デルフィニアは、アベルドルン大陸中央の異名である大華三国のひとつとして名高い。

特に首都コーラルは中央の真珠とも称えられるほど栄えている貿易港であり、常に活気と熱気にあふれた豊かな町だった。

しかし、今、その平和と繁栄に大きな蔭がさしている。

半年前のことだが、官僚貴族を中心とする改革派と称する一派が、当時の国王を、妾腹の生まれであることを理由に追放し、コーラルを手中に収めたのである。

当時、それまで国王派だった人々は権力を奪われ、ある者は幽閉、ある者は逮捕投獄される騒ぎとなった。

1種のクーデターである。

以後、改革派が政令を出すようになったが、その治世はどうもぱっとしない。

1番の理由は、改革派を構成している人々がそれぞれ己の利益のみを考えて国策を決めようとしていることにある。

結局、彼らは『改革派』と称してはいても、邪魔な国王を追い払って自分達がうまい汁を吸いたかっただけなのだと、ここへ来て市民達も気づき始めている。

そこへもってきて、辛くも改革派の手を逃れて国外へ逃げのびた国王が再び王国の支配者となるために戻ってきたのである。

「これで一波乱起きなきゃ嘘だよね」

「どちらかというと、自主的に波乱を起こすんだと思いますよ」

物騒なことを平然と言ってのけたのは、まだ幼い少女と少年の声だった。

実際、片方は年端もいかない少女で、もう片方が見た目だけは少年である。

少女は簡単な胴着と下穿きに身を包み、すんなりした両の手足を剥き出しにし、頭には白い布切れを巻きつけて髪を隠し、腰には剣を下げている。

少年も腰に剣を下げているが、その剣と同じように服装もデルフィニアでも見たことのない形状のものだった。

「問題はその波乱がどう片付くかだ」

横を歩む若い男が答えた。

こちらは鍛え抜かれた豊かな長身である。

肩も胸も見とれるほどに(たくま)しい。

道行く人たちのたいていが振り返ってみる異色の取り合わせだった。

兄弟妹(きょうだい)と見るには風貌に差がありすぎるし、自由戦士と従者と見るには子供たちの態度は他人に仕えている者のそれではない。

ではもしかして、歳の離れた愛人同士とその縁者か、年若い恋人たちと護衛だろうかとさえ勘ぐれるが、これも無理がある。

3人の言葉のやり取りは、およそ色気というもののまったく感じられない口調であり、それ以上に会話の内容は殺伐としたものだったからである。

「おさらいをしようか。君は危険だからコーラルから離れたところで待っている。その間に僕とが城内に忍び込んでフェルナン伯爵を助け出す。それからどこかに引き上げて兵力をかき集めて、もう1度コーラルに向かう、と」

「待っているときも念のために変装をして、2日おきに泊まるところを変える。助け出すことができたら私があなたを探し出して、リィたちと合流するでいいんですよね」

「それなんだがな、2人とも」

何かを考え込みながら男が言った。

「こっそり忍び寄るよりも兵力を集めながら進んだ方が得策かもしれん。この道中を無駄にすることはないからな」

緑と黒の瞳がくるりと動いて男を見上げた。

「無駄にしたほうが早くつきますよ」

「寄り道したら、伯爵を助けるのが遅くなるけど?」

「助けたときに兵隊の1つも持っていなかったとなれば、俺が伯爵に叱りつけられる」

「誰が味方で誰が敵だか分からないんじゃなかったっけ?」

「だから、その識別をしたい」

「識別ですか?」

少女が肩をすくめ、が首を傾げた。

男は真剣な口調で言う。

「お前たちの腕を疑っているわけではないぞ。ただ、な。北の塔への侵入は決してたやすいことではないのだ。三重城壁の中にある上に、塔と名はついているが要するに牢獄だ。内部は案内なしで迂闊(うかつ)に歩けぬほど入り組んでいるし、見張りもいる。加えてお前たちはコーラル城も、北の塔も、伯爵の顔も見たことがない」

2人は少し考え込んだ。

(忍び込むのに『強制転送(ムーヴ ムーヴ)』が使えたらといいんですけど...この世界に詳細な地図がないというのが痛いですね。大まかな距離は分かっても、下手をしたら地面の下か、壁の中か...半年くらいあれば小型人工衛星が造れるんですけどねぇ)

