翌朝は嘘のような上天気で、旅人たちは朝の早いうちに一斉に宿を立ち、ロシェの街道を目指していった。
3人も早くに出発したのだが、男は進路を右に変えた。
今までの広い街道から外れ、地元の人間が使っているような小道へ入っていく。
「ここから先ロシェの街道は北へ折れる。そのまま進むとアヴィヨンに入ってしまうからな」
とにかく東へ進めばいいというので、足元の小道が東へ向いているのを幸い、進み続けた。
「今どの辺を歩いているのか、分かる?」
「さっぱりだ。しかし、このまま進めばまた街道へ出るはずだぞ」
「結構大雑把なんですね」
男の言葉通り、太陽が中天を過ぎる頃には、3人は街道への道標を見出していた。
この辺りまで来ると、ずいぶん多くの人を見かけるようになり、少女は眼を丸くし、は興味深げにあちこちに目を動かしている。
再び見出した街道は、パラストの各地へ進むための分岐点になっているようで、旅人が足を休めるための酒場や宿屋が数多く点在している。
朝から歩きづめだったこともあり、男はそんな店の1つを認めて、少し足を休めていこうと言い出した。
物慣れた風で店の奥に声を掛け、野天に作られた腰掛にどっかりと腰を下ろす。
「ラム酒を1杯もらおうか。それに...」
「同じので良いよ」
「私も。あ、高いものじゃないですよね?」
「ああ、たいして高いものではないが...」
男は目を剥きながら言ったが、応対に出た女は頷いて奥へ入っていった。
「だが、子供の呑むものではないぞ」
「何でも試してみるが勝ちだ」
「私が呑んだことあるものと同じような味か、気になりますし」
2人とも平然としている。
芽吹き始めた緑に暖かな春の日差しが降り注ぎ、すごしやすい、よい季節だった。
荷物を背負い、店の前を急ぎ足で過ぎていく商人がいるかと思うと、近くの村まで使いに行くのか、荷車を引いた農夫がのんびりと歩いていく。
のどかな光景の中で、道で行き合わせた農夫たちが、顔見知りだったようで挨拶を交わしていた。
「いいお天気ですなあ」
「へえ、お蔭さんで助かります。モールさんのおはからいでやしょう」
「なによりのこってすなあ」
そんな会話を交わして行き過ぎていく農夫を見やり、男に少女が小声で尋ね、が男の顔を見上げる。
「モールさんて何?」
「聞いていると天気に関係することらしいですけど?」
「正式な名称はライモールと言う。天気と農耕の神のことだ。農民にとっては文字通り、守り神だな」
「神様をモールさん?おもしろいね」
「ずいぶんと身近な呼び方をするんですね」
「ああ、農民には何より親しまれている神だからな。彼らは天気が思わしくないとなればライモールに祈り、よい天気と具合のいい雨が降ればライモールに感謝する。怠け者にはライモールが多少の意地悪をし、怠けずに働けば必ず豊作を約束してくれる。彼らはそう信じている」
2人は感心したように言った。
「お百姓さんを気持ちよく働かせるには、もってこいの神様だね」
「ええ、よく考えられています。もっとも、土地が豊かで、農業がきちんと安定していて大規模な自然災害がない場所でないと、そういうのは上手く広がらないんでしょうけど」
物凄いことを言うものであると呆れながらも、確かにこの地域は土地が豊かであることと、支配者にとっての宗教の都合のいい一面は男もかねがね承知していたので、相槌を打った。
「まあ、そうだな。確かにここは滅多のことでは作物が取れなくなることはないし、神の使い方も、戦士を気持ちよく働かせるため、バルドウが勝利と名誉を約束するようなものだ」
「上手く出来てる」
「そうですね」
そう言いながら出されたラム酒を、少女はちょっとなめてから思い切り良く呑みほし、はなめもしないで一気に呑んでしまったものだから、男はますます呆れて言った。
「うまいか?」
「悪くはない。呑みやすいよ」
「私の知ってるラム酒と同じもののようですね。味は普通、と言ったところでしょうか」
ラム酒はサトウキビの糖蜜を発酵させ、蒸留してつくる酒で、現代ではラム酒そのものよりも、水で割る『グロッグ』、コーラで割る『キューバ・リバー』などで呑まれる。
要するに、割って呑まなければならないほど強い酒なのである。
「お前たちにかかってはシッサスの火酒も普通で、呑みやすいということになりそうだな」
唸って、こちらも一息で呷った。
第6話 今のデルフィニアは...
