彩雲国物語 序章





冷たい風が通り過ぎる冬の森の中で、は呆然と立ちすくんでいた。

本来なら目的地に移動していたはずが、他の見知らぬ世界に移動していたということは何度かあった。

しかし、今回は今までと少し状況が異なる。

『何か』に強制的に引っ張られたのだ。

いや、おそらくその『何か』は眼の前に横たわるものだろうということは分かるのだが...

その『何か』が、生まれたばかりと思わしき赤ん坊だったことに呆然としているのである。

おそらくは捨て子なのだろう。

近くには人の気配もない。

だが、おかしなことに獣の気配もなければ、鳥の囀りも聞こえてこない。

そして、身も凍るような冷たい空気に覆われたこの場所で、青々と葉を茂らせた蔓薔薇が赤ん坊を守るように取り囲んでいる。

それを見た者ならば、神々しさに近づくことさえも躊躇するような光景だった。

しかし、には神々しさなど関係がない。

呆然としていたのも、移動中に干渉してきた者が赤ん坊だとは思わなかったから、というそれだけのことである。

だからこそ、我に返った瞬間、慌てたようにその子を抱き上げたのである。

抱き上げた体はとても冷たく、が来なければ間違いなく凍死していただろうと思われる。

今は眠っているが、それまできっと懸命に泣き叫んだのであろう。

その頬は涙に濡れ、抱き上げたの服を無意識に強く掴む。

自身の体温でその赤ん坊を暖めながら、はこれからのことを考えた。

この世界に孤児院のようなものがあるなら、そこに預けることもできる。

だが、もしも自分を呼んだような、もしくは、この薔薇を茂らせたような力が原因で捨てられたのだとしたら...

じっと見下ろされている赤ん坊が熱を求めて擦り寄ってくる。

その仕草には苦笑した。

幼いころの息子や孫たちの仕草とかぶる。

おそらく抱き上げた瞬間から...いや、きっとこの世界に呼ばれたときから、見過ごせないと思ってしまった。

この小さな小さな命がすがってくることがとても嬉しく感じてしまう。

そんな自分の感情を受け止めながら、は赤ん坊を起こさないように抱きなおした。

「さて、まずは名前を考えなければなりませんね」



これが父となる『 』と、娘となる『 薔華(しょうか)』...後の『縹 薔君(ひょう しょうくん)』との出会いである。











ありがとうございました!

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