「.........あ...」

「「!!」」

の胸を貫いたまま、キルアは呆然とし、口からは意味などない音が漏れる。

その様子を見ていた者の中で、現状を理解したクラピカとレオリオは、大声での名を呼んだ。

「何ですか?」

「.........何っ!!?」

「んなバカなっ!!?」

「......ウソだろ?」

「何がですか?」

「........................?」

「はい?」

まだ呆然としたままの顔を見上げるキルアに、は口元に笑みを浮かべながら首を傾げる。

「あ、キル君、腕を抜いてもらえますか?」

「え?...あっ!!」

「焦らなくてもいいです。というか、焦って腕の力をゆるめないでください。キル君の方がケガをしてしまいますから」

「あ、うん...」

言われるままに、力を抜かないようにしながら、ゆっくりとキルアの腕が抜かれた。

その時、の胸に空いた穴からポタポタッと床に血がこぼれた。

それを見たキルアの顔が動揺と悲しみで歪む。

気づいたは何も言わずに軽く頭をなでた。



「え?...っと...?羽織り?」

「服が破れてしまったじゃろ。それを着るといい」

「ありがとうございます」

礼を言い、受け取った羽織に袖を通しながら、はネテロに問いかけた。

「試験の結果はどうなりますか?」

「ふむ、そうじゃな...が割りこまなければ191番は死んでいたじゃろう」

ネテロはちらりとボドロとレオリオに目を向けたが、2人ともそれは分かっているのか反論はしない。

レオリオは反論したかったが、何を言うべきか言葉が出なかったのだが。

「よって、先ほどの行為は意図的に失格を狙ったものとし、99番は失格じゃ」

その言葉に、試験会場がざわめいた。

「分かりました。キル君、とりあえず血を流しましょう」

は感情のうかがえない表情のキルアにそう言うと、ゴンの時と同じように抱えあげて、静かに会場を出ていった。

それを見ていたクラピカやレオリオは、普段通りのと、明らかに普通ではないキルアに困惑し、何と言葉をかけるべきか分からずに、ただ見送るしかできなかった。





試験前に用意されていたの部屋で、シャワーを浴び、の用意した服に着替えたキルアは、髪から水滴を滴らせながら、茫洋とした眼での胸に巻かれていく包帯を見ていた。

「キル君、髪をちゃんと拭かないと風邪をひきますよ」

「なあ、...俺の腕、間違いなく心臓の所を貫いてよな」

「そうですね。ちょうどその部分にぽっかりと穴があいてますよ」

「なら、何で...」

「キル君、それが本当に聞きたいことですか?」

「............」

の言葉に、キルアは目を伏せて黙りこんだ。

「『殺し屋に友達なんていらない』」

「...っ!」

「それならなぜ私はシルバさんの友達なのか?」

勢いよく顔を上げ、驚いた顔でを見つめるキルアに、笑みを向けた。

「それを聞きたいのだと思ったのですが、違いましたか?」

「.........違わない」

キルアがポツリと呟くと、は黙って隣に座り、丁寧にキルアの髪を拭いていく。

「始めに言っておきますけど、シルバさんの友達は私だけではありませんよ」

「......え?」

「私が知っているだけでも5人ほどいらっしゃいます」

「...ウソ...」

「本当です。そして、もうひとつ」

ある程度水分が取れたキルアの髪を、手櫛ですきながら言葉をつづけた。

「『殺し屋に友達なんていらない』という言葉は、正確には『殺し屋に、自分の身を守れない友達はいらない』です」

その言葉に、キルアの目が大きく見開かれる。

「ターゲットの家族や友人たちから狙われたことが、キル君も少なからずあるでしょう。もしその時に、自分の傍に自分の身を守れない友人がいたとしたら、あなたはどうします?」

「それは...」

「守ろうとするかどうかではなく、その友人に気を取られないかどうかです」

曇った表情になったキルアの心情を察して、は言葉を付け加えた。

「もし、実力がキル君と同じくらいの相手なら、気をそらした時点でキル君は死んでいます」

「.........」

「だからこそ、自分の身も守れない友人はいらないと断言するんです」

きっぱりと言い切ったに、キルアがぴくりと反応する。

「逆にいえば、自分の身を守れるような友人なら作ってもいいということです」

「でも...」

「まあ、確かにゴン君はキル君より弱いですね」

「......うん」

「でもそれは、今の時点ではです」

その言葉に、キルアはゆっくりと顔をあげた。

「きっと今のゴン君では、あなたのお家の門を開けることもできません。でも、1ヶ月後なら?」

「......分からない」

「そう、分かりません。でも、キル君。気づいてますか?あなたは分からないとは言っても、無理とは言っていないんですよ」

「それが?」

「相手の力量がどれだけかはかることに長けたあなたが、1ヶ月後にはどう伸びるか分からないという相手なんですよ、ゴン君は」

「あ...」

の言葉の意図がやっと飲み込めたというように、キルアは驚いたような声をあげた。

「内緒にしてましたけど、私はゴン君のお父さんとも知り合いなんですよ。いやあ、あの親子は本当に中身がそっくりですね。思いこんだら一直線。納得できないことは、敵わなくても立ち向かう。さて、そんなゴン君が、あなたの友達じゃないなんて言われて、大人しく引き下がるでしょうか?」

訊ねてはいるが、答えは分かりすぎているため、返事を聞きたいわけではない。

「さて、キル君。あなたが家出をつづけるならば、きっとこれからもイル君だけではなく、キキョウさんたちもあなたを探し回るでしょう。では、今のあなたがするべきことは?」

