長い黒髪の女性が岩の上からたちを見下ろしている。
エナメルのように艶のある水着に似た黒い服を着、肩と腰にマントを身につけ、手に1m強の杖を持っている。
先ほど飛んできた氷の塊は、おそらくこの女性が放った魔法なのだろう。
「海ちゃん!君!」
は視線を女性から駆け寄ってきた光たちへと移した。
光たちに目を移した瞬間から、先ほどまで揺らめいていた怒りが霧散する。
いや、正確には霧散したのでは無く、抑え込んだのであろう。
がここにいるのは、あくまで『危なくなったら手助けする』ためなのだからという理由で。
「ほほほ、待ちくたびれてしまったわ。異世界から来た『魔法騎士』の卵さんたち」
「異世界?」
「海ちゃん!海ちゃん!」
「光ちゃん、あまり動かさないほうがいいですよ。傷から余計に血が出ます」
「でも...っ!?君!足がっ...!!?」
気を失っていた海に向かっていた光の視線が、の両脚へと移るとショックで一瞬言葉を失った。
「お二人とも...傷が深いですわ...早くお医者様に見せないと」
「私は大丈夫です。風ちゃん、私の服を割いて布状にしてもらえますか?あと出来れば3cmほどの小石もいくつか拾ってください。海ちゃんの止血をします」
「...え?」
「一応、前の世界では医者もしていたんですよ」
「でもさんも怪我を!!」
「私は絶対に大丈夫です。今は私のお願いを聞いてくれませんか?」
まっすぐに向けられる強い視線に、風は数瞬考えたあと頷いた。
「......分かりましたわ」
「ありがとうございます。光ちゃん、大丈夫です。必ず助けます」
2人のやり取りを心配そうに見守っていた光が、の言葉と笑みに自然と安堵の息をつく。
だが、次の瞬間に光の顔が怒りで染まり、岩の上にいる女性を睨みつけた。
「『沈黙の森』では魔法は使えない。だからここで待っていたのよ」
光に睨みつけられながら、女性は笑みを浮かべてたちを見下ろす。
「あなたたちが出口を探り当てて無事森から脱出してくるのを。あなたに先ほどの御礼をするためにね!」
そう言って女性は杖を光へと杖を向けた。
「風ちゃん、海ちゃんと君をお願い」
「光ちゃん?」
「光さん!」
第七話 『意志』の力
すっと立ち上がると、光は女性へと数歩足を進めた。
「...よくも海ちゃんと君を......」
光の怒りで量を増やしたオーラに、は少し目を見張った。
「あなたは魔法が使えるようね。でも、導士クレフの教え子であり、エメロード姫付きの魔道師である、このアルシオーネに勝てるかしら?」
「エメロード姫の!?」
「...クレフさんの...教え子...」
2人が驚きの声を上げる中、は風に作ってもらった布で海を抱えながら止血を進める。
「エメロード姫の魔道師なら、どうして私たちの邪魔をするんだ!?この『セフィーロ』が危ないってクレフから聞いてないのか!?」
「知っていてよ。でもそれがどうしたの?」
「エメロード姫はこの『セフィーロ』を支える『柱』なんだろう?そのエメロード姫が神官ザガートにさらわれたのに...!?」
「やっぱりそうか」
小さく呟かれた青年の言葉に、は一瞬視線を向けたがすぐに海の傷へと視線を戻した。
「私はそのザガート様にお仕えしているのよ」
「どうしてそんな奴に!?」
「あの方を愛しているから」
その言葉に光は愕然とし、は納得した。
「氷槍投射」
その隙を見逃さずに放たれた魔法を、光は軽い身のこなしでかわしたが、大きな氷の塊が左腕をかすめた。
「ほほほ、身が軽いこと。でも今度はそうはいかなくてよ。そこのお嬢さんたちのように血まみれにしてあげる」
その言葉に光が反応した。
「海ちゃんと君に怪我させたな...」
膨れ上がるオーラにぎょっとしては慌てて光へと目を向けた。
「風ちゃんと海ちゃんはこの『セフィーロ』で一緒に戦う大切な『仲間』なのに...君も私たちを勇気づけてくれる『仲間』なのに...!!」