店には他にも旅人が何人か足安めに立ち寄っていて、たまたま3人の背中合わせに腰を下ろしていた男たちの会話が、聞くともなしに耳に入ってきた。
「ところで、コーラルはどんな塩梅ですかね?」
1人がそんなことを言い、もう1人が慌てて手を振ったようである。
「いやもう、王様がとんずらしてしまったと言うんでは、お話にもなりません。いまやペールゼン侯爵の威勢はたいへんなものですよ」
「でしょうなあ...」
「逆に王様の味方だった人たちは、まるで罪人扱いですよ。王様の忠臣だったドラ将軍やアヌア侯爵は蟄居を仰せつかったそうですし、王様の後見役だったフェルナン伯爵などは牢屋へ入れられてしまったそうで...」
男がぴくりと反応したのを、2人とも見逃さず、背中の会話に聞き耳を立てる。
「それはまた物騒な話ですなあ...」
「ええ、もう。それどころか近頃のペールゼン侯爵は、先王の甥にあたる−ほれ、あのアエラ姫のご子息を、新しい王様になさろうとお考えのようでしてね」
「まさか!いくら今の王様が行方知れずだからといって、そこまで?」
「まったく無茶な話ですが、ペールゼン侯爵は何とかして、あの王様は偽者だったと皆に知らしめたいわけですな」
「ははあ、そのためにも新しい王を立てて、こちらが本物だと打ち上げるつもりですか?しかし、いくらなんでも...」
ありありと非難のこもった調子で、語っている旅人も同意したようだった。
「馬鹿げた猿芝居ですけどねえ。いくら馬鹿げていても、今のペールゼン侯爵のすることに面と向かって反対できるものは、コーラルには1人もいないという有様です」
少女とは背中で続いている世間話に興味を覚えた。
国王が国を追放されるとは、しかもその国王が存命しているのに新たな国王を誕生させようとは、珍しい話だと思った。
「面と向かって、と言うことは、実際には王様の味方もまだまだいると...?」
「ええ、もちろんです。それどころかコーラル市民のほとんどは王様の帰りを待ちかねておりますよ」
「それはまたずうずうしい。1度は自分たちの手で追い出したいうのにですか?」
「はい。そのへんの事情は、あの王様は正当な王様ではないのだから、王冠を与えておけないのだという侯爵の言葉にうかうかと乗せられたわけですよ」
「確か妾腹のお生まれでしたな」
「ええ、そこがね。デルフィニアほどの大国がいわば...傷物の王様など載けるかという理屈でしてね」
「しかしですよ、他に前の王様の血を引いた人は、1人もいなかったというではありませんか。悪いことはないと思うんですがねえ」
「ですから、いろいろと奇妙な噂が広まったわけですよ。何でもあの王様は大変な悪人で、王座に座りたいがために先王の王子をひそかに暗殺したのだとか何とか...大きな声では言えませんがね」
穏やかでない内容に、話し役の旅人はさすがに声をひそめる。
しかし、聞き役の旅人は呆れたような声を漏らした。
「何とまあ、正気ですか?」
「はい。常軌を逸してるというにも程があります。確かにね」
2人の旅人が信憑性に明らかな疑問を持つほど、この噂はありえない話だということだ。
「それでも多少は、もっともらしく聞こえたようですよ。王様は結局その噂に振り回されて王宮から追い出されてしまったんですから。ですが、王様がいなくなった後のコーラルで何が起きたかといえば、結局は単なる首のすげ替えに過ぎません。侯爵とその仲間は自分たちの都合のいいように政治をしたいがために、邪魔な王様を追い出して王宮の主に収まった。それに気づいたときには、もう誰も侯爵を頭とする改革派には逆らえないようになっていた。そういうことです」
「なるほど」
「王様の行方は今もって不明ですが、改革派は王様に莫大な賞金を掛けております。いち早く王様を発見して通報したものには、ボルギム金貨100枚を報酬としてくださるとか」
「金貨100枚!それはまた気前のいいことで。よほど王様に帰ってこられては困ることがあると見えますな」
「まったく。語るに落ちるとはこのことですよ」
2人の旅人はこっそりと楽しげな笑い声を立てた。
「まして、その後の改革派の行いは、どうも評判のよろしくないものばかりですからね。今お戻りになれば少なくとも大多数の市民は王様を歓迎するでしょう。ご無事であればの話ですが」
少女とはそ知らぬふりでいながら、注意深く背中の話に聞き耳を立てていた。
