翌日の夕刻、11人に膨れ上がった国王一行が、ギルツィ山を越え、ロシェ街道を進んでいた。

イヴンをはじめとするタウの男たちが、そっくり同行を申し出てきたのである。

実は、こう決まるまでには、ちょっとした悶着(もんちゃく)があった。

山賊たちを捕らえた翌朝、タウの男たちと共に街道方面へ下山したウォルは、真っ先に近くの庄屋を訪ね、紙とペンを借り、ポートナム領主へ宛てる手紙をしたためた。

ことの次第を書き記したものだ。

その間、子供たちが待っているのは当然としても、タウの男たちまでが動かず、男の用事が済むのを待っていた。

目立つことこの上ない。

何しろ男たちの足元には縄を掛けられたギルツィ山の山賊どもがずらりと並んでいるのだ。

朝の作業に出ていく農夫たちが皆、眼を見張っていた。

ひそひそと囁きながら通り過ぎてゆく者もいたくらいである。

用事を済ませると、男は子供たちを連れて街道を目指した。

ギルツィ山を下ってロシェの街道に出るためには、細いながらも皆が使う道が設けられている。

その細道を進むうちに、イヴンがちょっと待ってくれと言い出した。

「俺も一緒に行く」

というのだ。

ウォルは、相手がそういうだろうことをある程度は予期していたらしい。

ほのかに微笑した。

「気持ちはありがたいが、先の見えない道行きだ。まして、この山賊たちを護送するという話はどうなる?」

「だから。ちょっと待ってくれって」

イヴンは笑うだけで取り合わない。

足を止めたそこは一面の野原だった。

遠くに民家が点在し、振り返れば今下ってきたギルツィ山脈が青々と見えている。

前後は細く伸びる1本道で、左手には大きな木が1本立っていた。

彼らは初めからこの木を目印にしていたらしい。

何も言わないうちにブランたちが立ちどまり、道を外れた木の下で待ちの態勢に入った。

「誰かと待ち合わせか?」

「まあ。そんなところだ」

すでに太陽は高く登っている。

はたしてしばらくすると、別の山から下山してきたらしい男たちが一行に合流した。

やはり、山の男たちらしい。

年齢はまちまちだが、それぞれがしっかりとした体つきで、厳重な足ごしらえをし、腰には(なた)や山刀を下げている。

10人ほどいる男たちの中から30半ばに見える男が1人進み出て、親しげに片手を挙げてイヴンに挨拶した。

「よう、ベノアの」

「や、マイキー。首尾はどうだい」

マイキーと呼ばれた男は軽く頷き、縄で縛られた捕虜を見てかすかに笑ってみせた。

「うまくいったらしいな」

「ああ。そっちは?」

「何とか。出来る限りのことはしてきた」

そんなことを話し合っていたが、イヴンが捕らえた男たちを引き渡して護送を頼むというと、マイキーは驚いた。

「どうかしたのか?」

「ちょっと、な。他に用事ができた」

イヴンは男と子供たちを振り返り、一緒にきた仲間たちに言った。

「すまねえな。俺は昔のよしみでこいつに味方する。ここでお別れだ。ベノアの頭目にはそのうち挨拶に行くからと伝えといてくれ」

イヴンは自分1人だけが仲間と離れて友人と行動を共にするつもりだったらしいが、他の男たちは首を振った。

イヴン同様、ウォルと共に東を目指すと言い出したのだ。

「あんたの指図で動くようにというのが、うちの頭目の言いつけだからな」

と、ブランが言えば、

「俺も、そう言われている」

「俺もだ。そのあんた1人残して、自分だけ村に帰るわけにはいかねえ」

皆、申し合わせたように言葉をそろえた。

これは建前で、本音は、ひょんなことから間近に見ることになった『王様』が引っかかっているらしい。

しかも、この王様、そんじょそこらではお眼にかかれないような珍品である。

興味を持っても不思議はない。

「物好きなやつらだぜ」

イヴンもそれを分かっているようで、笑って一言だけで済ませてしまった。

「おう、王様。そんなわけで、山賊でよければお仲間に加えてもらいたいんだがね。まあ、訓練された兵隊みたいにはいかないが、それも使い方次第だ。相手がパキラ山なら俺たちにもできることがあるだろうぜ」

