「お前たち、それで、これからどうする?」

「君と一緒に行くよ。邪魔でなければな」

「私もそのつもりです」

男は1人前の戦士のような口を利く2人に笑いを漏らした。

「やめておけ、と言いたいところなのだがな」

「「どうして(ですか)?」」

「決まっている。危険だからだ」

「説得力ないね。僕は大抵の危険なら自分で何とかできる。少なくとも足手まといにはならないはずだし、ついでに君を助けることも出来る」

「またあの人数にこられたら、今度はあなたが死体になっちゃいますよ」

実際その通りなので、男は苦笑するしかない。

「しかしな、俺の命を狙っているものはなかなかに執念深いようだからな」

「それこそ、そんなに恨まれるようなことって何をしたの?」

「まさか、女性関係じゃないですよね?」

その言葉に男は太く笑った。

「あいにく女性とはさっぱり縁がないな。俺は何もした覚えはないが、彼らのほうはそうもいかないのだろうよ。どうしても俺に死んでもらいたいらしい」

何もした覚えがないにしては先ほどの襲撃は念が入りすぎていたが、2人とも深く聞かなかった。

「じゃあ、また襲われるんだ」

「ああ、間違いない」

「分かってて1人で立ち向かうわけ?」

「そういうことになるな」

「無謀っていう言葉知ってますか?」

「もちろんだ」

真顔で頷くのだから、この男も相当ひょうきんな性格をしている。

それでも、とことん呆れた様子の2人に流石にまずいと思ったのか弁解した。

「俺とてみすみす殺されるつもりはないぞ。そのためにデルフィニアを目指しているのだ」

「そこには味方がいるの?」

「さあて、どうかな。味方もいるが、敵もいる」

「危ないところなんだ」

「かなりな」

「それの何処を聞いて安心すればいいんですか?」

「まあ、安心は出来んだろうな」

「それでも行くの?」

「ああ、行かねばならんのさ」

「じゃあ決まりだ。「僕(私)でよければ味方になる(なります)」」

あっさりという2人に男のほうが苦笑した。

「物好きなやつらだ。出会ったばかりの男の味方を申し出るとはな」

「人のことを心配してる場合じゃないと思うけどな。昼間のことだってそうだ。僕たちがいなかったらどうなってたと思うんだ?この先も襲われることが分かっているっていうなら、ついでに死にたくないんなら、何か手段を講じるべきだろうが」

「人を心配する心根は良いですけど、それで死んだら元も子もないでしょう?」

「確かに」

さっきから男は苦笑しっぱなしである。

「先ほどのことは俺の油断だ。敵がこれほど早く、あれほどの手数をそろえて襲ってくるとは予想外だったのでな。襲われるにしてももう少し東へすすんでからだと思っていたのさ」

「だから、ちょうど良いじゃないか。君は味方を必要としてる。僕はとりあえずこっちの世界になれなきゃいけない。迎えが来るまではここで暮らすしかないからね」

「迎え?」

「ああ、ここは僕の世界じゃないし、僕は自分の力では帰れない。となれば迎えが来るのを待ってるしかない。じれったい話だ」

「いずれ迎えが来るのか?」

「そりゃあね」

男は少女からに目線を移す。

「私は自力でしか帰れませんけど、自力で帰れるようになるまでは結構かかりますから」

「まったく、何でこんなところに落ちて来たのか、僕にはさっぱり分からない。なんでこんな体になってるのかも分からない。おまけにこの世界の右も左もさっぱりだ」

「私も流石に王政のあるところに落ちたのは初めてですしねぇ」

「.........」

「だから一緒に行く。他にできることはないし、行くところもない。それに落ちてきて真っ先に君と出会った。君が何と戦おうとしてるのかは知らないけど手伝うよ」

「これも何かの縁ですから、諦めて了承してください」

「しかし...俺の味方をしてくれても何の得にもならんと思うぞ。どんな危険な目にあわせてしまうかも分からん」

「味方が欲しくないの?」

「それは欲しい。欲しいが...無償で人の剣を借りるわけにはいかん。まして命がけのことだ。お前たちが俺のために自分の剣を役立ててくれようというのはありがたいが、俺はその報酬として与えるものを今は何も持ってはいない。それでも構わんのか?」

「私は最初から報酬をくれなんて言ってないでしょう?」

そう言って首を傾げるの横で、少女の瞳が悪戯っぽく笑った。









 第3話     味方の定義








   
「いいこと教えてあげようか?」

「うむ?」「何ですか?」

少女は幼い顔を精一杯難しくし、芝居がかった重々しい口調で諭すように言った。

「報酬目当ての味方ほど当てにならないものはない。彼らには心を許さず、あくまで一時しのぎの道具として使うべきである。なぜなら彼らは敵がそれ以上の報酬を出せば簡単に寝返るからだ...勉強になっただろ?」

