ウォルも心から楽しそうな笑い声を上げた。

「夢ではないかと思ったぞ!イヴン!」

固く抱き合った。

「よくまあ...よくまあ、生きてたじゃねえか!てっきり狼に食われちまったかと思ってたぞ!」

黒衣の山賊は相手の肩といわず背中といわず力一杯にしがみつき、確かめるように叩いている。

「お前のほうこそ!5年も音沙汰なしかと思えば山賊家業とはな!」

ウォルは相手の短い髪をくしゃくしゃにかきまわしている。

2人とも顔中に泣き笑いの表情を浮かべていた。

「これはいったいどうしたことだ?」

「ああ。聞いての通りさ。タウのな、村の1つに食客として厄介になってたんだよ。まあ、ちょっと山賊のまねごともしてたがな。そうしたら、どこかのふざけた連中がよりにもよってタウの自由民の名前を騙ったって言うんで、頭目に頼まれてここに来たのさ」

「頭目とは、タウの山賊の頭のことか?」

「いや、まあ...」

イヴンは苦笑している。

よりにもよって『国王』に山賊の構成を説明するはめになるとは思わなかったのだろう。

「つまりは村長なんだがな。いざ1つの村が戦闘集団に早変わりって時に、そう呼ばれるわけさ。ここにいる仲間たちも、それぞれの村を代表してる。組頭(くみがしら)とも呼ばれる男たちだ」

「ほほう」

男は眼を見張った。

「それほどの実力者たちが偽者退治にわざわざ乗り出してくるとはな。長年近くに暮らしていたというのに、タウの山賊がこれほど義理堅いとは、不覚にも今まで知らなかった」

素直に感心している。

そんな様子にイヴンがくすりと笑った。

「タウにはタウの掟がある。それをこうまで木っ端微塵に踏みにじられちゃあ、黙って見ているわけにはいかないからな」

「なるほど。仁義というやつか」

「ま、そんなところだな」

その仲間たちはまだ不思議そうに2人を見やっている。

そんな彼らにイヴンは至って気楽に声を掛けた。

「おう、みんな。紹介するぜ。たまげるなよ。これはウォル・グリークっていってな。デルフィニアの王様だぞ」

男たちの顔に失笑が浮かんだのは言うまでもない。

「べノアの副頭目はきつい冗談を言うねえ...」

「王様がこんな山の中をうろうろしていなさるわけがねえだろうが...」

それを聞いて、普通の王様ではないということを知っている子供たちは、顔を見合わせてこっそりと笑った。

一方、副頭目と聞いてウォルのほうが驚いた。

「ずいぶん出世したものだな」

「ちゃかすな。どういうわけかベノアの頭目が俺を気に入ってくれてな。そう呼ばれているだけだ。あのな、みんな。信じられないのは分かるが、こいつは正真正銘の王様だぞ。コーラルでごたごたが起きた時、王様は1人でパキラを越えて国外へ逃げたとみんなも聞いただろうが。その本人だ」

イヴンはウォルに視線を移して言った。

「無事に国外へ出られたかどうかもあやしいと思ってたが...戻ってきたって事は、もしかしてお前、コーラルと一戦交える気か?」

「むろんだ。俺は何としても俺の都と王冠を取り戻すぞ」

「へへえ?さすがに言うことがだいぶん王様らしくなってやがるな」

「からかうな。俺には必死のことだ」

山賊の仲間たちはまだ半信半疑だったが、1人が恐る恐る言い出した。

「もし、よ。副頭目。このお人は本物の王様だっていうのかい?」

別の1人も疑わしげに言う。

「あんた、どうやって王様なんかとお近づきになったんだい?」

これに対するイヴンの答えは(うらら)らかなものだった。

分厚い男の胸をこぶしで叩いて言う。

「俺の知り合いで、昔一緒に真っ黒になって遊んだのは王様でもなんでもない、ただの田舎伯爵の小せがれさ。なのに何の因果か、驚くなかれ、その小せがれさんは、実は偉大なるドゥルーワ明賢王の落とし(だね)だったっていうわけだ」

タウの山賊たちは一斉に眼を剥いた。

イヴンは感慨深げに言う。

「旅の空でそのことを聞いた時にはぶったまげたぜ。俺だってデルフィニア人の端くれだ。国に王様がいないってのはなんとも心細い限りだった。ところが1年前、すったもんだの挙句にようやく新しい王様が決まったと思ったら、それが何と、元はスーシャのフェルナン伯爵の1人息子だっていうじゃねえか。俺はな、その話をしてくれた奴を締め上げて5回も同じことを言わせちまったんだぞ」

