−長安・斜陽殿−

「北方天帝使 玄奘三蔵、参上いたしました」

広く薄暗い部屋の中で火が轟々と焚かれ、水槽のような場所が部屋の壁一面をしめている。

その水槽の下からはゴポゴポと泡が吹き出し、上の方には巨大な人の顔が3つ浮かび上がっている。

「よく参った、三蔵。ことは一刻を争う、急いてすまんな」

三仏神が声を発すると、部屋全体に声が響き渡る。

「−−−−いえ」

「既に知っておろう。この世界を侵食する『異変』について...西方から東方へ・・・今やその被害は桃源郷全土に渡る」

「すべての妖怪における突然の凶暴化・・・及び自我の損失」

「いかにも」

「いまや人間は妖怪に怯えながら、死と隣り合わせの恐怖の中に日々を生きております...『桃源郷』とは名ばかり...さながら地獄絵図の様。一体何が現況にあるのでしょうか?」

「・・・そなた、『牛魔王』を知っておるか」

    
  
『牛魔王』− 五百年の昔、闘神・ナタク太子により天竺国・吠登城に葬られた大妖怪

   人間との共存を拒み、私利私欲のままに人間を喰らったという



「−−その牛魔王が何者かによって蘇生されようとしている。しかも禁断の汚呪とされている『化学と妖術』の合成によって−−−」

「元々化学と妖術は相容れぬもの−−−人間と妖怪の交配が禁忌とされているように、あらゆるバランスを崩すマイナスの波動を発することになる」

「玄奘三蔵よ、そなたに命ずる。そなたが過去を共にした悟空・悟浄・八戒を連れ、西域・天竺国へと迎え」

「牛魔王蘇生を阻止し・・・妖怪の自我を呼び戻すために、『桃源郷』を取り戻す為に」


「御意・・・!!」

立ち上がろうとした三蔵を制し、三仏神は話を続けた。

「・・・それともう一人同行者が加わることになる」

「その者は科学の粋を集められて作られた異世界の人形...足手まといになることはあるまい」

「その者が牛魔王蘇生に使われれば、さらに危険なことになるだろう。牛魔王を蘇生させようとするもの達に渡すわけにはいかん」

「この者を狙うものたちを阻止せよ」


「...御意」









   第二話   初対面の印象は?








長安・斜陽殿で厳かに話が行われているころ...

殿、やはりこちらのお召し物の方が...」

「くくっ、おい、こっちはどうだ」

「ああ、それも似合いそうですね」

「..........」

「では、今度はこちらを試していただけますか?」

「......分かりました」

「くっくっく...」

の衣装選びが行われていた。

「観世音菩薩、何をそんなに笑っているのですか...よく似合っているでしょう?」

「なに、あまりにも見違えたんで可笑しくてな」

「.......子どもの姿になれといったのは、あなただったと思いますが」

の言ったように、今は10歳前後の子どもの姿になっている。

「それもあるがな。子どもが悟りきった顔をして服を次々に着替えるのなんか、滅多に見れないからな」

「......(不本意ですが)結構似たようなことをやらされたんですよ」

遠い目をして疲れたように呟くと、観世音菩薩はまた笑い声を立てた。

「もう、笑いたければ笑っててください」

「すいません、殿。しかし、最初に行く場所が場所なので、やはりそれなりの服装でなければならないので...」

「ええ、分かってます。次郎神さんのせいではないのですし、気にしないで下さい。それよりも、早く選んでしまいましょう(私の精神安定のために)」

「くっくっく...」

が言葉に出さなかったことに気付いたらしく、観世音菩薩は先ほどより少し声が大きくなった。

は観世音菩薩をちらりと見ただけで、何も言わずに衣装選びに戻った。

「そうですね。ではこちらをお願いします」

「はい」




   −3日後 長安・斜陽殿−

は斜陽殿の中を年老いた僧正につれられて三蔵の元へと向かっていた。

2人とすれ違った僧たちは、僧正に頭を下げつつもを不躾な視線で眺めていく。

三蔵の執務室に近くなり人が途絶えると、僧正は口を開いた。

「若い者達が申し訳ありませんのう」

本当に申し訳なさそうに謝る僧正に、は苦笑を返した。

「お気になさらず。あなたが謝るようなことではありませんよ」

「ありがとうございます...こちらになります」

...コンコンコン

「三蔵様、三仏神様のもとより殿をお連れしました」

「...入れ」

「失礼いたします」

2人が中に入ると、机はうず高く積まれた書類で埋まっており、部屋の中はタバコの煙が充満していた。

三蔵は書類に目を通したまま僧正に礼を言う。

僧正も慣れた様子で頭を下げると、部屋から退出していった。

僧正の姿を見送ると、は三蔵に目線を戻した。

(...とりあえず、いすに座って待ちましょうか)

仕事中に話しかけるのはまずいだろうと、はいすに座って終わるのを待った。

三蔵はいすに座ったを一瞬横目で見たが、声をかけることなく仕事に戻った。

3時間ほどして机の書類が半分ほどになったころ、はこちらに向かってくる足音に気付いた。

...ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ バアン!!

