少年陰陽師 (3)
『見えたか、やっと』
そういう物の怪はほっとした目で、嬉しそうに笑っている。
近くにいるのに、見鬼の才を封じられてからずっと見てもらえなかった物の怪にはそれがとても嬉しいのだろう。
状況を考えなければ見ている2人も祝杯をあげているかもしれない。
『お前を犠牲にして助かったって、ちっとも嬉しくなんかないやいっ!俺の目標は、誰も犠牲にしない人生で最高峰の陰陽師だ!』
『...その言葉、もらった』
『もっくん!』
晴明の部屋には、が『念』と『錬金術』と『魔法』と『陰陽術』と『機械工学』を使って作った水盆がある。
水盆に水を張り、が目を閉じながら水見式の要領で念を使うと、見たいものの映像を映し、その場の音を届けてくれるとても便利なものだ。
今、水に映っているのは『わしの代わりにひとつ仕事をやってみろ』などという手紙で異形の調伏をさせられている末の孫と白い物の怪だ。
『じい様、助けて...』
「晴明」
「紅蓮がついておる」
目を閉じているの呼びかけに、晴明はじっと水面を見つめながら言う。
その声にわずかに耐えるような感情が込められているのに気づいたのは、だけではなかった。
いざという時にはすぐに2人を守り、異形を倒すための術が発動するようになっている。
しかしだからといって、必ずしも落ち着いて見ていられるわけではない。
それは晴明だけでなく、も同様である。
『いいか、俺の名はぐれん。 紅の、蓮だ』
言うが早いか、物の怪の爪が妖怪の舌を断ち切り、昌浩を渾身の力で突き飛ばした。
後方に転がっていった昌浩が顔をあげて見たものは、物の怪の胴に紫の舌が巻きつき、喉の奥に引きずり込まれ、飲み込まれるより早く口が閉じる光景だった。
『あ...』
「っ!」
それを見ていたの気もざわりと揺らぐ。
「」
「...分かっています。大丈夫です、まだ」
水面に映るのは目を堅く閉じる昌浩の姿。
『ぐ...紅蓮 !』
昌浩が絶叫した瞬間、昌浩の眉間で光が弾けた。
その後の映される光景に、2人は揃って安堵の息をついた。
神将騰蛇の姿に戻った紅蓮と真言を唱える昌浩なら、この程度の妖はすぐに倒すことができるだろう。
「どうやら、大丈夫そうですね」
「そうじゃな」
2人が見つめる水面には、木っ端微塵に砕ける妖と、気が緩んだように道端にへたり込んだ昌浩、そして白い物の怪の姿に戻った紅蓮の姿がある。
「ところで、」
「何ですか?」
「この水盆を通して式神を送ることができるんじゃったな?」
「...あんまりいじめると嫌われますよ」
「何、昌浩ならかえってやる気が出てくるじゃろうて」
そんな事を言いながら1枚の紙片にさらさらた筆を走らせ、さっと印を切ると白い鳥が水面に消えていった。
晴明が何を書いていたのか部屋の中の『小さな蜜蜂』を通して見ていたは、昌浩を不憫に思う。
水面には『あれくらい、片手で祓えるくらいにならんとなあ。ばーい、晴明』と書かれた紙片を握りつぶして絶叫する昌浩の姿があった。
ちなみに、晴明に手紙に書かれた『ばーい』を教えたのも、効果的な嫌味の言い方を教えたのもなので、諸悪の根源と言えなくもない。
ありがとうございました!
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