三蔵一行は4日ぶりに町に着くことができ、昼過ぎに宿をとると食糧や医療品などの不足しているものを買い足した。
そしてその日の夕方、少し早めだが食事をとるため5人は町に1件だけの酒場へ向かった。
「いらっしゃいませー!!」
「5人なんですけど、空いてるところありますか?」
「はい、あちらの席へどうぞ」
「ありがとうございます」
5人は案内された席に座ると、八戒が開いたメニューを覗き込む。
するとそのとき、少し離れたところから女の人の悲鳴が聞こえてきた。
「何するんですか!!?」
「いーじゃねぇか。減るもんじゃないし」
は聞こえてきた声にわずかに眉間を寄せて顔をしかめると、後で注文してくださいと言って、テーブルに置かれている灰皿を勢いよく投げた。
カァン!
「ぶっ」
「...少しずれましたね...」
灰皿のあたった男の声を無視して、5人はメニューに集中する。
「ビール2本な」
「じゃあ、これとこれと...」
「モツ焼きも、モツ焼きっっ」
「野菜を食え、野菜を」
「野菜...八宝菜とか回鍋肉、チンゲン菜のクリーム煮なんかどうですか?」
「あ、八宝菜いいかも」
「レバニラは?」
「じゃあ、頼みましょうか。とりあえずこれ位でいいですか?」
「良いんじゃね」
「おーいッ、お姉さんオーダーよろしくっ」
「あ...ハイ!!」
注文を取りに来た店員の女性に次々と注文を言っていく。
「...じゃ、注文は以上で?」
「あ、それからさ、灰皿ひとつ」
「え?あ、ハイ」
店員の女性が少し驚いたように返事をして戻っていくと、三蔵がおもむろに口を開いた。
「...どう思う?」
「どうって、何が?」
「オレ達が長安を発って今日でひと月になる。倒した妖怪は星の数、そのほとんどが『紅孩児』の送り込んだ刺客だ。その『紅孩児』が牛魔王の息子なのは分かる...しかし、本来は誰の指示にも従わない妖怪達が、自害に至るまで忠誠を誓うとはな...ここしばらく静かだったからな。そろそろまた何かしらの攻撃を仕掛けてくるだろう」
「...結局、僕らはまだ何も知らないんですよね。牛魔王蘇生実験の目的も、それを操るのが何者なのかも...」
「知ってることは実験が行われることと、場所くらいですしね」
「あの...ご注文の品ですぅ」
「わーいv」
深刻な空気が店員の女性と悟空の声で、一気に霧散した。
「...まあ、腹が減ってちゃ戦はできねってか?」
「その様ですね」
「?...(...毒入り?)」
「いただきまーす」
「あ、悟空ちょっと待「きゃあッ!」って...?」
「あ?」
5人は顔を上げて悲鳴の聞こえたほうを見る。
「そう嫌がんなって、一緒に飲もうや、姉ちゃーん」
「また貴方達...放して!」
「...あーあ、オッサン下手だよ。女の扱い方がさ」
「まあ悟浄と比べたらそうでしょうけど、酔っ払いって似たようなものじゃないんですか?」
「あはは、どうなんでしょうね?」
「何だと若僧がァ!すっこんでろ!!」
「まーた灰皿くらいたいワケェ?カコーン!てな」
「!!〜てめェか!さっきのは!?」
「悟浄じゃなくて私ですけどね」
「うらあ!!」
がん!
「うお!?」
ガシャン!
ガシャッ!
酔った男にテーブルを蹴り倒され、5人の前に並んでいた料理や酒が床に落ちてしまった。
(まあ毒入りだったから、私以外には好都合...ですかねぇ?)
ダン!!
「てめっっ!やっちゃイケねェことやったな!!?絶対許さねェッ!!」
「悟空、テーブルに足を乗せては...って聞いてませんね」
の言葉を無視して、悟空と悟浄は酔った男達と取っ組み合いを始めた。
「オイ、妖怪どころか人間とまで争ってどーする」
「血気盛んですねぇ」
「周りのお客さん達が引いちゃってますね」
「まあ、そのほうが被害を受けることはありませんし。僕達も避難してますか?」
「そうですね」
しかしと八戒が避難する前に、この店の店主らしき男が慌てて走ってきた。
「飛さん、やめとくれよ!店がボロボロになっちまうっ」
「るせえ!!」
「勝負をつけたきゃいつものヤツにすれば良いじゃないか!な?」
「...いつもこんな状態なんですね」
「いつもの勝負ぅ?何だ、そりゃ?麻雀か?早撃ちか?」
「フン!酒場の男の勝負と言やあ、決まってんじゃねーか」
ドン!