物見遊山にでも同行しようかという気楽さだ。

本来ならば、もっともらしく体裁をつけて(ひざまず)いて、国王陛下にお味方しますと申し出るのが当然だが、肝心なのは中身である。

形式など、後からとってつければいいというのがイヴンのやり方だった。

男も(とが)めもせずに、笑って頷いた。









  第20話  頭を下げる王様










一方、新たに現れた男たちは、1人異彩を放っている男が国王と聞いて仰天した。

何人かは後ずさりしかけ、何人かは思わず身構えたくらいだ。

その中でもマイキーと呼ばれた男は血相を変えてイヴンに迫った。

「ベノアの。どういうことだ、これは!?」

「どうもこうもない。聞いての通りさ。これはウォル・グリーク。名前くらいは聞いたとこがあるだろうぜ。デルフィニアの王様だ。今は何も持っていない王様だがな」

マイキーを筆頭とする10人はお互いに顔を見合わせて、何人かはこわごわとウォルの顔を窺った。

「王様だって...」

「本物のか?」

タウの山賊には100年以上の歴史がある。

もともとは山麓に少数の山岳民が住みついているだけの小さな村落だったのが、逃げ込む男たちが増えるに連れ、次第に山奥へと移動し、女たちも住み着くようになり、現在では20の村ができている。

今のタウに住む山岳民たちは、自分たちの生み出した一種の共和政治とでも呼べるものによって自らを管理している。

タウで生まれ育ち、封建のありさまを知らぬ世代も多いのだ。

しかし、もとをただせば何らかの犯罪を犯し、捕縛をきらって逃亡した連中だ。

以来、国に対しての義務は一切果たしていない。

露見すれば罰せられずにはすまない身であることも充分に承知している。

それだけに、君主というものに実感はないにせよ、権威とは、自分たちとは決して相容れない存在であるのだと、タウに住み暮らすものたちは骨身に()みて心得ていた。

なのに、タウの村の中でも古い歴史があり、したがって勢力もあるベノアの副頭目が、その権威の側につくという。

見逃すわけにはいかないと思ったのだろう。

マイキーのそばにいた若い男が眼を険しくして、イヴンに詰め寄った。

「呆れた野郎だぜ。あれほどベノアの頭目にかわいがられていながら、俺たちを裏切って国王なんぞに味方をするってのか?所詮、よそ者はよそ者かよ。こんなことを頭目が聞いたらさぞかし嘆くだろうよ」

「おやおや。タウの自由民がよそ者なんて言葉を口にしていいのかな?」

イヴンは平気の平左でまぜっかえした。

「もともと中央のあらゆる地方の人間が逃げ込んだタウだ。よそ者も地元もあるまいよ。タウを目指して逃げ込んだものは誰であろうと、誓いを守る限りは快く受け入れる。だからこそ、誇りを持って自由民と名乗る。そうじゃないのか?」

「それが分かっているんなら、何だって国王なんかに肩入れするんだ!」

イヴンの碧い眼が初めて真剣な色になった。

「そうさな。お前ならどうするか教えてもらいたいな。5年ぶりに再会した友人がたった1人で戦に乗り出していくとしたら?しかもそれが難攻不落のコーラル城と1万の近衛兵団に立ち向かうのだとしたら?肩書きが気に入らないからと言って見捨てるのが男か」

若い男はぐっと言葉を呑んだ。

ウォルはこの様子を黙って見ていた。

イヴンの応援と弁護に回りたいのはやまやまだったが、ここは自分の出る幕ではないと分かっていたからだ。

「ベノアの頭目には後で必ず詫びを言いに行く。とりあえず、一応の目的は果たしたんだ。タウの名を騙った奴らはみんな、ここにまとめてある。ふてぶてしい連中だぜ。後ろ盾にはタウの男たちがそっくり控えていると、堂々と言い放ちやがった」

そのタウの男たちに一斉に白く睨まれたのだから、縛られている山賊たちはそれこそ生きた心地がしなかっただろう。

「しかし、少ないな。お前たちの3倍は数がいると思ったが、さすがはベノアの...」

「いや。残りはその王様が片付けた」

今度は山の男たちが一斉に国王に眼を向けた。

もっとも、当の王様はこれに異論を唱えようとした。

実際はほとんど少年と少女が片付けたのだと言おうとしたが、子供たちに身振りで押しとどめた。

話がややこしくなるし、ここは男の手柄にしておいたほうがいい。

どうせ後で分かることなのだから、今、口を挟んで時間を掛けることはない。

緑の眼と、黒の眼が無言でそう語っている。

山賊たちの視線を一身に浴びることになった男は1歩進み出て、初めて口を開いた。

「タウの自由民に対し、ポートナム地方の農民を代表して礼を言いたい。この辺りの者たちはずいぶん、この連中に苦しめられていたのだ。本来なら俺のするべきことだが、今はご覧の通りの身の上だからな。面倒を掛けた」

