森の中に止めたジープの中で全員が眠りについていた。

もともと眠らなくてもいいは、微かな音で目を覚ました。

音のした方を見ると、ハンドルに体を預けた八戒の呼吸が苦しそうに乱れている。

「......八戒?」

木々の(ささや)きに掻き消されそうなほどの声で、は名前を呼んだ。

どうしようか一瞬迷ったが、起こすために手を伸ばした。

だが、の手がふれる前に八戒の方がびくりと大きく震える。

途中で止まったの手に気づかず、八戒は深く息を吐いた。

がそろりと手を戻すと、少しばかり顔色を悪くしている八戒は座席に背を預けた。

   どうかしたか?」

座席のきしむ音で起きたらしい三蔵が、声をかけた。

「三蔵...何でもありません。寝相が悪くて...あはは。ちょっと散歩に行ってきますね」

「私も行きます」

  !?...起こしてしまいましたか?」

「少し体を伸ばしたいんです」

は、ジープから降りようとした八戒の左手を掴みながら言った。

掴んだ瞬間、妙に肩が大きく跳ねたが、それは見ない振りをした。

   気をつけろよ」

「「はい」」

そう返事を返すと、は八戒の手を握ったまま歩きだした。

後ろから注がれる視線にいつもなら気づいたはずの八戒は、繋がれた手に少し困惑したまま木々の間を抜けていった。












   第二十二話   人形と種












満月の明かりが照らし出す中、森は風でざわめいている。

いくらか歩き、ジープが見えなくなってからしばらくした頃、はぴたりと足を止めた。

...?」

はただ無言で月を見上げる。

それに釣られるように、八戒も月を見上げた。

満月のせいか、ざわめく森のせいかは分らないが、八戒の胸の中で感情がザワリと(うごめ)く。

「聞かない方が良いですか?」

「...え?」

八戒の胸中を呼んだかのようなタイミングで掛けられた声に、一瞬何を言われたのか分からなかった。

「眼は月を見ています。どんな顔をしても分かりません。人と違う耳を完全に閉じてしまえば、静寂しか分かりません。ただ、貴方と繋いだ手だけが、貴方の体温(ぬくもり)を知るのものです...聞かない方が良いですか?」

その言葉で、はどうしたのか聞くためについてきたのではなく、ただ体温(ぬくもり)を分けるために一緒に来たのだと気付いた。

それに気づくと、八戒の胸の中でざわついていた感情が、ゆっくりと落ち着いていく。

「いえ...このままでいてくれますか?」

「はい」

そしてまたしばらくの間月を見つめていた。

「『忘れたフリ』は、してたんですけどねェ」

「...痛みますか?」

そっと脇腹を押えた八戒にが言葉をかける。

眼は相変わらず月に向けられているから、あるいはそれは心のことを言ったのかもしれない。

「少し(うず)いてるんです  あの男に会った時から」

そう言って八戒は、ポケットにしまってあった『』と刻まれた麻雀牌を取り出す。

「『清一色(チンイーソー)』、彼はおそらくあの時(・・・)の恨みを持つ者...でも、何の為にこんな廻りくどいことを...?」

麻雀牌をギリリと音がする程握り締めると、八戒の眼に影が下りる。

が少し強く握った手に気づかぬ様子で、八戒は自分の手を暗い目でじっと見ている。

「お前、生命線短けぇな...」

「...手相診断できたんですか?」

「まあ、生命線くらいならな」

いつの間にか八戒のすぐ後ろまで近づいていた悟浄が、肩越しに手を覗き込んで言った。

「......ビックリしたぁ」

「そりゃ、こっちの台詞だ。こぉも簡単にお前の背後(バック)取れるなんざ」

「......」

「『お前』じゃなくて、『お前ら』でしょう?」

「ん?ああ、そうだな」

そう言って悟浄がの上にぽんっと手を載せる。

「どれが生命線なんですか?」

「ここんとこの線。ホラ」

親指と人差し指の中間から手首に向かって伸びている線を示す。

「あ、ホントだ。短い」

「悟浄のはどうなんですか?」

「俺?俺のは手首まで伸びてるぜ。も〜、ゴキブリ並?」

「あはは、繁殖力も強そうですしね」

「どーゆーイミよそれ。で、のは?」

「自由自在に変えられるので、生命線だろうが、健康線だろうが伸ばし放題です」

「ははっ!何だよそれ!」

悟浄は思わず笑ってしまった。

「...もしかして、起しちゃいましたか?」

「んー、まあ...てゆーか、お前さんのシケた(ツラ)拝んでやろうと思ってよ」

辺りが一瞬、静寂に包まれる。

「...聞いてもいいですか?」

「なンだあ?」

「三年前のあの時、どうして僕を助けたんですか?


        ()っておけば野垂(のた)れ死んだ


                 そうなるべきだったかもしれない僕を」

悟浄が口に(くわ)えている煙草の紫煙(けむり)が、筋を描いて流れる。

「そーゆー聞き方する奴には教えてやんない」

「あはは...やっぱりなぁ   

「悟浄...Good job!

