は崩れていない家の壁に背を預け、からくり仕掛けの杖を右手に持ち、ジープを左腕に抱え、一番動き回っている2人へと目を向けていた。
「もしものことを考えて、からくり仕掛けの杖を持ってはみたものの...必要そうではありませんねぇ」
やれやれと肩をすくめながら、小さく笑う。
「こっちだ紅孩児!!」
「クッ!ちょこまかと小賢しい...!」
その時、ぱっと見には戦っている悟空が、紅孩児が放った気の塊に直撃したように見える。
だが、悟空はその攻撃で大きく砕けた地面の塊に乗り、一気に距離を詰め、紅孩児の眼をくらます。
「 !!」
それに気づいた紅孩児が振り向いた瞬間、悟空の膝蹴りが紅孩児の顎を蹴りあげた。
防御できずにそれを受けた紅孩児は、後ろに大きくバランスを崩す。
悟空はそれを見逃さずに紅孩児に走り寄り、
「なッ...」
腹へと何発も拳を叩きこみ、さらに、おまけとばかりに顔面に膝蹴りが決まる。
紅孩児は悟空との距離を取ろうと後ろに下がるが、悟空のスピードの方が早く、再び距離を詰め頬に拳が入る。
「クソッ!」
紅孩児は攻撃を受け膝をついたが、その状態がら追撃してきた悟空の顔を殴り飛ばす。
立ち上がった紅孩児は肩で息をしながら、眼を吊り上げて悟空を見下ろす。
「...貴様らには、何があると言うんだ...誰のために戦う!何のためにそこまで強くなれる...!?」
「 お前さぁ、言ってることの意味分かんねえよ!そんなの」
「やれやれ、悟空は確かに『子供』ですが、迷いのある相手に負けるような」
如意棒を手に向かっていく悟空の言葉と同時に呟いた言葉は、小さいため2人には聞こえない。
「『男』ではありませんよ」
「自分のために決まってんだろ!」
「ッ...!!」
振り下ろした如意棒は、紅孩児の肩から袈裟掛けに走り、体ごと吹き飛ばす。
「 紅ッ!」
「紅孩児様...!!」
八百鼡たちは、吹き飛んだ紅孩児に走り寄ろうとした。
「紅孩児様...」
「来るな!」
それを紅孩児は手と言葉で制する。
「こいつの相手はこの俺だ。6発だったな 今入ったのは」
そう言いながら口の端についた血を指で拭う。
「倍で返す」
「そぉこなくちゃ!」
第21話 敵の敵は味方?
「吠え面かくなよ猿!!」
「ははっ!そりゃ、こっちの台詞だぜ!!」
「楽しそうですねぇ〜...特に2人」
先ほどの紅孩児の言葉を受けてか、八百鼡たちの攻撃もより一層激しくなっていた。
そんな状況を見ながらも、の声は相変わらず暢気だ。
このまま待ちぼうけかなぁと考えていると、急にざわりと背筋が泡立った。
(...腐敗した...血の匂いッ!!?)
匂いをしたほうを向こうとしたとき、の耳は瓦礫の動く微かな音をとらえた。
「瓦礫から離れて下さい!!速く!」
「「「「「「「「 !?」」」」」」」」
切羽詰まったの声に驚いて全員が振り向いた。
「...悟空!後ろ 」
「え?」
それを見計らっていたかのように、倒れていた式神が瓦礫を押しのけ立ち上がった。
「「な...ッ!?」」
思わず硬直した2人を腕で薙ぎ払った...ように見えた。
実際にはその攻撃は2人には届かず、目の前で薄い銀色の膜に阻まれる。
だが、それは攻撃お受けた後パリンと音を立てて砕け散った。
「何だ、これ?」
「悟空!急いで下がってください」
「お、おう」
「紅孩児様ご無事ですか!?」
「あ、ああ」
まだ少し混乱している2人に、式神は高くあげた腕を勢いよく振り下ろした。
「チッ...!」
「瑠璃の揺り籠」
攻撃を受け止めようと走り出す悟浄よりも早く、の静かな声とともに深い青の円が攻撃を柔らかく受け止め、跳ね返す。
凌ぎ切ったかに思えたところへ、反対の腕が振り下ろされた。
それを悟浄が錫杖で受け止める。
「悟浄!?」
「早く逃げろッ!もたねェぞ!!」
