「片っ端から斬り捨てるぞ」

「了解です」

そんなことを憤然と言う少女に、が当たり前のように了承する。

「おい、2人とも...」

「あの親分だけは生かしておけ、役人に引き渡すのに首謀者が必要だからな。他は全部ぶち殺す」

「とりあえず、生きていればいいんですよね?2人に造った剣を自分のものにしようなんて考えた分は、きっちり思い知らせても構いませんね」

男は軽く肩をすくめた。

少女ほどではないが、も不愉快だったらしく、間違いなく戦闘体制に入っている。

「残りはざっと三十数人。しかも地形に詳しい。俺たちは土地勘はまったくない。勝算は?」

「1人ずつ片付ける。この茂みの中でなら、俺のほうに分がある」

「お前はよくてもだな。俺はとても...」

「うるさい。自分の身は自分で何とかしろ。それかに何とかしてもらえ」

「ウォルに隠れててもらって、私も行ったほうが早いですね。ということで、待っててください」

言うなり2人はすっと身をかがめて後ずさり、それぞれ違う方向の茂みの中へ消えた。

驚いたことにはほとんど音を立てなかった。

男はほとほと呆れながら、2人の消えた茂みを交互に見やったのである。

人の体がこんな(やぶ)の中を自在にすり抜けるとは到底信じられないし、真似の出来ないことだ。

言われたとおり隠れていようか、それとも後を追おうかとも思ったが、その暇はなかった。

山賊の1人が男を発見し、勢いよく声を上げたのである。

「ここにいたぞ!」

申し方がない。男は闇雲に剣を揮った。

足場が不安定な上に広場に点した蝋燭の明かりだけが頼りである。

自分はほとんど動かずに襲い掛かってくるものを撃退するというやり方で、それでも5人倒した。

あちこちで悲鳴が聞こえる。

子供たちが縦横無尽に動き回り、右手の剣にものを言わせているらしい。

あの子供たちは夜目(よめ)が聞く。

加えてこの茂みの中でも音を立てずに動ける。

山賊どもにしてみれば、闇夜で猛獣を相手にするようなものだ。

たまったものではあるまい。

しかし、土俵は男には少々不利だった。

土地勘もなければ、子供たちのように音を立てずに動くことも出来ない。

一方、山賊のほうには、さすがに地の利があった。

孤軍奮闘する男に次から次へと懲りずに襲いかかり、しかも、右から左から巧みに仕掛けて動かざるを得ないように仕向け、先ほどの広場まで押し戻したのである。

身を翻そうとした時には、耳元を矢がかすめていた。

「動くな!」

弓矢を構えている山賊は3人。

蝋燭に赤々と照らし出されている男を、ぴたりと狙っている。

「ようし、ぶっ殺してくれるわ!」

首領が吼え、手にした小型の山刀を引き抜いた。

それだけなら(かわ)せるだろうが弓矢がある。

それも3人とあっては避けきれない。

やむを得ない。いちかばちか、戦うしかないと覚悟を決めたとき、反対側の茂みから山賊の1人が真っ青な顔をして飛び出してきたのである。

少女か少年を追っていった連中の一人のようだった。

それが幽霊でも見たような顔つきで叫んだのだ。

「お、親分。大変だ!みんな死んでる!やられちまったんだ!」

「何だと!馬鹿を言うな!」

「野郎はここにいるじゃねえか!」

広場に戻ってきていた山賊どもが、首領も含めて口々に言ったが、1人飛び出してきた山賊は懸命に首を振った。

「本当なんだ!この野郎じゃねえ!あ、あの娘と小僧がみんなをやっちまったんだ!あ、ありゃあ、魔物に違いねえ!」

まさかと思っただろうが、この連中は子供たちが腰に剣を差しているのも、見事な手さばきでこれを揮うのも実際に見ている。

首領が険しい顔になって、横にいた1人に「様子を見てこい」と命じたが、青い顔をした山賊が死に物狂いで静止した。

「駄目だ!ありゃあ魔物だ!人間じゃねえ!この茂みを動くのにまったく音を立てねえんだぞ!突っ込んでいったて勝ち目はねえ!みんなの二の舞になるだけだ!」

「いったい何人がやられたっていうんだ!」

「だから全員だ!あの娘を捕まえようとした7人と、小僧を捕まえようとした9人、みんなやられちまったんだ!!」

さすがに皆、顔色を変えた。

腕っぷしにはいやというほど覚えのある連中である。

そん所そこらの役人と渡りあっても、そうそうからめ捕られないだけの自信と、その自信を裏付けるだけの腕力気力は持っているはずだった。

首領が血相を変えて男に迫り、剣先を男の鼻面に突きつけるようにして詰問した。

「おい、われ。わりゃあ、あのがきどもの何だ?」

「何だろうな」

「とぼけやがるか!なにもんだ、あのがきどもは!?」

「俺も知らん。2人とも人ではないと自分で言っているがな。何なのかはこっちが知りたい」

この男も、どこまでも飄々(ひょうひょう)としている。

それも気になったのだろう。

髭面の首領は恐ろしく疑わしげな眼で男を見やった。

