「うーむ。なるほど。思ったよりかたよったのォ...これでよし!と」

話を全て聞き終わったあとネテロは真っ白なボードに筆を走らせていた。

仕上げとばかりに筆先をはらうと、歌いだしそうなほどの上機嫌で近くにいた試験官たちを呼んだ。

「おい、みんな見てみィ。組み合わせができたぞえ」

ネテロに手渡されたボードをサトツ、メンチ、ブハラ、リッポー、マーメンが覗き込む。

しばしそれを見た5人は、胡乱(うろん)気なまたは驚きに満ちた顔をネテロに向ける。

「会長...これ本気ですか?」

「大マジじゃ」

ひぇっひぇっと笑うネテロの眼が本気であることに気づいたマーメンは冷汗をかいている。

『皆様、長らくお待たせいたしました。まもなく最終試験会場に到着します』

タイミングよく聞こえてきたアナウンスの後、ネテロはいつもの飄々とした顔で言った。

「これで勝てば、はれてハンターの仲間入りじゃ」

「会長、イレブンに了承はいただいているのですか?」

「事後承諾じゃ」

きっぱりと言い切ったネテロに、皆からそれでいいのかという視線が注がれる。

だが、もちろんそんなものをネテロが気にするはずもなく、結局そのまま実行されることとなった。





4次試験終了から3日後。

「さて諸君、ゆっくり休めたかな?ここは委員会が経営するホテルじゃが、決勝が終了するまで君たちの貸し切りとなっておる」

石畳の広間には、ネテロとマーメン、試験官、黒服を着た協会の人間、そして受験生たちがそろっていた。

「最終試験は1対1のトーナメント形式で行う。その組み合わせは、こうじゃ」

「「「「「「!!」」」」」」







このトーナメント表を見た受験生たちは黙り込んだ。

も一番右端に書かれた『ELEVEN(イレブン)』の文字に目を丸くしている。

「さて、最終試験クリアの条件だが、至って明確。たった1勝で合格である!!」

「「「!!」」」

「...ってことは」

「つまりこのトーナメントは勝ったものが次々と抜けていき、負けたものが上に上っていくシステム!右端に書かれた『サポート役試験官』以外には、この表の頂点は不合格を意味するわけだ。もうお分かりかな?」

「サポート役!?」

がか!?」

驚いたように振り向いた受験者たちにとりあえずにっこりと笑うと、は目線だけでネテロに不満を訴えた。

しかしネテロはの視線を無視している。

「要するに、406番が負ければ全員合格ってことか」

「さよう。しかも誰にでも2回以上の勝つチャンスが与えられている。何か質問は?」

「組み合わせが公平でない理由(わけ)は?」

「うむ。当然の疑問じゃな(キャラかぶってんなコイツ)」

191番とかぶっているところなど口ヒゲと髪を上のほうで束ねていることくらいなのだが、ネテロには気になるらしい。

どうでもよいことだが。

「この取り組みは今まで行われた試験の成績をもとに決められている。簡単に言えば、成績のいいものにチャンスが多く与えられているということ」

その言葉にキルアが反応した。

「それって納得できないな。もっと詳しく点数のつけ方とか教えてよ」

「ダメじゃ」

「〜〜〜〜〜〜〜〜何でだよ!!」

「採点内容は極秘事項でな。全てを言うわけにはいかん。まあ、やり方くらいは教えてやろう。まずは審査基準。これは大きく3つ。身体能力値、精神能力値、そして印象値、これからなる。

 身体能力値は敏捷性・柔軟性・耐久性・五感能力等の総合値を、精神能力値は耐久性・柔軟性・判断力・想像力等の総合値を示す。だが、これはあくまで参考程度。最終試験まで残ったのだから、何をか言わんやじゃ。

 重要なのは印象値!これはすなわち前に上げた値でははかれない『何か』!!いうなればハンターの資質評価といったところか。それと諸君らの生の声を吟味した結果こうなった。以上じゃ」

「.........」

じっとネテロに視線を向けているキルアに、は眼を細めた。

(誰かと競い合うということを知らなかったキル君が、同じ歳のゴン君に対抗意識を持ったようですね)