大きいだけあって力が強く、悟浄が腕に痛みを感じながら支えていると、式神の腕を独角ジが真っ二つに叩き切った。
切られて身体から離れた腕は、音を立てて地面に落ちると、跡形もなく消え去る。
「わリィ、恩にきるぜ」
「んなモンきるな。一時休戦ってヤツか?」
そんなことを背中合わせで周りを警戒しながら話す一方、なぜか三蔵は李厘に肩車をさせられている。
「ありゃあ ?オイラ倒したと思ったのになあ」
「乗るな!ぜって殺ス」
「キュ ッ!!」
「何だ...? っ!?おい、!」
「え?あ、ええっ!!!?ダイジョブかよ!」
地面に座り込み、からくり仕掛けの杖を肩にもたれ掛けさせているに気づいた4人は、驚いて目を向け、声をかける。
「少し、疲れただけです。使い慣れてないせいか、コントロールがうまくいかないので...」
「えーと...ダイジョブなんだよな?」
「はい」
実際、プロテクトを新しくしたためエネルギーコントロールがうまくいかなかったが、故障ではないので悟空の言葉に頷いた。
そんなやり取りをしている横で、胸に書かれた梵字を見つけた八百鼡は、驚いて息をのむ。
「式神...!?あんな巨大な 」
「やはりあれは、あなた達が指し向けたものじゃないんですね」
「だとすると、あの怪しげな易者は何者だ?奴の目的は一体何だってんだよ」
「......」
「あの易者かは分りませんが...さっき、血の臭いがしました」
「血の臭い?」
「ええ...ほとんど腐臭のようでしたが」
「それは...」
「ぐわッ!!」
八戒がどういうことか聞こうとしたとき、攻撃を仕掛けていた悟浄が吹き飛ばされた。
「悟浄...」
「独角!」
「っ...つ !!聞いてねーよ全然!!」
「足の1本や2本切り落としても無駄だ!丸ごとフッ飛ばさなけりゃラチがあかない」
「紅孩児様!!」
三蔵がそう言って式神を睨みつけた時、紅孩児の後ろ降り注いでくる瓦礫に気づいた八百鼡が飛び出す。
「きゃあっ!」
「...ッ!」
ほぼ同時にそれに気づいていたも飛び出し、即座に錬金術で分解した。
だが、分解してできた砂でも落下の速度は変わらないため、大量の砂が降り注ぐ。
「八百鼡!!」
「!!八百鼡さん!!」
ほとんどがの身体で遮られたとはいえ、かなりの量の砂が降り注いだ八百鼡の肌にはたくさんの擦り傷が出来ていた。
傷の量で言えば、露出部分の少なかったの方が少ないが、そのほとんどが顔に集中しているので、かなり痛々しい。
「クソッ...!!独角、八百鼡を頼む!」
「八戒、八百鼡さんの治療お願いします」
「も治療をしないと」
「自己修復が働いています」
身体についた砂を軽くはたき落とすと、はからくり仕掛けの杖を呼びだす。
そして、特に痛みを感じている様子も見せず、悟空の隣へと足を進める。
「悟空、あの式神の動きを止められるか?」
「え?」
「動く範囲を多少狭く出来ますよ」
「!動いてダイジョブなのか!?」
「問題ありません。それで...何をするんですか?」
傷だらけの顔を紅孩児に向ける。
「...多少時間さえあれば、俺も召喚魔が使える。あれを倒すには他に手がないだろ。ほんの数秒でいい。動きを封じてくれりゃあ、一発で決まる...ただし、巻き込まれるなよ」
「...ん!」
「分かりました」
「てめェこそ外すなよなっ!?」
「いーから早く行けッ!!」
「あ、私のは味方に無害ですから、ガンガンやっちゃってくださいねー!」
「おう!」
「良いお返事です。では.........玻璃の欠片」
式神の周辺を大小様々なガラスが覆う。
小さい物はぶつかって壊れれば破片が相手へと矢の如く降り注ぎ、大きい物は相手の攻撃を跳ね返し、剣のように深くえぐるという魔法だ。
さらに、効果としてはもう2つある。
ひとつは、が味方と認識したものには全くの無害で、すり抜けてしまう。
もうひとつの効果は...実際に使われるまでもう少し...