マイキーも他の男たちも、さすがにどぎまぎした様子で頭を下げた。

「その...王様に礼を言われるようなことは何もしちゃあいません。俺たちにとっては当然のことなんで...」

「まったくふざけた野郎どもで...」

そんなことをしどろもどろになりながら言う。

男は重ねて言った。

「タウの男たちの心意気、しかと見せてもらった。スーシャに育った俺にとって、タウは常に故郷の自慢だった。その姿も、今はそこに住む人々も、心から誇りに思う。そう頭目に伝えてくれ」

「へ...」

これほど褒められてしまってはどうしたらいいものか分からず、男たちはただもうひたすら頭を下げるばかりである。

マイキーももちろんその1人だった。

しかし、彼は彼で1つの村の副頭目をつとめている男だ。

呆れたように眼を見張り、少し離れたところまでイヴンを引っ張っていき、小声で囁いた。

「ずいぶんと、くだけた王様らしいな」

「あたぼうよ。何と言ってもこの俺の昔なじみだ」

笑いとばしたイヴンだが、マイキーは真顔になってさらに言った。

「お前はそれで、コーラル奪回のために、国王軍に参加しようというのか?」

「あいつは軍と言えるほどのものは何も持っちゃいないぜ。何しろ、今のところ、味方はあの子供たち2人だけという有様らしいからな」

マイキーは盛大に顔をしかめた。

「相手は難攻不落のコーラル城と1万の近衛兵団。その意味が分かっているのか?」

「ああ」

「9分9里、勝ち目がない戦になるぞ」

「ああ」

「まず、生きては帰れないぞ」

「それはどうだか分からねえよ」

イヴンは言った。

決して虚勢ではない笑みを浮かべていた。

「どんな勝算があるんだか知らないが、あの馬鹿、本気でコーラルを取り戻すつもりでいやがる」

「馬鹿な...」

「俺もそう思う」

イヴンは感慨深げである。

「どう考えたってむちゃくちゃだ。そんなことくらい、俺にだって分かる。あいつの味方をしてくれそうな人はみんな捕まって閉じ込められてるし、傭兵(ようへい)を雇う金もない。偽王の汚名も王子皇女殺害の疑惑も拭えたわけじゃない。このデルフィニアにそんな丸裸の王様に味方しようなんても好きがどのくらいいるもんか、はなはだあやしい。まさしく孤立無援ってやつだ。なのに、あいつはちっとも悲観しちゃいない」

マイキーは今度はなにやら薄気味悪そうな目つきで、仲間たちと楽しげに話している王様を見やった。

「あの王様...こっちのほうは確かなんだろうな」

自分の頭を指差しながらの疑わしげな台詞(せりふ)だった。

イヴンは低く笑っている。

「あいつは昔からそうなのさ。何も考えていないようで妙に腹が据わっていやがる。目端も利く。鈍重そうに見えるのに驚くほど行動力がある。本当の大人物なのか、それともただの馬鹿なのか、よく悩まされたもんだ。王様になってちっとは変わっているかと思えば、呆れるくらい昔のままだ」

「お前はそれが嬉しいらしい」

にこりともせずにマイキーは言った。

イヴンは唇の端だけで笑って見せた。

悪戯な笑みの中で、特徴的な碧い瞳だけがこわいくらいに真摯な光を浮かべていた。

「分かってるんなら聞くんじゃねえよ」

軽いため息を吐いたマイキーは、諦め顔で同僚の肩を叩いたのである。

「俺がベノアの頭目に恨まれそうだな。あの人は、ゆくゆくはお前を自分の後継者にとまで考えてたってのに」

イヴンの端正な顔が少し歪んだ。

しかし、すぐにそんな表情は消して、とぼけた笑みを浮かべている。

「ああ。あの人は俺みたいな流れ者に、ずいぶん眼を掛けてくれたからな」

マイキーはかすかに頷いた。

「死ぬなよ。イヴン」

「あたぼうよ。頭目に詫びも言わなきゃならないからな」

そうして仲間たちのところに引き返すと、今度は王様がマイキーに向かって深々と頭を下げたのである。

「今、耳にしたが、諸君らが農家の者たちに、失った家畜を弁償してくれたとか。かたじけない」

「よ、よしてくだせえよ...」

大弱りのマイキーである。

「ほんとに、そんな、たいしたことはしちゃいねえんですって...」

常々、貴族や国王が何程のものだと笑ってはいても、実際こうして偉い人に頭を下げられてしまうと、どうしても身がすくんでしまう。

これもでも各地を回り、国王だの貴族だのというものは庶民を家畜同然にしか考えていないとの認識をあらためているマイキーには、この王様はまったく信じられない、(けた)外れの王様だった。

