三千世界の鴉を殺し (2)
「...俺が甘かったんだ。奴を後腐れなく始末できるチャンスだったのに。くそー、俺のバカバカ!」
「はいはい。惜しかったですねぇ」
「!お前があいつを甘やかすからどんどん頭にのるんだぞ。1回、いや100回くらいガツーンと拳を喰らわせてやれよ!」
「回数はともかく、ちゃんと殴ってきたじゃないですか」
「俺が病院送りにした後だからって、手加減して1発だけなんて回数に入るか!」
「手加減しなきゃオリビエが挽き肉になるじゃないですか」
「いっそのことそうしろ!俺が許す!」
酒に酔ったフリーダの言葉は本気なのだが、聞く側のにはあくまで冗談と思っている。
しかも共通の性格がねじれた友人に対する愚痴は幾度となく聞かされているため、返す言葉も慣れたものだ。
「あのクサレ外道は、俺に人生最大の落ち込みを助けてもらった恩も忘れ、平気でこいつを堕ろせと抜かしやがったんだぞ!」
「何を今更。オリビエの言いそうなことじゃないですか。今から性格が矯正できるほど素直ないい子じゃないでしょう?変な方向に素直ではありますが...」
「ああ、そうさ。しかもあの1件でF・Mの秘密がばれた後、コロッと態度を変えて、子供には父親が必要だから一緒に住もうなんぞと、ヌケヌケとほざいてよ。普通、堕ろせといった口で息子を同居の口実に使うか?俺は、あのふざけたセリフを一生忘れねえからな!」
そして、彼女は一緒のテーブルで飲んでいる黒髪の友人と息子を睨みつけて言う。
「あいつがあいつなら、堕ろせと言われた息子のお前もお前だし、普通にあいつの友人なんて酔狂なことをしてるお前もお前だ。あの野郎の思うツボなセリフを無邪気に言いやがるは、あの馬鹿に都合のいいように使われるは。みろ、このザマを!」
3つの子供に父親と一緒に住むかどうか重要な選択を任せた彼女が悪いと反論も出来た。
しかし、2年以上も不自然な同居生活を強いられた母の苦労を知るルシファードはひたすら低姿勢である。
「ごめんなさい、フリーダ。忠告を無視して悪かった。でも、まさか父親があんな人間だなんて、自分で体験するまで信じられなかったんだよぉ」
「フリーダ、人生経験3年じゃあ、化け猫を2、30匹かぶったオリビエの本性を見抜けなくても仕方ありませんよ。まあ、実際に生活してみて理解しただけマシじゃないですか」
「どこがマシだ」
「あのことが起きなかったら、今もきっと一緒に生活したままでしたよ」
「だからといって、仮にも自分の息子に、『大事なのはマリリアードとだけだから、お前はいらない』というか!?」
「それを口にした報いはちゃんと受けたと思いますよ」
「どうせあのクソ野郎は今でも頭の中ではそう思ってるさ。口にださねえだけでな」
「それは、まあ...たぶん...」
「そのあたりは矯正のしようがないんですよ。本当に。ぶっ続けで説教28時間しても、まったく変わりがありませんでしたから」
「いつそんなことしたんだよ」
「もちろん、あなたに病院送りにされて、私も1発殴った後ですよ。途中意識は朦朧としてたかもしれませんが、ちゃんと正座させて聞かせましたのに」
あっさりと何でもないことのように言うもなら、それを何でもないことのように聞いている2人も2人だ。
「ねぇ、もしかして説教って病院でやったの?」
「そうですよ」
「よく医者に止められなかったな」
「だって私がその時のオリビエの主治医でしたから」
「って医者なの?」
「ええ、医者『も』してるんですよ」
「資格や技能の取得は、とっくの昔に1000歳を通り越したの暇つぶしだからな。一体いくつ資格があるんだか、俺やあのバカでも知らねえぞ」
「フリーダや親父より年上だとは思ってたけど、1000年以上生きてたんだ...」
「まあ、確かに1000は超えてますけど、とっくの昔じゃなくて979年前ですよ」
「俺からしたら、2000歳なんてありえねえと思うぞ」
「俺もそう思う」
「まだ2000歳じゃありません。世界間での迷子だけならともかく、時代まで飛び越えてなかったらまだ1000と少ししか経ってない筈なのに...」
多少不満そうに呟くの言葉を友人はともかく、その息子にはまだ分からないらしい。
何を隠そう、うっかり他の世界で迷子になるだけではなく、同じ世界でも違う時代に出てしまったりしたことが結構ある。
特にこの世界では3回ほど時間を間違えて移動してしまい、この世界での戸籍取得は約500年前である。
しかも、オリビエもマリリアードも、うっかり酒の席でそれを聞き、表ざたに出来ない歴史の裏のアレやコレを大量に聞かされている。
それに関してあまり知ってもらいたくないらしいフリーダは、話を切り替えてに酒を進めはじめた。
翌日の『冥府の王妃』号には、飲みすぎて二日酔いになったフリーダと匂いだけで二日酔いになった7歳のルシファードが、に看病される姿があったとか。
ありがとうございました!
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