「お、親分...」

さすがに、仲間たちも落ち着かず、どうしたものかと顔を見合わせ、首領の顔色を(うかが)っている。

山賊の首領は舌打ちを洩らすと、仲間に向かって顎をしゃくってみせた。

「おう」

答えてすばやく他の山賊が男の手から剣を奪い、弓を向ける。

しかし、その剣を奪った山賊は、その剣を両手で持ったまま驚愕した表情になった。

「な、何だこの剣は!こんなものを振り回していたのか!?」

「どうした?」

首領の言葉に山賊は青ざめた顔をしながら答える。

「とてもじゃねえですけど、こんなもの構えることなんて出来ませんぜ!重すぎて持ち上げるのがやっとだ!」

「そんなわけあるか。実際にこの野郎は振り回してただろうが」

「で、ですけど...」

山賊は力を入れて持ち上げようとしているが、せいぜい地面から数センチ程度しか持ち上がらない。

その額に脂汗をかきながら話す男に、他のものたちもそれが本当のことなのだと理解する。

子供たちばかりか、この男も魔物なのかと周りが視線を向けたが、一番困惑していたのは当の男だった。

渡されたときも、揮ったときも、男には程よい重さしか感じなかったのに、山賊たちには重くて扱えないと言う。

どう考えてもの仕業なのだろうが、どうしてそうなっているのかは男にもさっぱり分からない。

男にいぶかしげな視線を向けながらも、男の動きを完全に封じていることを確認して、首領は声を張り上げたのだ。










第18話    タウの山賊










「おう!娘!小僧!聞いてるか!今から10数える!その間に出て来い。でないとお前らの男の首をちょん切ってくれるぞ!!」

割れ鐘のような声で、ひとおつ、ふたあつ、と、男の死刑執行までの時間を計る。

その声が7つまでを数えたとき、まったく音を立てずに、細い体が2つ広場の縁に現れた。

少女は右手に血糊(ちのり)で染まった剣を下げ、苦々しい顔で男を見ている。

その横では、黒光りする刀を右手に、男と同様の剣を2本左手に持ちながら、呆れたような顔を向けている。

男は精一杯の申し訳なさそうな眼で2人を見つめ返した。

武器を奪われ、首筋に剣を突きつけられているのだ。どうにも身動きできない。

2人が現れたと見るや、弓矢を構えていた男たちが一斉に狙いを子供たちに変えた。

「その刀を捨てろ!!」

首領が吼える。

2人はおとなしく、右手の剣を手放した。

地面にぐさりと突き立て、片方は左手の2本をそれに立てかけたのである。

「ようし、いいか。ゆっくりこっちへ来るんだ」

興奮しながらも慎重に首領が言う。

2人は言われたとおり、ゆっくりと歩いてきた。

「と、止まれ!!」

動きを封じられた男と、その男に刃を突きつけている山賊の首領と、丸腰の子供たちは、手の届かないぎりぎりの距離をとって相対した。

自分たちがどういう状況に置かれているか、いやと分かっているはずの子供たちは、主導権を握っている首領にまるで注意を向けていない。

鋭く言い返した。

「訂正しろ。誰が、俺の男だ」

「同じく。私もこの人を自分の男にした覚えはありません」

「な、なにい...?」

眼を白黒させている首領には構わず、2人は男の顔を見つめながら、飛び切り苦い声で言った。

「馬鹿で、石頭で、おまけに鈍い。こんなものを男にしてやるほど、俺は甘くない」

「要領と運が良いんだか悪いんだか分からなくて、行き当たりばったりの男なんて願い下げです」

「自分の身は自分で何とかしろと言ったはずだぞ」

「隠れててくださいとも言いましたよね」

「面目ない」

さすがに他に返す言葉がない。

いや、実はこの状況下でも口元が笑い出しそうなのだが、そんなことをしたらどのくらい怒られるか分かったものではない。

男は一生懸命まじめな顔をしていたが、どこかで面白がっているのを子供たちは敏感に察したようで、なおも厳しい諫言(かんげん)をした。

「お前は、俺の足手まといになってばかりだ。先が思いやられる」

「足手まといがいやなら、隠れるなり逃げるなりをすばやく出来るようになってください」

諫言というより、兄弟分か目下の相手を叱り付けるような言葉だが、これまたもっともなことである。

「まことに、相すまん」

さすがに平謝りするしかなかった。

本当は深々と頭を下げたいところだが、そんなことをしたら首の皮膚が切れてしまう。

「しかしな、黙って捕まったわけではないぞ。これでも5人は倒したのだ」

「何だ。それなら俺と同じだ」

「え?7人じゃなかったんですか(リィのほうで気配が消えたのは7人だったのに)」

「お前にしては切れ味に鈍いことだ」

「仕方がない。あいつら、俺を殺さずに捕まえるつもりだったらしかったからな。襲いかかって来るのに殺気がない。こっちもやりにくい。のほうには殺気を向けていたのに。どこまでも見くびった連中だ」

