「あ...ありがとうございます!六道様!!」
「 礼などいらん。これは俺の使命だ」
礼を言う女性にそう言葉を返す六道を、三蔵は何かを考えるようにじっと見つめ、それに気づいたが三蔵を見上げた。
「よく分かんないけど、片づけてるれてラッキーってカンジ?」
「なーんだ。寝よ寝よ」
2人の様子に気づかなかった3人は、さっさと寝ようと入り口に体を向けた。
「! おい」
それを六道が錫杖の先を悟浄の肩に当てて止める。
「...何」
「貴様ら、人間か?」
「また随分と不躾な質問ですね」
そんな会話が始まる前に、六道のわずかな敵意に気づいたは、女性の従業員に声をかけて気をそらし、死体の転がる厨房の外へと送り出している。
「俺の目はごまかせんぞ。貴様ら3人とも妖怪だな」
「 だったらどうだってゆーんだよっ!!俺たちは...」
悟空が言おうとする言葉を遮り、六道は札を構えながら言った。
「言っただろうが...全ての妖怪を俺が滅すると...!!」
「何だよコイツ!?人の話も少しは聞けって...」
「いいからよけろ!」
「オン!」
言葉とともに投げられた札を、3人は素早くよけた。
「げ!ヤバ...」
上へと飛んでよけた悟空が、六道の後ろに着地して態勢を立て直すよりも、六道が攻撃する方が早い。
「悟空...!」
パシィ
「!?」
六道が振り下ろした錫杖は、よりも先に、高い音ともに三蔵の手によって止められていた。
「朱泱 何してんだあんた」
「......お前は...」
「...三蔵?(朱泱?...六道は偽名ということでしょうか?)」
三蔵を見た六道は、目を見開いて驚きを露わにする。
「一応言っとくけど、こいつら殺してもバカが減るだけだぞ」
「何...知り合い?」
「シっ」
疑問の声を上げる悟空を、八戒がたしなめる。
「く...くっくく...っ」
先ほどまで驚きを露わにしていた六道の口から笑い声が漏れた。
「ははッ! そうか!!噂には聞いていたが...まさかこんな所で出会そうとはな。『今代の三蔵法師には不逞の輩がいる』『下賤の民を従者に選んだ』と 」
「......」
「......(下賤ねぇ...高尚よりよっぽどマシですけどね)」
「『何をしている』だと?それはこっちの台詞だ。玄奘三蔵!先代三蔵を殺めたのがそいつらの同族だということを忘れたはずはあるまい...!!」
「 人間変わるモンだな、朱泱。あんたの口からそんな言葉が聞けるとは」
「変わったんじゃねえ。朱泱は死んだんだ。お前が寺を去った、10年前のあの日から...!!」
第十四話 昔の名前
「ちょっと...通してくれ!」
ざわざわと騒ぐ僧たちを押しのけ、朱泱は光明三蔵法師の部屋を覗き込んだ。
「 ッ!!これは...!?」
血濡れで横たわるよく知る人物を見下ろし、呆然とつぶやいた。
「江流...?」
そして、その人の血で濡れた己の体を見下ろしてたたずむ者に駆け寄った。
「 おい!しっかりしろ!!一体何があったんだ!?おい江流...!!」
「...た」
「え?」
小さく呟かれた言葉に、朱泱は肩を掴んでいた手の力をゆるめた。
「守れなかった」
朱泱は初めて見る江流の涙を、ただ眺めることしかできなかった。
「 なるほど。つまり昨晩、三蔵さまの部屋に夜盗が押し入り、三蔵さまを惨殺し 『聖天経文』を強奪された...と、そう申すのだな?」
「相違ございません」
血を落とし、頭に包帯を巻いた江流は、静かに僧正の言葉に答えた。
先ほどまでの呆然とした表情は全くなかったが、その目から流れた涙を知る朱泱は心配げに江流を見ている。
「『魔天経文』は、私ごと師が身を挺して庇護して下さり無事でした。夜盗は容姿から見て間違いなく妖怪の一群でしょう」
最高層「三蔵法師」の称号を持つものが、それぞれ守り人とされる5つの教典『天地開元経文』 光明三蔵は、その中の『聖天経文』と『魔天経文』 2巻分の守り人を務めていた。
