連日の暖かい陽光に、少女は頭を包んでいるのが嫌になってきたようで髪を露わにしている。

少女とは逆に、は太陽の下では目立つ黒髪を白いバンダナのようなもので覆っている。

まとめ上げた髪を露わにした少女と、髪の色と対照的な白い布で頭を覆った少年は、男たちと並んで行軍を続けていたが、タウの男たちはこの子供たちが何者なのか、なぜ国王と一緒にいるのか、そろそろ気になりだしてきたようだ。

「ええと、ですね。王様」

ツールのブランが頭を低くしながら言いだした。

どう接していいやら、態度に困っている様子がありありとしている。

まさかベノアの副頭目を倣って呼び捨てというわけにもいかない。

一応『王様』で統一することにしたらしい。

「何かな?」

「へえ。あの坊ちゃんと孃ちゃんなんですがね。どこまで連れていかれるつもりなんで?」

「むろん、コーラルまでだ。あの子たちは俺の横で戦ってくれると申し出てくれたからな」

「おい、ウォル」

イヴンがこれも声をひそめて言った。

「俺はお前を利口者と思ったことは一度もない。それどころかはっきり言って馬鹿の部類だと思っていたが...」

「そこまではっきり言わんでくれなくても構わんのだがな」

国王の嘆きを幼馴染の山賊は頭から無視した。

「状況判断は出来る奴だと思ってたぞ。あんな子供らを連れて行って何の役に立つってんだ?」

「じきに分かるさ」

国王は平然としている。

あの子供たちがどのくらい子供離れしているか、語ったところで彼らは信じないだろうし、自分もさんざん驚かされたのだ。

他人にも同じ目に合ってもらわなければ驚き損である。

奇妙な理屈を持って国王は沈黙を守ったし、少女の方も取り立てて必要がない限り、常人離れした力を見せつけるようなことはしない。

もそれを分かっているのか、2人の話を聞いていても、苦笑を浮かべるだけだ。

そうなると多少変わってはいても、ごく普通の少年少女のように見えるので、タウの男たちはひたすら首を傾げ、2人の身の安全を心配し、いざという時の足手まといを(大笑いだが)懸念している。