「外見は女の子ですからね。でも私のほうも、大分見くびってましたから、似たようなものでしょう」

「まったくだ。俺などに構わず、お前たちに集中すればよかったのにな」

男の首に刃を突きつけている首領が苛々しながら叫んだ。

「何をうじゃじゃけていやがる!がきども!われら、わしの仲間を何人()りくさった!!」

「だから5人。後の2人は同士討ちだ」

「9人」

ここまで来ても首領には納得できないようだった。

この小さな子供たちが腕自慢の自分の部下を合計で14人もどうして倒せるのかと、ありありと疑っているのが分かる。

「き、貴様ら。なにもんじゃ...?」

「「さあ(な)」」

子供たちの度胸も大変なものだった。

武器を手放し、仲間の男は人質に捕らえられ、山賊は10人以上も無傷で残っているというのに、少しも臆するところがない。

むしろ、圧倒的に優位に立っている首領のほうが狼狽(ろうばい)している。

しかし、すぐに思い直したらしい。

何といっても相手は丸腰、こちらの仲間は10人を数える。

この3人を生かすも殺すも自分の自由なのである。

ごくりと生唾を呑み込んだ。

「いいか、この男を殺されたくなければ、いうことを聞くんじゃ」

少女の言葉を借りれば、欲情しているとしか言いようのない口調だった。

この期に及んでよくそんな気になれるものだが、つまりはそのくらい、この少女の外見は細く、頼りなく、愛らしく見えるということだ。

「お、親分!そいつは魔物ですぜ!!」

「やかましいわい!こんなごちそう、何もせんで冷たくしちまえとでも言うつもりか!」

先ほどの山賊が叫んだが、首領が言うと、他の仲間たちからも口々に同意の声が上がった。

当然といえば当然の成りゆきだった。

たいていの人は多少危険な匂いがしようとも、信じたくないものは信じない。

この男たちは何としても少女をなぐさみものにしたいのだから、実際にその眼で見ない限り、この少女が魔物だという言葉を受け入れるはずがなかった。

喉に絡んだような声で首領が言った。

「ぬ、脱げ」

こうなるだろうと分かっていたのか、少女は黙って両手を上げて、頭を包んだ布を解こうとした。

それを止めたのは隣にいた少年である。

「リィ、脱ぐ必要はありませんよ」

その言葉にぎょっとしたのは山賊たちである。

言外に男を見殺しにすると言っているようなものだったのだから。

しかし、その後に続けられた言葉がそれを否定する。

「人質というのは生きていてこそ効果を発揮するものです。私たちに脅しをかけている程度では、ウォルを殺すことなんて出来ませんよ」

その言葉に声を上げようとした山賊たちを遮るように、ゆっくりと顔を首領に向ける。

「あなた方も、私の手元に武器がないからといって、まさかあなたたちを殺せないだなんて思っていませんよね」

その口元には笑みを浮かべているのに、その瞳は闇より深く、凍てつくように冷たい。

「たかだか10人程度を、ウォルが殺される前に始末することなど容易です。ですが、もし万が一ウォルに傷でもつけようものなら...」

そういって胸の辺りまで右手を上げたとき、その手がびきびきと音を立てながら形を変える。

それは人と獣の中間のような手で、太い血管の浮き出た手に鋭い爪が刃物のようにくっついている。

化け物、あるいは魔物だと決定付けるような手であった。

「生きたまま、心臓を(えぐ)り出しますよ」

その手はすぐに元に戻ったが、の顔には相変わらず酷薄な笑みが浮かんでいる。

今、山賊たちが実際に見たのは少年のほうだけであったが、多少どころかかなり危険な匂いのするものを信じないわけにはいかない。

敵意の対象ではない男でさえも背筋が寒くなった。

山賊たちは土気色の顔をしながら、喉に張り付いて出ない声を必死に絞り出そうとしている。

口を動かして叫び声を上げようとした時、新たな騒ぎが起こったのである。

「親分!い、一大事でさあ!」

慌てふためいた声を上げながら、ほうほうの(てい)で広場に姿を見せたものがある。

その者が来たことで何とか我に返った山賊たちが、のほうを気にしながら眼を向ける。

馬に乗っているところを見ると、ふもとに下りていた仲間の1人らしい。

よほど急いで駆け上がってきたらしく、大きく息を切らしている。

「何事だ!」

「他の連中はどうしたんだ!?」

その男は馬から飛び降り、後ろを振り向き、あえぎながら言った。

「他の連中はみんなやられちまった。残ったのは俺1人だ」

どよめきが起きる。

一時(いっとき)ではあるが、のことが頭から消えるほど驚いた首領が言う。

「や、役人どもの仕業か?」

ふもとから駆けつけた男は青い顔をして首を振った。

「役人があんな荒っぽい真似をするわけがねえ。昨日から帰ってこない連中のこともあるし、俺たちは10人ひと組になって1番山に近い農家を襲ったんだ。いつものことだ。家の連中は固く戸締りをして姿も見せねえ。らくらく獲物を持って引き上げようとしたら、いきなり妙な連中が襲いかかってきやがったんだ。物置に隠れていやがった」

