『元セフィーロ』の城の中庭で、はうず高く詰まれた本を一冊一冊丁寧に目を通していた。

最後の一冊をパタンと音を立てて閉じると、椅子に背を預け、ため息をついた。

(異世界に関する書物はこれで全部ですか...やはり、異世界間の移動方法は召喚が主流のようですね)

すっかり冷めてしまってお茶に口をつけると、もう一度ため息をついて目を閉じた。

(やはり、私の意志で異世界間の移動を行うとしたら、『強制転送《ムーヴ ムーヴ》』の 制約と誓約を追加するのが一番簡単なのでしょうね。

 しかし、その場合、やはり問題は座標ですね。異世界ごとに番号をつけるだけでは不十分でしょうし...

 今の座標...三次元の上、四次元なら時間ですけど...それだけで簡単に行けるものでしょうか?

 これだけだと、平衡世界だったって言うことになりそうですし...このほかに付け加えるとしたら)

「...念の量と使用回数、移動制限の期間といったところでしょうか」

そうポツリと呟いたとき、の周りから一切の音が掻き消えた。

「−−−−−ッ!!?」

すぐにそれに気付くと、椅子から立ち上がり周囲に鋭い視線を向ける。

『すごいねぇー、今までのウサギ達よりいい反応だよ』

「!!」

すると、聞いたことのない男の声が当たりに響き渡った。

(声...どこから...)

『んー、今までのは+-0(プラスマイナスゼロ)って所だったけど』

(?、ここの近くにはいない...まさか!!)

『君はどうかな?』

男の声がそう言い放った瞬間、は自分の体に異変を感じた。

(ッ!!エネルギーが減ってる!この男の仕業ですか!...ッ!絶!!)

『ん?吸収が少し減ったけど...抵抗は無駄だよ』

そう言うと男はくつくつと笑い声を上げた。

笑い声の不快さに思わず舌打ちをすると、は急いで打開策を考えた。

(絶が駄目なら...錬金術は対象者が見えないから攻撃出来ませんし。魔法も...

 やはり念か....あ!!一か八か試してみますか。どうせこのままだと、かなりまずくなるんですから)

は絶を解いた。

『おや?もう降参なのかい?』

笑い混じりの男の声を無視して、は『強制転送《ムーヴ ムーヴ》』を行った。

(計算してる余裕はないですね。『強制転送《ムーヴ ムーヴ》world free point(free) time (free)』 )


     シュッ!






やや薄暗い部屋でパソコンのキーを叩いていた男の手が止まった。

「...あーあ、逃げられちゃったかぁ」

「ニィ博士!逃げられたじゃありません!まだ貯蔵タンクが満タンになってないんですよ!」

「でも、それを動かした分の元は取れたし、3/4はいったでしょ。たかだか5分程度で」

「だからと言って!」

ニィと呼ばれた男は、大声を上げる女性にニヤニヤと笑みを浮かべながら答えた。

「まぁまぁ、ちゃーんとさっきのウサギを探してるって。せっかく久々に骨のある面白い子なんだから、僕がちゃんと見つけるよ」

「...だといいんですけど」

女性が苦々しそうに呟くのを横目に、男はまたキーボードを叩き始めた。










   第一話   対象者(ターゲット)










書類に目を通していた女性が、フッと顔を上げて傍らの男性を見た。

「.........おい」

「なにか?」

「一応言っておいてやる。そこにいるとぶつかるぞ」

「は?それはどういう...」

  シュン!!

「ん?」

  ドサッ! ドタッ!!

