創竜伝 (3)




「叔父さんは、やっぱり学院を乗っ取るつもりでしょうか?」

「もうほとんど乗っ取っておいでさ。われらが辣腕な叔父どのは、祖父(じい)さんの死後に、全く時間を無駄にしなかったからな」

「でも、学園の運営資金の2割はさんからの寄付のはずでしょう?それさえ忘れているんでしょうか?」

「忘れてはいないんでしょうが、寄付金は理事になる前からしていることですからね。大方理事を外しても寄付金はなくならないと思っているのか、他の所に当てがあるんでしょう。そう言うことには積極的なようですし」

始もも苦笑している。

彼らの叔父(義兄)は、他の点はともかく、勤勉という点にかけては非難の余地がない人物だったのだ。

「まあいい、さしあたって、お茶にしたいな。2時間も陰険漫才をやっていると、さすがに気疲れする」

「何か甘いものを出しましょうか。疲れてる時は糖分を取った方がいいですからね」

「コーヒーも入れなおしましょう。ところで、終君を呼びますか?2階ですきっ腹を抱えて、階下(した)の様子をうかがっていますけど」

「シチューとロールパンとプリンで足りるでしょうか?」

「充分だと思いますよ」

見もしないのに続が笑いながら終の様子を言うと、が冷蔵庫に残っているものをあげながら2人で台所に行った。

彼らが台所に行ったのと入れ替わるように、終があらわれた。

雨の中帰ってきた終は暖かいシャワーを浴びて、服も着替えている。

「余は寝たか?」

「ぐっすりだよ。寝顔だけ見てると天使みたいだけどね」

カーペットの上に胡坐をかいて、終は台所から漂ってくる匂いを嬉しそうに嗅いだ。

10分ほどして、残り物のホワイトシチューを温めなおし、それに軽くあぶったロールパンを添えて、グリーンサラダ、特性プリンと紅茶という夜中に食べるには少し多いのではないかと思える量の食事を、続が弟の所へ持って来てくれた。

そのあとは3人分のコーヒーと割と有名なメーカーのチョコレート(頂き物)を持ってきた。

「...で、何があったんだ?」

やがて長兄に正面からそう問われ、若い叔父から心配そうな視線を向けられると、満腹した終は関越自動車道での出来事を語らないわけにはいかなくなった。

関越自動車道で乗っていたバスがオートバイに衝突されたことにはじまり、ドライブインでコーヒーを買っているうちに余が誘拐されたこと、それを追いかけて余を助け出しがてら、相手を倒したこと。そのまま余を背負って帰ってきたこと全てを話した。

「余君は熱が出ているようですが、終君は大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ」

「...まあ大したことがなくてよかった」

「だろ」

「などというと思ったら大間違いだ。余にもしものことがあったら、お前がシチューの実にされていたところだぞ」

「始君、シチューの実って...そこまで経済的に苦しくないんですけれど」

兄貴、突っ込むとこが違う。始兄貴、俺、余を助けたんだぜ?」

「その前に、きちんと目を離さずにいれば、なにも面倒がなかったと思うがな」

「でも、終君が離れたのは、余君の体調を気遣ってコーヒーを買いに行ったからですし...」

「まあ、兄さん、どうせ今夜でなくても、そいつらは隙を見て余君に危害を加えようとしたでしょう。人目のないところで一件が落着したのは、むしろ幸いでしたよ」

「そうだよ、幸いだよ」

「終君が偉そうに言うことではありません。せめてその誘拐犯どもの身分を確認しておくべきでしたね。草を刈っても根を残してしまったわけですよ」

終は頭を抱えて見せた。確かに続の指摘は正しい。

は頭を抱える三男坊にそっとフォローを入れた。

「でも、身分を確かめている間に他の人に目撃されたかもしれませんし...私は2人が無事に帰って来てくれただけでよかったです」

「さっすが兄貴!あ、でも、あいつら何も知らなかったと思うな。おれたちのやる事にいちいち驚いていたもの」

「下っ端はいつだって何も知らないさ。問題は奴らに命令した黒幕のことだ」

始が言うと、終は首をすくめてもう1度恐れ入り、はその様子に苦笑を洩らす。

「明日の新聞を見たら、ある程度敵の力量が判明すると思いますよ。3人が死んだ事故が全く記事になっていなかったとしたら、敵は警察とマスコミの少なくとも一方を支配していることになります」

「「たぶん両方だろうよ(でしょうね)」」

2人が苦笑気味に呟くと、そろってその夜3杯目のコーヒーに角砂糖を放り込んだ。

「祖父さんが、死ぬ前に言い残したそのとき(・・・・)とやらが、そろそろ到来したのかもしれないな」

「お義父さんとの約束で、そのことに関してあまり情報を集められないからはっきりとは言えませんが、おそらくはそうなんでしょうね」

「ちょっと早すぎますね。僕は平和な時代に1度選挙権を行使しておきたかったんですけど」

「俺もさ、酒と煙草をやってみたかったなあ」

「終君はもう2度ばかりやってるでしょう?」

「な、何のことかなあ?」

「お酒も煙草もやるのは構いませんけど、やりすぎないようにしなさいね。特に煙草は体に害しかないんですから」

「......それでいいの?」

「いいわけないでしょう。さんはちょっと寛容すぎです」

弟と叔父の会話を聞きながら、始は死んだ祖父のことを思い出していた。

『わしが死んだら、靖一郎のやつは学園の私物化に乗り出すだろう』と、祖父は1度ならず始とに語ったのだった。

『始、、お前たちにはこの学校なんかよりも、もっと大事なものがあるんだからな。この土地や建物なんぞ、欲の深い靖一郎にくれてやれ。お前たちが守らなきゃならんもんは他にある』

祖父がそう言ってくれたおかげで、2人は学院の権利や財産をめぐって叔父(義兄)と争う愚から解放されたのである。

とはいうものの、義父の創立した学院を横領するために、あくせくと小作を巡らす叔父(義兄)に対して、到底好意的にはなれなかった。

それに始は完全に人生の自由を確保できたわけではない。

学園を守る義務の代わりに、別の義務が生じたからだ。

それは、たかだか23歳になったばかりの青年にとっては重大すぎる責任だった。

いくらが支えてくれているとはいえ、他に誰に変わってもらいようもないのである。

もっとも、それはが背負う責任に対しても言えることではあるのだが。











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