「...家出を止めて、家族に家を出るのを認めてもらうこと」

はキルアの答えに目を細めて、少しだけ強く頭をなでた。

キルアの髪は、すでにの体温ですっかり乾ききっている。

「では、そんなキル君に餞別(せんべつ)としてちょっとした助言をひとつ」

「...何?」

「シルバさんに伝えてください。『は、キルア=ゾルディックが家を出る際には、臨時保護者として、ともにいることを約束します。また、ゴン=フリークスとともにいることで、キルア=ゾルディックはさらに強くなるでしょう。これはイレブンとしての考察結果です』」

...マジでいいの?そんなこと言って」

「おや、嘘なんて一言も言っていませんよ。ただの事実です」

そう言って笑うに、キルアはいくらか逡巡した後、しっかりとの目を見て言った。

「ありがとう、

「どういたしまして」










  第三十八話   合格と不合格










「何なんですか?この状況は」

「「「!!」」」

キルアを見送ったあと、説明会には出なくてもいいだろうと思っていたが、説明会に呼び出されて言った第一声がこの言葉だった。

それに反応して叫んだのは、ゴンとクラピカとレオリオだけだったが、全員の視線がに集まっている。

「あ、ゴン君、クラ君、レオ君、合格おめでとうございます」

「おお、ちょうどいいところに来たな。、キルアはどうした?」

「キル君なら、いったん家に帰りましたよ。で、この状況は何なんですか?」

「クラピカとレオリオからの両方から異議が唱えられてな。キルアの不合格は不当との申し立てを審議中なのじゃよ」

「そこに、試合の結果とその時の様子を聞いたゴン君が駆け込んできて、イル君に突っかかっているというところですか?」

「おおよそはその通りじゃ」

ネテロの言葉を受けて、がクラピカとレオリオに目を向けると、クラピカが立ち上がって言った。

「キルアの様子は、自称ギタラクルとの対戦中において明らかに不自然だった。対戦の際に、何らかの暗示をかけられてあのような行為に至ったものと考えられる。通常ならいかに強力な催眠術でも殺人を()いることは不可能だ。しかし、キルアにとって殺しは日常のことで、倫理的抑制が働かなくても不思議はない」

「問題なのは俺とボドロの対戦中に事が起きた点だ。状況を見れば、キルアが俺の合格を助けたようにも見える。ならば不合格になるのはキルアじゃなくて俺のほうだろ?」

「いずれにせよ、キルアは当時自らの意思で行動できない状況にあった。よって彼の失格は妥当ではない」

「すべて推測にすぎんのォ。証拠は何もない。明らかに殺人を指示するような言動があったわけでもない。それ以前にまず、催眠をかけたとする証拠が乏しい。一応尋ねるが、が試験会場にいたときそのような素振りはあったか?」

「ありませんでした」

「ふむ。では、レオリオとボドロの対戦直後に事が起きたという点については、問題はないと思っておる。両氏の総合的な能力はあの時点でほぼ互角、経験の差でボドロを上位に置いたがの。戦闘能力のみをとれば、むしろレオリオの方が有利とワシは見ておった。あえてキルアが手助けするような場面ではなかったじゃろう」

「不自然な点なら他にもあるぜ」

ネテロがそう言い、レオリオが思わず舌打ちを洩らすと、前の方に座って言うたポックルが口を開いた。

「ヒソカと戦ってた時のあんたの様子だ。いったい何を言われたんだ?」

ポックルはクラピカに目を向けた。

「お互いに余力がある状態で、あんたに何事かを告げたヒソカの方が負けを宣言した。変だろ?俺とハンゾー戦や、ボドロとヒソカ戦のように、(ささや)かれたほうが負けを認めるのは分かる。何らかの圧力をかけられたんだろうとな。だが、あんたたちは逆だ。おれには何らかの密約が交わされたとしか考えられないね。『不自然』が理由で合否に異論があるというなら、あんたの合格も相当不自然だぜ。後ろ暗いところがないなら、あのとき何を言われたのか教えてもらおう」

「答える義務はない」

「責任はあると思うぜ」

「ないな。私の合格が不自然なら、不戦勝の合格も自然とは言えないな」

「何だと?」

「おいおい、俺はさっさと講習だけを済ませて帰りてーんだがな」

(話がずれてきましたねぇ)

「どうだっていいんだそんなこと」

ふと漏らした言葉に、その場の視線がゴンへと集まる。

「人の合格にとやかく言うことなんてない。自分の合格に不満なら満足するまで精進すればいい。キルアならもう一度受験すれば、絶対合格できる。今回落ちたことは残念だけど仕方ない。それより」

イルミを握っているゴンの手の力がさらに強くなった。

「もしも、今まで望んでいないキルアに無理やり人殺しをさせていたなら、お前を許さない」

「許さないか...で、どうするの?」

「どうもしないさ。お前たちからキルアを連れ戻して、もう会わせないようにするだけだ」

そう言ってさらにゴンの力が増した時、ゴンの頭へイルミがゆっくりと手をかざそうとした。

それに気づいたゴンは、ほぼ反射的にイルミから飛び離れた。

「......」

「......」

「イル君、手を下してくださいね(周りの子たちの精孔が開いてしまいます)」

に言われて、イルミが念をかけてある手を下すと、ネテロが口を開いた。

「さて、諸君よろしいかな?ゴンの言ったとおり、自分の『本当の合格』は自分自身で決めればよい。また他人の合否をうんぬん言っても、我々は決定をくつがえすつもりはない。キルアの不合格は変わらんし、おぬしたちの合格も変わらぬ」

「それでは説明会を再開します」










あとがき

H×H第三十八話終了です。
ゾルディック家訪問まであと少し!

37話   戻る   39話