それから、彼らはしばらく並んで足を進めた。

とりあえず方向が同じだったからである。

盗賊である彼らが白昼に堂々と顔をさらしての行軍である。

大変な度胸だった。

しかもそれだけではない。

街道へ乗るための細い道を彼らが進んでいくと、どこに隠れていたのか、厳重に旅支度をした男たちが現れて、きわめて自然に一行に合流するのである。

先を歩いているものも、後から加わってきたものも一切の無駄口をきかない。

水際立った指揮のもとの軍隊でも見るかのような粛々とした行動だった。

そんなことが何度も続き、街道へ出るころには一行の人数は何と100人近い数まで膨れ上がっていたのである。

「これは、たいへんなものだ...」

ウォルが感に堪えぬ面持ちで呟いたくらいだ。

応えてイヴンが低く笑った。

「タウの男たちが自分たちを山賊と言わない理由が、ちっとは分かったかい?」

「大いに納得した。タウには20もの村があるというが、皆、こうなのか?」

「ああ。彼らは国を追い出され、あるいは自ら国を跳び出し、タウに生きる場所を求めるしかなかった連中だ。それだけに自分たちの生活は自分たちで守る、その意思は強烈だぜ。役人も王様もタウにはいないからな」

「頼れるものは自分たちだけ、か...」

「それだけ今のタウには人材が揃っているってことでもあるが、お前は真似するなよ?」

さすがは幼馴染である。

ウォルも笑って頷いた。

「分かっている。いくら俺でも1人でコーラルをどうこうできるとは考えていない」

「じゃあ、どうする?」

「うむ。ロアを目指してみようかと思っている」

「ロアか。しかしあそこは...」

男の横を歩む子供たちが言った。

「ロアって、ポートナムの領主の館で言ってたね」

「あのはったりの時ですよね。あの時名前を出したのは、向かう予定があったからなんですね」

「どんなところ?」

「私も知りたいですね。教えてくれますか?」

イヴンが答えた。

「何だ?坊ちゃんも嬢ちゃんも、ロアに行ったことがないのか?」

「行ったどころか、どこにあるのかも知らない」

「ウォルに聞くまでは地名も知りませんでしたね」

「どんなところ?」

新たに加わったタウの男たちは、この男と子供たちに多少の興味の眼を向けていた。

仲間でないことは一目で分かる。

しかし、ベノアの副頭目と親しげに話している。

ならば詮索することではないと控えているらしい。

イヴンもマイキーも、そして他の男たちもあえて語ろうとはしなかった。

仲間の中に混乱が起きるのをきらったのかもしれなかった。

少女の問いにイヴンが答えた。

「そうさな。ロアは馬が有名だ。あそこの男たちは代々、馬を作るのがうまい」

「馬をつくるの?どうやって?」

「つまり...何頭も生まれた中でとりわけいい馬をかけあわせてだな...」

「交配...動物なら交尾でしたっけ?まあ、そうやってより良い種を人為的に選別していくんですよね」

「そうだ。そうして、いい馬ばかり生まれるようにするわけだ。もちろんその後の調教にかけても、ロアの連中はたいしたもんだぜ」

イヴンは笑って言った。

「馬ってのはな。本来、臆病な動物らしいぜ。野生のものはちょっと大きな音を立てただけで驚いて逃げちまう。ところが戦場の足に使おうってのが(とき)の声に跳び上がって逃げちまうんじゃ、話にもなりゃしないだろ?そこで調教が必要になるわけさ。ロアの男たちはいい馬を見分けることも、その上に磨きをかけることもできる。それだけ本人たちの馬術も相当なもんだ」

子供たちは感心したように頷き、男を見上げて尋ねた。

「そこへ行って馬を調達する気?」

「それもある」

「それもと言うことは、やはり味方集めですか?」

「そうだ。ロアの領主はフェルナン伯爵の古い友人だ。今はコーラル城内に蟄居の身の上だが、俺が無事であることを知れば、必ずや、力強い味方になってくれる人だ。何とかロアの者たちを頼りに連絡をつけたいのだが...」

「気持ちは分かるがな。ウォル」

イヴンも平気で国王を呼び捨てにする。

「ドラ将軍なら間違いなくお前の味方につくだろうが...そのくらいのことは改革派の連中にも分かっているはずだぜ」

「そうだ。そこが、難しい」

当の将軍がコーラル城どころか、彼らと行き違いになる形で西部のビルグナに入ったことを、そして、男の後を追って折り返す形で急ぎビルグナを出発したことを、彼らはまだ知らなかった。











あとがき

デルフィニア戦記第20話終了です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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