ドスッ!!


「...さてと、寝込みを襲うなんて不躾な方ですねぇ」

八戒は気絶させた妖怪を見下ろしながら、手の汚れを払った。

そこへ悟浄が少し乱暴にドアを開けて部屋に入ってきた。

「おい!いるか八戒!?」

「悟浄」

「...ああ、やっぱお前ン所にも来たか...なぁ、こいつらが言ってる『紅孩児』ってのはいったい何者なんだ?」

「確か、牛魔王と正妻・羅刹女の1人息子だったと思います。五百年前牛魔王が討伐された際、紅孩児も西域・吠登城に封印されたはず...彼の封印を解いた者が今回の事件に関わっている可能性は高いですね」

「ま、つまり『とにかく西へ行けや』ってこったろ?」

「吸い殻、その辺に捨てないで下さいね」


  ドン!!


「うわッ!?」

2人が話している途中に、宿が衝撃音と共にグラグラと揺れた。

「そうだ、他のやつらは?」

「三蔵とは離れの部屋です!悟空は隣の...ドゴォ!...っと」

八戒が悟空の部屋に行くために廊下へ出ると、悟空の部屋の中から飛んできた妖怪によって、部屋のドアが吹き飛ぶところだった。

「大丈夫ですか?悟空!?」

「...何〜、もう朝メシ?」

「...いえ、残念ながら...」








3人がそれぞれ奇襲を受けていたころ、と三蔵は身動きが出来ない状態にされ、自分達が倒した妖怪に髪の毛を掴まれて顔や体を殴られていた。


     ドゴッ!
  
            ガッ!!  ビチャ

  ガキッ!
         ドガ!!

   ゴッ!



「...その辺でやめておきな」

女の言葉にと三蔵を殴っていた妖怪達が、舌打ちをしながら掴んでいた髪の毛を放す。

 
  ゴドッ
   
    ドサッ



「ふふ、2人ともいい眼ね。人間にはもったいないわ。ねェ、徳の高い坊主の肉を食べると、寿命が延びるんですってね。最も妖怪社会の中での言い伝えだけど。最高僧の証たる『三蔵』の称号を持つ者となれば、不老不死くらいもたらしてくれるかしら?それに、柔らかい子どもの肉は久しぶりだわ」

そう言って女は、と三蔵のあごを掴んで持ち上げた。

「近くで見るとキレイな顔してるじゃない。おいしそうだわ、ボウヤたち」

「...近くで見るとシワまみれだな、クソババァ」

「...年増(としま)=さかりを過ぎた女性」


    ガンッ!!


「ぐッ」「ッ!」

2人の言葉に怒った女が、床に2人の頭を叩きつける。

「調理法が決まったわ!!ミンチにしてあげる!見る影もないくらいズタズタに引き裂いて『ヒュォ...ザシュ』!?」

女と2人の間を三日月形の刃が通って行き、2人に自由を奪っていた糸が切断される。

「やめとけ、やめとけ、そんなボーズ。硬ーし、生臭ーし。もう1人は、そこの坊主よりも硬ーぜ」

「煮ても焼いても食べられない人達ですからv」

「余計なお世話だ」

「...ありがとうございます?」

は悟浄と八戒の言葉に何と言って良いのか分からず、首を傾げながらとりあえず礼を言った。

「なんでそこで首を傾げるんだ?」

「...ありがとうございます」

「別に言い直さなくても...」

と悟浄が話をしている間に、糸を引きちぎり経文を肩に掛けた三蔵が悟浄に目を向ける。

「...礼は言わんぞ」

「あんたに、そんなもん期待しちゃいねーよ。『借り』は返すもんだろ?」

「当然だ」

そう言って三蔵は袖を翻らせて、妖怪たちに向き直った。









    第六話    茄陳(コーチン)の町 2









「何を悠長に...この人質がある限り、貴様らに手は出せまい!」

「じゃ、返してもらいましょうか」

「同感です」

「なッ...!!」

朋茗を抱えていた妖怪の後ろに回り込んだが妖怪の腕をひねり上げ、八戒が朋茗を抱き抱える。

「あうッ!」

「相手との距離が分かっている状態なら、後れを取ったりしません」

「よいしょっと...という訳で、人質は無事保護致しました。ゲームは互角(イーヴン)でなきゃ」

「くっ!!『ピィィ』」

女の指笛で、散らばっていた妖怪達が女の周りに集まる。

「殺っておしまい下僕達!!」

女の言葉で妖怪達が一斉に襲い掛かってきた。

「料理の上手な奴を人質にするなんざサイテーだぞ!バッキャロー!!」

「餌付けされてんじゃねーよ」

悟空の言葉に、三蔵と悟浄が呆れた目を向ける。

「如意三節棍!!うおるらぁあ!!ゴッ!!

悟空が妖怪たちに躍りかかったのを見て、悟浄がニヤリと笑みを浮かべる。

「いいねェ。気持ち良さそーじゃん」

悟浄は錫杖についている刃を操り、目の前の敵を細切れにし、八戒も朋茗を抱えながら応戦する。

「しつこいですね...必殺っっ『害虫駆除』!!」

   ゴオォォ...