山賊どもは動揺したようである。

「どういうことだ!昨日といい、今日といい!」

「親分。どうします!?」

「相手が役人だとしたら、まともに相手にするのは分が悪すぎますぜ」

知らせを持ってきた男が、かたくなに首を振る。

「役人なんかじゃねえ!むしろ俺たちと同じような山の男に見えた。それも相当に荒っぽい連中だ」

「ううむ...」

(うな)ってしまった山賊の首領である。

当然のことながら男に突きつけられていた刃はゆるみ、意識も男から離れている。

子供たちが男に目配せを送るのと、男がぱっと(たい)を返すのとが同時だった。

「あっ!」

山賊どもが慌てて構えなおしたが、遅い。

ウォルはすばやく首領の刃の下から逃れ、目当ての山賊に当て身を入れて、自分の剣を取り戻していた。

同じく、少女も手近の1人に飛びかかった。

一撃で大の男を殴り倒し、その手から剣を奪い取る。

ウォルに斬りつけようとしていた首領めがけて、すごい勢いで投げつけた。

「うわっ!!」

間一髪のところで首領は身をかわしたものの、ウォルを狙った刃は(くう)を切る羽目になり、さらにその剣を握っている右手をが投げたナイフが貫き、剣を取り落とした。

その隙に男は完全に首領に手から逃れ、包囲を抜けた。

この(かん)、子供たちは自分が差した己の剣まで飛びすさり、引き抜いている。

「「来い!!(こっちへ!)」」

少女が大喝(だいかつ)し、も叫んだ。

男に向かっての呼び掛けだった。

もとより逆らう理由はない。

外套を翻して、男はこれもひと跳びで子供たちのいる広場の端まで移動した。

「野郎!」

「逃がすか!」

頭に血が上った山賊どもは、性懲りもなく3人を狙おうとしたが、その時だ。

突然暗闇から(はし)って来た矢が2本、山賊どもに襲いかかったのである。

「あっ!」

その矢は見事に弓を持っていた山賊2人を地面に打ち倒していた。

これには男も子供たちも驚いた。

でさえ、近づいて来る気配を山賊の仲間だと思っていたのである。

3人はすばやく茂みに身を潜めて成りゆきを窺った。

「何だ!」

「何事だ!」

山賊どもはありえない奇襲に一斉に驚きの声を上げている。

首領がわめいた。

「どこから射込んできやがった!」

辺りは相変わらず静まり返っている。

この広場は周囲の蝋燭に明るく照らし出されている。

暗い茂みから見れば格好の的が並んでいたのだろうが、十数人いる男たちの中から弓を持っているものを狙って射たのだとすれば、たいへんな腕前だった。

山賊どもにもそれが分かったのだろう。

手に手に武器を構え、油断なく身構えた。

答えるよう、ふもとに面した広場の端から、棍棒を持った男がゆっくりと現れた。

40がらみに見える男だった。

さらには弓を持ったものが2人、山刀や短刀を持ったものが4人、全部で7人が次々と姿を見せたのである。

身なりも装備もばらばらだが、先ほど駆け戻った男が告げた通り、山野でたくましく生きる男たちのように見えた。

「何だ、てめえらは!」

首領が詰問する。

「それはこちらの言うことだ」

7人の後ろ、茂みの中から声が響いた。

意外なほど若い、(りん)とした男の声だった。