「飲み比べよ!」
「「「「.........」」」」
「?、決まってるんですか?」
第十一話 紅孩児
「...お前ら、今あからさまに嫌な顔しなかったか?」
「いや...なんとなく...」
「ふん、ま、最初から勝負にゃなんねぇか。そっちにいるのはガキ2人と見るからに貧弱な坊主だもんなあ」
男の挑発的な言葉に、三蔵の顔に青筋が浮かぶ。
「...店主」
「は?」
「...この店中の酒、一滴残らず持って来い」
「は...ハイッ!!」
カードを出しながら言う三蔵に、店主が慌てて酒を取りに行った。
「...飲む前から目が座ってますけどー?あ、いつものことですね」
「わーい!酒だ酒だーv」
「ガキ2人って言ってましたけど、私も数に入ってるんですか?」
「ヨォシ!勝負は4対4と言いたいところだが、そっちはガキ2人で大人1人と数えてやる!!先に全滅した方が負けだ!いいか!!」
「おうよ!!」
「...周りの方々が見物人になっちゃいましたね」
「あはは、そうですねぇ」
「では...始め!!」
店主の合図と共に飲み比べが始まり、周りにいた人達が歓声をあげた。
飲み比べが始まって1時間ほど経った頃、相手方で無事なのは飛だけで、三蔵一行も悟空がすでに酔いつぶれていた。
「...口だけじゃなーようだな」
「こんくらい何だよ。こっちゃまだまだ余裕だぜェ?なあ、悟空...」
「ぐーーーーー。むにゃ...むにゃ...くじら...」
(...くじら?)
「起っ!きっ!ろっ!この猿ー!!」
「ふふん、そっちのガキはリタイアのようだな」
ガンガンと頭を叩きつけて悟空を起こそうとする悟浄に、飛が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「そっちこそテメェ以外全滅じゃねぇか!」
「残念だな。俺はこの辺じゃ飲み比べで負けたことたァねーんだよ」
「じゃあ、どーせだからもっと強いお酒下さーい」
「あ、そのジンとかどうですか?それともウイスキーにします?」
「なっ!!」
酔った様子をまったく見せずに注文すると八戒に、飛が口を開けて固まった。
「...そーいえば俺、八戒が酔ったところ見たことナッシング」
「あなどれねー」
「つーか、も八戒とおンなじか?」
「.........」
注文を言った後、普段どおりの足取りで酒を取りに行ったに、三蔵と悟浄は呆気にとられる。
呆然とを見ている2人に気づいた飛が、三蔵に声をかける。
「おい、どうした坊主?そろそろ限界か?手が震えてるぞ、その女顔にゃお酌役が似合いだぜ」
「......くっ、クックックッ愚か者が...俺を愚弄するとはいい度胸だ」
「...三蔵?」
「...酔ってますね」
「魔戒天...もごっ」
「わーーーっ!民間人相手にいきなりそんな大技かまさないで下さいっ!この人見た目よりかなり酔ってる...」
「経典どうやって戻すんですか?」
八戒が三蔵の口を塞ぎ、が経典をワシッと掴んで動きを止めていると、それを見ていた飛が立ち上がった。
「ケッ!まだるっこしい勝負はヤメだヤメ!!力でツブしてやらぁ、若僧ども!!」
「望むところだァエロジジイ!やってやろうじゃねえか!!」
「ああああああ、お店がーーーー」
「周りの椅子やテーブル片付けたほうが被害が少ないですかねぇ?」
「まあまあ、皆さん落ち着いて...」
そのとき、店の中が急に霧に包まれた。
「?、何だ?この霧は!!」
「...クソッ!頭が急に...」
「目の前が...暗く...?」
(...睡眠薬?多分さっきの毒を仕掛けたのも)
「この霧...吸っちゃ駄目です!!」
「...ッ」
「悟浄!?」
「...っと、三蔵?」
「悟空!!」
と八戒は自分の方に倒れてきた三蔵と悟浄を受け止める。
「悟浄...しっかりして下さい、悟浄!」
「...体温が高いのと脈拍が早いのは、酔ってるからですね」
「...!正常に呼吸してる?これは...?」
と八戒が容態を確認していると、後ろから声が掛けられた。
「そう、安心して下さい。今のはただの睡眠薬です。一般人を巻き込むわけにはいきませんから」
「...あ...貴女がこれを?」
「薬かがなかったんですね...」
「......貴女は一体...」
女性が腕輪をはずすと、女性の耳が尖り、腕に刺青が浮かび上がる。
「「!!」」
女性は着ていた服を投げつけ、八戒へと槍を繰り出す。
八戒は服に視界を塞がれながらも、何とかかわした。
「貴女も『紅孩児』の刺客ですか」
「三蔵法師一行の猪八戒殿、殿とお見受けしました...我が名は八百鼡、我が主君 紅孩児様のため、貴方がたには今この場で死んでいただきます」
「「...」」
「いざ!!」
「ちょっと待っ...『ガシャ!』!!!」
「くっ!!」
バン!
