三千世界の鴉を殺し (4)




青緑色の髪と非常に整った容貌を持つ少年が目を覚ますと、見慣れない天井に驚く暇もなく、2対の緑色の目に顔を覗きこまれた。

それを見た少年が、唯一の武器である爪を伸ばすよりも早く、覗き込んでいた2人の少女が声を上げた。

「「お父さーん!行き倒れ君が起きたよー!」」

「...行き...倒れ?」

少女たちの言葉に、そういえば自分は、しばらく逃げ回ってばかりの生活で力尽き、人目につかない裏路地で気を失ったのだということを思い出した。

「もうちょっと待っててね、行き倒れ君!」

「たぶん、お父さんがスープとパンを持って、エリー兄とここに来るから」

「そうそう!エリー兄ってば、久しぶりに自分の同族を見たってはしゃいじゃって、お父さんに怒られてたんだよー」

「...えっ!?」

「「どうかした?」」

少年があげた驚きの声に、2人が首を傾げた。

少年が先ほどの言葉を尋ねようとしたとき、部屋のドアが叩かれるのとほぼ同時に開かれた。

「おいっ!行き倒れが起きたって!?」

「「エリー兄、マナーが悪い!」」

「今回くらい大目に見ろチビども」

「「今回じゃなくて、いっつもじゃん」」

「うるせえな。細かいことをぐだぐだ抜かすな」

いきなり部屋の中に入ってきた青年は、少年と同じ青緑色の髪と、縦長の瞳孔がある琥珀色の目を持ち、そして非常に整った容貌をしていた。

「......あの...」

「エリジオ、アイリス、アヤメ、話声が外まで聞こえてましたよ」

「「「お父さん(親父)!」」」

いつも間にか開きっぱなしのドアの前に立っていた黒髪の若い男は、呆れたような顔をして3人に言った。

男は驚いた顔で見つめてくる少年に気付くと、にっこりと笑った。

「騒がしくてすいませんね。具合はどうですか?」

「あ...え〜と...」

そのタイミングを見計らったように、少年の腹の虫が鳴いた。

とたんに真っ赤になった少年に目を細めると、男は部屋にあったテーブルに持っていた盆を置いた。

「ちょっと買い物に行く暇がなかったので、ありあわせで申し訳ありませんが、スープとパンはいかがですか?」

「......でも...」

「気にすんなよ。親父がしたくてしたことだ。話なら飯食って、頭に栄養がいってからにしようぜ」

「...分かりました。いただきます」

青年の言葉に、少年は少しためらったが、頷き、出された食事に手を付けた。

食事が終ると、気を利かせた少女たちが食器を片づけて部屋を出て行った。

「食後のお茶をどうぞ」

「...ありがとうございます」

ためらいがちに礼を言った少年に、男は気を悪くすることもなく笑顔を向けた。

「さて、行き倒れ。聞きたいことがあるなら聞くぞ」

「エリー、いつまでもそんな呼び方をしては失礼ですよ。はじめまして、私はと言います。この子はエリジオ・ルシュリアース。よろしければ、あなたのお名前を教えていただけますか?」

「...サラディン・アラムートです」

「サラとお呼びしてもいいですか?」

いくらか迷った後、小さく頷いた少年に、はにっこりと笑って礼を言った。

「話を腰を折ってごめんなさい。この部屋にいた2人に聞いたかもしれませんが、裏路地で倒れていたあなたを家まで運んだのは私です。何か聞きたいことはありますか?」

「......あの...エリジオさんは...」

「正真正銘、蓬莱人(ほうらいじん)だぜ。お前も『狩る者』から逃げてたんだろ?」

「...はい」

おずおずと少年が頷くと、青年はにやりと笑ってを見た。

「だとよ。親父、こいつもここに置いてくんない?」

「サラがそれを望むのなら、大歓迎ですよ」

「......えっ!?」

「どうしました?」

「あの...僕は狙われてるから...」

「そんなこと言ったら、俺だって狙われてるぜ。同じ蓬莱人だからな」

「それは...」

言葉に詰まる少年が視線をさまよわせると、青年はにっと笑って言った。

「いいんだよ。ここにいるのは『狙われるやつ』がほとんどだ。相手は遺産目当ての親族だったり、やっかいな場面を見られたマフィアだったり、俺みたいに血を目当てにする奴だったり、いろいろだがな。とにかくここは、『狙われる側』が親父に絶対守ってもらえる場所なんだよ」

青年の言葉に、目を見開いて驚く少年は、視線をゆっくりとに移した。

「学校に通いたいなら、蓬莱人は戸籍がありませんから作らなければなりませんけれど、そんなのは簡単に作れます...ただ、父親の欄に、私の名前を書くことになりますが」

そう言っては、慈愛に満ちた笑みを少年に向けたあと、真面目な顔で言う。

「ここにいる子たちは、たとえ血がつながらなくても、年が離れていても、私の子供です。親として、私はあなたに、『狩る者』から守る少しだけ安全な生活を与えることはできても、狙われない生活を与えることはできません」

そんなことが可能なのかと、まじまじとを見ている少年に、青年は真剣な顔で言った。

「サラ、親父は俺の知る中では誰より強いぜ。力だけじゃ守りきれねえからって、俺達のために経済力も、政治への影響力もつけやがった。他にも、いろんなとこに影響力を持ってる。俺達のため(・・・・・)にな。親父は、言ったことは絶対に守る。それが家族に対してなら、なおさらだ」

「私は、出来ればサラに、ここにいてほしいと思っています」

「.....................これから、よろしくお願いします」

長い沈黙の後、サラが頭を下げながら言うと、はにっこりと笑って頷いた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。では改めて、ようこそ、養護施設『House(ハウス) of(オブ) endless(エンドレス) life(ライフ)』へ」

「...『不死の家』?」

「いいえ。『輪廻(りんね)の家』です」

「通称『Hell(ヘル)』、雲の上でふんぞり返って偉ぶってる馬鹿どもを、見下ろして笑う、にぎやかな地獄さ」

にやりと笑って言った青年の顔は、ひどく誇らしげに見えた。











ありがとうございました!


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