木々が邪魔をして、3人のいるところからは姿が見えない。

「同じ家業の礼儀として先に名乗ってもらおうか。貴様らの首領の名と後ろ盾は?」

同業者と聞いて、山賊たちはいきりたったようである。

「どこのちんぴらか知らねえが、たいそうな真似をしてくれたな!ふもとではわしらの邪魔をしくさったのも貴様らだろうが、聞いて驚くな!わしはギルツィ山を根城にする義賊の首領ガレフじゃ!後ろ盾にはタウ山脈の荒くれ男どもがそっくり控えておる!それを問答無用で仲間を射殺すとは!覚悟してもらおうかい!」

無頼者として生きているものであればタウの山賊の名を聞いて(ひる)まないものはない。

しかし、この連中は違った。

表情ひとつ動かさなかった。

先ほどと同じ声が言う。

「みんな。聞いたな?」

各々頷くだけで答えに変えた。

「それならこちらも名乗るとしようか。まずはタウの北、ツール村の代表、ブラン」

「おう」

真っ先に現れた、太い棍棒を構えた男が短く答えた。

「同じく北のカジク代表、ニモ。北西ヌイの代表、フレッカ。東北からはレント代表、サルジ。東はソベリン代表、ジョグ。同じく東のアデルフォ代表、ダリ。東南からはペルト代表、アザレイ」

見えない声が1人1人の名前を読み上げるたびに、ずらりと揃った7人の男たちがそれぞれ鋭く答えるのである。

一方の山賊どもの様子はみるみる変わっていった。

それまでの威厳のよさはどこへやらである。

皆、顔面を蒼白にして震えている。

「俺たちの村の名前は知ってるわけかい?」

あざけるような口調である。

「それならタウの自由民の名を(かた)ったものがどうなるかくらい、知っているはずだな?」

茂みに隠れて聞いていた3人はさすがに驚いていた。

どうやら、本物のタウの山賊が、自分たちの名を騙るものを成敗しに来たらしい。

「えらくまた義理堅い山賊さんだな」

「そうですね。しかも村ごとに代表を出せるほど、しっかりした組織のようですね」

いつもの調子を取り戻して2人が呟いたのだが、男は乗ってこない。

驚いたような顔をして、広場のほうを食い入るように見つめている。

何が見えるのかと、2人も視線を広場に戻した。

「こんな南ですることだから、まさか俺たちの耳に入らないとでも思ったのかい?」

若い男は相変わらず面白そうに続けている。

指揮を執っている肝心のその男の姿だけが見えない。

手に手に武器を構え、いまや完全に山賊どもを圧倒しているタウの男たちと、抵抗する気力も根こそぎ奪われたらしい山賊どもが見えるだけだ。

「あいにくとタウには大陸中の旅人が通る関所があるんだぜ。特にこの中央で起きていることで俺たちの耳に入らないことなんぞあるもんかい。半月前のことだ。いつものように裕福な商人からほんのわずかな通行料をいただこうとしたら、たまげるじゃないか。デルフィニアの南ポートナム地方にタウの自由民が出張してるときやがった。しかも、何だ?農家から家畜をぶんどり、牧場を荒らしまわったり、村の娘を拐かす?挙句の果てに抵抗した村人を斬って捨てただと?冗談じゃねえぜ。そんなタウの自由民がいるわけはないし、いるとしたら一大事だ。さっそく、頭目の命令で俺たちが真偽を確かめに来たってわけさ」