は八戒の前に出て、咄嗟に『からくり仕掛けの杖』で受け止めが、攻撃の勢いに押されて八戒と共に扉に激突し外へと出てしまった。
「「っ!!」」
外へと出た八戒は、八百鼡の後ろへと回り込み、槍をひねって取り上げる。
「きゃ...あぁ!」
「...もう止めませんか?」
「くっ...」
コッ
ドン! ドン!
ドン!
「!!、爆薬...!」
「!」
「死んでください!!」
爆薬が届く前に八戒は気孔で、は魔法で障壁を作る。
「はっ!」
「殻円防除!!」
ドォン!!
ドドン!
ドン!
ドォン!
2人に向かって投げられた爆薬が、全て障壁に当たって爆発する。
「もう諦めて下さい...!」
「...く...こうなったら最後の手段です。本当はあまり被害を広めたくなかったのですが...その酒場に大きな爆薬を仕掛けておきました」
「「!」」
「このスイッチひとつで...!」
カチッ
「.........あれ?」
「えーと、コレのことですか?すいません、さっき見つけて危ないなーって思って引っこ抜いちゃいました」
「あ、八戒もですか?私は引っこ抜いたあと、水かけちゃいましたけど」
困ったように笑い、爆薬を見せながら言う2人の言葉に、ショックを受けた八百鼡は地面にがっくりと膝をつく。
と八戒は困ったように顔を見合わせると、八百鼡の前にしゃがみこんだ。
「...あの、すみませんでした」
「...ごめんなさい」
「さっき結構攻撃返しちゃって...どこか痛くありませんか?」
「私のロッドも腕にぶつかってましたよね?」
「!!...触らないで!!」
八百鼡が差し出された八戒の手を振り払うと、八戒の手に血が流れ落ちた。
「敗北した上...敵に情けをかけられたなど、私はもう紅孩児様の許へ帰る資格が無い...!」
は八百鼡の言葉にわずかに顔をしかめたとき、八百鼡は腰に差していた短剣を引き抜き自分に向けた。
「...もはやこの命など、必要ない!!」
「待ッ...」
「来ないで!!」
「バカ!ヤメロって...!!」
ガッ!
