「...蔵!三蔵ッ...!!」

「おいっ!ッ...!!!」

悲痛な声に、の意識が浮上する。

......ご...くう...と...ご...じょ?

口から出た息は、言葉に変わることなく雨の中に消える。

(情報伝達回路はかろうじて元に戻っていても、声帯機の方までは無理ですか...)

そんなことを考えながら、は膝をついたまま、ゆっくりと自分の首に刺さった錫杖に手をかけた。

「ッ!!!!!?」

動くに気づいた八戒が驚きの声を上げる。

ほんの少しだけ顔を上げ、八戒たちに目を向けたは、人差し指を顔の前にあげ、(いん)をせずにオーラで文字を書く。

『はっかい さんぞうの しけつを』

「あなたはっ!?」

『だいじょうぶ』

「大丈夫ってお前...」

『しなない から』

「...分かりました」

の言葉に頷いた八戒は、止血をするために三蔵の横に膝をついた。

「三蔵ぉッ!!さんぞ...」

「動かしちゃだめです悟空!!」

だが、混乱した悟空が三蔵の名を呼びながら揺り動かそうとするのを止めなければならなかった。

はそんな声を聞きながら、ゆっくりと首に刺さった錫杖を引き抜く。

そして、引き抜かれた錫杖がカランッと音を立てて地面に落ちた時、それまで黙っていた六道が声をあげた。

...うがああ...ああ...あ!!

「......?」

「はッ...ざまァ見やがれ...!!妖怪ごときに加担しやがる奴は、人間だろうと死んじまうがいい!!ひゃははははははは...」

狂ったように笑い声を上げる六道を見たは、ゆっくりと立ち上がり顔をあげた。

「お前は首に穴が開いても死なねえんだな!ははッ化け物めっ!!」

「.........」

は口も開くことなく六道と眼を合わせる。

その眼を見たは、知っていると思った。

「ああ、そういや声が出ないんだったな!ざまあねェ!」

(私は...あの眼に浮かんでいる感情を...知っている)

の眼がわずかに揺れた。

その感情は絶望と恐怖、そして、祈り。










   第十六話      眼に浮かぶ感情










は友人を善人か悪人かで判断しない。

賞金首(ブラックリスト)の犯罪者から賞金首狩り(ブラックリストハンター)、中には一般人まで、さまざまな者たちがいる。

は身内に危害を加えるものは、徹底的に排除する。

それこそ手段を選ばずに。

だが、それにも例外はある。





身内同士(・・・・)の争いには手が出せない。






たとえそれが、どんなに大切な者同士の戦いであっても。





その戦いは、お互いがお互いの誇りや地位や命、存在そのものを賭けて行われた。

だから誰もがに言った。

『この戦いに手を出さないでくれ』と...






頷くことしかできなかった...                              
...どんなに止めてくれと言いたくても


地面に横たわった者をただ見つめることしかできなかった...                              
...もう一緒にいられなくなることを信じたくなかった


地面に作られた血だまりは、自分の顔を映し出した...                
...流れていく命を止められない己が腹立たしかった


生き残った者が悲しそうに自分を見ていた...                              
...生き残ってくれたことは嬉しくて、でも逝ってしまったのが悲しくて


声を出さずに何度も泣いた...                              
...枯れない涙が悲しみを癒してくれない

人知れず、何度慟哭(どうこく)しただろうか...                              
...枯れない声で何度恨み言を叫んだだろう


人とは違う頭が、流れる血の1滴さえも覚えている...                              
...薄れることのない記憶で狂うこともできずに


大切な友人たちに『この先』何度会えるか考えていた...                              
...『いつか』がいつも恐怖だった


目に見えぬ『誰か』に何度祈り、願っただろう...                              
...それは希求(ききゅう)、それは懇願(こんがん)、それは切望、そして...絶望となった







それでもこの世にいるのは、『家族』が、『友人』が、繋ぎ止めてくれているから。





(私にとってのあの人たちが、きっとこの人にとっての三蔵だ...)

そうでなければあんな眼はしないと、そう思ったの口は、無意識に動いていた。

三蔵は死なない

「...な...に?」

死なせない

声に出ない言葉を読み取った六道の眼にわずかに光がよぎる。

「悟空!!」

「しっかりしてください!!」

「...?」

切羽詰まった悟浄と八戒の言葉を聞いたは、何事かと振り返る。

「はあっ...      ...ッ!!!



         パキィイン



その途端、悟空の額についた妖力制御装置が甲高い音を立てて砕けた。

「妖力制御装置が...!?」

うあ...あぁ...あ!!

「悟空!!」

(悟空!?)

「っ!駄目です悟浄!!離れて...!」

うめき声を上げる悟空に近づこうとした悟浄とを、八戒が腕を掴んで止めた。

「はあッ...は!」

たちの眼のまで、悟空の耳がとがり、髪が伸び、爪が鋭く変化していく。

変化が止まると、悟空は悟空は音を立てて地面を踏みしめ、その場にいる者たちを見据えた。

(...悟空?)

「悟空...あれが」

「『妖力制御装置』封印から解き放たれた生来の姿」

それはが初めて知った悟空の姿。

大地のオーラが集結し、巨石に宿った異端なる生命体『斎天大聖(せいてんたいせい)孫悟空』...