そして、無関心を装ってはいても、隣の男が同じくらいの熱心さで、この話に聞き入っていることも知っていた。
「しかし、あの王様もまたなんだって国を放り出して、ただ1人で逃げるようなことをしたのでしょうね」
「そこがペールゼン侯爵という人の恐ろしいところですよ。完全に王様を悪者にしてしまいました。それはもう徹底した極悪非道の人非人に仕立て上げたようですから」
「それをデルフィニアの人たちは、頭から鵜呑みにしたんですかねえ」
「さて、その場の勢いというものもありますし、それにそのときはまだ、いきなり現れた妾腹の王様に抵抗があったのは確かでしょう」
「では、今は?」
「それが風向きの変わること変わること。こんなことなら侯爵を支持するのではなかっただの、少なくとも今の侯爵よりは妾腹の王様のほうがずっとましだっただの。何度もそんな声を聞きましたよ」
「おやおや」
「まあ、よくあることですがねえ。それに改革派の中でも、せっかく協力して王様を追い出したのに、思っていたほど見返りが大きくなかったというのでね。内心おもしろく思っていない連中も結構いるようですよ。このままではどんなことになるのやら」
「くわばら、くわばら。当分東に足を向けないほうがよいようですな」
口では恐ろしがっていながら、2人は楽しげに興味たっぷりに笑っている。
他国のことだし、上の連中のすることだしで、見世物としてはこれ以上の題材はない。
やがて旅人2人は立ち上がり、街道を西へ向かって歩き出した。
しばらく座り込んでいた男も立ち上がり、これは2人の旅人は反対の東へと足を向けた。
少女とがその後を追う。
男は妙にむっつりと足を運んでいて、少女とはとことこと、その後を追っている。
「ウォル」
「ねえ」
「.........」
「フェルナン侯爵って、知ってる人?」
「父だ」
2人とも驚いて立ち止まり、男は苦悩の表情でこれも足を止める。
「ペールゼン。そこまで思いきったか」
決意を秘めて男は天を仰ぎ、その顔を少女とが仰いでいた。
「ウォルのお父さんが牢に閉じ困られているのですか?」
「ああ」
「ウォルはじゃあ、お父さんを助けに行くの?」
「当たり前だ。見殺しに出来るか」
「でも、お父さんは、今のコーラルで1番偉い人の敵だと思われてるんでしょう?前の王様の味方だって言う理由で。その中を1人で突破して助ける気?」
「あなたとお父さんと同じ立場だったの人たちも蟄居させられているということは、内側から手引きしてくれるような人もいないんでしょう?」
「ついて来いと言わん。言ったはずだ。敵も多いとな」
「そっちのほうこそ聞いてないな。手伝うと言ったはずだよ」
「そうですよ。初日も、昨日も、ちゃんとあなたと一緒に行くと言いましたよ」
ウォルは、今現在のところ2人だけの、風変わりな味方を見つめた。
2人とも体も小さく、手足も細くて、本当なら男が守らなければならないような頼りない存在だ。
しかし、この少女も少年もやる気である。
「方策は出来てるの?何しろ僕は、こっちの世界がどうなってるのかさっぱりなんだからね。当のコーラルの地形さへ分からない。お父さんがどこに捕まってて、どういう見張りがついてて、警備態勢がどうなってるのかぐらいは分からなきゃ、助けようにも手も足も出ないよ」
「ええ、私だけこっそり忍び込むことは出来なくもありませんけど、見ず知らずの私にあなたのお父さんがついてきてくださるとは思えませんし、侵入のことだけでなくて、脱出方法やその後のことも考えないと、逃げる途中でつかまったり、国内外に関係なく懸賞金でも掛けられたら、もともこもありませんよ」
「確かに。それよりもまず、どうやってコーラルにはいるかが問題だ」
「あとどれ位?」
「国境まではあと2日。しかし、そこからコーラルまでは順当に行ったとしても7日の道のりだ。そこまではいいとしても、顔を知られている俺が、どうやってしまいに入り込むかだな」
「顔、知られてるの?」
「もしかして、フェルナン伯爵の息子だから捜されているんですか?」
「ああ、今はともかくデルフィニアに入ればな。看板を下げて歩いてるようなものだ」
「やれやれ、それじゃあ、まず変装から何とかしなきゃ」
「目立たなく...は、難しそうですから、やっぱり別人に見せるほうが楽そうですね」
「問題はまだある」
男は難しい顔である。