少女がその能力のかけらを男たちに見せたのは、まず聴力においてだった。

街道沿いの細道をたどる一行の後方を歩いていたのが不意に振り返り、じっと耳を澄ましている。

それとほぼ同時に、もまた普段より抑えているとはいえ、充分常人離れした感覚が後方にある気配をとらえた。

とらえた気配が何者であるか瞬時に理解したは、驚いたように振り返って後方を凝視する。










     第22話    ロアへ










「どうした。?リィ?」

「...えーと」

「何か来る」

わずかに口ごもったをよそに、リィがはっきりと告げる。

過去、何度もこの耳に助けられている男は即座に立ち止まり、身構えた。

しかし、イヴンをはじめとするタウの男たちには、この緊張の理由が分からない。

「何が見えるってんだ?」

不思議そうに言う通り、春の燦々(さんさん)と照らされている緑の野には何の変化もないように見える。

鳥が鳴き、丘の上を雲の影が流れていく。

平和そのものの光景である。

しかし、少女は構えを解こうとせず、今来た方向に目を凝らしている。

「多いな。ちょっと普通じゃない多さだ」

「五十か、百か?」

「そんなもんじゃ聞かない。多分、どんなに少なくても二千はいる」

「何!」

「でも...そのほとんどがラモナ騎士団なんですけれど」

「「それはホントか?」」

「ええ、ナシアスとガレンスもいますし...五百ほど分からない気配もありますけど」

の言葉には少女も驚いたらしいが、他の男たちは先ほどの少女の子の言葉から呆気にとられたままだ。

「おいおい、孃ちゃんも坊ちゃんも、馬鹿を言うもんでねえ」

「ラモナ騎士団っていやあ、あの、ビルグナにいるやつだろ?」

「そうとも。それじゃあまるで戦に出て行く兵隊さながらじゃないか」

「だと思う。半分近くが騎馬だ。おそらく全員が武装してる」

「ええ、確かに人とは違う気配もそれくらいありますね」

「冗談だろ?」

イヴンが疑わしげに言ったが、国王は迷わなかった。

すぐさま身を翻し、仲間たちにも隠れるように身振りで示した。

「おい、ウォル」

「黙っていろ。イヴン。西から来るというなら、その軍隊は俺達の目の前を通るはずだ」

「お前...信じてるのか?」

「すぐに分かる」

その通り、すぐに分かった。

山の男たちの眼は鋭い。

遠目に槍の矛先が煌めき、それよりも先に無数の旗印が天を指してはためいている様が、じきに男たちにも見えたのである。

「こりゃあ驚いた...」

イヴンが正直な感想を漏らした。

子供たちの言うことが当たったからではない。

すぐさま戦場へ赴こうという一群の物々しさに驚いたのである。

さらには軍の中にたなびく旗印を認めた時、国王が低いうなり声をあげた。

「何と!ロアの旗ではないか。ラモナ騎士団旗もだ」

皆がまさかと思った。

ロアの領主はコーラルに捕まっているはずである。

家臣の者たちが主人の留守中に勝手に主人の旗を掲げることが出来る訳ではないし、第一方向が逆だ。

これではまるでロアへ戻っていくように見える。

「ラモナ騎士団はともかくとして...」

「あれ、味方なの?」

「旗印の通りならばな」

様子を見る構えだった。

この国王は何も考えていないようでいて、案外の思慮が働く。

喜び勇んで飛び出すようなことはしない。

(二千人のラモナ騎士団を護送するのに、五百人の兵ということはさすがにないでしょうし...)

「しかし、旗印の偽装だなんて...まともな人間のやることじゃないぜ」

イヴンが言った。

戦場において旗印は敵味方を識別する第一の材料なのだ。

名と武勇のすべてが、身分を証明する旗印に込められている。

騎士の誇りにかけても素姓を偽るようなことが出来るはずはなかった。

「そうとも。外道のやることだ。だが、ペールゼンならばやりかねん。悪魔のように悪知恵が働く上に、良心のかけらもない男だ。俺を吊り上げるために近衛兵団にロアの旗を持たせるくらいのことはやってのけるだろう」

「でも、本当にロアの人だったら?」

「それに、少なくともラモナ騎士団は本物のようですが」

「確かめた方がいい」

「うむ」

彼らは一度、軍隊の目の届かないところまで引き上げ、木陰から近づいて軍隊を見守った。

こちらは11人しかいないのである。

確かめると言っても迂闊(うかつ)に声をかける訳にはいかないのだった。

しかし、白昼のことである。

軍政が近付けば本物か偽物か嫌でも分かる。

まして男の眼は長年親しんだ懐かしい人を見誤るようなものではなかった。

「真昼の夢でなければ、ロアの旗の中心にいるのは紛れもないドラ将軍だ」

断言した。

一方のドラ将軍は、この半年ほとんど思い焦がれていた人が黙々と馬を進めていく道端に立ち、笑いながら手を振っているのを見た時、ロアの男としては全くあるまじきことながら、(あぶみ)を踏みそこねて落馬しかかったと後に語った。

進軍停止の合図が鳴り響いた。

ドラ将軍は転がるように馬を飛び降りると、抱き付かんばかりにして国王の足元に跪いたのである。

「よく...よくぞご無事で、よくぞご無事でお戻りくださいました!」

後は言葉にならない。

国王の方もこの忠実な臣下の手を取り、立たせてやりながら、ただ頷くだけだった。

生きて再び会いまみえることを、1度ならずも諦めなければならなかった人なのだ。

「お元気そうで何よりだ」

かろうじてそれだけ言った。

どちらの眼も熱いもので濡れていた。

国王健在と聞いてロアの勇士たちが次々に馬を戻し、ある者は一言挨拶をと駆けつけてくる。

危うく混乱に陥りかけたのをドラ将軍が鎮めた。

「ここで軍勢を止めてはならん。陛下。とりあえずロア止まりといたしたいのですが、異存はございますまいか」

「あろうはずがない。俺もそのつもりだった」

国王帰還を全軍に知らせる角笛が高々と鳴り響く。

応えて先鋒(せんぽう)からも後続からも次々と音色の違う角笛が鳴り響いた。

「陛下。どうぞ...」

ロアの男たちが馬を連れてくる。

おそらくは自分たちの変え馬なのだろうが、国王はありがたく受け取って、自分の連れにも馬を与えてくれるように頼んだ。

ほんの一瞬前までわずか10人の仲間しか持っていなかった国王は、今や、2500の軍勢を率いる総大将だった。

しかも、ドラ将軍が短く語ったところによると後続にポートナム領主軍、ロシェ街道を戻ったところのミンス領主軍、合わせて1000が参戦の予定だという。

それを聞いた男は笑いながら言った。

「俺よりよほど味方を集めるのがお上手だ」

「ご冗談をおっしゃられては困ります。ロアへつきましたら早速、陛下が戻られましたことを知らせに近隣の領主に早馬を走らせますぞ。それでも出てこぬようであれば、大声で不忠者呼ばわりをしてやります」