「...(無限の武器庫《インフィニット グローブ》)処刑鎌 ...」

       ザンッ!

も八戒の近くで、襲ってくる妖怪達の首を具現化した鎌で落としていく。


「チッ!どいつもこいつも役立たずが...!!」


   ゴッ!


離れた戦いを見ていた女の顔を、三蔵が横から殴り飛ばした。

三蔵は倒れた女を見下ろしながら口を開いた。

「さっきはどーも。利息は高いぞ」

女は床に倒れながらも、口元に不敵な笑みを浮かべて三蔵を見返した。

「おナメじゃないよ、タレ目のボウヤ」

女がそう言った途端、女の体が変化し始めた。


        メキョ

  メキッ        バキ

                 メキョ
 
      ボゴッ



女の変化に気づいた八戒が、驚きの声を上げる。

「まさか、メタモルフォーゼ!!」

「あ!?」

八戒の声に戦っていた、悟空、悟浄も女を振り返ると、そこには巨大な蜘蛛がたたずんでいた。

(((((!!)))))

「うっわーーー!マズそう!!」

「いいねオマエ、そーゆー思考回路で」

「面影は年増っぽい所だけですね」

「オマエも、どーゆー思考回路してんの?」


   バシュ!


「!」

「どわっ!!」

巨大化した蜘蛛の吐き出した糸で5人の手や足が絡め取られた。

「おい!切れねーぞコレ!!」

「変化のおかげで妖力増強してやがる」


   ザンッ!


は処刑鎌を回転させて巻きついた糸を断ち切った。

それを見た悟空が、自分の糸を切ってもらうためにに声を掛ける。

こっちも頼バシュ!!...げっ!」

「......くっ」

しかし、糸を切られた蜘蛛はの武器を封じるために、大量の糸をの腕と処刑鎌に巻きつけた。

悟空の倍以上の糸に巻きつかれ、も処刑鎌を動かすことが出来なくなった。     

は糸を切るよりも大元を叩いた方が良いと考え、いったん武器を消した。

「ん...きゃっ...!?」

そのとき八戒に抱えられていた朋茗が眼を覚まし、驚いて声を上げる。

「あー、起きちゃいましたか。すみませんねぇ、巻き込んじゃって」

「え?」

「少しガマンして下さいね」

「ひッ...きゃあぁあぁあ!!?いゃあぁああ!!!

目の前にいる大蜘蛛に朋茗が悲鳴を上げたとき、達に向かって蜘蛛がさらに糸を吐き出した。

そのうちの数本が八戒の首へと絡みつき、首を締め上げる。
        
「ぐ!!く...ッ!」

「っ!八戒!(無限の武器庫《インフィニット グローブ》)投げナイフ×5!」

「きゃあああ!八戒さん!!」


     パァン

 ぎゃあぁあああぁああぁあ...


が八戒に絡み付いている糸に向かってナイフを投げる寸前、部屋に銃声が響き渡り、銃弾が蜘蛛の目をえぐった。

「あ、切れた」

「げほ!がはっ!」

「無事か朋茗!!」

「お、お父さん!?」

「親父さん!」

部屋の入り口から右手に拳銃を持った宿屋の主人が、息を切らしながら入ってきた。

宿屋の主人と朋茗は抱きしめ合ってお互いの無事を確認する。

「おい、お前の銃じゃんよ...S&WのM10」

「拾い物にはお礼一割だな」

「眼を正確に打ち抜くあたり、いい腕してますよね」

ヒィッ...」

話の途中で倒れていた妖怪が悲鳴を上げる。

不審な蜘蛛の動きには首を傾げ、三蔵が舌打ちする。

「見るな!朋茗!!」

「え?」


       バリッ    ブシュ

   メキョ     ボキッ

     グチョ     ゴキュ
       
         ビチャ




「仲間を...喰ってやがる!?」

「妖力を取り込んで、傷を修復してるんです」

「...それで生きている妖怪を狙ったんですか...」

「男を食らう...か。まさに蜘蛛女だな」

嫌悪感を顔に浮かべて蜘蛛を見据えている達とは違い、朋茗の体は恐怖で震えていた。

そして恐怖に耐え切らなくなった朋茗が、耳を塞ぎながら悲鳴を上げる。

「...い...いやあぁああ!!嫌い!大ッ嫌い!!妖怪なんて...妖怪なんて!!死んじゃえばいいんだ!!

「!悟空!!」

朋茗の言葉に注意が反れた悟空に、蜘蛛の足が襲い掛かる。


  ガッ!!


「ッ!!」

「...!!おわっ!


   ドゴォ!!


「悟空!!!」

はとっさに悟空と蜘蛛の間に入り込んだが、蜘蛛の足の勢いに押されて悟空と共に床に投げ出された。

妖力を喰らい傷を癒した蜘蛛は悟浄にも襲い掛かり、今度は宿屋の主人と朋茗に狙いを定める。

「!!」


  ガッ   ゴト

 ギャオァアア...