「あー...やっぱお前いい性格だわ」

ぐっと親指を立てて見せるに、悟浄が呆れたように言う。

さっきの言い方はも気に入らなかったのだと気付いた八戒は、困って苦笑した。

「...ま、あんまし考え込みなさんな。しまいにゃハゲるぞ」

「あ、それは嫌かも」

「だろォ?三蔵なんか隠してるけど、ソリ込みの辺りがこう...」

「......あっ!」

があげた驚きの声に何事かと2人が振り返るのと、ガサッと近くで音がするのはほぼ同時だった。

カタカタと音をたてながら、中華風の服に身を包んだ、赤ん坊ほどの大きさのからくり人形が、たち方へ進んできた。

「に...  人形?何でこんなトコに...」

「不自然過ぎます...」

カクンと人形の口が大きく開いた。

   ニーハオ』

「「「!!」」」

『ニーハオ!ヒトゴロシ(・・・・・) (チョ)悟能(ゴノウ)!!』

その言葉を聞いた八戒の表情が固まる。

「な...こいつ何で八戒の昔の名前を...!?」

「麻雀牌...インチキ易者ですか!」

悟浄の疑問の声と、人形の持つ『怨』の字が刻まれたに気づいたの声は同時に放たれた。

   生キ血ハ 女ノ肌ヨリ 暖カッタカイ?ソレトモ (ラン)ミタイニ (カグワ)シカッタカナ?忘レテルミタイダカラ 僕ガ 思イダサセテアゲル 君ニハ 安ラゲル場所ナンテ 何処ニモナインダヨ   ダッテ君ハ 罪人(ツミビト)ナンダカラ!』

「...言いたい放題ヌかしやがって!てめェは一体...」

   おっしゃりたいことはよく分かりました。でも、僕にご用がおありなら」

『......』

出てきて喋ったらどうですか

「というか、ヒトゴロシならもう一人いますよ。ここまで来るのは怖いんですか?」

人形に向かって八戒が険しい表情で言い放ち、が侮蔑をこめた挑発を口にしながら冷たい表情で見下ろす。

   ソウ ソノ顔ダヨ...猪悟能!!ソレガ君ノ本当ノ顔ダヨ!!』

「ッ!」

『君モ ヒトゴロシナンダネ ドオリデ顔ガ似テル訳ダ』

「ッてめっ...!!」

と八戒が怒るより先に、悟浄が激昂し人形を蹴り飛ばした。

「......ふざけろよ!この下衆野郎(げすやろう)...!!」

「お見事...とか、言ってる場合じゃありませんね」

「ああ。ジープに戻るぞ、2人とも!別行動取らねえ方がいい」

「...はい...!?」

「後ろッ!?」

  悟浄危ない...!!」

「え?」

振り向いた悟浄の左胸を、人形の口から飛び出した何かが射抜いた。

「な...?」

『カカカカカ!!オ返シダヨ!!』

「...の、くそ人形...!」

悪態をついた悟浄の体が傾き、地面に倒れ込んだ。

「「   悟浄!!」」

   八戒!!何があった!」

2人が悟浄に駆け寄った時、後ろの茂みから音を立てて三蔵と悟空が現われた。

「悟浄が...!!」

「っ!!

八戒が状況を説明しようとしたが、その時悟浄の体が大きく跳ねた。

   な...!?何だよコレ...!!」

(きし)むような音を立てて、悟浄の体の表面に血管が浮き上がっていく。

「...あ、あぁ  ...!!