きっとこれから今まで以上に伸びると、確信にも似た考えが浮かんだ。

「戦い方も単純明快。武器OK、反則なし。相手に「まいった」と言わせれば勝ち!ただし、相手を死に至らしめてしまった者は即失格!その時点で残りの者が合格。試験は終了じゃ。よいな」

「それでは最終試験を開始する!!第1試合、ハンゾー対ゴン!」

黒服を着た男の言葉に従って、2人が進み出る。

「私、立会人を勤めさせていただきます、マスタです。よろしく」

「よお、久しぶり。4次試験の間、ずっと俺を尾けてたろ」

「!」

ハンゾーの言葉に、立会人が少し驚き、ゴンがきょとんとした顔をする。

「お気づきでしたか」

「当然よ。4次試験では受験生1人1人に試験官が付いてたんだろ?まあ、他の連中も気づいてたとは思うがな」

「.........」

ゴンは気づいていなかったらしい。

また壁際で見ていたレオリオも驚いていることから、やはり気づいていなかったのだろう。

その様子を見ていたは微笑ましさと呆れで苦笑がもれた。

「礼を言っておくぜ!!俺のランクが上なのは、あんたの審査が正確だったからだ!まー、当然のことだが」

「.........はぁ」

「それはそうと聞きたいことがあるぜ!」

「何か?(よーしゃべるやっちゃな)」

「勝つ条件は『まいった』と言わせるしかないんだな?気絶させてもカウントは取らないし、TKO(ティーケーオー)もなし」

「はい...それだけです!」

予想はできていたが、はどうやら我慢を余儀なくされることになりそうだ。

強さで言えばハンゾーのほうが実力は上だが、このルールなら性格を考えればゴンも勝つ可能性は充分にあるだろう。

その性格が『頑固』と言うのはどうかと思うが、殺される心配がないだけましだろう。

後は、がゴンがどれだけ危ない状態になっても我慢していれば問題はない。

(はなは)だ不本意ではあるが。

「それでは...始め!!」









    第三十六話    第1試合開始










立会人の合図と共に、ゴンは横へとすばやく移動した。

だが、やはり身体能力等はハンゾーのほうが圧倒的にまさっていた。

一瞬で追いつかれ、首筋に手刀を叩き込まれた。

「子供にしちゃ上出来だ」

床に倒れたゴンを見下ろしながら言ったハンゾーを、は感情のない眼で眺めている。

「さて、普通の決闘ならこれで勝負ありなんだがな...ほれ、目ェ覚ましな」

「う.........!!」

上体を起こされたゴンが顔をゆがめる。

「気分最悪だろ?脳みそがグルングルン揺れるように打ったからな。分かったろ。差は歴然だ。早いとこギブアップしちまいな」

「いやだ!」


  パシン


「......!!げほっ

半蔵が軽く(はた)いた1発で、ゴンの目が回り、胃の中のものを吐き出した。

「ごほっ!がはっ!!」

「よく考えな。今なら次の試合に影響は少ない。意地はっていいことなんか1つもないぜ。さっさと言っちまいな」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!誰が言うもんか!!」


   ドボッ


「ぐっ」

「「......!!」」

さらにハンゾーに殴られたゴンに、レオリオとクラピカが息を呑む。

「ゴン!!無理はよせ!!次があるんだぞ。ここは...」

「レオリオ!お前がゴンの立場なら『まいった』と言えるか?」

「死んでも言うかよ!!あんな状態でえらそーにしやがって、分かってるが言うしかねーだろ!!」

「矛盾だらけだが、気持ちはよく分かる」

2人をやりとりを聞いていたの目に一瞬感情が浮かんだが、すぐにまた元に戻ってしまった。

ハンゾーの拷問としか言えないような攻撃がさらに加えられていく。

その間は一瞬たりとも目を離すことも、言葉を発することも、感情を表すこともしなかった。

時が過ぎていくごとに、受験生たちの表情に驚愕が表れるようになる。

「3時間...だぜ」

「もう血反吐も出なくなっているぞ」

その言葉どおり、体中傷だらけで、もう吐くものもなくなったゴンが血や吐しゃ物で汚れた床に横たわっている。

「起きな」

「ぐ...」

それを見て、いい加減に我慢の限界に達したレオリオが叫び声をあげる。

「いい加減にしやがれ!ぶっ殺すぞてめェ!!俺が代わりに相手してやるぜ!!」

「......見るに耐えないなら消えろよ。これからもっと酷くなるぜ」

その言葉に前に進み出ようとしたレオリオを、黒服を着た者たちがさえぎる。

「1対1の勝負に他者は入れません。仮にこの状況であなたが手を出せば、失格になるのはゴン選手ですよ」

「.........!!」

「大丈夫だよレオリオ...」

!!

