彩雲国物語 第9話





娘が亡くなって1か月ほど経った頃、久しぶりに義息子の働く府庫へとやって来たは、見知らぬ少年と鉢合わせしていた。

気配は分かっていたが、まさか少年だと思っていなかったは目を丸くして驚いている。

少年もまた、気配がなく、足音も立てずにあらわれたを、目を限界まで見開いて驚いている。

ともにしばらく見つめていたが、その後、片方はまじまじと観察し、もう片方はどうしていいか分からずに視線をさまよわせた。

「義父上、いらっしゃっていたんですか?」

その2人の膠着(こうちゃく)状態を解いたのは、府庫の奥から顔をのぞかせた邵可だった。

「今来たところです」

「......邵可の...父上なのか?」

恐る恐るといった様子で言葉を口にした少年に、はにっこりと笑顔で頷きながら返事をした。

「私の娘の夫が邵なんですよ。ですから、私は邵の義理の父親になります」

「......邵...?」

「私は邵可のことをそう呼んでるんですよ。娘も字は違いますが『しょうか』という名前ですから」

「そうなのか?」

「ええ、そうなんです。遅れましたが私の名前は と言います。邵のお友達のお名前を聞いてもいいですか?」

「.........私のことか?」

の言葉の意味を理解した少年は、驚きを露わにして言った。

「おや、てっきりお友達だと思っていたんですが、違いましたか?」

「.........多分...違う...と思う...」

寂しそうにうつむきながら言う少年を見たは、少年の頭を少し乱暴になでまわした。

「うわっ!?」

「あなたのお名前は?」

いきなりのことに思わず顔をあげた少年の目をまっすぐと見据え、は名を尋ねた。

「............()...劉輝(りゅうき)...」

逡巡しながら、自分の名前を言った少年に、は穏やかな笑みを向けた。

「それでは、劉輝」

「............え?」

姓を名乗ったのにもかかわらず、態度も口調も変わらないうえに、自分の名前をはっきりと呼んだに少年は目を見開いた。

「私はこの国に住んではいますが、この国の生まれではありません。ときどき変ことも言いますし、こんな見た目でも500年以上生きてますが、仙ではありません。中には私を化け物と呼ぶ人たちもいました。それでもよろしければ、お友達になってくれませんか?」

「........................いいの?」

彩雲国の生まれでないことも、年齢のこともすっとばして、最後に言った言葉を不安と期待を混ぜて確認してくる少年を、は目を細めて見つめた。

「いいも何も、私がお願いしたんですよ」

「......うん......友達に、なってください」

「はい。こちらこそよろしくお願いします、劉輝」

「...うん...ありがとう、

やっと笑顔を浮かべた少年にも笑顔を向ける。

そして、少年の後ろで一部始終を見ていた邵可にも笑顔を向けた。

「邵可、その手に持っている水や布をこっちに持ってきてください。あ、薬は良いですよ。気功で治しますから」

「はい、どうぞ」

にこにこと嬉しそうに2人の所へやってきた邵可から、布と水を受け取ると、は劉輝の手や顔に出来た傷をきれいに洗い、さっさと気功を使って治してしまった。

その様子を、少年は興味深そうにまじまじと見つめている。

「剣だこができてますね。稽古中に転んだりしたんですか?」

「顔の傷はそうだが、ほとんどは兄上たちに殴られたときに出来たものなのだ」

「小僧、いじめられてまた反撃しなかったのかっ!?」

話をしているときに、府庫の入り口から聞きなれた怒鳴り声が聞こえてきた。

「宋太傅!?」

「隼凱、怒鳴らなくても聞こえますよ」

「...は宋太傅と知り合いなのか?」

「俺だけじゃなくて茶や霄の奴ともな」

「そうなんですよね。4人そろうと、お年寄りばかりなので花がないんですけれど」

「そういうなら、花くらい持ってくりゃいいじゃねえか」

「あなた、私にお菓子を作らせたうえに、花まで要求する気ですか。かかった費用を2倍にして請求しますよ」

はお菓子を作れるのか?」

「劉輝様、ここで食べていたお菓子のほとんどは義父上が作ったんですよ」

「そうなのかっ!?」

「ええ、義父上の趣味はお菓子作りですから」

「いつも思うが、あれ売り出したら儲かるんじゃねえか?」

「まあ、売れるでしょうけど...そうなったら、当然作るの私ですから、ここにはほとんど来れなくなるでしょうし、あなたたちの口に入るお菓子の量も減ると思いますよ」

その言葉に3人がどう答えたかは分らないが、週に1度、は作ったお菓子を手土産に、府庫へ通うようになった。











ありがとうございました!


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