と妖怪の間にできた子供は、赤い髪と瞳で生まれるんだと...俺の場合は親父が妖怪で、その愛人の人間が俺のお袋だったんだよ。まあ、お袋がすぐに死んで、親父の本妻に引き取られたんだけどな...まあその人にしたら、愛しい男を奪った女の子供だから...いろいろな」

「.........」

「『ジエン』ってのは、母さん...本妻の子供なんだよ。いっつも俺のことかばってくれてな...俺が母さんに殺されかけたとき、兄貴が母さんを殺して俺を助けた...その後兄貴は姿を消してそれっきり...だな」

「.........」

「まあ、面白くもなんともねぇ話だがな」

「......へぇ」

「...そんだけかよ?」

悟浄の話にほとんど反応を示さないに、悟浄が呆れたような目を向ける。

「何か言って欲しいんですか?」

「あー、まぁ、どー思ったかぐらいは...」

「正直な感想で良いんですか?」

「ああ、かまわねぇよ」

はそうですかと言って頷くと、悟浄のほうを向いて座りなおす。

わざわざ自分の方を向きなおすに、悟浄の緊張が高まる。

ムカつきました

「............は?」

いきなり言われた言葉に悟浄が疑問の声をあげると、は一気に理由を話し始めた。

「こっちの基準がどうだろうと私にはまったく関係無いんですけど、赤い髪を否定するような考え方は非常にムカつきました。赤い髪だから禁忌だなんて『あったま悪いんじゃ無いですか!』と叫びたくなるくらいムカつきました私の母親の髪の色がそんな風に思われていることにもムカつきましたし、そう思われてることをあっさりと許容している貴方の言動にもムカつきました!

「......ははおや?」

「血はつながってませんけどね」

の『ムカつきました』の連続にも驚いたが、の口から出た思いがけない言葉に悟浄はポカンと口を開けた。

「...えーと、母親ってどういう意味で?」

「廃棄処分になりかけていた私を拾って、私を自分の子供だと言ってくれた人です」

「なっ!廃棄処分って!!」

「私は機械ですよ。作った人達が必要ないと考えれば、捨てるのが当たり前でしょう?」

「お前それでいいのかよッ!」

「結果的にスクラップにならなかったから、今はそんなこと気にしてませんよ」

「だからってなぁ...」

「それに悟浄が禁忌だって言うなら、私も似たようなものですよ。製造禁止になってないとおかしい機体ですし...ロボット3原則に違反しまくってますからねぇ」

「あ?なんだそれ?」

.ロボットは人間に危害を加えてはいけない、.ロボットは1条に反しない限り人間の命令を聞かなければならない、.ロボットは1・2条に反しない限り自分を守らなければならない...1番重要なのは1条ですね」

「...確かにそんなもん守ってねぇな」

の言葉に納得したように頷く悟浄に、はそうでしょうと言って微笑む。

「しっかし...お前の母親なぁ...」

「?、何ですか?」

「いや、お前がおんなじ赤い髪だからって理由だけで、あそこまで『ムカつく』を連発させる母親ってどんなんかなぁと...」

「...見てみますか?」

「あ?写真でもあんのか?」

「写真じゃなくて...ちょっとした裏技ですね。で、どうしますか?」

「あー...見てみてぇかも」

「そうですか。では、『贋物の本物《パーフェクト イミテイション》 object『アサヒ』』」


   ふっ


「なっ!!」

「容姿はこんな感じですけど...美人でしょv」

アサヒの姿でにっこりと笑うに、悟浄はポカンと口を開けたまま見入っている。

「?、おーい、どうしたんですかー?」

「...お前、マジでかよ...」

「まあ、中身は」

「はぁ、こんないい女が人妻...」

「アサヒさんは独身ですよ」

「えっ!マジ!!」

ため息をついていた悟浄がパッと顔を上げると、はにっこりと悟浄に笑いかけた。

私、悟浄が父親になるのは嫌です

「おいっ!」

「というか、そう簡単にアサヒさん狙いの男の人を、私が近づけさせるわけ無いじゃないですか」

「......マザコン?」

「ありがとうございます」

「いや、褒めてねぇって!」










あとがき

最遊記第九話終了です。
主人公のマザコン振りをここでも発揮しちゃいました!

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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