「...よォ」

「あ...貴女は一体...?」

(観世音さんに、次郎神さん...)

八戒の言葉には答えずに、観世音菩薩は傷ついた三蔵と、そして眠っている悟空に目を向けた。

   ふん。こんなところで足止め食らってるようじゃ、大したことないな。お前らも」

(わざわざ嫌味を言いに来たんでしょうか?)

「なッ!?何者(なにモン)だてめえ!!」

   おい貴様!口を(つつし)め!!」

観世音菩薩に怒鳴った悟浄に、次郎神が苛立ちを隠さずに言った。

「この御方こそ、天界を(つかさど)る五大菩薩が一人、慈愛と慈悲の象徴、観世音菩薩様にあらせられるぞ!!」

『やっぱり なんど きいても いわかんが あります ね』

声の出ないは、言葉を相変わらずオーラで書いている。

次郎神の言葉に呆気にとられていた悟浄が思わず叫んだ。

「か...観音様ァ!?コレが!!?」

「『自愛と淫猥(いんわい)の象徴』ってカンジなんですけど...」

『はっかい てきかくな ひょうげん とても すばらしい です!!!』

「...いい度胸だ」

3人の言葉に、観世音菩薩が青筋を立てて言った。

「あ...もしかして先刻(さっき)悟空(こいつ)の妖力制御をつけ直したのは...!?」

「そう...そのチビの金鈷(きんこ)は、一般化されてる制御装置とは訳が違う。通常の物質ではなく、強大な神通力を固形化した、『神』のみが施すことのできる特殊な金鈷   つまり、孫悟空の力はそれだけけた外れだってことさ...まだ天界にいた頃からな」

   え...?」

『てんかい に?』

そんな2人の疑問には答えず、観世音菩薩は三蔵の傍らに立った。

   さてと。問題はコイツか。かなりこっぴどくヤられた様だな」

「傷口は塞いだんですけど、失血量がかなり多くて...こればっかりは」

   まかせろ。この俺に不可能はない

『じゃあ からだの なかの きずの ようすも わかりますか ?」

「当然だ」

顎に手を当てて、ポーズを決めながら言う観世音菩薩の様子を、さっくりと無視して聞いたに、胸を張って答えた。

「あのー...神様って皆さんこうなんですか?」

「あ...いえ。そう言うわけでは...」

『かんぜおんさんは れいがい です たぶん』

そんな3人のやり取りを無視して、観世音菩薩は悟浄をビシッと指さしながら言った。

「よし。そこの血の気の多そうなお前!ちょい、顔貸せ」

「ンだとコラ!!神様だか何だかしらねェが、えばりくさって.........!!」

悟浄の文句は、観世音菩薩に途中で遮られた。

『なぜ かおを かりて ちゅう? しかも ごじょう? さんぞう じゃない の?』

何事かと混乱している悟浄と、呆気にとられる八戒とは異なり、は割と冷静なようだ。

ゴクン...ま、こんなトコか。慣れてな、お前」

「...って、何をイキナリ...ッ   !!?な...?」

「悟浄?」

「!?(悟浄?)」

文句を言おうとした悟浄が、急に倒れたことに、本人も、他の2人も驚く。

「...あまり動くと貧血起こすぞ。今お前の身体から大量の血気(けっき)を吸い取ったからな」

「あ・そ...先に言えよ、そーゆー事わッ

そんな悟浄を気にすることなく、三蔵の傍に来た観世音菩薩は、三蔵の髪をつかんで無理やり顔の位置を変えた。

『かんぜおんさん さんぞうの くびが むちうちに なります』

「これ位じゃならん」

の非難をその一言で終わらせ、観世音菩薩は囁くような声で意識のない三蔵に言った。

「...こーゆーことされて、悔しいだろ『金ゼン(こんぜん)童子(どうじ)』。いや...今は(・・)玄奘三蔵だったな」

(...金ゼン?今は?)