「サンゾーーーーーッ!!」

「うるせぇぞバカ猿!!扉ぶっ壊す気か!!」

「猿じゃねぇ!それより、なぁなぁ、新しく来たやつって誰だ!?僧正のじーちゃんがここにいるって言ってたんだけど」

文句を言いながらもわくわくと目を輝かせて言う少年に、三蔵は苛立たしそうにの方を見た。

三蔵につられて目線を移した先には、いすに座ったまま茫然と2人の方を見ているがいた。

に気付いた少年は、笑顔を浮かべてに話しかけてきた。

「なぁ、お前がいっしょに旅するやつか?」

「ええ、そうですけど...」

「そっか!あ、俺は悟空な」

「... です」

少年のテンションについていけず、はやや茫然としたまま答えた。

「ところでお前戦えんのか?何かすんげぇチビだけど」

悟空がそう言うと、三蔵もそれが気になっていたのかの方を見た。

2人に見られて、自分のペースを取り戻し、は言葉を選びながら返事をした。

「そうですね...一般的な格闘技はある程度できますが...ここではどれ位だと戦えるということになるんですか?」

「え?...どれ位だろう?」

悟空が考え込んでいると、三蔵が急に話し掛けて来た。

「おい」

「ん?何だよ、三蔵?」

「お前じゃない。そっちのやつだ」

三蔵がそう言うと、が返事をする前に悟空が文句を言った。

「なら、ちゃんと名前で呼べよな!どっちだか分かんないじゃんか」

「...チッ!おい、

悟空の言葉に舌打ちをしつつも、今度は名前を言ってに話しかけた。

「何でしょうか?」

「...人を殺したことはあるか?」

「三ぞ「ありますよ」...?」

三蔵に抗議をしようとした悟空をさえぎって、はごく当たり前のように返した。

「そうか」

「はい」

それだけを言うと、三蔵は仕事の続きに戻った。

しばらく執務室には、三蔵が書類を書く筆の音だけが聞こえていた。

「............よしっ!」

何かを考え込んでいた悟空が急に立ち上がると、三蔵に声をかけた。

「三蔵、と手合わせしてきていいか?」

その言葉には驚いたが、三蔵はちらっと見ただけで勝手にしろと言い放った。

三蔵の言葉に満面の笑みを浮かべると、悟空はくるりとの方に振り返った。

「行こうぜ、!どの位戦えるか実際にやってみたほうが早いって」

「...そうですね。では、お願いします悟空さん」

「悟空でいいって!こっち、こっち!」

そう言うと、悟空はの手を握って歩き出した。

悟空に手を引かれながら、は後ろを振り返って三蔵を見た。

「では、行って来ます三蔵さん」

「...おい」

「「?」」

2人が三蔵の呼びかけに振り返ると、三蔵はチッと舌打ちをして言った。

「三蔵でいい。『さん』付けなんて気色悪いことするな」

「分かりました」

が返事をすると三蔵はまた書類に目を落とした。




「あれって、絶対のこと気に入ったんだぜ」

手合わせをする場所へと向かう途中、悟空が話し掛けて来た。

「そうなんですか?」

「そうだって。そうじゃなかったら、わざわざ呼び方変えさせたりしねぇもん」

悟空の言葉にそういうものなのかと頷くと、少し開けた場所に出た。

「ほら、ここなら周りに何にもないし、三蔵にもうるせぇって怒られないんだぜ」

「そうなんですか」

ゆっくりと周りを見回すの顔を覗き込むと、悟空が始めようと声をかけた。

悟空のうれしそうな様子に苦笑すると、は頷いて真ん中へと歩いていった。







あとがき

最遊記第二話終了です。
さん、三蔵を呼び捨てにすることになりました。
年上の人には『さん』をつけるんですけど...
実はさんはこのとき50代後半で、三蔵よりもかなり年上なんです。外見とは裏腹に(暴露)。
だから、『さん』をつけないことにしちゃいました。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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