丸いストーブの上に置かれたヤカンが、シュンシュンと音を立てている。
この部屋にもともとあるベットには三蔵が、運び込んだ簡易ベットには首に包帯を巻いたが横たわっている。
窓の方を向いて眠る三蔵の背中を、悟空は静かに眺め、そんな2人の様子を時折ぼんやりとした眼でが眺めた。
「 悟空、やっぱりここでしたか」
自分の部屋にいない悟空に気づき、探しにきた八戒が三蔵の部屋に入ってきた。
「三蔵はまだしばらく目覚めそうにないですし、も安静にしていなければいけませんから、少しは何か食べたほうが 」
「...ん、いい。ここにいる」
はっきりとした声で断る悟空に、八戒は少し困ったように笑いながら椅子を引いた。
「 悟空は、制御装置が外れた間の記憶はないんですね」
「...うん。三蔵の腹から血がドクドク出てるのを見てたら、目の前が急に真っ白になってさ。頭ン中グルグルといろんなモンが...」
少し考え込んだ後、悟空は言葉を続けた。
「...前にも言ったけど、俺、昔の記憶がないんだ。五行山に閉じ込められる前の記憶が...何かすげェとんでもないこと、しでかして...でも、すげェ守りたい物があったのは覚えてる。それが何なのか、どーしても思い出せないけど...岩牢の中で鎖に繋がれて、何年も何年も空ばっか見てた」
(岩牢...?連れ出したのは...三蔵?)
は三蔵が深手を負った時の悟空の様子を思い出しながら聞いていた。
「...おれ、三蔵に助けられてばっかだ。何にも出来ないのな、俺。三蔵の為に...それに、までケガしたし...」
(いや、あれは水滴で手を滑らせてしまっただけで...)
「 でも、『誰かの為に』なんてのは、まず『応える』ことだと思うんです」
が文字を書く前に、八戒が言葉を発した。
「例えば、僕を信頼してくれる人がいるなら、僕は自分自身を精一杯守り抜きます。僕もその人を信頼しているならなおさら、その人に恥じたりしたくないから...三蔵が言ってたじゃないですか。『そいつらは死なない』って。だから僕はそれに応えなきゃ。自分が誇れるだけの強さで」
「...そっか...うん。強くなる」
まっすぐな強い目で悟空がそう言うと、八戒は立ち上がりながら言った。
「さて...お腹空きましたね。悟浄も貧血でヘバってることだし、何か身体に良い物作りましょうか」
「えっ!八戒が作んの!?」
悟空の顔に満面の笑みが浮かぶ。
「やりィ♪俺、調理場が借りれっか聞いてくる!」
ばたばたと騒がしい音を立てて部屋を出て行った悟空に苦笑をする。
「 まったく、悟空をあそこまで落胆させられるのは、あなたぐらいですよ とにかく、いくらのおかげで治りが早いと言っても、せっかく塞いだ怪我を再発させる様な真似は控えてくださいね。お揃いの傷なんて僕は御免ですから...も大人しくしていてくださいね」
が頷いたのを確認すると、三蔵を一瞥し、八戒は部屋を出て言った。
八戒の気配がなくなると、三蔵はごろりと仰向けになった。
「ク... ダセぇ......」
は聞こえるか聞こえないかというその言葉に合わせるように目を閉じた。
第十八話 かすれた声で
誰もが寝静まり、物音も聞こえない深夜、起き出した三蔵はまだ血のついた法衣を纏い、自分の銃に弾を詰めた。
「 ッ!!」
その途中、腹部に感じた鋭い痛みに体勢を崩し、思わずテーブルに手をついた。
「はぁっ...クソッ...!!」
起こしてしまったかとを見た時、部屋のドアが小さく叩かれた。
「 そこのタレ目お兄さんよ。ひとりでコッソリ出ていきたいなら、そっちの部屋の窓からどーぞ。俺、一応お前の監視役でここにいるから。俺に気づかれないよーに出てってちょーだい」
「......」
思わずいいのかそれでという顔になった三蔵が分かっているかのように、悟浄は言葉をかける。
「いーんじゃねえのー。好きにすれば。お前の問題なンだろ?俺らにゃ止める義理もねェや」
