彩雲国物語 (1)





薔華(しょうか)!」

「.........父様?」

扉を破る勢いで入ってきた者に、室内にいた2人はとても驚いた。

室内にいた男は気配もなく扉を破り、自分の名を呼んだのかと驚き、女は囚われていたところでさえ明かさなかった本当の名前を呼ばれたのだと気づき驚いた。

しばしの沈黙の後に女がつぶやいた言葉は、男をさらに驚かせ、の眼を潤ませるのに充分な威力を持っていた。

女の横にいる男には眼もくれず、は十数年ぶりに会えた娘をしっかりと抱きしめた。

「薔華。ごめんね。あいつらに(さら)われたとき、すぐに助けられなくて...見つけてあげられなくて。ごめんね」

「...本当に...父様なのじゃな?」

「ええ、本物ですよ...ところで、いつからそんな古風な話し方になったんですか?」

「......うむ。このような場面でそう聞いてくるとは、間違いなく父様じゃ」

の腕に抱かれたまま納得したように頷く娘に、苦笑する。

そして、横にいた男にふっと眼を向けた。

男はの言葉から少なくともあの家のものではないのだろうと見当をつけたが、まだ警戒したようにを見据えていた。

はそんな男の眼差しなど気づかぬかのように、再び娘に眼を向けた。

「薔華、こちらの方は誰ですか?あの『腐った』家の人には見えませんけど」

「...(わらわ)を連れ出した兇手(ころしや)じゃ」

「そうですか」

は娘から腕を離すと、男に向き直り深々と頭を下げた。

「娘を助けてくださって、ありがとうございました」

それに動揺したのは男と娘である。

「父様。妾はこの男を兇手と言うたはずじゃが」

「そう聞きましたよ。あなたを助けてくれたのはこの方なんですから、ちゃんとお礼は言わないと」

「しかしのう...」

「薔華。『ありがとう』と『ごめんなさい』ははっきり伝えましょうねと言ったでしょう」

まるで小さい子にでも言い聞かせるように言うに、娘は呆れたような顔になり、男はそのやり取りを呆気にとられて見ていた。

「...あの」

「あぁ、すみません。すっかり話がそれてしまいましたね」

「いえ...」

「何かお聞きしたいことでも?」

男の困惑した雰囲気に、が穏やかな声で問いかける。

「...どうしてここがお分りになったのでしょうか?」

「それなら、昔、娘に渡した首飾りのおかげです。これにこもった気を追うことができるんです。もっとも、娘が囚われていたときは気配を追うことができませんでしたけど」

後半の口調がやや苦々しくなる。

「そうですか」

頷きながら男は、女のほうを見ると、知っていたようで特に反応はない。

普通ではない力を持っているようだが、追っ手ではないようだし、あの家に見つかっていない異能なのだろうと判断した。

「ところで、お名前をうかがっても?」

「あ、そういえば言っていませんでしたね。私は と申します。この子の父親です」

「紅 邵可と申します」

「しょうか?娘と同じ読み方なんですね」

「...そのようですね。私は『薔君(しょうくん)』という名しか知りませんでしたが」

「薔君...ですか?」

首を傾げたに娘がにやりと笑って言った。

「妾があの家の者どもに本当の名を教えるわけがなかろう」

それを聞いたはなるほどと頷き、男は初めて見る女の表情をまじまじと見つめた。











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