創竜伝 (5)
「だいたい、自分たちが無理を重ねて学院をのっとったとしても、娘の代でぽしゃるに違いないってことが、分からないのかしらね。未来を予測できずに現実を処理しようなんて、もう、夢が糖尿病にかかってるのよ」
学園のっとりの野心家も、実の娘にかかっては形なしである。
「ま、分不相応の夢を、一時的にでも実現できるとしたら、幸福だと思わなきゃ」
こう勢いよくこき下ろされるのを聞いていると、竜堂家の兄弟たちも、いささか叔父たちが気の毒になってくる。
それはも同様で、茉理の言葉に苦笑を浮かべている。
「ま、そうだけど、あんまり叔父貴や叔母さんを恨む気にはなれないんですよ」
「そうそう、一生懸命だしさ、あの夫婦。目標に向かって努力する姿は美しい」
半分は茉理をからかうために言っているのだが、まるきり嘘というわけではない。
理事会を追放されそうな始とにしてからが、あまり叔父(義兄)を憎む気になれないのだ。
はっきり言って、好きにはなれないが、憎むというには、叔父(義兄)は物足りない男なのである。
続が叔父に対してきついのは、半ば以上、意識しての意地悪なのだ。
「それよりも、茉理ちゃん、この前、初対面のどこかの学生にプロポーズされたって聞いたけど、本当ですか?」
そう訊ねる続の前に、サラダボールを押しやりながら、茉理は頷いた。
「合同コンパの翌日に、そいつの母親というのから電話があったのよ。うちの息子と交際してくれ、行く行くは結婚してほしいって。私言ってやったわよ。自分自身のプロポーズも出来ない男と結婚するほど、悪趣味じゃありませんって」
「いまどき珍しい母親孝行なのかもしれんぜ」
そう始が言うと、茉理は苦々しげな声で言った。
「そうね、そして、離婚する時も母親の口から言わせるのよ、きっと」
「う〜ん...否定できませんねぇ」
「私、予言してもいいけどね、日本はきっと若い男から滅びはじめるわよ。この頃、ちょっと信じられないくらい惰弱な奴が多いものね」
「俺も若い男だけど」
「始君は大丈夫ですよ」
「そうよ、始さんは例外よ。始さんは、核戦争後の地球だって、立派に生きていけるわ。もちろんさんもね」
「...ほめてもらってると思いたいところだね。無理にでも」
「私は若い男には入らないと思うんですけどね」
「ほめてるのよ、もちろん。それに、さんだって充分若い男に入ると思うわよ」
茉理が2人を見やる目には、結構真剣な光があった。
「父が働こうとしている悪事はともかくとして、始さんとさんに、ちっぽけな学校法人の理事なんて、確かに似合わないわ。父と張り合ったりするより、もっと大きな事業に備えて、英気をやしなってほしいの、私としてはね」
「大事業ってどんな?」
聞いたのは、3枚目のトーストをほおばった終だが、それには誰も答えず、興味津々の態で余が訊ねた。
「始兄さんと兄さん、理事を辞めさせられるの?」
「たぶんね」
「じゃあ、来月からどうやって食べていけばいいんだろう」
「そうだな、新聞配達やって牛乳配達やるだろ。続兄貴はホストクラブに行ってもらってさ、始兄貴と兄貴は健康だと様にならないから、病気になってもらう」
終が言うと、余はすっかり喜んだ。
「それで、咳きこみながら、こう言うんだろ。お前たちに迷惑かけてすまないねえ。すると答えて、兄ちゃん、それは言わない約束だろ...」
2人は同時に噴き出し、余は少し残っていたトマトジュースのコップをひっくり返してしまった。
「危機感がないんですね、君たちは」
続が呆れたように弟達を見やって、余の頭上にタオルを放り投げた。
はそんな甥達のやり取りに苦笑を返すだけで口は挟まなかった。
弟達の笑い話にされた始は、じろりと彼らを横目でにらんだものの、別に怒るわけでもなく、茉理に向かって肩をすくめて見せた。
「まあ、いいさ。おれは今まで日本で一番若い学校法人の理事だったけど、今度、日本で一番若い解任理事になるわけだ。茉理ちゃんの許可をもらったわけだし、しばらく英気をやしなうつもりで、ぐうたらしてもいいな」
「まあ、私は今でも充分ぐうたら生活ですけどね」
「頭から決めてかかっているけど、理事会で事態が逆転する見込みはないんですか、兄さん、さん?」
「残念ながら」
「ないね。夕べのことを思い出してみろよ。形勢が不利なうちに、叔父さんが宣戦布告すると思うかい?」
ここで終が口を挟む。
「今度の理事会には出るの?」
「そりゃあ、まあ、解任されるまでは、まだ理事だものな」
「理事会より前に解任を突き付けてくることはないと思いますから、多分出ることになるでしょうね」
「それに給料だってもらっているしさ」
「えっ、給料もらってたの!?」
「当たり前だろ。でなきゃ、第一、さっきのお前の笑い話だって成立しないだろうが」
「そりゃそうだけど、出す方は腹がたつだろうなあ」
「俺もお前に小遣いをやるたびに腹がたつよ。精神衛生のために、お前に小遣いをやるのはもうやめるとしようか」
「それじゃあ、私もそれに便乗しましょうか?」
「そ、それは悪逆非道ってもんだと思うな」
終がぼやくと、はくすくすと笑い声をあげた。
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