「こうなると、君と伯爵が血のつながった親子じゃないってところが痛いな」

少女が妙なことを言った。

「血のつながり、ですか?」

「何のことだ?」

「血のつながりがあれば、僕には君のお父さんが分かる。例え、初めて見る人でも。だけど、20年一緒に暮らしていても実際は他人だったとなると、どのくらい『同じ』なのか...」

(そういえば、多くの野生動物はにおいで親子かどうか認識しているんでしたね)

が話の内容を推測している横で、わけが分からず男が首を傾げた。

「いったい、何のことだ?」

少女は答えずに頭を振り、それから、にっこりと笑って2人を見上げた。

「まかせる。何と言ってもこれは君の喧嘩だ」

「確かに。喧嘩の中心はウォルですね」

男も苦笑して2人を見下ろした。

「普通、王座奪還といえば家重代(いえじゅうだい)の至命であるはずなのだがな。お前たちにかかっては形無しだ」

すかさず2人が言い返した。

「ウォル、形無しにしてる原因は、あなたにも充分にあると思いますけど?」

「そうだよ。普通王座を追われた王様って言うのは、もっと悲壮な決意で首都奪回に挑むものだと思うけどな。君にかかってはまるで遊びごとだ」

「あなたは私たちと違って暇つぶしを兼ねてはいないはずなんですけどね」

男は太い声で笑っている。

男の名はウォル・グリーク・ロウ・デルフィン。

コーラルがその帰国に震撼し、ドラ将軍が血眼(ちまなこ)になって援軍に駆けつけようというデルフィニア国王、本人である。

とてもそうは見えない。

物見遊山でもしているかのような安気(あんき)さで、いたって楽しそうに景色を見ながら足を進めている。

かえって子供たちのほうが呆れ半分に苦笑している。

子供の片割れの少女の名はグリンディエタ・ラーデン。

リィでいい、と本人は言う。

どこから来たのか、何者なのか、はっきりとしたことは語らない。

年頃は13歳になったばかり。

もう一方の少年の名は

見た目は13、4ほどだが、実年齢313歳の若作り。

本人が言うには、からくり人形らしい。

そして、2人とも見た目とは裏腹にとてつもない怪力と、戦闘能力と、並外れた頭脳を持っていた。

ビルグナ砦のガレンスが思わず漏らしたように、美少年とたいへんな美少女である。

少女がふっくらとした頬にくっきりとした線を描く緑の瞳、薔薇色の唇、すんなりと肢体を持つ一方で、少年は象牙色の肌、やわらかな眼差しを注ぐ黒曜石の瞳、光りの当たり方によって色を変える黒い髪を持つ。

ともに金持ちの好事家が眼の色を変えて欲しがりそうな子供だった。

玉に(きず)はその口のききようと、性格である。

相手が10以上も年上の大人であることも(少なくともにとって見た目上は)、それどころか今は放逐されていても王という一国の最高権力者であることも、この子供たちには敬意の対象にならないらしい。

「君みたいに鈍いのは誰かが眼を光らせていないと、どこでどんなへまをやるか分からないからな」

「...その『誰か』に私たちが含まれる予感がものすごくするんですけど」

そんなことを正面切って本人に言うのだ。

しかし王様のほうも負けてはいない。

「俺はそれほど鈍いか?」

そんなことを平気で尋ねる。

「王座から叩き落されるまで謀反(むほん)に気づかなかったくせに何を言うんだか」

「それを言われると弱い」

「自覚すれば多少はよくなりますよ」

「そうなのか」

「多少はですけどね」

そう言ってが肩をすくめる。

「できれば味方は多いほうがいい。今のところ、はっきり味方を約束してくれたのはビルグナの2000だけだ。心当たりがあるなら試してみるべきだろうな」

「そうですね」









   第15話   寄り道










ビルグナを出発すること3日目の朝だった。

放浪の国王は子供たちの承諾を得ると同時に進路を変え、その昼のうちに、とある館の客人になっていた。

デルフィニア南部のポートナム地方と呼ばれる地域の領主の館らしい。

なかなかの力のある豪族の館らしく、屋敷というより、砦と城の中間のような立派な構えである。

半年もの間、消息不明であった国王が突然立ち寄ったのだ。

館の主人は驚き慌てて3人を出迎え、もてなしてくれた。

丁寧な歓待の後、男はずばりと切り出した。

「ところでこれからコーラルを取り戻しにいこうと思うのだが、戦列に加わってはもらえないだろうか。こちらの手勢はビルグナ、ロア、マレバをあわせて4000を越える。またコーラルに捕らえられているアヌア侯爵、ヘンドリック伯爵らの家来衆も、主人を救出するために味方を約束してくれている。さらに、ここだけの話だが、近衛兵団も全部が全部コーラルに忠誠を誓っているわけではないのだ。3分の1はすでにこちらに取り込んである。そこへもって4000の軍が一斉に襲い掛かれば勝機は充分にあると思うが、どうだろう?」