そこまで言って1歩前に進み出た男の横顔が、3人のいるところから見えた。

他の男たちより遥かに若い、20代前半に見える男だった。

それも山賊にしておくのは惜しいくらいの端正な横顔だ。

すらりとした長身に(まと)うのは上着から長靴まで黒一色の衣装である。

顔も負けず劣らず陽に()けていて、金褐色の肌の色と黒の衣装が暗がりに溶け込むようだった。

対照的に淡い金髪をきれいに刈り込み、腰には長剣を差している。

山賊というよりも、それこそ自由戦士といったほうが似つかわしい風体である。

子供たちは山賊同士の喧嘩を見物するつもりでいたが、連れの男がやにわに立ち上がった。

驚愕の面持ちで叫んだ。

「イヴン!!」

それこそ大音声の呼び掛けだった。

いきなり名を呼ばれてぎょっとしたのが、指揮を執っていた男である。

思わず振り向き、茂みの中から現れた男を認めて、これも驚愕の表情を顔一面に浮かべた。

「ウォル!?お前...」

一瞬棒立ちになった2人はお互いを見つめあった。

よほど信じられない再開だったらしい。

とっさに言葉が出てこない。

その隙にギルツィ山の山賊どもが息を吹き返した。

彼らにとってはもう破れかぶれである。

「うわあああ!」

そんな喚き声を発し、一斉にタウの山賊たちに襲いかかっていった。

「ちいっ!」

イヴンと呼ばれた男はすかさず剣を引き抜いた。

男も飛び出した。

少女とも続いた。

むろん、味方をするのはタウの山賊のほうである。

まだ弓矢を持っていた1人が急いで弓を引こうとしたところへ少女が襲いかかった。

大剣を一閃させて、弓の(つる)を切断したのである。

「何!」

焦ったところで手遅れだ。すでに弓は使い物にならなくなっている。

一方、剣を握っていた山賊どもは果敢にタウの山賊に向かっていったが、タウの男たちは軽くこれをあしらった。

が刀を抜くのも面倒とばかりに周りにいる山賊を蹴り倒していくかたわら、棍棒を握ったツールのブランや他の仲間は振り回す刃などもろともせずに、相手に棍棒の一撃を繰り込んだ。

たまらず眼を剥き、がっくりと膝が崩れかかったところを、首に一撃。

首領のガレフは、さっきまでウォルに突きつけていた山刀を左手に持ち替え振りかざして、敵方の『頭』と見たイヴンに襲いかかったが、相手の長剣の方が遥かに速かった。

すらりとした細身に見えるイヴンだが、その剣先の鋭さは完全にガレフを圧倒していた。

しかも力も備えていた。

2合としないうちにガレフの山刀を叩き落し、動きを封じていたのである。

首領に並んでイヴンを攻撃しようと試みた山賊がもう1人いたが、これはウォルがあっさりと峰打ちに倒した。

その頃には他の戦いも決着がついていた。

ギルツィ山の山賊は1人残らず地面に倒れるか、両手を挙げて降参の意を示しており、タウの山賊がかねてから準備していたらしい縄を使って、そいつらを縛り上げにかかっている。

「ブラン。こいつも頼む」

それだけいうと、血を付けもしなかった剣を鞘に収めてイヴンは突然の味方を振り向いた。

男も黙って相手を見つめている。

手を伸ばせば届く距離にいるのに、それがお互いに信じられないとでもいうように、言葉もなく相手の顔に見入っている。

子供たちも、タウの仲間たちもどういうことか成りゆきを窺っていると、イヴンが満面に悪戯っぽい笑みを浮かべ、高らかに言ってのけたのだ。

「いよう、国王陛下!!」











あとがき

デルフィニア戦記第18話終了です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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