男も苦笑を洩らしていた。

「俺にとっても青天の霹靂(へきれき)だったさ。真っ先にお前の耳に入れたかったのだがな...」

当の幼馴染は気恥ずかしそうに首をすくめてみせ、困ったように頭を掻いた。

「留守にしててよかったぜ。あの頑固者の伯爵には申し訳ないことだが、どうにもこうにも、なあ。本来なら、もうこんな具合に気安げに話しかけたりするのもいけないんだろうが、なにしろ...昔が昔だからな。とてもじゃないがお前に向かって陛下だなんて艶をつけてはしゃべれなかったろうよ。今でもこの有様だ。人前でなら何とかできると思うんだが...悪いな」

かつての幼馴染でも、今は天地ほどに立場の違う相手である。

ためらいがちに弁解したイヴンだが、ウォルはほとんど目元を熱くして、大真面目に頷いた。

「ありがたい。まことにもってありがたい。実はな。お前ならばそう言ってくれるのではないかと、ずっと思っていたのだ」

育ての父であるフェルナン伯爵でさえ頭を下げたという現実を知らないからにせよ、昔のままに接してくれる。

それが男には何より嬉しく、ありがたいことだったのだ。

「お前もたいがい大仰な奴だな」

イヴンのほうが呆れている。









   第19話    幼馴染










「それで?コーラル奪回に向かうはずの王様が、こんなところで一人ぽっちで何をしている?」

「いや、1人ではない」

そこでようやく子供たちの存在を思い出し、振り返って見ると、少女が動いてゆるんだ髪の毛を戻すために身支度の真っ最中だった。

そのかたわらで、は頭に巻く布を持ってやっている。

後は髪を結い上げるだけだったが、男の視線に気づいて2人が近寄ってきた。

少女の小さな顔の美しさと腰まで流れる黄金の髪の見事さと、少年の黒曜石のような瞳とさまざまな光を放つ黒髪の艶やかさに、今度はタウの山賊たちが一様に息を呑んでいる。

「こりゃあ、また...」

イヴンが呆れたように言った。

そんな青年を子供たちは見上げて、にこりと笑い、男に向かって問いかけた。

「友達?」

「ああ。これはな、スーシャのイヴン。昔はしょっちゅう悪ふざけをした遊んだ幼馴染だ」

「よかったねえ...」

「よかったですねぇ」

少女がこれもしみじみと言い、も眼を細めて笑うと腕を伸ばしてウォルの頭を撫でる。

男はの行動に一瞬驚いたような顔をしたが、まるで幼い子供にするように頭を撫でるに苦笑する。

の行動に呆気にとられながらも、子供たちの言葉では、何が『よかった』のかイヴンには分からない。

不思議そうな表情になったが、ウォルは微笑するだけで詳しいことは語らなかった。

「イヴン。この娘はグリンディエタ・ラーデン。この少年は。そうさな、俺の戦友だ」

再び眼を剥いたイヴンだった。

くっきりと鮮やかな濃い(あお)の眼だった。

「戦友、だあ...?」

「そうだ。コーラル奪回のために重要な戦力であり、無二の味方でもある」

今度はイヴンのほうが恐ろしく疑わしげな眼で少女を見た。

その疑念も当然と言わねばなるまい。

少女は長い髪を慣れた仕草でまとめ上げて、紐を掛けている。

その隣で少年が少女に布を手渡した。

少女の小さな手は、そうして紙を結ったり、もしくは花を摘んだりするのにもっとも適しているように見えるし、細い体はこんな山中に置いておくのがいっそ気の毒なように見えるのだ。

