彩雲国物語 第8話





『本当に...他に方法はないんですか?』

『あるかもしれん。しかし、もう探す時間がない』

『......』

『父様、妾は親不孝者じゃな』

『人が私よりも寿命が短いのは当たり前でしょう。それを親不孝だという子がありますか』

『それでも、妾は父様を、邵可を、秀麗を、静蘭を泣かしてしまう』

『泣くくらいさせてください...それしかできないのですから』

『すまぬ』

『......いつ、逝くのですか?』

『明日の夜に』

『...そう...ですか』

『父様、どうか、邵可を、秀麗を、静蘭をよろしくお願いします』

『ええ、約束します』

今更ながら、最後の親子の会話としては寂しいものだったかもしれないとぼんやりと思う。

昨日の夜、雷が激しく鳴るなか娘は逝き、自分と義息子と孫たちが残された。

悲しみに暮れるうちに、使用人たちは家の中にあったさまざまなものを持ち出して出て行った。

「お爺様?」

「...秀麗?どうしました?」

「ご飯を作ろうと思って。父様も静蘭も昨日の夜から何も食べていないから」

「そうですね。あの子達もしかして水も飲んでないんじゃないですか?」

「それは大丈夫よ。ときどきお水を渡した時、ちゃんと飲んでくれたから」

「そう。ありがとう、秀麗」

「ううん...お爺様は大丈夫?」

心配げに見上げてくる孫娘に、は口元にかすかな笑みを刷いた。

「体は大丈夫ですよ」

「体は?」

「ええ」

言葉の意味をすぐに理解した賢い孫娘を、は抱きあげて自分の膝に座らせた。

「お爺様?」

見上げる孫娘に笑みを向けたまま、は手に持っていたものを孫娘の首にそっとかけた。

「母様の首飾り?」

「あの子の唯一の遺品になってしまいましたけれど、今日からは秀麗がつけていなさい」

「お爺様はいいの?」

心配そうな顔で言う孫娘に、は少し驚いた顔をした後、愛しむような笑みを向けた。

「それは薔華が秀麗くらいの歳のときに、私があげたものなんですよ」

「お爺様が母様にあげたものなの?それならやっぱり」

首飾りを外そうとした秀麗の手をそっと押えて止める。

「その時に、薔華はよく『娘ができたら今度は私が渡すの』と言っていたんですよ」

「『娘』って私のこと?」

「ええ、だからこれは、秀麗が生まれるずっと前から秀麗のものなんです」

「でも...」

「それに、こんなお爺ちゃんが女の子が身につける首飾りをつけてたら、変な人に見られちゃいますよ」

その言葉に秀麗は小さく噴出した。

「だからそれは秀麗が持っていてくださいね」

「はい」

笑顔でうなづく孫娘の頭をなでながら、は目を細めた。

「ご飯の準備をして、邵と静蘭をひぱって来て、ご飯を食べさせて、ちゃんと眠らせないといけませんね」

「それに父様の(ろく)もちゃんともらってきてもらわなくちゃ。前は母様が父様に言ってたけど」

「落ち着いたら私もお仕事を探しますよ...だから、もう少ししたらちゃんと笑えるようになりましょうね」

「お爺様?」

声の調子が変ったことに気付いた秀麗が顔をあげるた時、ぽとんと上から水が落ちてきた。

秀麗の眼の先には笑顔で静かに涙を流す祖父の顔があった。

「...お爺様ぁ」

しばらく呆然と見ていた秀麗もつられたようにぽろぽろと涙をこぼす。

何とか泣くのを止めようとする孫娘を、はそっと抱き締める。

「泣くのを我慢しなくてもいいんです。大人でも子供でも大切な人がいなくなるの悲しいんです」

「...ひっく......うぇ...」

「悲しくて当たり前なんです。平気な振りをする必要もないんです。今はだめでも、あの子のことを普通に話せるようになりましょう」

「......お、じぃさ、まぁ」

「ちょっと不器用なあの子の失敗した話とか、薬を作る途中の不思議な出来事とか、今迄のように笑って話せるようになりましょう」

「う...わぁああぁぁああん!!

声をあげて泣く孫娘を抱きながら、は静かに静かに涙を流す。

(あの子は、家族が出来て幸せなのだと笑って逝ったけれど......できることなら、これから先も、家族とともに共に生きてほしかったっ!!

声に出せない本当の願いを心の中で叫びながら、は日が暮れるまで孫娘とともに泣き続けた。











ありがとうございました!


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