創竜伝 (2)




東京都中野区、哲学堂公園から北へ5分ほど歩いた住宅街の一角に、竜堂家の兄弟とが暮らす竜堂家はある。

竜堂兄弟の面々は、責任感のある竜堂家家長『(はじめ)』、上品な物腰の美青年『(つづく)』、好戦的なヤンチャ坊主『(おわる)』、おっとりした坊や『(あまる)』の4人である。

上から順にこの名前で笑い話にならないのが不思議ではあるが、にとってはそんなことなど気にならないくらいには可愛い甥っ子たちである。

3月末、東京周辺を大規模な春の嵐が襲った日の晩、竜堂家に一人の客人が押しかけてきた。

客人の名は鳥羽(とば)靖一郎(せいいちろう)、竜堂兄弟たちの叔父で、の義兄である。

もっとも叔父といっても竜堂兄弟たちとの血のつながりはなく、彼らの父の妹、つまり叔母と結婚した人である。

現在53歳の彼は竜堂兄弟の祖父である司が在世中は常任理事をつとめ、現在は共和学院の院長をつとめている。

この家と同様に古いが重厚なソファーに腰を下ろして、始とに向き合っている。

緊張して、落ち着きを欠き、暖房がそうきいているわけでもないのに、やたらと汗を拭う。

もともと彼は、30歳も年下のこの甥がなぜか苦手で、努力して虚勢を張っても、圧倒され、萎縮してしまう。

もっとも、それは『竜堂兄弟が絡んだときの』義弟に対しても同じであったが。

始は日本人離れした均整のとれた長身の持ち主で、顔の彫りも深い。

西欧人的というより、かつてユーラシア大陸を駆け巡った騎馬民族の王侯でもあるかのような、奇妙な風格があって、同年代の若者たちの間でも異彩を放っている。

始はとは違ってもともと愛想のよいほうではない。

まあ、の場合は普段は穏やかなくせに、この兄弟たちが関わると時折笑顔の質を変えて、危害が加わらないように相手を退けるくらいのことは平然と出来るが。

今回がその状況であり、靖一郎は甥と義弟に理事職を退くように求めに来たのである。

ドアが開いて続がコーヒーを運んできた。

ろくに叔父の顔を見ようともせず、コーヒーカップをテーブルにおいて立ち去ろうとしたが、始とが声を掛けた。

「出て行かなくてもいい、ここにいろよ、続」

「そうですね。少し時間があるようならここにいてもらってもいいですか」

靖一郎がわざとらしく眉をしかめた。

「これは大事な話なんだがね、君、始君」

「だから続にいてもらうんです、こいつは僕より思慮があるんでね」

「大事な話だからこそ、続君にいてもらうんですよ。別に甥に聞かれて困ることではないでしょう?」

続は壁際に下がったが、2人のほうに従うようなので、靖一郎は話を再会した。

「...、始、君たちが辞表を出さないと、次の理事会で解任ということになる。まあ要するに君たちは学校法人の理事としては若すぎるのだよ。別に不祥事があったわけでもないが、もう少し人生経験をつんでから、改めて経営に参加してくれてもよかろう」

「そうかもしれませんね。ところが、理事を辞めさせられて不満を感じる程度には、年をくっているんですよ、兄さんも、さんも」

そう言ったのは続で、始は腕を組んだまま黙って叔父の顔を見つめ、は義兄の言葉を聞いているのかいないのか、続の持ってきたコーヒーにそしらぬ顔で口をつけている。

「続は黙っていなさい。私はと始に話をしているんだ」

「黙りましょうか、兄さん、さん」

「いいえ」

ことさら叔父を無視して続が問うと、黙ったまま始はかぶりを振り、は穏やかな声できっぱりと返事を返した。

つまり、2人とも自分たちの代弁者として、続をこの場に残したのである。

それと知って、靖一郎はむっ(、、)とした。

義弟と甥たちが、目上である自分をないがしろにしていると思った。

これは邪推(じゃすい)の結果だが、実のところ正確に事実を捉えていた。

父の信頼していた理事を辞めさせて、利権政治家として悪名高い人物を後にすえ、キャンパスの移転を計画し、入居者と校則の数をやたらと増やし、さらには学費を値上げし、創立者の竜堂司の理念を無視して、大小さまざまに学院を変質させてきたのである。

それでは祖父あるいは義父が好きな2人に、気分よく話し合いをしろと言っても無理というものだろう。

「私は帰る。きわめて不愉快だ。君たちはもう少し礼儀や常識をわきまえていると思っていたよ。少し反省する気になったなら、連絡してくれ。間に合ううちにな」

「ご心配なく。礼儀を使うべき相手にはきちんと使っていますから。連絡もきっとそちらから来るのが先になるでしょうし」

「ええ、ぜひもう1度いらしてください。この家が誰かに放火されないうちにね」

の穏やかな顔と、続の美貌が、冷たい毒をはらむものに見えるのは、こういうときである。

靖一郎ははっきりと顔色を変えたが、無言のまま両肩をそびやかして応接室を出た。

腕力ざたになれば、細身のにさえ勝ち目はなかったし、竜堂家の脅迫のため火をつけようという粗暴なプランが、実は靖一郎の背後にいる人物から示されていたこともあるのだ。

靖一郎の車が門を出て行くのを確認した後、3人は居間に入り、石油ストーブをつけて、だだっ広い室をあたためた。











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