「ところで何でさっきから言葉遣いが変わってるんだい?」

その一言にヒソカ以外の2人はその場の気温が下がったような気がした。

もちろん実際に気温が変化したわけでなく、から非常に禍々しいオーラがでたためだった。

もっともそれは一瞬のことだったので、念を覚えていないココルには気のせいかと考える程度だったが。

気のせいだと思った理由は他にもの顔がすがすがしいまでの笑顔だったからということもある。

と過ごしてまだ30分も経たないココルには、まさか怒りが大きいほど笑顔になるなんて分からない。

怒りが最高潮に達したときは、無表情か、氷の微笑か、どちらかだということを知る者はさらに少ない。

それはおいておくにして、ヒソカは見事にの機嫌を損ねたことは確かだ。

「ちょっと、お友達と約束しましたの」

「へぇ どんな?」

「あら。ヒソカ君は私の秘密を覗きたいのかしら?」

「うん♠」

にんまりと笑って言ったヒソカに、も優雅な微笑を向ける。

「女性の秘密を暴きたいなんて無粋なこと言っちゃだめよ。ボウヤ」

は男じゃなかったかい?」

「あなたにはこの胸が偽物に見えて?」

「本物みたいだよ♣」

「うふふ、ありがとう」

「それで、本当はどっちなのかな?」

「今は女性なのよ」

「そう♦今は女性なんだ♥」

「ええ。今はね」

さすがにここまで来ると、の腕の中にいたココルもが不機嫌であるということが分かってくる。

非常に居心地悪そうに身じろぎするが、それくらいでが腕を解くわけがない。

イルミはいつの間にかたちの傍を離れ安全圏に避難している。

何故自分がと、うちひしがれているココルをよそに、2人の言葉のやりとりは続いている。

辺りの体感気温は氷点下10度くらいまでいったのではないだろうか。

それぐらい冷え冷えとした雰囲気が漂っている。

片方はそれを(あお)っているだけだが。

言葉のやりとりが10分ほど続いたころ、何の前触れもなく壁の一部が開いた。

それに気づいた4人が一斉にそちらを向く。

しばらくすると、に負けず劣らず美しいドレスを着た女性が中へと入ってきた。

その女性を見たが聞こえるか聞こえないくらいの小さな声でうめき声を上げる。

女性はかたまっている3人と避難している1人の姿を認めると、こちらへと靴音を響かせながら歩いてきた。

女性はの目の前でぴたりと足を止めるとまぶしそうにを見つめて言った。

「久しぶりね、

「お久しぶりね、セシリアお姉さま」

実際の性別が男性のセシリアはの言葉遣いに満足そうに頷いた。









   第33話   交換条件










少し前にかかってきた電話はセシリアからのものだった。

、私の作ったドレスは着てくれたかしら』

「......はい」

『それはよかったわ。じゃあ、次の試験までそれを着ていてちょうだい』

「え!?」

『あら、いやなの?』

「いや、というか...このドレスを着て4次試験を受けろと?」

になら簡単でしょう』

「いえ、さすがにちょっと...(特に羞恥心(しゅうちしん)が)」

『羞恥心なんてなんでもないでしょう?』

「っ!!?」

『そんなに驚かなくても、長年付き合ってればそれくらい分かるわよ』

「...本当に強化系ですか?」

『どういう意味かしら』

言葉どおりの意味だと答えようとしてやめた。

言ったらあとで何をされるか分からない。

それ以前に言われたことを断れない相手だというほうが重要だが。

要するに、この姿で試験を受けることになるのは分かるが、素直にそれを認めたくないという悪あがきである。

「...セシリアさん、この服を着て試験を受ける代わりにお願いしたいことがあるんですけど」

『滅多にないのお願いなんて貴重ね』

「.........」

『あらあら、すねないの。受けるかどうかは内容によるけど、話してちょうだい』

「今トリックタワーの1番下の階にいるんです」

『ええ、会長から聞いてるわ』

「そこの服役囚の少女の保釈金を払ったんですけど」

『あなたはまだ試験に参加しなきゃいけないから、私が代わりに彼女の新しい職場に送り届けてほしいってことかしら?』

「...よく分かりましたね」

『分かるわよ。あなたが気に入った囚人の保釈金を払って仕事を紹介するのはこれで何度目だと思ってるの?』

「14回目で、38人目ですけど...知ってたんですか?」

『あなたはこっちが気をつけておかないと無茶しちゃうんだから。師匠たちを含めて顔見知りの友人たちとはあなたの動向を知らせあうようにしてるのよ』

「初耳なんですけど」

『あら、イレブンでも知らなかった情報なの?得した気分だわ』