また少年のほうも荒事よりもむしろ、楽器や絵筆でも持っていたほうがよほど似合うように見える。

しばらく考え込んでいたタウの副頭目は、やがて小声で友人に耳打ちした。

「おい...お前いったいいつから、そんな趣味になったんだ?」

いつから成人した女性ではなく、こんな少年少女を愛するようになったのかと言いたいらしい。

少女だけならまだしも、少年まで加えられるとは思っていなかった男は苦笑した。

「お前の思っているようなことは何もないぞ。俺はこの子らの恋男(こいおとこ)としては落第らしいからな」

先ほど散々非難されたことを言っているようである。

「何だ。気にしてたの」

「確かにいい内容ではありませんでしたけどね」

元通りに髪を包みながら少女があっさりと言い、が苦笑しながら付け加えた。

「いや、まあ。あの状況下では止むを得んだろうからな」

「そうだよ。馬鹿も石頭も鈍いのも本当だろう?」

「ここに来ることになったのも行き当たりばったりだったのは事実ですし」

「リィ......」

男はさすがに顔をしかめた。

「自覚があるだけになんとも言えんが...もう少し、何とかならんか」

子供たちは楽しそうに笑った。

「さっきのは嘘。馬鹿も石頭も鈍いのも嫌いじゃないよ。りこうすぎたり、切れすぎて自滅するより、よっぽどいい」

「私も、ウォルのそういうところは気に入ってますよ。頭の中で計画ばかり考えて、いざ実行する段になって応用がきかないよりは遥かに上等です」

男も高らかに笑い声を上げた。

「まったく、ものは言いようだ。分かった。そういうことにしておいてくれ」

「いいよ」

「もちろん」

妙な合意である。

国王の幼馴染は、さらに目を見張っていた。





その夜はギルツィの山賊の根城だった広場で、一晩中、山賊たちと国王の世間話になった。

数年ぶりの再会を喜んだイヴンはこだわりなく、自分たちの宴席に幼馴染を招待したわけだが、タウの男たちは1人1人言葉少なに名乗った後は何やら気まずそうにしていた。

何と言っても自分たちは法を犯している身であるし、相手は今は流浪の身とは言え、その法を建てる張本人であるわけだから、うちとけようにも無理がある。

しかし、国王のほうは至って気さくに、男たちの間に割って入ったのである。

「それにしても、タウの山賊とはたいしたものだな。こんな遠くにまで自分たちの名を汚すものをわざわざ懲らしめに来るとは、なかなか出来ぬことだぞ」

「間違えるな。自由民だ。タウの村の男たちは自分たちを山賊とは思っちゃいねえよ」

イヴンが言う。

他の1人、ヌイのフレッカと名乗った男が、小さく笑った。

「まあ。それじゃあ、まるっきり猟師かと言われると、ちと困っちまいますがね。少なくともこいつらみたいな外道はやらねえ」

ツールのブランも力強く頷いた。

「おお。さっき、ふもとで聞いて、おりゃあ、頭が煮えるかと思ったぞ。こんな狼藉のしたい放題を働いて、挙句にタウの名前を出されたんじゃ、俺たちの立つ瀬がねえ」

「確かに、その通りだ。その心意気だけでなく、遠路はるばる出向いてきての此度(こたび)の活躍はまことに立派なものだ。ぜひとも何らかの恩赦があってしかるべきだし、俺からも領主に話しておこう」

すると、男たちが慌ててかたちを改めた。

「いや、その...」

「それはちょっと...」

固辞する構えである。

「何か不都合なことでもあるのか?」

不思議そうに男が聞くと、イヴンは呆れ果てた顔つきで言った。

「あのなあ。王様にこんなことは言いたくないがな。俺たちは一応お尋ね者なんだぞ。それが真っ昼間の領主の館なんぞに、のこのこ出て行けると思ってるのか?」

「しかし、実際に、迷惑至極だったこの山の連中を退治したのはお前たちの手柄ではないか?」

「そりゃ、そうだがな...」

「だったら、黙って報酬を受け取って帰っても悪いことはないと思うぞ。悪者を退治したものに恩赦が与えられるのは当然というものだ」

イヴンはとことん呆れたようなため息を洩らし、タウの山賊たちは耳を疑う顔つきで絶句し、そして混ざって大人たちの話を聞いていた子供たちは笑い出していた。

「ほんとに、面白い王様だ」

「それ以前に、これほど愉快な人間は滅多にいないと思いますよ」

「同感だ」

イヴンがしみじみと相槌(あいづち)を打つ。

「王宮へ行って、王様暮らしを始めて、ちょっとは変わるんじゃないかと思えば、まったく...仮にも国王陛下の言うことかよ」

「そうは言うが、お前たちにしても、ここまでやってくるだけでもかなりの入費のはずだぞ」

「まあな。加えて被害にあった農家にも、それ相応の弁償をしなきゃならねえからな」

ウォルは驚いて友人を見た。

「そこまでするのか?お前たちが?」

「そのくらいの金はそれこそ山賊家業で稼いでるからな。勘違いするなよ?俺たちは何も正義感からこんなことをするわけじゃない。けじめはつけておきたいからさ。代わりといっちゃなんだが...」