「捕らえられてる場所として考えられるのはコーラル城以外にない。だが、コーラル城は人知れず潜入するには最悪の場所だ。背後にパキラ山脈を従え、前方には三重の城壁。大陸で1番美しいだけでなく、どんな攻撃を掛けてもびくともしない難攻不落の名城だからな」
「そうかな?案外そういうところに限って小さなものは見落とすもんだ。大軍で陥とすのは無理としても、気づかれないうちに人ひとり通るくらいなら、出来るんじゃないのかな?」
「ええ、逆に絶対大丈夫という自信が、警備の手を緩めさせているかも知れません」
男はここまで来ても躊躇しない2人に、あらためて驚きに似たものを感じていた。
「お前たち、本気でコーラル城に忍び込もうというのか?」
「お父さんが殺されてもいいの?」
「助けるんでしょう?」
「ペールゼンが恐ろしくはないのか?」
「知らない人だもん」
「なぜ怖がらなきゃいけないんですか?」
けろりと言う様子は、無邪気な子供そのままの風情だった。
「デルフィニアは中央の華と呼ばれ、大陸全土でも5本の指に数えられる強国だ。ペールゼンはその国のいまや事実上最高権力者だぞ。デルフィニアそのものを敵に回すことになる」
「そう言われてもデルフィニアがどれだけ大きい国か知らないから、やっぱり怖がりようがないな」
「最高権力者を敵に回したのは、別に今回が初めてではありませんから、何とかなりますよ」
2人はあっさりと言い(の言った内容は少々物騒だったが)、男を見つめてにこりと笑った。
「僕はさ、ここで何をすればいいのか、ずっと考えてた。なんでこんな体になったのか分からないけど、それに何の因果かは知らないけど、こうして来た以上、迎えに来てもらうのを待っているだけなんて芸がないしね。これは案外、君の手助けをしろっていうことなのかもしれない」
「幸い私には時間だけはたっぷりありますし、ウォルみたいなおもしろい人が頑張ろうとしていると、なんとなく手を貸したくなっちゃうんですよ。リィと同じように、あなたの手助けをしろということでここに来たというなら、私のほうから進んで手伝わせてもらいますよ」
男も2人を見下ろした。
男は、すでに1度命を救われた。
男は、喉から手が出るほど強力な味方が欲しいと思っていた。
「では誰がお前たちを遣わした?」
「こっちの世界の運命の神様なんじゃない?」
「もしくは、退屈しきった気まぐれな神様ですかねぇ?」
全然信じていない口調で言った。
「でなければ君が信じている神様でもいい」
「俺は...どんな神も信じない。唯一、闘神バルドウだけは別だがな。剣を取るものすべてが信じ、祈りを捧げる神だからな」
「それはまた、ウォルにぴったりの神様ですね」
「勝利をお祈りするの?」
「ああ、初陣から欠かしたことはない」
「じゃあ、無事にお父さんを助け出せますようにってその神様にお願いして、さっさと河を渡ろう」
「リィ、それってお祈りもさっさとしろって言うように聞こえるんですけど?」
「そう?」
あまりの楽天的な言い草に、男は一瞬、この2人を過大評価しすぎたかとさえ疑ったものだ。
「事の重大さを分かってるのか、お前たちは?」
「分かってるさ。1日も早く助けなければ君のお父さんの命に関わるって事がね」
「ええ、ただしあまり大っぴらにことを進めると、あなたのお父さんを人質にしてあなたを捕えようとするかもしれませんから、ちょっとだっけこっそりやらないといけませんけど」
「深刻に悩む暇があったらコーラルまで安全に近づく方法を考えて。それからお城の事を聞きたいな。何かいい方法を思いつくかもしれない」
男のほうが驚いて一体どうするつもりか問いただそうとしたとき、少女が急に身構え、もわずかに険しい顔で男から目を離す。
「「何か来る(来ます)」」
今までの経験でこの2人の耳が並みの人間でないことは分かっていたので、男も身構えた。
そこは雑木林と丘の境目になっていた。
間には動物が踏みしめたような細い道が伸びている。
春の日差しが柔らかく降り注ぎ、小鳥がさえずり、平和そのものの光景に見えたが、少女は腰に手をやったまま動かず、もどれもいないところを無表情に睨んでいる。
男は黙ってその後ろに立った。
しばらく何の変化もなかったが、やがて、雑木林の中から完全武装の兵士が幾人も走り出してきたのである。
少女は軽く舌を鳴らし、は無表情のまま兵士の動きをうかがっている。
「確かに、お前、相当顔が売れてるみたいだな」
「ぞろぞろと群れをなして、鬱陶しいですね」