悟浄が痛みに叫び声を上げる。

「クソッ...血管の中...をっ、何かが、()い廻ってやがる...!!」

   どうなってるんだ!?」

「悟浄ォ!!」

「...まさか、何かを植え込まれた...!?」

『種ダヨ!!』

「「「「!」」」」

後ろから聞こえた声に、たちは慌てて振り向く。

『ソイツノ身体ニ 種ヲ植エタノサ 血ヲ吸ッテ 血管ニ根ヲハル 生キタ種ヲネ!!』

「吸血植物ッ!?」

「...何だよあれ!?気色悪イっ」

「清一色の使い魔です」

   !!あの野郎か」

『ホラ 早ク種ヲ殺サナイト ソイツモコノ森ノ木ノ一本ニ ナッチャウヨ?ソレトモソノ方ガ えころじかる(・・・・・・)デイイカモネ!!カカカカカカ!!』

「......」

「このっ、クソ易者がっ!」

が怒りを(たた)えた目で睨み、思わず悪態をつく。

『ソウソウ 一応言ッテオクケド 種ハ ソイツノ心臓ノスグ隣ニ 植ワッテルヨ』

「...てめェ、何が目的だ?」

『...カカカカ...カカカカカ!!』

その笑い声に、悟空は背筋が寒くなった。

『楽シイ...楽シイヨ 猪悟能!!君モハヤク コッチ(・・・)ヘオイデヨ!!』

そして、三蔵の打った弾が当たった人形は、パンと音を立てて壊れた。

「三蔵...」

「...いい御趣味だよ。あの変態野郎が!悟空!悟浄の腕押えとけ!!」

「え?うんっ」

「...満足か?清一色!これがてめェの望みだろ!!」

「三蔵」

は悟浄に狙いを定めようとした銃を、手で押さえた。

「なッ...   三蔵!?何やってンだよ!!」

、放せ」

「私が切除(せつじょ)します」

三蔵の言葉を無視してそう言う(いぶか)()に見るが、表情から嘘は見られない。

「八戒、縫合(ほうごう)した後、気孔で完全に(ふさ)いでください」

「...縫合?」

「悟空、しっかり押さえていてください」

「お、おう」

「説明は後でお願いします」

「...分かった」

三蔵が肯定してかしないかのうちに、は『贋物の本物(パーフェクト イミテイション)』を使う。

の姿が30後半の男の姿に変わる。

それに驚いた悟空の手が一瞬緩むが、の視線を受け、慌てて力を入れる。

紫暗の前髪から覗く、藍色の眼が悟浄の傷口をとらえ、白衣から取り出したメスや針などの手術道具が無造作に放り投げられ、周りが驚く暇も与えず、念を発動させる。

「ability 『応急治療(テンセカンド オペレイション)』」

体中のオーラが眼と腕に集まる。

極限まで高められた視力が状況を的確に電脳に伝え、それをもとに高速で手を動かす。

麻酔のために(はり)を打つのに1秒。

傷口周辺を切り開くのに2秒。

心臓のすぐ横にある種子を、血管を傷つけずに取り除くことに5秒。

傷を縫い合わせるのに2秒。

「total 10second...オペ終了」

の姿が元に戻った...ように見えた。

確かにの特長はあるのだが、年齢は13、4歳ほどに見える。

「えっと...だよな」

「はい   八戒、お願いします」

「あっ...はい!」

何が起こったかよく分からなかったが、八戒は言われるままに悟浄の傷口を塞ぎにかかる。

は八戒にいた場所を譲ったが、それでも疲れて悟浄のそばに座り込んでいる。

「...なあ、何やったんだ?」

「眼と腕に(オーラ)を集中させて、反応速度を上げて手術をしたんです」

「へぇ〜...なんかよく分かんねーけどスゲーな」

「10秒間しか使えませんけどね」

「それで、その姿は何だ?」

「もともとはこの姿なんですよ。小さくなってる時のエネルギーを、なるべく回復に回したいんです」

かなりのエネルギーを使ったのは見ていた方にも分かったので、2人は頷くだけに留めた。

   傷塞がりました。意識は失ってますが、脈は正常です」

「はぁ、よかったぁ。こっちの心臓に悪いぜ、ったく!!」

「あとで造血剤を作って飲ませないと...」

一段落だと顔を緩めたと、ほっとした悟空とは対照的に、八戒の表情は暗かった。

「...   僕のせいなんですね」

「八戒?」

「...何ですって?」

聞こえてきた八戒の声に、は一気に自分の機嫌が悪くなるのを感じていた。

「清一色の狙いは、明らかに僕個人だ」

「やめろ」

「八戒!」

「でも!!」

「落ち着け!!ここでお前が取り乱したら、それこそ奴の思うツボなんだ!」

「あの愉快犯が悟浄を巻き込んだのは、あっちの思惑のせいです!!八戒がどうこうという問題じゃありません!」

勢いよく立ちあがって反論した八戒に、三蔵とはさらに反論した。

だが、それを聞いている途中、八戒の身体がぐらりと傾く。

「っ!」

「八戒!?」

   !おい!?」

倒れてきた八戒の身体を、三蔵が受け止めた。

「...水持ってこい悟空!」

「分かった!」

悟空が駆け出していくと、はふらりと立ち上がって八戒の顔を覗き込んだ。

「...気を失っているだけですね」

「ここ最近ろくに寝てなかったらしいからな。無理もねェか...」

ほっとした様子のとは違い、三蔵の表情は険しい。

「...おそらく、俺たちはほとんど清一色のシナリオに踊らされた。悟浄の心臓のすぐ横を狙ったのもわざとだろう。あの時、が手を出さなければ、俺は八戒の目の前で悟浄を撃っていた」

「わざと逃げ道を用意してますね...しかも、八戒を精神的に追い詰める方へ」

「清一色の憎悪が生まれた理由は分からない...だが、奴は八戒を殺したいんじゃない。壊したいんだ














あとがき

最遊記第二十二話終了です。

補足説明です。(一部ネタばれをふくむので、お気を付けください。)

応急治療(テンセカンド オペレイション)』は、夢主の友人である三つ子の医者のひとり、『外科担当』の能力です。
使えるのは10秒間だけ。
眼と腕の反応速度を大幅に上げて手術をします。
ただし、使うオーラの量は半端ではないので、エネルギーを作り続けることのできる夢主でも、1日に2回が限度です。
それ以上使用しようとしても、オーラの総量が足りません。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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