少女は眼を白黒させ、は内心の動揺を無理やり押し隠した。

現時点ではコーラルと連絡など取れず、ロアだのマレバだのは初めて聞く名前である。

まして帰国したばかりで近衛兵団内部に手を入れているとはありえないことだ。

しかし、男の態度は自信たっぷりであり、まことに自然である。

嘘偽りも誇張もあるようには思えない。

館の主は真剣な顔で黙り込んでいたが、やがて考え考え口を開いた。

「臣下の1人として、ご無事のご帰国には心からお喜び申し上げますが、しかしながら、お味方のお約束はいたしかねます」

「ほう?何故(なにゆえ)だ。お前も俺を偽王と思う1人だからか?」

館の主はゆっくりと首を振った。

「陛下。私はあなたに何の含みもございません。ペールゼン候が何やら申しておりますことも、真に受けたことはございません。現在でも真実の国王はオーリゴに誓って、あなた様お1人と思っております。またあなた様の養父であるフェルナン伯爵に掛けられました嫌疑もはなはだ怪しいと、率直に申し上げればでたらめだと思っております」

「それはありがたい」

「私は流言蜚語(ひご)などに惑わされる人間ではありません。あいにくと伯爵にお目にかかったことはございませんが、ほとんど北部を動かずにいたフェルナン伯爵に先王の遺児暗殺など現実に不可能です」

主はまっすぐに顔を上げ、きっぱりと言い切った。

「今、あなた様にお味方することを拒みますのは、あなた様の人柄を疑うのではなく、フェルナン伯爵の正義を疑うのでもありません。ましてペールゼン候に怯えているわけではありません。ただただ、私に仕えてくれている家来どもを無益に死なせたくはない一心からなのでございます。臆病と(そし)られましょうとも、中央に名だたる近衛兵団と難攻不落のコーラル城が相手では、やすやすとお味方申し上げるとは言えませぬ」

勝機はあるとあなたは言うが信用できない。

仮に4000の軍勢と近衛兵団内の取り込みが本当だとしても、まだ確実な勝利には不十分だ。

確実ではない以上、冒険は出来ないと言うのである。

ある意味ではそれこそ敬意に欠ける物言いだが、男はあっさり頷いた。

「もっともなことだな。確かにこれは俺のほうが礼を欠いていたようだ」

「滅相もございません」

「しかし、オーリゴに誓って、また闘神バルドウに誓って、俺は必ず王座と俺の都を取り戻す。俺の指揮する軍勢がコーラルを包囲したという知らせがここまで届いたなら、その時は味方に来てもらえるだろうか」

「おっしゃるまでもございません。私も武将の端くれでございます。遅参の不名誉など御免こうむりとうございます。あなた様が軍の先頭に立ち、コーラルへ進軍しているとの報がありましたら、必ずやお味方つかまりましょう」

見ていた子供たちはおもしろく思った。

いやしくも相手は国王であり、この館の主はその家来である。

なのに家来には主君の命令を拒否する権利があるらしい。

それどころか主君の勢いが弱ければ知らぬふり、勢い強ければ得々と加勢しようという。

人を食った話である。

一晩ゆっくりしていくようにとの声を振り切って、3人は夕刻迫るころ館を出た。

「近頃は妙な者どもがうろついていて、何かと物騒です。お泊りになったほうがようございます」

館の主はしきりに進めてくれたが、彼らには野宿のほうが慣れていて都合がいい。

まして物取り目当ての曲者の5人や10人が襲いかかってきたところで、どうということもない。

また背中に西日を浴びつつ、先を急いだ。

その道中、少女は感心したように言った。

「家来にあんなはっきり、主人を助けない自由があるとは思わなかったな」

「ええ、家臣として意見よりも、個人としての意見をはっきり言われるとは思ってませんでしたね」

「お前たちのいた所では違うのか?」

男は面白そうに尋ねてくる。

「負けると分かっている戦に命を賭けるなど愚の骨頂ではないか。まして自分1人のことではない。庇護しなければならない家来をあの男は何百人も抱えているのだぞ」

「それは確かにそうなんだけど」

少女は首を傾げて言った。

「ただ、ビルグナの人たちの様子や何かから、色々とね。ここのやり方では、死ぬと分かっていても主人につくすのが当然で、それが騎士の誉れだって、もてはやされるのかと思ってたからな」