イヴンの碧い眼が鋭く光った。

「タウの名を騙った奴らはここの役人に引き渡さないぜ。頭目たちが待ってるからな」

「連れて帰るというのか?たいへんな長旅だぞ。たった8人で護送しきれるものでもあるまい?」

「タウにはタウのやり方があるのさ」

イヴンは取り合わない。

「タウの頭目たちも、ここにいる仲間たちも、こいつらに名を汚された。当然その汚辱は自分たちの手で拭わなきゃならない。人任せに出来ないから、こうして出て来たんだ。こいつらの裁きはタウの20人の頭目が決める」

つまりは私刑に掛けるということだ。

子供たちは黙って男を見ていた。どうするのかと思ったのだ。

法を順守する側についている以上、こんな無法を許すわけにはいかないはずだ。

まして国王という最高権力者である。

タウの男たちの厳しい眼で男を見つめ、その言葉を待ちうけている。

男はしばらく考えて、言った。

「この連中はおそらく殺人もやってのけているだろうな」

「ああ。下で聞き込んだところだと、分かっただけで3人殺されてる。それで農家の連中、さわらぬ神にたたりなしと思い込んだらしい」

「その、タウの長老たちの裁きで、死刑以外の判決が下る可能性はあるのか?」

「それどころか、1番軽くて死刑だと思うぞ」

「そうか」

ウォルはあっさりと頷いた。

「それなら、お前たちに任せる。3人も殺した以上、どのみちこちらの法律でも死刑だ。手間が省ける」

子供たちがまた吹き出した。

イヴンが楽しそうに笑いながら、大きく友人の肩を叩いた。

「さすがにお前は話が分かるぜ」

残りの者たちは、ことの成り行きが信じられないようで、中にはこっそりとイヴンにこんなことを囁く者もいた。

「なあ、副頭目。ずいぶんへんてこりんな王様もあったもんだな」

「俺はてっきり、俺たちもまとめて役人に引き渡されるかと思ったぞ」

もっともといえばもっともな意見である。

しかし、副頭目はそんな仲間たちに真顔で言い返したのだ。

「おうよ。こんな変な王様、大陸中探したっていやしねえぞ」

楽しそうな口調だった。

この男はこの男なりに、今は殿上人(てんじょうびと)となった友人の気性が変わらずにあることを喜んでいるらしい。

上機嫌で酒を傾け、男にも勧めた。

「それで?コーラルを取り戻すのに軍勢はどのくらい集まったんだ?」

「今のところこの子供2人だけだ」

危うく酒の器を取り落としそうになったイヴンだった。

しかし、子供たちも男もどこ吹く風である。

特に少女は男たちの飲んでいる強い酒類に興味をそそられたらしい。

男の手から木椀を取り上げ、一口含んだ。

「お、おい...」

見ていた荒くれ男たちのほうが青くなったが、もちろん、そんなものでこの少女がどうにかなるわけがない。

「おいしい」

と、眼を輝かせた。

「せっかくですから、つまみでも作りましょうか」

「どんなの?」

「そうですね...濃い味のほうがお酒には合いやすいんですけど、一口もらってもいいですか?」

「はい」

「ありがとうございます」

は少女から受け取った酒を一口含む。

「えーと...これなら、干し肉とたまねぎと豆でスープにして、鶏肉があったから醤油(たれ)をつけてあぶり焼きにして、ジャガイモとチーズは鍋に蓋をして火の中に放りこめばいいし...」

作るものを口に出しながら、食料の入った袋(衛生面を考えて調味料以外は小物入れに入れずに、が背負っていた)から食材を取り出していく。

それを横で見ていたウォルが苦笑した。

「俺が変な国王なら、この子供たちはまさしく、変な子供としか言いようのないものでな」

「だから結構、気があってる」

「間違ってはいませんけど、それをはっきりと公言するのはどうかと思いますよ」

少女が言い、今度は並々と椀に満たした酒を一息で(あお)った。

その横ではが苦笑しながら、どこからか取り出した鍋に材料を放り込んでいる。

男たちは呆気に取られて、その様子を見つめていたのである。

余談だが、の料理のうまさにタウの男たちがさらに驚いたのを見て、男と子供たちが楽しそうに笑っていた。









あとがき

デルフィニア戦記第19話終了です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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