「敵同士という自覚がないのか、あいつらは」
「おめーらもな」
「うるさい。死ね」
そんな3人の様子を見ていた三蔵と、悟浄、そして三蔵の肩に乗る李厘。
「オイラも混ざりたーい」
「なら降りろ!!」
「...いいから任せとけよ。お前の兄貴に」
そう言って3人の視線の先には、呪文を口にして力を溜める紅孩児と、
「開 六界死屍 輩告 我願 此招来」
屋根の上を飛び回りながら、攻撃を仕掛ける悟空と、
「如意棒ォ!!」
からくり仕掛けの杖にエネルギーを流しながら、あたりの様子を伺っているの姿。
「......(何が余興ですか...他の音であまり聞こえませんね...ノウ?...なくし甲斐?何を?...どうせなら大きな声ではっきり言いなさい、ボケ易者!)」
そして、悟空の投げた如意棒が式神の腹に深く突き刺さる。
「...ッ紅孩児!」
「 避けろよ悟空!!」
紅孩児が叫びながら手を前に振りかざす。
「炎獄鬼!!」
「玻璃の鳥籠」
まさしく、鬼の形の炎がぶつかる直前、ガラスの欠片が格子状に変形し、式神を取り囲む。
そして、周りに散ったはずの炎獄鬼のエネルギーを乱反射させ、増幅し、集中砲火を浴びせる。
これが『玻璃の欠片』のもうひとつの姿である『玻璃の鳥籠』。
鳥籠なんて可愛らし名前に反して、物騒極まりない魔法だ。
「 やったか?」
「みたいだな」
「ちゃんと周りへの被害も最小限で済みましたね」
そんなことを言いながら、式神のいた方を見ていると、紅孩児たち4人が距離を開けて、たちと対峙する。
「紅孩児...」
「今日のところは退かせてもらう。とんだ邪魔が入ったしな...ひとつ詫びておこう」
「「?」」
「俺は自分の歩んでいる道に疑問を抱いていた。迷いを持って貴様らに闘いを挑んだことは、貴様らに対して無礼だったと思う...だが、俺には善悪では測れない程大事な物がある。だから次は全てを賭けて貴様らを倒す!自分のために」
それに対して悟空は口の端を上げてニッと笑いながら言う。
「『倍返し』!まだ足りてないぜぇ?」
「ツケとけよ。すぐに払ってやる」
「さ・ん・ぞ ッ!!」
「うっ」
紅孩児は自分の頭にのしかかってきた李厘の重さに、一瞬うめき声をあげた。
「今日は楽しかったよ ♥また来るからね 一緒に遊ぼーね♥」
「誰が遊ぶかこのクソガキッ!二度と来んなッ!」
「次は土産ぐらい持ってこいよなぁ?」
「そっちこそ茶ァぐらい出せや」
「お怪我の方お大事に」
「はい。殿もきちんと手当てしてくださいね」
「大丈夫ですよ。八百鼡さんの方が範囲が広いんですから、ちゃんと手当てして下さいね」
「はい。皆さんもお元気で」
そして一瞬の強い風と共に、4人の姿が掻き消えた。
「『お元気で』 って言われちゃったよ」
「ははっ!やりづらい敵だぜ、まったく」
「おそらく、奴らでさえも誰かの駒ひとつだろうな」
「そうでしょうね。あれ程の人が迷いを持っていたと言うことは、納得いかないことがあったと言うことでしょうし」
の言ったことに誰もが頷く。
「牛魔王の蘇生を目論み、この世界に混沌を呼んだ『どっかのバカ』は、紅孩児の背後にいる。俺達が倒すべき真の敵だ」
(...その『どっかのバカ』の背後に、『超度級のバカ』がいないと良いんですけどねぇ)
「...とにかく、この町を出た方がいいな」
「ああ」
その時、何か落ちているものに気づいた八戒がそれを拾う。
中央に対極図の描かれた土人形。
「八戒、何ですかそれは?」
「えーと、おそらくこれがさっきの式神の正体だったんだと思いますよ」
「へぇ...あの攻撃で形が残ってるってことは、かなり硬かったんですかね?」
「どうでしょうね?もう形が崩れかけてますけど...中に何か...」
取り出したものを見た八戒が驚愕に目を見開き、息をのむ。
「麻雀牌?やっぱり、あの易者だったんですね......八戒?」
「 ッ!がっ、がはッ!」
「?」
「がはッ、ごっ...ゴホ...」
「...八戒!!?」
「八戒!苦しいんですか!?」
「はぁ、大丈...夫 なんでも、ありませんッ、は...」
そう息を切らしながら言う八戒の足元には、手の中から転げ落ちた『罪』という文字の麻雀牌が転がっていた。
あとがき
最遊記第二十話終了です。
補足説明です。
式神の攻撃を防いだ『薄い銀色の膜』は、『白銀の鏡』。
『深い青の円』が『瑠璃の揺り籠』です。
『白銀』は、エネルギー消費量が少なく、発動までのタイムラグがほとんどありませんが、薄く硬いので、防御力以上の攻撃だと壊れます。
『瑠璃』は、エネルギー量が『白銀』の5倍で、タイムラグが3倍かかりますが、攻撃を柔らかく受け止め跳ね返す上、衝撃に強いです。
どちらも防御魔法です。
『玻璃の欠片』と『玻璃の鳥籠』は、エネルギー量もタイムラグも結構かかる上、常に意識を向けて操作しなければいけません。
しかも、周りの状況を観察するくらいはできますが、防御にはほとんど回せないため、無防備状態になります。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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