「ええ。まさか、臆病といわれることを許容してまで、戦いに参加しないと言い切るとは思わなかったんです」

「それは確かにその通りだ。要は時と場合だ。意気地のないと言われることは騎士には何よりの恥だが、同時に猪武者と言われることもまた名を汚す。まして己の軽率から家臣を死なせたとあっては末代までの恥だからな」

「ははあ...」

「あの男は思慮ある人物だ。無駄に人を死なせるような冒険はしない。俺の勢いが本当に確かなものと分かるまで静観の姿勢を取るだろうな」

「確かに、きちんと自分で考えて、下手な噂には踊らされない人ではあるようですけどね」

「で、4000の兵隊なんて本当に集まるの?」

「あれははったりだ」

少女が目を剥き、がやっぱりとため息をつく。

「はったり?」

「まあ、そんなことだろうとは思いましたけど...あれ全部がはったりですか?」

「ああ。ものには勢いという。まさか孤立無援のお先真っ暗状態とは言えん。ああ言っておけば、もしやどこかに1軍の隠し玉でも持っているかもしれんと思うだろうしな。あるいは俺のはったりを見抜いて、この大ぼら吹きと思ったかもしれないが、少なくともあの男は俺を捕らえようとも、一服盛ろうともしなかった。それを確かめることができただけで充分だ」

2人は完全に呆れかえった眼を男に向けた。

「本当に一服盛られてたらどうするつもりだったのかを、詳しく問いたくなりますね」

「それは考えていなかったな」

「ええ...そうでしょうね」

「今までずいぶん色々と人間を見てきたけど...ほんとに、こんなにおもしろいのは初めてだ」

「私の場合は初めてではありませんけど、確かにおもしろい人物ですよね」

「これで4度目だぞ。おもしろいおもしろいとお前たちは言うが、俺はいたって普通の、ただの男だ」

「自分でそんなことを言うやつに限って、普通だったためしがない」

「本当に。だからと言って普通じゃないと言い切る人が、普通だったこともありませんけど」

「馬鹿なんだか切れるんだか鈍いんだか肝が据わってるんだか、さっぱり分からない」

「正直者なのか詐欺師なのかも付け足させてもらいます」

「こんなものを普通とは誰も言わないはずだ。ものすごくおもしろいし、変わってるよ」

男はちょっと笑って横を歩む子供たちを見た。

「以前も同じようなことを言われたな」

「お父さんに?」

「いや。友人だ。幼馴染だった」

「ずいぶんと見る眼のある幼馴染じゃないですか」

少女の眉がちょっと動いた。

過去形で話すのが引っかかったのだ。

もそこには気づいたが、あえて茶化すように言う。

この男はある日いきなり前国王の遺児であることを知らされ、ほとんど自分の意思に反して王座につくことになった。

人によっては(まれ)なる幸運と見るかもしれないが、そのことによって失ったもののほうが遥かに多かったのだ。

第1に父親。第2に友人たちだ。

彼らは皆、国王となった男をそれまでの男とは別人として扱った。

(おおやけ)の席はもちろん、2人きりで話すときも敬語を使い、主従のけじめと臣下としての分をかたくなに守り、決してその壁を越えることはなかったと聞いている。

その幼馴染もおそらくは友人であって友人でなくなったのだろうと子供たちは思った。

人の古傷を引っかくような真似は2人の好むところではなかったため、がわざと茶化し、少女が話をそらした。

「前からたびたび聞いたけど、オーリゴって言うのはどんな神様?」

「そうさな。一口に言うなら学問と契約の神だ。恐ろしく厳粛な神でもある。たいていの学舎や図書館にはオーリゴの祭壇が飾られているし、あらゆる契約の際に必ず持ち出される」

「契約、というと...例えば同盟条約とか、今度のように味方をするしないとかの約束事とか?」

「他に契約というと、商売関係でしょうか?」

「その通りだ。まあ、そんな約束をしたところで破られるものは破られるのだがな。現に俺がいい例だ。戴冠式の後、多くの貴族たちは俺を主君として敬い、臣下として忠誠をつくすとオーリゴに約したにもかかわらず、わずか半年後にその誓いを破ってくれたというわけだ」