「悔しかったら生き延びてみな。自分自身の力で」

そう言うと観世音菩薩は、三蔵と口を合わせ、血気を与え始めた。










   第十七話     治療










しばらくそのまま血気を与えていたが、ふいに三蔵の左腕が動き、観世音菩薩を突き飛ばした。

「!」

「三蔵!!意識が   ?」

『ちがう よう です』

「...今のは無意識の内で払ったんだろ...本当(ホント)に可愛い奴だよ、お前は」

観世音菩薩は楽しそうに笑い、見下ろしながら言う。

「とにかくこれで輸血の必要はなくなったから。すげーだろ、神様わ」

「...有難うございます」

『からだの なかの きずは?』

「一応塞がってるが、すこし動けば開く」

『ありがとう ございます』

「礼なら身体で払ってくれ。おれは善意や道徳心で手を貸したわけじゃないぜ。この旅の真の目的...牛魔王の組成実験を阻止する為だ

『それでも いちおう おれいの ことばは うけとる もの では?』

「そんなのは俺次第だろ...ああ、。これはお前のモンだ」

観世音菩薩は、どこからか取り出したカードをに投げ渡す。

「...?」

「前にお前がよこしたヤツで作ったカードだ   じゃ、またな」

「あ、ちょっ...」

くるりと背を向けた観世音菩薩は、八戒の言葉を無視してその場から掻き消えた。

「「.........」」

『これの おれいを いい そびれ ました』

「...

『なん ですか?』

「...いえ...まだ、声は出ませんか?」

『はい』

「しっかし、ホントに何だったんだあれは」

『かんぜおんさんは はじめて あった ときから あんな かんじ でした けど』

苦笑しながら悟浄にそう返すと、は視線を三蔵に向けた。

「ま、いつまでもここにいる訳にもいかねーし、中に戻るか」

「そうですね」

『その まえに』

「ん?」

「何ですか?」

『さんぞうの きずの かいふくを はやめ ようかと』

「傷を...ですか?」

「んなこと出来んのか?」

はこっくりと頷くと、三蔵の身体を支えていてくれるように悟浄に頼む。

三蔵の身体から手を放したは、『無限の武器庫《インフィニット グローブ》』で取り出したナイフで左腕を切った。

「「!!?」」

は2人の言葉を聞き流し、自分の傷口に口をつけ、血を口に含んだ。

「あの...?」

「...おい、まさか」

2人の予想に違わず、は口に含んだ血を三蔵に飲ませた。

時間としてはほんの2、3秒程度のものだが、2人ともぽかんと口を開けて見入っていた。

『おわり ました なかに はいりましょう』

「え...え、ええ」

...お前、何したんだ?」

『ちを のませ ました』

「いや、それは分かるんだけどよ」

「もしかして、の血を飲むと、傷の治りがよくなるんですか?」

『こうかは はんにち ほど ですが』

「だからって...何で口移し?」

『いちど くちに いれると ちの あじが なくなるから です』

「いや、だからってなぁ...」

「?」

は、なぜ2人が微妙な顔をしているのかさっぱり分からないという感じで、首を傾げた。

「...が気にしないって言うならいいんですけど」

「まあ、そうだな」

「?」

「じゃあ、僕は悟空を運ぶので、悟浄は三蔵をお願いしますね」

「ああ...なんか、今になってものすごく疲れが出てきたぜ」

『もう ひとがんばり です』

「...しゃあねえ、さっさと運びますか」

「ええ。あ、も大人しくベットに寝ててくださいね」

『はい』

自力で動ける3人と、意識のない2人はやっと宿の中に戻って言った。










あとがき

最遊記第十七話終了です。
『金ゼン』は変換するとバグるので、しょうがなくカタカナに...(泣)
主人公にとって、口移しはただの医療行為なので、周りの反応がさっぱり分かっていません。
観世音菩薩がやった時も冷静だったのは、完全に医療行為と思っていたからです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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