彩雲国物語 第2話
「邵殿、少しの間、薔華に虫が寄り付かないように守っていていただけますか?」
「父様?」「殿?」
いぶかしげな視線を向けてくる2人に、はふっと口元を緩めた。
「壁に背を預けていても安全とは言えませんから、できれば抱きしめるようしてもらえるとなお良いんですけど」
「父様!!?」
「娘がさらわれるのを見るのは1度でも多すぎますから」
そう言って窓の外へ目を向けると、2人はが何を心配しているのかを悟り息を詰めた。
娘のほうは昔を思い出し顔を青ざめさせた。
自分を守るために剣を振るう父の背中、壁に預けていた自分の身が引っ張られる感覚、助けを呼ぶ自分の声、驚いて振り返る父、必死に伸ばされる互いの手、そして...父の体を貫いた幾本もの刃。
「薔華」
青ざめた娘は心配するように覗き込む男の顔と、安心させるために自分の名を呼ぶの声で我に返った。
「父様...」
「大丈夫ですよ。あの時のようにあなたをさらわせることも、私に傷をつけることも許しはしません。私はあなたのお父さんですよ」
「...そう...であったな」
胸を張って言われた最後の言葉に、娘の口元もゆるみ、安心したように息を吐き出した。
「殿」
「邵殿、少しの間、娘をお願いいたします」
「承ります」
「ありがとうございます......薔華、あなたの伴侶は礼儀正しいですね」
「えっ!!?」
「父様!!!!」
真っ赤になる2人には穏やかな視線を向けると、窓からその身をひらりと外へ躍らせた。
音も無く地面に足をつけると、どこからか取り出した漆黒の刀をすらりと抜き、何もない場所へと剣先を向けた。
「さあ、こそこそしていないで出ていらっしゃい。私を倒さないとこの建物にある結界は解けませんよ」
を目掛けて幾つもの影が躍り出た。
切り結ぶことも無く、は武器ごと相手を切り伏せていく。
向かってくる者たちとは別に、の動きを止めようとしていた者たちは狼狽した。
異能を使っているはずなのに、の動きが一瞬たりとも止まらないのだ。
狼狽している間にも、切り伏せられていく者の数が増えていく。
そして、は唐突に刀を持たない左腕を上げ、ぱちんと指を鳴らした。
それを疑問に思う間もなく、巨大な炎が1人の体を包み込み、悲鳴さえも飲み込むほど勢いよく燃え上がる。
人の形を残さずに黒い塊へと変えた炎が、満足したかのように静まる頃、周りにいた者たちはやっと理解した。
目の前にいるのはただの人ではない。
自分たちと同じ、いや、それ以上の力を持った相手なのだと。
気づくのが遅すぎだとでも言うかのように、は口元に薄く笑みをはく。
「私の娘を、お前たちが『縹 薔君』と呼ぶ娘を、誘拐・監禁したこと。地獄の最下層で永遠に後悔させて上げましょう。『自分は関係ない』だなんてありきたりな言い訳は言わないでくださいね」
その後の光景はまさしく地獄絵図だった。
幾日か経ち、満身創痍で縹家へと戻ったただ1人の生き残りは、『薔薇姫の父親と名乗る者も異能の持ち主であった』と報告した瞬間、炎に包まれ、灰も残らぬほど焼き尽くされた。
その後どうしたものか、縹家に薔薇姫とその父の行方を追うことが出来なくなった。
縹家の者たちは逃げ延びるために隠れたと思っただろうが、をよく知る友人たちがこれを知ったら反対の意味だと分かっただろう。
『最低限、見つけられる程度の力があるなら相手をしてやる。これは宣戦布告なのだから』と言ったところだろうか。
ありがとうございました!
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