男は低く笑った。

ドラ将軍の気性は相変わらずであり、それが嬉しかった。

騎乗のナシアスとガレンスが近寄って来て、声をかけずにただ目礼していった。

すぐに全軍一体となって行進が始まった。歩兵の歩みも(ひづめ)の音も綺麗にそろって、その勇ましいこと、心弾むようだった。

そんな中でタウの男たちだけは、少しばかり居心地の悪い思いをしていた。

自分たちはお尋ね者であり、この軍勢はいわば役人の集まりである。

馬を与えられ、国王のすぐそばに控えてはいるものの、自分たちはここにいていいのだろうかと誰もが考えたが、イヴンが無言でそんな動揺を鎮めた。

彼はまるでそれが当然とでも言うように、男の右にピタリとつき、堂々と頭を上げて行軍している。

左にはこれも当然と言うように、子供たちがいる。

2人は馬の数や体重を考慮して同じ馬に乗っているが、イヴンと同様に堂々と頭を上げている。

タウの男たちは負けてはいられじと、ある者は男の後ろに、ある者はイヴンの横に並び、ぐるりと囲んだ。

ロアの男たちは天性の騎手だというが、それは、タウの男たちも同じことである。

巧みに馬を駆り、一騎、また一騎と国王の周りを固めていった。

自分たちは国王の最も親しい兵なのだと暗に主張したのである。

ドラ将軍がそんな彼らにいぶかしげな眼を向けたが、国王がわずかに首を振るのを見て、頷きを返した。

国王の眼の色を見ただけで詮索するのを控えるのはさすがである。

あるいはロアへ着いてから詳しいことを聞き取ろうと思ったのかもしれない。

馬を少し先へ進めていったのは、この男たちが両翼を固めるのなら、自分は前衛を引き受けると、そういうことのようである。

ゆっくりと馬を進ませている男と子供たちの横に、一頭の鹿毛(かげ)が軽やかな音を立てて近寄ってきた。

タウの男たちは自分たちに断りなく国王に近づこうとするものを一睨みしようとしたが、騎手が若い女性なのを認めて、眼を丸くした。

「はじめまして。私はシャーミアン。あなたたちがグリンダとね?」

「はじめまして」

「リィでいいよ」

それだけ言ってから、は軽く首を傾げ、少女はちょっと目を見張ってシャーミアンを見た。

「男の兄弟はいないの?」

「え?ええ」

「お父さんは、だから女の子なのに、君を戦に連れていくの?」

「あら。父を知っているの?」

「「ドラ将軍でしょ(ですよね)?」」

「ええ、そうよ。陛下に聞いたのね」

シャーミアンがそう言ったのも無理はなかった。

自慢ではないが、名乗りを上げずに自分と父を親子と見る人は、稀というより皆無だったからである。

ところが2人は首を振った。

「聞かなくても分かるよね。よく似てるもん」

「ええ。特に眼がそっくりです」

「まあ」

顔をほころばせたシャーミアンである。

面白いことを言う子供たちだと思った。

同時に、この子供たちのことを話した時のラモナ騎士団長と副団長の様子を思い出して、おかしくなった。

どうやら自分と父はあの2人にからかわれたらしいと思ったのだ。

かなり熱演だったが、この少年が剣も使わずガレンスを叩き伏せ、少女がナシアスを討ち負かすことなど到底できそうにない。

想像するのも難しかった。

2500の軍勢は堂々と行進を続けている。

粛々として街道を進む軍勢に、道行く人が眼を見張っている。

驚く者もいれば、いったいどこの軍勢だろうと不思議がる者もいた。

そのたびにドラ将軍は以下のものが馬上から、謀反人どもを追放するための国王軍であると大声で説明をする。

その情報は軍勢と同じくらいの速度で進み、ロアへ到着するころには、国王軍の存在は付近一帯にくまなく知れ渡るまでになっていたのである。











あとがき

デルフィニア戦記第22話終了です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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