最後ににっこりと笑って付け足した少女の言葉に、男は目を丸くしたあと盛大に噴出し、はそんな男の反応と少女の得意そうな顔を見て笑い声を上げる。

しばらく森の中に3人の笑い声が響き、やっと息を整えた男が少女に話しかける。

「確かに...いや、確かにその通りだな」

「そりゃあね、報酬を約束しなきゃ味方なんて集まらないけどね。そういうのは本当の味方にならないもんだよ」

「なるほど。では、どういうのが心強い味方なのかな?」

「1つには自分と同じようにその敵を強く憎んでいるもの。2つは利害が一致するもの。その敵が倒れることで相当に得をするか、倒れてくれないと大変な損をする理由のあるものだ。この2つなら少なくとも敵を倒すまでは裏切りの心配はない。倒したあとはどうなるか分からないけどね。あとは汝の志に感動して何て立派な理由を付けてくるのもいるけど、これも仰々しいのは考えものだな」

「ああ、あまりにも演技臭いと付き合うのも馬鹿らしくなる人ですね。ああいう手合いは自分から『演技ですよ』って言ってるのに気づかないのがすごいですよね」

「それはよほど嘘が下手な人なんじゃない?結局は、もうしょうがないから助けてやるか位のほうが信用できるんじゃない?もちろん場合によるけどさ」

「では、お前たちは仕方ないから俺を助けてくれるわけか?」

「そうだよ。せっかく助けたんだ。なのにすぐ死なれたんじゃ寝覚めが悪いじゃないか」

「あとでそれに気づいてやっぱり一緒に行けばよかったなんて思いたくもありませんしね」

「もっともだ」

男は頷いてから首を傾げてしまった。

どうも妙な具合に意気投合して話が出来上がってしまったようで、こうなっては仕方がないと男もそれ以上は止めようとは思わなかったが、1つだけ疑問に思っていた疑惑を口にした。

「お前たち、剣を取ってから...いや、お前の場合は体術もだが、どれくらいになる?」

「8歳のときにこの剣をもらった」

「1歳少し前に体術で、1歳半ごろにある程度の武器は使えるようになってましたね」

「...では、今まで何人を殺している?」

「覚えてないな。そっちは?」

「俺も覚えていない」

「それなら聞くこともないだろうに。君は?」

「人に限定するなら234人...さっきので239人ですね。人の形をしているという区分も付け加えれば、1000以上ですね」

「数えてるの!?」

「私の場合は忘れられないだけですから。それで、殺した人数を聞いてどうしたかったんですか?」

「お前たちの歳であれほど剣や体術を使うとは、尋常なことではないぞ。お前たちの様な歳のものが、何故あれほど的確に剣を揮い、拳を放てる?」

「「的確?」」

「そうだ。剣を遣うことへの怯みも興奮もない。血を見ることに少しも抵抗を覚えない。かと言って己の技量を楽しんでいるようでもない。あまりにも冷酷にあの連中を葬ったではないか」

男の言葉に少女は顔をしかめ、は苦笑を返す。

「人聞きが悪いな。じゃあ、何か?ニコニコ笑いながら斬り合いをしろとでも?」

「そうは言っていない。ただ、今のお前たちと先ほどの剣を揮い、敵を殴り倒していたお前たちとはあまりにも様子が違うのでな。どちらが本当の顔なのかと思ったまでだ」

「別に意識してやってるわけじゃない」

「私も先ほどは意識していませんね」

「ほう?」

「剣を取ったら生きるか死ぬかだからな。俺はこんなところで死にたくない。死にたくなかったら相手を倒すしかない。結果、自分の手が血まみれになったとしても、いつか誰かの手にかかって倒れることになったとしても、それは仕方のないことだろうな」

「そうですね。死にたくなかったら戦うか逃げるかですし、逃げられなかったら戦うだけですし。それで誰かに倒されたとしても、それはそれですしねぇ」

男は驚いて2人を見た。

この男もまだ死ぬわけにはいかない理由を持ち、己の命を奪おうと向かってくるものにはたとえ殺して撃退する覚悟と、命を奪ったつけがいつか自分に回ってきたとしてもそれは戦うことを選んだものの業だと思っていた。