光の体からあふれるオーラは『凝』をしなくてもはっきりとの眼に映っている。
それがこの世界では普通の現象なのかどうかは分からないが、少なくとも心に反応してこのような状態になったのは、ここが『セフィーロ』だからなのだろう。
光がスッと右腕を後ろに引くと、指先に集まった光りが1本の線が描く。
さらに左腕をその線をなぞるように動かすと、光の周りを炎が取り囲む。
「炎の矢!!」
光の言葉とともに何本もの巨大な矢へと形を変えた炎が、魔術師へと降り注いだ。
「っ!!殻円防除!!」
女性の周りにできた球状の障壁に炎が当たったが、全てを止めることができなかった。
炎ははその障壁を破り、魔術師に傷をつける。
「『意志』の力...」
「『意志』?」
「海さんとさんを傷つけられて怒った光さんの『意志』の力が、魔法をパワーアップさせたんですわ」
「最初はこれほどの威力はなかったんですか?」
「ええ」
光の魔法が止まり、女性の障壁も消える。
女性は傷を受け、膝を地面についてはいるが、その顔にはまだ勝利の自信がある。
「短時間にそれほど魔法の力を成長させられるとは...さすが『魔法騎士』...でも、その程度では私は倒せなくてよ」
そう言って女性が杖を立てると、周りにオーラが渦を巻く。
「氷流切刃!!」
言葉とともに杖が地面に向けられる。
「あの魔道師...今度は本気だぞ!」
フェリオが慌てたように言うと、たちに振り返った。
「...お前たちもあのちっこいのも、俺に助けて欲しいとは言わないんだな」
「「......」」
その言葉にも風もスッと目を細めた。
「あなたには『沈黙の森』の出口までご一緒いただくと約束していただきました。それ以上望むのはただのわがままですわ」
「出口を教える代わりに出口までの護衛。今手伝ってもらっても、あいにくこちらはそれに見合うものを返せません。それに」
と風が戦っている光へと顔を向ける。
「これは私たちの戦いです」
「これはこの子たちの戦いです」
まっすぐに戦いに目を向かる二人の横顔に青年が見入っていると、の腕の中にいる海がかすかに動いた。
「.........う...」
その声に風も海へと目を向ける。
「気がつきましたか?」
「.........?」
「海さん!大丈夫ですか?」
「...風?.........光は...?
痛みでかすれる声で尋ねる海を気遣うように、は手のひらで海の額の汗をぬぐう。
「いまあの黒ずくめのおばさんと戦闘中ですわ」
風の言葉に海は勢いよく指を差されたほうに顔を向けた。
地面から次々に突き出される氷の山を必死に交わす光の姿が目に映った。
その光景を見た海は傷ついた体で立ち上がった。
傷口にまかれた布に赤い色がじわりと面積を広げた。
「......光ひとりじゃ危ないわ...」
「駄目ですわ!今動いたら傷が...!」
「医者としても、今体を動かすのは勧められません」
「でも...光が......光を助けなきゃ...!」
「......」
「海さん...」
必死に紡がれる言葉に、二人はそれ以上止める言葉を言えなくなった。
「ぷぅ」
足元から聞こえてきた鳴き声に、海は困ったような顔をしながらモコナを抱き上げた。
「モコナ...心配してくれてるの?」
「ぷぅ、ぷぅ」
海は耳を伏せて心配そうに鳴くモコナを見つめながら話す。
「あなたの本当のご主人様の...あの生意気な魔法使いに...ちゃんと魔法を習っておけばよかった......そうしたら...光を助けられたのに...」
そう言って海はモコナを抱きしめながら、さらに言葉を紡ぐ。
「光を助ける『魔法』...『魔法』が欲しい......『魔法』が...欲しい!!」
海がそう叫んだ次の瞬間、モコナの額の石が光を発し始めた。
あとがき
レイアース第7話終了です。
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