「...え?...っ!!」
「「「「!!」」」」
八百鼡がわずかに目を伏せた瞬間に、近寄っていたが刃を握り締め無表情で八百鼡を見つめる。
「放してっ!!」
「.........」
八百鼡が短剣を動かそうとしても、の掴んでいる短剣は信じられないことに動かすことが出来なかった。
しかし八百鼡が力を込めて短剣を動かそうとするたびに、の手からは血が流れ落ち地面に滴る。
「...っ!!」
「!!」
の手から流れる血に気付いた悟空がの名を呼ぶが、は相変わらず無表情に八百鼡を見つめる。
八百鼡は無表情に自分を見上げてくるに気圧され、短剣を放して逃げ出したくなるほどの恐怖を覚えた。
悟空達ものいつもと違う雰囲気に言葉を飲み込み、じっと2人を見つめる。
その場が沈黙に包まれてしばらく経ったころ、は感情をまったく感じさせない平坦な声で八百鼡に話しかけた。
「...我侭を言うのもいい加減にして下さいませんか?」
「なっ!!」
「帰る資格が無い?命なんか必要ない?...全部貴方の勝手な思い込みでしょう」
「ッ!」
「それとも貴女の主というのは、たった一度の失敗で貴女を見放す程度の人物なのですかなんですか?...ああ、貴女が主を大切に思っていないだけですか」
「っ何を!?」
「貴女はここで死んで終わりにするのでしょう...残された貴女の主はどうなるんですか?...見捨てるんでしょう?」
「ッ!!!」
「まあもう少ししたら貴女の主も、貴女の後を追うことになるのでしょうし...」
「!!させないっ!絶対そんなことさせはしない!!!」
「『今』ここで死ぬことを選んだ貴女がですか?」
「っあの方は、私がお守りするッ!!......あっ...」
の言葉に八百鼡が叫びながら言い返すと、自分で言った内容に気づき八百鼡は呆然とを見返した。
は呆然と自分を見下ろしてくる八百鼡に、無表情だったのが嘘のように、慈しむような柔らかい笑みを向ける。
そのときと八百鼡を取り囲むようにして、強い風が渦を巻いて吹き付けた。
「!!」
「きゃあぁあ!!」
「八百鼡さん!?!?」
「や...」
渦を巻いていた風が止むと、と八百鼡を抱えた赤い髪の妖怪が4人を見下ろしていた。
「...こ、紅孩児様...!!」
「「「「!?」」」」
「...?」
二人を抱えた紅孩児が酒場の屋根へと着地すると、はその場に下ろされた。
「...礼を言う」
「...え?」
「三蔵一行だな?...我が部下を引き取りに来た。用件はそれだけだ。貴様らとはいずれ又会うだろう、その時まで命を大切にしておくことだな」
「!...待てよ!!せっかく来たんだから...エンリョしねーで遊んで行けって!!」
如意棒を持って飛び掛ってくる悟空に、紅孩児は八百鼡を横に下ろし左手を向けた。
「開」
ゴォオォオオォォオオォ
「!!?だッ...あぁアあ!!!」
ドシャァ!!
「悟空!!」
「チイ!!」
悟浄も錫杖を出し紅孩児へと刃を飛ばすが、紅孩児はそれを指で挟むだけで止めた。
「...!」
「子供だましだな」
悟浄は自分の攻撃があっさりと止められたことに冷や汗を流す。
紅孩児は左手に妖気を集めると、八戒へ向けてそれを放った。
八戒も防御壁を出して受け止めるが、攻撃の強さに顔をゆがめる。
「そこまでだ」
「...三蔵?」
八戒を攻撃していた紅孩児の後頭部に、三蔵が銃を突きつけた。
「...よく登ってきたな」
「おかげで服が汚れた...随分と派手な御挨拶をどーも」
「そんな銃じゃ俺は殺せん」
「それくらい見てりゃ分かるよ...あんたには聞きたいことが山程あるんだ『王子様』」
「...生憎だが、日を改めて出直すとしよう。この界隈で戦うと、民家を巻き込みかねん。今までの部下の非礼は詫びておこう...だが貴様らが我々の計画を阻む限り、必ず貴様らを抹消させてもらう」
「人付き合いは苦手なんでな。手短に願いたいもんだ」
「同感だ」
紅孩児はそう言うと、八百鼡と共に一瞬で消えた。
「...降りましょうか」
「.........」
「?、どうかしましたか?」
「...いや」
紅孩児が去ったあと、をじっと見下ろしていた三蔵には疑問の声を上げたが、三蔵は答えを言わずに際に屋根を降りていった。
はそれに首を傾げながらも三蔵に続いて屋根を降り、4人のいるところへ向かった。
「大丈夫ですか?悟空...」
「あいつ...強えッ!」
「え?」
「無茶苦茶、強えじゃんかよ...!」
心配そうにたずねた八戒の言葉に、悟空が楽しそうな笑みを浮かべながら言った内容に4人は呆れたような顔になる。
「...あの顔は...」
「新しいオモチャを見つけたガキの顔だな」
「楽しそうで何よりです」
「...こういう人ってどこにでもいるんですね」
「ま、俺的にもカッコ悪ィままは御免だけど」
「しかし結局、何も聞きだせずじまいだな」
「...いえ、ひとつだけ分かった気がします。『紅孩児』が妖怪たちにとってカリスマ的存在である理由が...」
あとがき
最遊記第十一話終了です。
ネタばれになりますが、『からくり仕掛けの杖』は主人公がセフィーロ(レイアース)で魔法を使うときに使用する杖です。
イメージ的には、大小の歯車が上の方に組み込まれ、コードの絡まっている杖です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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