いらつき歯をむき出しにしているレオリオに、ふらつく足に力を込めて立ち上がったゴンが声を掛ける。

「こん...なの、ぜんぜん平気さ。ま...だまだやれる」

ぼろぼろの体で立ち上がるゴンは、ハンゾーの顔に驚愕と焦りをにじませた。

ハンゾーは立ち上がったゴンを強く押して再び床に倒すと、左腕を背に捻り上げた。

「!」

「腕を折る」

その言葉に受験生から息を呑む音が聞こえた。

「本気だぜ。言っちまえ!!」

「.........いやだ!!



     ボキッ



!!...............

歯を食いしばり、左腕を押さえたゴンの顔からの脂汗が滴り落ちる。

「.........」

「マジで折りやがった」

「さあ、これで左腕は使い物にならねェ」

その様子をただ見ているしかなかったレオリオの体が怒りで小刻みに震えている。

「クラピカ止めるなよ」

返ってくる言葉はない。

「あの野郎がこれ以上何かしやがったら、ゴンにゃ悪いが抑え切れねェ」

「止める?私がか?大丈夫だ。おそらくそれはない」


「黙って見ていろ」


一瞬誰が言ったのか分からなかったが、それが誰だか分かった2人は怒りをあらわにして言った人物を怒鳴りつけようとした。

しかし、怒鳴りつけようとした言葉は喉で詰まり、発せられることはなかった。

2人に命令した声の人物を見た受験生たちは、ほとんどが驚きと困惑、そして恐怖を顔に浮かべた。

試合を見ている間、言葉を発することもなく、そこにいることを忘れるほど気配のない人物だった。

感情を押さえつけ、表情も殺し続けたは、見たものが恐怖を覚えるほど冷たい空気をまとっていた。

だが、それは昔のようにオーラがコントロールできないからではない。

は自分を抑えるために絶の状態を保っているのだから。

受験生たちが感じ取ったのは、からもれ出た感情の欠片、氷よりも冷たい怒りと言う感情である。

中には息を呑み、冷汗をかいている受験生もいる。

そんな受験生の状態を分かっているだろうに、は相変わらずゴンたちか視線をはずそうとはしない。

「痛みでそれどころじゃないだろうけど聞きな」

周りの受験生たちの反応を気にも留めず、ハンゾーはゴンに話しかけた。

「俺は『(しのび)』と呼ばれる隠密集団の末裔(まつえい)だ。忍法と言う特殊技術を身につけるため、生まれたときからさまざまに厳しい特訓を課せられてきた。以来18年、休むことなく肉体を磨き続けてきた。お前くらいの歳には人も殺している」