「チッ どいつもこいつもお節介な奴らだ」
「つれないなぁ。間接チューまでした仲なのにっ...あ、俺とも間接チューしたのか」
ドア越しにガチャッと銃を構える音がした。
「...とまあ、それは冗談でェ、六道がしてた数珠、あれお前のだろ?」
「 それがどうした」
「...やっぱりな。光ったんだ。あの男を庇うみたいによ。札に憑り付かれた六道の精神を支える最後の砦はあの数珠だ。札の力に数珠が耐えきれなくなったとき、奴は 」
「......」
悟浄はそこで言葉を切り、口から煙草を放した。
「 ま、俺は別にいーんだけどォ。お前に何かあると、うるせーのが3人もいるからさぁ。モテモテじゃん三蔵さま♥」
「フン...勝手ににほざいてろ」
「......さ...ぞ...」
「!」
「ありゃ、ひとり起こしたか...ん?声出るようになったのか?」
ベットに横になったまま、小さくかすれたような声で言葉を紡ぐを、驚いたように見やる。
はそんな三蔵の様子にかまうことなく、1匹の青い蝶を手のひらに出した。
その蝶はひらりと羽を広げ、三蔵の周りを飛び回る。
「そ...こ...み...ぃ...あ...ん...な...い...」(その子道案内)
「...(みぃあんない?...道案内か?)」
「...って...ら...しゃ...」(いってらっしゃい)
ふーっと力の抜けるような笑みを浮かべて言うに、三蔵はしばらく逡巡した後、ああと短く答えて部屋を出て行った。
「...行ったか?」
「...ん」
ドア越しにかけられた悟浄の言葉に、はいつもより短い言葉とともに頷く。
「ちょっと意外だな」
「......?」
「てっきり止めるかと思ってたからな」
「と...ぇ...ても...い...く」(止めても行く)
「そりゃそーだ」
苦笑とともに返された言葉を聞きながら、は疲れたように深いため息をついた。
「あ、疲れたんなら寝ろよ」
「ん...お...ぁ...み...」(ん、おやすみ)
「ああ、おやすみ」
はその声とともにゆっくりと意識を沈めた。
の眼は1匹の青い蝶へと飛んでいた。
そこから垣間見るのは、三蔵と六道のやり取り。
は六道の...いや、朱泱という男の最後を見届けると、ゆっくりと目を開いた。
「おはようございます、。よく眠ってましたね」
「お...ぁよ...ご......ぁす」(おはようございます)
「あ、悟浄の言う通り、少し声が出るようになったんですね」
八戒の言葉には頷いた。
「悟浄から、三蔵に道案内をつけたと聞いたんですが...このまま宿で待っていたほうがいいですか?」
『いま さんぞうが いる ところに いちばん ちかい みちで まちましょう』
「分かりました。2人にも言ってきますから、準備しててください」
こくりと頷き立ち上がった。
が示した場所でジープを止めて1時間ほど経った頃、森の中から1匹の青い蝶が飛んできての手に止まった。
それを追って歩いてきた三蔵がいくらか遅れて森を抜け、たちを見つけた。
「お...ぁえ...り...ぁ...」(おかえりなさ...)
「お客さん何所までー?」
「初乗り、いちまんえんだよン」
の言葉を遮るように言われた2人の言葉に、三蔵は不機嫌な顔でジープに近寄ると、悟空に銃を放り投げた。
「...っと!」
「西に決まってんだろ」
そう言うとどさりと助手席に座り、背を預けた。
「 俺は寝る!起こした奴は殺すぞ」
「ぁい」(はい)
「 はいはい...おやすみなさい」
八戒はそう言うと、ジープを西へと走らせた。
あとがき
最遊記第十八話終了です。
主人公、会話が少ないかなぁ...(汗)
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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