そして、その業に耐えられない者は初めから剣などに触れるべきではないし、まして(いたずら)に人の命を奪うことなどもってのほかだ。

半分は納得したが、この子供達は何処まで分かっているのかと思い、軽く責めるような目を向けてみる。

「しかし、殺すこともなかったのではないか?お前たちの...あれだけの腕ならば、手傷を負わせるだけですますことも出来たはずだぞ」

「10人がかりで1人に襲い掛かるような連中に、命を許してやる必要が何処にある」

「同感です。丸腰に見えるような人間を口封じとばかりに切りかかってくるような方々を、見逃してあげるような優しさなんて欠片も持ってません」

2人は男の問いに目を揺らすこともなく、恐ろしいことをあっさりと言い放った。

「獣だろうと人間だろうと、おもしろずくで殺したことは1度もない。これからもしない」

「私が戦うのは私と私の大切な人達を守るためです。この方のように面白がって殺したこともなければ、これからもそのように殺すつもりはありません」

きっぱりと断言し、不思議な落ち着きを見せる2人に男が唇の端を吊り上げて微笑した。

「お前たちは確かに良い味方になりそうだな」

「そっちもね」「そちらもですよ」

「では、俺がデルフィニアに入るまでは同道するとしよう」

「デルフィニアの何処に行くの?」

「コーラル...首都コーラルだ。無事には入れれば、の話だがな」

「首都ですか」

「そこへ入るのが最終的な目的なわけだ?」

「ああ、今のところはな」

「じゃあ、僕は君を無事にコーラルへ届けるのを当面の目的にしよう」

「あ、それは良いですね」

男はそれに太い声で笑った。思わぬところで、思っても見なかった形で、思わぬ味方を手に入れることになったのがおかしかった。

「まだ名も告げていなかったな。俺は...」

ためらったがこの風変わりな2人がどういう反応を示すのか確かめてみたくなって、男は久しく使わない本名を名乗った。

「俺は、ウォル・グリーク・ロウ・デルフィン」

「長い名前だ」

「私の名前の2倍の長さですね」

2人はその名前を聞いても何の感慨も覚えないらしい。

「どこを呼べばいい?」

「ウォルでいい。昔はみんなそう呼んだ」

「今は違うのか?」

「ああ」

「子供のときにだけ呼ぶ名前というわけではないのでしょう?」

「ああ」

男は苦笑しながら頷き、少なくとも中央地域の住人ではなく、中央へ来て日が浅いのだろうと思った。

そうでなければ、この名前にここまで無反応でいられるわけがないからだ。

「お前は?」

「リィ」

「?、それだけですか?」

「短すぎるな」

「友達はみんなそう呼ぶんだよ」

「しかし、それだけではあるまい?」

男が食い下がって問いかけると、少女は軽く肩をすくめて言った。

「長い名前はね。グリンディエタ・ラーデン」

「ほう...」

「あなたの本名も結構長いですね」

男は想像以上に立派な名前に目を見張り、は名前の長さに小さく笑う。

「グリンディエタ。いい名前だ。しかしそれでリィとは妙だな?普通に呼ぶならグリンダだぞ?」

「そうらしいけど、その呼び方あんまり好きじゃないんだ」

「どうして?」

「あ、私は何となく分かりました」

そう言って笑うにチラッと目を向けて、少女は口を尖らせた。

「だって女の子の名前じゃないか。ただでさえ女の子みたいな顔なのに、名前を言うたびに女の子と間違えられるんだから、かなわないよ」

「......................」

「リィ、今の自分の状態分かってますか?」

呆れたような男の顔との言葉で、つい1日前まで少年だったと主張していた少女は、何とも複雑な表情になってしみじみと頭を抱え込んだ。

「誰がやったのか知らないけど、ほんとにもう。当分この体でいなきゃならないのかなあ...」

「いなければならんのではないのか?それに、そう悲観したものでもないぞ。なかなか良く似合うからだと名前だと思うがな」

冗談めかした言葉に、少女は恨みがましげに大きな体の男を見上げた。

「どうせ違う姿にするんなら、君みたいな体にしてくれれば良かったんだ...」

大真面目な顔つきで言う少女に、男はとうとう吹き出し、はとんでもないとでも言うかのように勢いよく首を振る。

「冗談はやめてください。ウォルの体にリィの顔なんてアンバランス過ぎて笑いにしかなりませんよ。ウォルの顔がリィの体に乗ってても同じでしょうけど」

の言葉に男はさらに声を上げて笑い、今の自分の体に男の顔が乗っているところを想像した少女も吹き出す。

しばらく笑いに包まれていたが、男がやっと息を整えながらの名前を尋ねる。

「それで、お前の名前は何と言うんだ?」

「私は、です。多分この中では最年長の314歳です」

「.........何?」

「随分と若作りだなあ」

「そりゃあ、本当に314歳くらいを再現したら、目や口もシワと間違われちゃうじゃないですか」

いかにも真剣ですといった感じの顔で言ったに、笑いを納めたはずの2人が再び吹き出した。










あとがき

デルフィニア戦記第3話終了です。
やっとメインの人たちの名前を出せました!

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