「すると、破ったところで罰則はなしだな?」

「少なくとも、神様からの罰は恐れていないんじゃないですか」

「そうでもない。面と向かって誓いを破って気持ちのいい人間はいない。あの時も諸侯たちは、我々は誓いを破るのではなく、偽者を王座に据えてしまった間違いを正すのだと、そういう大義名分を掲げていたからな」

「ものは言いようだ」

「こじ付けとも言いますけどね」

しかめつらしく言う少女と、呆れを隠さずに言う少年に、男は苦笑した。

「しかし、オーリゴは一般的には結婚式を執り行う神として有名だな」

「「結婚式で学問の神様を持ち出すの(んですか)?」」

子供たちが眼を丸くする。

「なんだか、担当が違うような気がするけどなあ...もうちょっとその、愛情の神様とか夫婦仲よくの神様とか、他にいないの?」

「確かに結婚というのも一種の契約といえば契約でしょうけど....全部が政略結婚みたいで、夢がありませんよねぇ」

男はほとんど吹き出しそうになりながら2人を見た。

おもしろいのはどちらのほうだとその眼が語っている。

大の男も顔負けの冷徹な顔を見せるかと思えば、今のように無邪気な子供そのままの表情を見せる。

「むろん、愛の女神は他にちゃんといる。だがな、愛の女神を頼むのは恋人たちだ。彼の    あるいは彼女の気持ちを自分のものにしたい、そのために力を貸してくださいと祈るわけだ。結婚はその先、いよいよこの相手と一生を共にすると決めた後だからな。の言う通り、これも一種の契約には違いあるまいよ。男は女を妻として愛を慈しみ、女は男を夫として愛し敬うことを、契約の神であるオーリゴの前で誓うわけさ」

「ははあ。なるほど」

「愛情の契約というわけですか」

感心したように頷いた子供たちである。

辺りはそろそろ暗くなってきている。

野宿するつもりだった3人だが、ちょうどそのとき、前方に集落が見えた。

村というほど大きなものではなく、数件の農家が点在している。

「あそこで今夜の宿をとろう」

ビルグナで路銀はたっぷり持たせてもらったし、農家のものは例え流浪の騎士であろうと、士分の者には礼儀正しくしてくれる。

金を出して頼めば、一夜の客として迎えてくれるだろうと踏んだのだが、その小さな集落は異邦人に対して異常なくらいの警戒を見せた。

まだ薄明るいのに、どの家も硬く戸締りをし、ひっそりと静まり返っている。

集落の中でも1番大きな家に近づき、男が戸を叩いたのだが返答がない。

留守なのかと思いきや、人の気配がする。

しかも物音を殺してこちらを(うかが)う異様な気配だ。

いぶかしみながらも、なおもしばらく、つつましやかに戸を叩いていると、ようやく、扉に付けられている覗き窓が開かれた。

「どちらさんで?」

「旅のものだが、泊まるところが見つからず、難儀しているのだ。ぶしつけではあるが、これで一夜の宿を与えていただけないだろうか」

にこやかに言いながら銀貨を見せる。

戸板の中の眼は値踏みでもするようにじろじろと遠慮なく男を眺め回していたが、それでも扉を開こうとはせず、覗き窓から手のひらを見せた。

男は逆らわずに、その手の中に銀貨を落としてやった。

家の主人は扉の向こう側で銀貨が本物であることを確かめると、なおも固く閉ざした扉の向こうから、一言だけ言ってよこした。

「納屋でいいならお泊まんなさい」

男はこの無礼な仕打ちに腹を立てるわけでもなく礼を言う。

「かたじけない」

一礼すると、2人を促して納屋へ向かった。

2人もこの警戒の強さには首を傾げている。

「そんなに危険人物に見えたのかな?」

「でも、3人にうち2人は明らかに普通の子供なんですよ...見た目だけですが。それほど警戒する必要があるとは思えませんけど」

「さて。館の主が言っていた妙な者たちというのに関係があるのかも知れんな」

納屋の中は広く、横になるのに充分な余裕があった。

埃の匂いのする土の寝床だが屋根と壁がある。

それだけでもだいぶ違う。

横になった少女がふと、小さく笑いを洩らした。

「一国の王様が納屋で寝るなんてね」

「館に泊まったほうがよかったですか?」

「いや。今の俺にはこれで充分だ」

男も小さく答えた。

春の盛りである。

宵闇も暖かく、心地よかった。

3人はすぐに眠りについた。











あとがき

デルフィニア戦記第15話終了です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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