右手を床につき、片手で逆立ちしながら、ハンゾーは言葉を続けた。

「こと格闘に関して、今のお前が俺に勝つ(すべ)はねェ!!」

体を支える部分が人差し指1本になる。

「悪いことは言わねェ。素直に負けを認めな」



   ド  ゴ  ン 



「あ」

「......!!」

離している間に起き上がっていたゴンが、ハンゾーの顔を蹴り飛ばした。

ハンゾーは吹っ飛び、ゴンも左腕の痛みでバランスを崩した折れた。

その様子をほとんどの者たちが呆然と見やる。

「って〜〜〜〜〜〜、くそ!!痛みと長いおしゃべりで頭は少し回復してきたぞ」

「よっしゃァああ!ゴン!!いけ!蹴りまくれ!!殺せ!!殺すのだ!!」

「それじゃ、負けだよレオリオ...」

レオリオの言葉を聞きながら、ゴンが先に立ち上がった。

「18って言ったら、俺と6つくらいしか違わないじゃん」

「......」

「それに、この対決はどっちが強いかじゃない。最後に『まいった』って言うか言わないかだもんね」

「へっ」

ゴンの言葉を鼻で笑い、ハンゾーが立ち上がる。

鼻血が垂れているうえに、左目から涙が流れた跡があってマヌケだが。

「わざと蹴られてやったわけだが...」

「うそつけ    !!」

レオリオのツコッミを無視して、鼻血をこぶしで拭う。

「分かってねーぜ、お前。俺は忠告してるんじゃない、命令してるんだぜ。俺の命令は分かりにくかったか?もう少し分かりやすく言ってやろう」

ハンゾーの右袖から剣が引き出された。

「脚を切り落とす。2度とつかないように。取り返しのつかない傷口を見れば、お前も分かるだろう。だがその前に、最後の頼みだ。『まいった』と言ってくれ」

ハンゾーの言葉に、ゴンは非常にまじめな顔で答えた。

「それは困る!!」

それを聞いていた者たちが理解できない顔をし、が1度だけまばたきをする。

そのたった1度のまばたきで、今までのの雰囲気が霧散した。

「脚を切られちゃうのはいやだ!でも降参するのもいやだ!!だからもっと別のやり方で戦おう!」

「な...っ、てめー!自分の立場が分かってんのか!?」

「くっ...くっく」

「くく...失礼」

呆気にとられていた受験生たちが、ヒソカが笑い出したのにつられて笑う。

「勝手に進行すんじゃねーよ!なめてんのか!!その脚マジでたたっ切ってやるぜ、コラ!!」

「それども俺は『まいった』と言わない!」

「そうなったら負けるのは294番ですね」

小さくつぶやいたの声は、誰にも聞かれることはなかった。

「そしたら、血がいっぱい出て俺は死んじゃうよ」

「む...」

「その場合、失格するのはあっちだよね?」

「あ、はい!」

「ほらね。それじゃお互い困るでしょ。だから考えようよ」

「............」

まじめな顔で主張するゴンと、それを否定できずひるんだ表情のハンゾーが対峙する。

「なんちゅー、ワガママな」

「もう大丈夫だ。完全にゴンのペースだよ。ハンゾーも我々も巻き込んでしまってる。全く...」

(何だよ...!?現状は何も変わってない!!ゴンがあいつより強くなったわけでも、折れた腕くっついたわけでもなんでもない!!なのに何でさっきまでのあの殺伐とした空気が一瞬でこんなにゆるんじまうんだ!?)

「キル君、そのうち分かるようになりますよ」

「!?」

「ゴン君のことを考えていたと思ったんですけど、何か違いましたか?」

「...違わねーけど...、いつの間に(その状態に)戻ったわけ?」

「つい先ほど。ゴン君に主導権が移ったときからです」

キルアが、主導権は移っていないだろうといいかけたとき、ハンゾーが動いた。

ギリッと歯軋りしたハンゾーが、一瞬で剣先をゴンの額に突きつける。

あたりの空気がピンと張り詰めた。

「やっぱりお前は何も分かっちゃいねェ。死んだら次もくそもねーんだぜ。片や俺はここでお前を死なしちまっても、来年またチャレンジすれば言いだけの話だ!!俺とお前は対等じゃねーんだ!!」

じりっと足を動かしたことで剣先が動き、ゴンの額から血が流れる。

それでも、ゴンままハンゾーを見据えたまま微動だにしない。

「......何故だ。たった一言だぞ...?それで来年また挑戦すればいいじゃねーか。命より意地のが大事だってのか!!そんなことでくたばって本当に満足か!?」

ハンゾーの顔には焦りの色がはっきりと現れている。

「親父に会いに行くんだ」

眼をそらすことなく、ゴンは言葉をつむぐ。

「親父はハンターをしてる。今はすごく遠いところにいるけど、いつか会えると信じてる。でも、もし俺がここで諦めたら、一生会えない気がする。だから退()かない」

「......退かなきゃ.........死ぬんだぜ?」

さらに剣先を食い込ませて言われても、ゴン間ハンゾーを睨みつけたまま動かない。

「...まいった。俺の負けだ」









あとがき

H×H第三十六話終了です。
主人公があまり出てこない...

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