「うわ!」

「くくっ、だから言ったじゃねぇか。ぶつかるってな」

何もないところから現れたに男性が押しつぶされると、女性は声を立てて笑った。

「か...観世音菩薩...そういうことはもっと早く...」

「そんなの俺が面白くねぇじゃか」

「......いい性格ですね」

男性の上に倒れていたが、か細い声で観世音菩薩に話しかけた。

「へぇ、異世界から自分で来たわりには元気そうだな」

「元気だったらすぐに起き上がってますよ。エネルギー不足で声を出すのがやっとです。あ、すいません。すべり落としちゃって下さっていいですよ。私は今動けないので」

「...はぁ、では失礼して」

そう言うと男性はを床に叩きつけないように、ゆっくりと起き上がった。

「おい、次郎神」

「はい、何でしょうか?」

「そいつをそこに寝かせとけ」

笑いながら見ていた観世音菩薩が、次郎神にあごで部屋の隅にある長いすの方を指した。

「良いんですか?自分で言うのもなんですが、私は不審人物なのでは?」

「ふん、聞きたいこともあるからな。普通に話せるようになるまで、そこで寝てるんだな」

「...ありがとうございます」

そう言うと、は目を閉じてからだの力を抜いた。

ほとんど間を置かずゆっくりとした寝息がこぼれる。

「...眠ったようですな。しかし、よろしかったのですか?」

眠ったを抱え、長いすへと運びながら次郎神が尋ねる。

「ああ、どうやらそいつは『あのこと』に関わっているようだからな。起きたら事情を聞かなければならないからな」

「そうなのですか」

「まあ、俺が面白くなりそうだってのが本音だがな」

「......観世音菩薩......」









「.........ここは...」

「気がつかれましたか?」

は声が聞こえた方に顔を動かすと、眠る前に話をした2人がそこにいた。

二人を確認すると、はゆっくりと体をおこしいすに座りなおした。

「ええ、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

が礼を言って頭を下げると、正面に座っていた観世音菩薩が話しかけてきた。

「おいお前、名前は?」

「ああ、まだ言ってませんでしたね。です。名字が先だと になりますが」

「この世界では、大抵名字が先だ」

殿、私が次郎神でこちらが...」

「慈愛と慈悲の象徴の観世音菩薩様だ。崇め奉れ」

「...観世音菩薩」

ふんぞり返って言い放った観世音菩薩に、次郎神は胃が痛むのを感じた。

は2人を見比べ、しばらく考え込むと、次郎神に向かって話しかけた。

「ちょっとよろしいですか?」

「はい、何でしょうか?」

「こちらの方が何の象徴だか、もう一度言っていただけますか?」

「慈愛と慈悲ですが...」

「...ええと、すいません。もう一度」

「ですから「...いい度胸してるな」

次郎神の言葉をさえぎって、青筋を立てながら観世音菩薩が話しかけてきた。

「『慈愛』=優しい気持ちで相手をかわいがること、『慈悲』=あわれみ、いつくしむこと...ですし」

「ほんっとに、いい度胸してんな」

あっさりと言葉を返したに、観世音菩薩はこめかみをひくつかせる。

「観世音菩薩、話がずれてきております」

「ふん!そんなのこいつに言え」

「(はぁ)殿、ここに来た経緯をお聞かせ下さい」

「はい(この方、苦労してるんでしょうねぇ)」

は知らない男の声が聞こえ、エネルギーを奪われたために逃げてきたことを簡単に伝えた。

「どうやら間違いないようだな」

の話が終わると、観世音菩薩がいすにふんぞり返ったままに言い放った。

「間違いないとは...別にウソはついていませんけれど?」

「そうじゃねぇよ。お前が牛魔王の蘇生実験のために目を付けられているってことだ」

「......実験に必要なエネルギー源としてですか?」

「ああ、理解が早いと楽だな。偶然だろうがこの世界のやつがお前を狙ったんだろう。で、このままだと狙われ続けるだろうけど、どうする?」

観世音菩薩は面白がるようにに問いかけた。

観世音菩薩の後ろでは、次郎神が痛む胃を押さえている。

は、そんな次郎神を見てよけい痛みを与えるかもしれないと思い逡巡したが、観世音菩薩に話しかけた。

「その実験をしている場所は分かりますか?」

「天竺の吠登城、かつて牛魔王が葬られた場所だ。それで、場所を聞いてどうするつもりだ?」

笑いながら問いかける観世音菩薩に、は満面の笑みで言い放った。

「むかつくので、ぶったおしに行きます」

「!殿!!」

「ぶっ!あっっはっはっはっはっはっはっはっはっ・・・」

の言った言葉に次郎神は驚き、観世音菩薩は吹き出して爆笑した。

いつまでも笑い続ける観世音菩薩を、次郎神は茫然と、は微笑を浮かべながら眺めていた。

「あー、笑った、笑った。お前面白いな」

「ありがとうございます」

笑いやんだ観世音菩薩の言葉にも、は相変わらず微笑んでいる。

「ここでも実験を阻止するために人をやるんだが、お前も行け」

「な!なにをおっしゃるんですか!?観世音菩薩!!」

「どうせこいつを止められやしねぇよ。だったら一人で行かせるよりましだろうが。お前もそれでいいだろ」

疑問の形でさえない言葉に、は苦笑しながらもそれでかまいませんと言った。

「なら、詳しいことはこいつに聞いておけ」

そう言うと観世音菩薩は部屋から出て行き、と次郎神のみが部屋に残された。

「...殿、本当によろしいのですか?」

「ええ、かまいませんよ。説明をお願いできますか?」

次郎神は大きくため息をつくと説明を始めた。







あとがき

最遊記第一話終了です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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