少年陰陽師 (2)




全身を真っ白な毛並みに覆われ、大きな猫か小さな犬のよう。

長い尻尾はひょんひょんと揺れ、長い耳は後ろに流れ、首周りには勾玉に似た赤い突起が一巡し、四肢の先には爪が5本。

額には花のような赤い模様があり、瞳の色は綺麗な夕焼け色だ。

そんな姿の物の怪が安倍邸にいる晴明の末の孫、昌浩の目の前にちょこんと座っている

「おまっ、おまっ!何でいる!?」

しばらく硬直していた昌浩は思わずどもりながら物の怪を指差した。

「んー?そりゃー、門から入ったから」

この安倍邸には稀代の大陰陽師安倍晴明が施した結界が、許しを得ていない(あやかし)が通るのを阻んでいるはずである。

そのはずなのだが、目の前で飄々(ひょうひょう)と晴明からの文を呼んでいる物の怪の存在に昌浩は頭を抱えたくなった。

「そーじゃ、なくてっ!」

はっとして昌浩は父と自分の遠い親戚を(かえり)みた。

この場で吉昌から祖父の手紙をもらったのだし、そのときにもたまたま居合わせたのだからいて当たり前なのだが、この2人は陰陽師である。

2人ともこの物の怪が見ているはずだ。

しかも片方は、なんたって『末は(かみ)か』の晴明の次男安倍吉昌であり、陰陽寮の中でも実力は五指に入る。

のほうも安倍晴明の遠縁だけあって目立たないながらも期待はされている。

(何とかして見逃してくれるよう、お願いしなければ)

こんな風に考えるあたり、昌浩はどうやら『物心ついてから』はじめて見たこの物の怪に友情めいたものを育てていたようだ。

「父上、叔父上、こいつ無害なんです!だから放っておいてもきっとだいじょ...父上?叔父上?」

言い差して、昌浩は怪訝そうに呼びかけた。

滅多に取り乱すことのない吉昌がぎょっとした様子で物の怪を凝視し、口を何度も開閉させながら震える指で白い異形を指差している。

片やはやや呆気にとられた顔で、まじまじと物の怪の頭から尾の先までに目を凝らしている。

「...なっ...なっ...なっ......!」

「あらあらあら」

言葉にならない声で何かを言わんとしている吉昌と、困ったような笑いをこらえているような声で呟くに、物の怪はにまっと笑って目をすがめた。

長い尻尾がひょんひょんと揺れ、長い耳がそよぐ。

「.........」

「これはまた、ずいぶんと可愛らしいお友達ですね」

そのままがくっと肩を落とし額に手を当てた吉昌と、のほほんと笑いながらいつものように話すとの反応の違いは、経験からなのか、それとも元からの性格ゆえなのか。

「父上、どうしたんですか?」

慌てた昌浩が尋ねると、(かたわ)らから飄々と合いの手が入る。

「きっと疲れてるんだろう。末の息子の行く末を案じて。あーあ、父親ってのはほんとに大変だなぁ」

「お前に言われたかないわっ!」

物の怪の後頭部をばしんとひっぱたくと、それを見ていた吉昌が目をむいて息を呑み、が笑いをこらえきれずに小さく噴出した。

「ま、昌浩っ!」

「はい」

うろたえたような口ぶりに昌浩は居住まいを正すが、吉昌は何度も口を開きかけては押し留まりを数回繰り返したあと、疲れた様子で息をついた。

「...いや、いい。もう行きなさい」

「?、はい」

首をひねりながらも昌浩は言われたとおりに立ち上がり、一礼して部屋を出て行く。

物の怪はといえば、当然の顔でその後をとてとてとついていった。

「いやぁ、ずいぶんと可愛らしい姿になりましたねぇ。今度あの姿の人形でも作って、元の姿に戻ったときにでもあげると面白いかもしれませんね」

、頼むから止めてください」

見送ったが面白そうな声で言うと、吉昌は疲労困憊(ひろうこんぱい)ここに極まれりという風情で深い深い嘆息とともにお願いした。











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