「ってー」

「ご...悟空さん」

「大きいだけに、無駄に馬鹿力ですね」

、怪我は?」

「大丈夫です」

2人に向かって振り上げられた足を、悟空が如意坊で切断し、2人を背にかばうようにして立ちはだかる。

悟空と一緒に弾き飛ばされたも、服についたほこりを払いながら八戒のところまで歩いてきた。

「いー加減にしろよテメェら!この人たちは関係ねぇだろうが!!」

「...ボウヤこそ、何故そこまで低俗で無力な人間なんぞに味方する!?ボウヤ達だって、もとはと言えば...我々と同じ妖怪じゃないか!!」

妖怪の言葉に朋茗がショックを受けた顔で悟空たちを見る。

「...るせーや。人間だとか、妖怪だとか、そーゆーちっちぇえことは、どーでもいいんだよッ!ただ、飯がうまかったんだ。そんだけ!!

「.........」

悟空の率直な言葉に、朋茗たちは驚いた顔をし、は苦笑を漏らした。

「いやはや、実に悟空らしい言い分ですねぇ」

「でも、分かりやすいと言えば分かりやすいですよ」

「けっ、動物的本能だな」

「この、おろかな裏切り者どもが!!喰ってあげるわ!!」

「八戒とは朋茗たちを頼む。悟空と悟浄は少し時間をかせげ。俺が奴の動きを封じる」

「っしゃ!」

「こっちだ蜘蛛女!!」

悟空と悟浄が蜘蛛の動きを撹乱し、三蔵が経文を読み上げていく。

「貴方達は一体...?」

「話すと長くなりますが、妖怪の暴走には原因があるんです。どうか忘れないで下さい...種族の違いに隔てなど無いことを...」

は八戒と朋茗の話を聞きながら、投げナイフを構えて蜘蛛の動きを見据えていた。

程なく三蔵の経文に取り囲まれ、蜘蛛が動けなくなると、止めをさすために悟空が飛び掛る。

「いっけぇ如意棒!!!」


   ドン!!!


止めをさされた蜘蛛は大きな音と強い光と共に消え去り、部屋の中には息絶えた妖怪達の死体だけが残されていた。







翌朝、日が昇って間もないころ、すでに5人はジープに乗り込んでいた。

「...もう行くのかね」

「ええ、長居するわけにもいきませんし」

「迷惑かけちまったな、親父さん」

「ははは、大丈夫さ。さして損害もひどくはないしな」

「ひとつお聞きしてもいいですか?あなたは僕らの正体を知っても、あまり動じてなかった。もしかしたら、はじめから気付いて...?」

「ああ、なんとなくね。『気』で分かるのさ。古い友人に妖怪がいてね...親友だった...『あんた達なら、この壊れかけた世界を何とかできる』そう感じたんだが、違うかね?」

「案ずるな。『借り』は返す主義だ」

三蔵がそう言ったとき、宿の中から朋茗が包みを抱えて出てきた。

「お弁当...作ったんです。あの...良かったら、みなさんで...」

「おう、さんきゅ!!」「ありがとうございます」

笑顔で礼を言うと悟空に、朋茗が何か言いたげに顔を上げた。

はそんな朋茗を見て、見た人を安心させるようなふんわりとした笑みを浮かべる。

「それじゃあ、これで」

「気をつけてな」

「はい」

宿屋の主人と朋茗に見送られて、ジープは西へと走り出した。







西へ向かうジープの上で、三蔵が宿でのことを真剣な顔で話をしている。

「...やはり、直接的な刺客が送り込まれてきたか」

「悟浄!それ俺のシュウマイ!!」

「牛魔王の蘇生、紅孩児という人物、今のところ謎の部分が多すぎますが、事は思った以上に大きいようですね」

「ポテトサラダ独り占めしてんじゃねぇ!」

「.........」


「そうだな...だがそれ以前に」

「だからそれは俺のロールキャベツだって!」

「てめっ!肉ばっか食ってんじゃねー!」

「テメェこそ、おかかむすびばっか食ってんじゃねーよ!!」

「サルサルサルサルサルサル!

「エロガッパエロエロエロ!


「.........」

に弁当箱を抱えさせて、両脇から弁当のおかずを取り合っている悟空と悟浄に三蔵が青筋を立てる。

「後ろのバカ2人は、どーにかならんのか?」

「同感です」

「どうにかなるならお願いします」

両脇の2人の行動にうんざりしたように言うに、三蔵が青筋を立てたまま振り返る。

「没収だ、没収!!よこせッ」

「はい、どうぞ」

「うわっ!俺のナポリタン!!」

「って、おめェ食ってんじゃねえかよ三蔵!!」

「絶品ですからねぇ、このから揚げ」

「まだ私にお弁当持たせてる気ですか!!」

も早く食べないとなくなっちゃいますよ?」

「そう思うなら替わってください!」 

弁当争奪戦の間、の代わりに弁当を持とうとする人はいなかったが、4人の内の誰かしらが思い出したように時々の口におかずを放り込むために、は怒るタイミングを失って非常に微妙な表情になっていた。








あとがき

最遊記第六話終了です。
今回は擬音語というか、効果音が多くて少し読みにくかったかも...
読みにくかったらごめんなさい。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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