また口調の変わった少女と、口調に棘を含ませるに、男は微かに笑って言った。
「リィ、。お前たち、本当に自覚はないのか?」
「ぬかせ。お前のほうこそ、一体何をやらかした?旅の自由戦士1人を襲うにしては念が入りすぎてるぞ」
「本当にドロドロとした女性関係じゃないでしょうね?ああいうのは物凄く厄介で、執念深いんですよ」
「妙に実感のこもってる言葉だな」
「私の周りのとある人が...ですけどね」
低く会話を交わしている間にも、現れた兵士たちは油断なく3人を見据えている。
8人ほどで、皆、同じ風体だった。
それもかなり整った身なりで、同じ主人に使えているか、同じ組織に属している証拠だ。
その中から指揮官らしい身なりの男が進み出、男に向かって丁寧に頭を下げた。
「お初にお目にかかります。デルフィニア国王、ウォル・グリーク陛下ですな?」
少女は驚きの目を連れの男に向けたが、言葉にはしない。
も内心で驚きながらも、表情にも言葉にも出さず、男に目を向けることもない。
2人とも、黙って聞き役を務めていた。
「いっそのこと、王家乗っ取りを企んだ逆賊の小せがれさまですな、とでも言ったらどうだ」
慇懃な問いかけに対し、皮肉たっぷりに男は言い返した。
「ここでお会いできたのは、真に幸運でしたな。陛下には、この先、どちらへお運びになられるご所存でありましょうか?」
「どこもかしこもない。デルフィニアへ戻る」
40がらみのその男は、さも困り果てたような顔つきになったが、細い目は白く光っている。
「それは困りましたな。あなた様にコーラルへ戻られては、やっと落ち着きを取り戻している市内が、またまた混乱の只中に突き落とされますぞ」
「その混乱に手を貸しているやからが何を言う。ペールゼンの陰謀に加担している不届き者が何を言うか!」
一喝したが、曲者の集団は表情を変えもしない。
「陛下、あなた様が国内へお戻りになることを望まぬのは、我々ばかりではないのです。他でもない、デルフィニアそのものが、あなた様のご帰還を望んではおりません。国内はペールゼン侯爵様の統治のもと平穏であり、近々、新国王も誕生いたします」
「ほう、おもしろい。国王の存命中にそんな手品が出来るものなら、やって見せてもらおうか。オーリゴの祭壇の前で王冠をかぶる偽王だけは、自分が道化であることを思い知るだろうよ」
「道化はどちらでございますかな?」
1人進み出て、ウォルと対話している中年の指揮官の口調に冷ややかさが混ざった。
「魔の5年が過ぎ、王冠も継ぐお方も定まり、これでようやく元通りの豊かなデルフィニアが戻ってくると我らが安堵したそのさなかに、どこからともなく現れて王冠を盗み取っていった不届きな盗人は。その資格も持たぬ身で、ぬけぬけと王冠をかぶり、国民すべてを欺いて見せたのは、どこのどなたでございましたかな?」
「初めからそう言っておればよいものを...」
男は不適に笑った。
「能書きなどたれている暇があったら、さっさと用件を言え」
「では申し上げる。今より速やかにこの地を立ち去り、北の荒野なり、南の諸島なりに身を隠していただきたい。2度とデルフィニアには姿を見せぬように、お願いいたします」
「ほう?だいぶ風向きが変わったな。この半年、性懲りもなく俺の命を狙い続けたあげく、賞金まで掛けておきながら...」
「それもこれもあなたにデルフィニアへ戻ってこられては困るが故です。国民は誰もあなたのことなど覚えてはおりません。すでに、あなたの即位は無効であったとする手続きも済み、後は真の国王のご即位を待つばかり。となればこの上、あなたの命を狙ってもはじまりますまい」
「これ以上俺の命を狙って無駄に兵士を死なせることもありますまいの間違いだろうが」
男は太く笑って、しかし、頷いた。
「そういうことなら、歓迎されていない母国へわざわざ戻ることもあるまいな。−−−リィ、。行くぞ」
男は悠然と歩き出し、2人も続いた。
今までの進路に背を向けてである。
当然、国境から離れることになる、
突如現れた一団は微動だにせず、遠ざかっていく3人の姿を見送っていた。
あとがき
デルフィニア戦記第6話終了です。
説明のようなものが多かったので、今回は(今回も?)ほとんどが小説そのままに近いです。
5話
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7話