「ははッ   それが貴様の真の姿か!!やはり化け物は貴様らのようだな!!!」

「......」

ふらりと無言で六道に1歩近づいた悟空は、一瞬で距離を縮め、六道の顔を地面に押さえつけた。

「がはっ...!なっ...!?」

(速さが上がってますね)

地面に押さえつけられた六道はすぐに体をひねり、悟空の両腕をつかんだ。

六道がつかんだ部分は焼けるような音とともに痛みを与えているはずだが、悟空はそれを気にすることなく口元を引き上げて笑う。

そんな悟空の様子に焦りを浮かべた六道は、悟空の体を蹴って引きはがすと、すかさず札を投げつけた。

「くそっ...!!」

六道が投げた札は、悟空に届く前に音を立てて燃え尽きた。

「何ぃ...!?札を焼き切るほどの妖力を放っていると...!」

思わず驚きの声をあげた六道を、悟空は思い切り殴り飛ばす。

そして地面に倒れた六道を、笑いながら馬乗りになって殴りつけた。

「...マジかよ...」

「感心してる場合じゃないですよ」

呆然とその様子を見ていた悟浄に声がかけられた。

「八戒」

「...まだ息があるんです!雨に体温を奪われてる。出血だけでも止めなきゃ...!!」

『わたしの たいおんを あげて あたためる ことが できます』

八戒の言葉にがそう文字を書くと、すかさずお願いしますと頷く。

「どうするんだ?」

「気孔で傷口を塞ぎます。急所は外してるだけまだマシかも...」

悟浄にそう言うと傷口に気孔を当てる。

も三蔵の頭を自分の膝に乗せ、体温の逃げやすい首筋に手を当てて温める。

   三蔵は僕たちが何とかします。悟浄は悟空を止めてください」

「ああ   だけど、どーすりゃいいんだよ!?」

「僕だって知りません。三蔵でないと...   でも、今の悟空は明らかに正気を失っている。このままじゃ、あまりに強大な(おの)が妖力を抑えきれずに、すべてを破壊するまで暴走してしまう...!!」

八戒がそう言った時、悟空が六道の左肩を喰いちぎった(・・・・・・)

ぎゃああぁあああ!!

「!!」

六道が悲鳴をあげたとき、その首にかかっていた数珠が強い光りを放った。

「ぅあぁあ!!!」

その光を浴びた悟空がふらついたのを見た六道は、素早く1枚の札を取り出しその場から消え去った。

「逃げやがった...!?」

   逃げはせん!!

「!」

覚えていろ。必ずや戻ってくる!その時は貴様らを、貴様ら妖怪全てを、この呪符の肥やし(・・・)にしてくれるわ...!!

八戒が傷のふさがった三蔵の上半身を起こすと、に預けた。

は三蔵の体を自分に立てかけるようにすると、しがみつく様にして、高くした自分の体温を分け与える。

   悟空!!おい...大丈夫か?ご...」

六道がいなくなった後その場に立ち尽くした悟空に、悟浄が近寄り声をかける。

だが、全てを言い終わる前に、悟空の拳が悟浄の顔めがけて繰り出された。

「!!」

「駄目です!今の悟空には判別能力がないんだ!」

   ったく!トチ狂いやがって...!!

悟空の拳をかわした悟浄は、そう言って悟空の腕をつかんだ。

悟空はそのつかまれた腕を喰いちぎろうと、大きく口を開け牙を向ける。

「クソッ......これでも食ってな!!」

「!!」

いらついた声でそう言うと、悟浄は自ら右腕を悟空の口に押し込んだ。

そして、驚いて一瞬止まったのを見逃さず、悟空の頭を反対の腕で動けないように押さえつける。

「!...が...ッ!?」

「悟浄!!」

「...ッ!(いや、でも、確かに食いちぎられないように猛獣にするのと同じやり方ですが...)」

「〜〜〜〜〜目ェ覚ましやがれっ!このバカ猿...ッ!!!」

   そのまま。押さえておけ!!』

悟浄がそう怒鳴りつけた時、どこからか声が聞こえてきた。

「な...何だぁ!?」

(この声は...)

悟浄がその声に頭を上げ、あたりを見渡した時、キィインという高い音が辺りに響き渡る。

   !?」

その音が聞こえたとたん、悟空の体が大きく1度痙攣(けいれん)し、頭の周りに光の輪が浮かび上がる。

そして次の瞬間には、光の輪が悟空の妖力制御装置へと姿を変えていた。

妖力制御装置をつけられた悟空は、たちがよく知る姿へと戻っていた。

「悟空...!!」

倒れてきた悟空を、悟浄が慌てて受け止める。

   寝てやがる...」

「今のは一体...?」

八戒がそう言った時、地面を踏む音ともに後ろから言葉がかけられた。

   ったく、だらしないねー」

悟浄と八戒、そしても声の主へと顔を向ける。

(あ...)

「...よォ」

「あ...貴女(あなた)は一体...!?」

そこにいたのは、がこの世界で初めて会った者たちだった。










あとがき

最遊記第十六話終了です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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