「師の命だけでなく...金山寺の御本尊ともされる経文のひとつまで奪われた。すべて私の責任でございます」
「そんな話信じると思うか?」
江流の話を聞いていた僧の1人が声を荒げて言った。
「このガキが三蔵様を殺したんだ!!おおかた聖天経文も何処かへ隠したんだろう?やっぱりお前は化け物だ!」
「 貴様!何を根拠に」
「いいんだ、朱泱」
江流はその僧に向かって怒鳴ろうとした朱泱を止めた。
「寺を下りる許可を頂きたい。この命に代えても、師の仇を討ち、聖天経文を奪い返します」
「上手いこと言って...逃げようってんじゃねェだろうな!?... ッ!?」
そう声を荒げた僧は、江流の一睨みで体を硬直させて言葉を失った。
「 しかし江流、師の仇はともかく、経文を守りきれなかったのは、この金山寺総じての責任。そなた1人が被るべき罪ではなかろう」
「いいえ。私は、己の所有物を探しに行くのです」
「何?」
江流は頭に巻かれた包帯に手をかけ、するするとほどいていく。
「昨晩、お師匠様に呼び出しを受けた私は、死の直前に正式な法名を授かりました。『玄奘三蔵』それが今日から私の名です」
「!!その額の印は...!!!」
「江流...」
代々『三蔵』に受け継がれる深紅の印は、天に選ばれし者 神の座に近き者の証。
それが江流の 玄奘三蔵の額にあることで、周りにいた僧たちがざわめいた。
「 そうか。それが御仏の御意志か」
「僧正...!!」
ざわめく周りにかまわず、僧正は三蔵の前へと進み出た。
「これは光明三蔵の形見の金冠だ。今、この時より、其を三十一代目東亜玄奘三蔵法師とし、「聖天」・「魔天」両経文の正式な継承者であることを認める」
その言葉とともに、金冠が三蔵の頭に載せられた。
「...その晩、お前は人知れず山を降りた」
昔を語る六道の言葉を誰もが黙って聞いている。
「だが、そのすぐ後に、妖怪の夜盗軍が再度攻め込んできた...!!奪いそびれた『魔天経文』を狙って、お前が持ち去ったばかりとは知らずにな!!」
「!!」
その言葉に、三蔵は息をのみ、目を見開いた。
「寺の法力僧たちが総動員しても、まるで歯が立たねえ。当然と言えば当然だ なんせ三蔵さまやお前ですら立ちうち出来なかったんだからな だから俺は、ついに、『禁じ手』と呼ばれる呪符で自らに呪いをかけた。『我に全ての妖怪を滅する力を』...!!」
「......まさか...『阿頼耶の呪』...!?」
三蔵が『禁じ手』と『呪符』、『呪い』という言葉で導き出した答えを、六道は肯定する。
「そうだ そして俺は、強大な法力を手に入れ、妖怪どもを倒した。だが、1度開放した力を押さえることは出来ない...もはやこの俺の体は、コイツが妖怪の魂を喰らう為の道具でしかない...!!」
「「!!」」
六道が見せた己の胸には、まるで札が『根』を張っているかのように、肌に食い込んでいるのがはっきりと見て取れた。
それは、三蔵だけではなく、札を知らないにまで、引きはがすことが出来ないのだということをはっきりと分からせた。
「この10年...何の罪もない妖怪どもを殺しまくってきた。この札と...この札がもたらす激痛から逃れる為に!妖怪どもがトチ狂って人間を襲い始めた後は、こんな俺でも救世主扱いだ!笑っちまうよ...!!!ひゃはっ!ひゃはははは...」
「イッちまってるよコイツ... どっちが妖怪だってェの!!」
甲高い声で笑う六道を見て、悟浄が顔をゆがめながら言う。
「そう...でしょうか?(あんな眼は、自我を保っていなければ出来ないのに...)」
悟浄の言葉に、わずかに上げられたの疑問の声は、誰にも聞きとられることはなかった。
あとがき
最遊記第十四話終了です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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