楽しそうに笑うセシリアの声を聞きながら、はなんともいえない顔をしていた。

存分に笑い終わったセシリアが、笑いの余韻を残した声で言った。

『そのお願い、引き受けてあげるわ』

「ありがとうございます」

『た・だ・し!条件があるわ』

「..................何でしょう」

『そのドレスを着ているあいだは、その格好にあった言葉遣いをすること!』

「.......................................分かりました」

『ずいぶん長い()だったわね。1時間以内に行くわ。会長への説明よろしくね』

「...はい」

と、まあこういう経緯があったのだが、セシリアはそのことには一切触れずにココルに自己紹介したあと、さっさとこの場を立ち去ってしまった。

もちろんのそのことを口に出すわけはないので、このことを知っているのはとセシリアだけだろう。

もっともセシリアが友人たちに話すということも考えられるが。

いや、間違いなく話すのだろうと思い、はココルの去ったトリックタワー深いため息をついた。

?」

「何かしら?」

「いつまでその話し方続けるの」

「そうね...この服装のあいだはこの口調かしら」

少し間をおいて考える仕草をした。

あたかもこの服を着ていることとこの口調で話すことが、自分の気まぐれであると伝えるように。

もっともそんなことをしても、イルミにもヒソカにもそうでないことは分かっているだろうが他の受験生対策である。

15時間を過ぎた辺りから他の受験生たちが何人か入ってきたため、話の内容は当たり障りのないものへと変わっている。

だが、の服装と番号を見比べれば驚愕されないわけがないのだが、両脇にいるのが44番と301番では誰も近寄ってこようとしない。

それでも話の内容を変えたのは用心のためである。

そんな風に2人と当たり障りのない話をしていながらも、『小さな蜜蜂(シークレット アイズ)』でゴンやキルアたちの様子を見ている。

さすがに50時間足止めをくらったのは呆れたが、それを表に出すことはない。

残すところあと10分ほどとなると、様子を見ていても間に合うかどうか心配になってくる。

内心はらはらとしながらゴンたちの様子を見ている間に、瀕死の受験生が降りてきてすぐに息を引き取ってしまった。

だが、それに眼もくれず、はただゴンたちの心配をしていた。

後5分を切ったときにどうやら間に合いそうだと思ったが小さくため息をつく。

それに両脇から視線を向けられたが、特に説明を求められなかったので沈黙で通した。

『残り1分です』というアナウンスの後に音を立てて扉が開かれた。

「ケツいてー」

「短くて簡単な道がスベリ台になってるとは思わなかった」

扉の置くからゴン、キルア、クラピカが姿を現した。

『残り30秒です』

そのアナウンスにゴンが笑顔で安堵の息をついた。

「ギリギリだったね」

「もう手がマメだらけだ」

「まったくイチかバチかだったな」

扉の置くからさらにレオリオとおまけのトンパが現れたことに、は笑みを洩らして5人へと歩み寄る。

「だが、こうして5人そろってタワーを攻略できた」

「ゴンのおかげだな」

「まったく、あの場面でよく思いついたもんだな」

「何をかしら?」

突然掛けられた言葉に5人とも驚いてを見た。

だが、そこにいるのはもちろん女性の姿をとったなので誰もがいぶかしげな顔をする。

真っ先に気づいたのは、が変装を得意とすることを知っているキルアだった。

!!何だよその格好!?」

「えっ!?なの!?」

「「なっ!!!」」

「...406番!!」

「ふふっ。そこまで驚いてくれると、この姿でいるかいがあるわね」

キルアの言葉に驚く3人と受験番号を叫んで呆然とするおまけに、が艶やかな笑みを向ける。

それに息を呑んだのは15歳以上の3人で、ゴンは無邪気に感嘆の声を上げている。

「うわあ!、美人だね!あれ?って女の人だったんだね。ぜんぜん分からなかった!」

「ゴン!これは変装だって」

「え?じゃあ、やっぱり男の人なの?」

「さあ?どっちかしら」

「ゴン、匂いで分からないか?」

「うーん...お化粧の匂いはするんだけど」

「やっぱだめか。俺にもどっちだか分かんねーんだよな」

「そうなの?」

「ああ。そのせいでイレブンのほんとの外見が表には出てねーんだぜ」

「へぇー」

ゴンとキルアのやりとりを微笑みながら見ていたに、やっと思考の回復したレオリオとクラピカの視線が向けられる。

その視線に気づいたは、先ほどのような艶やかさをまといながら2人を見た。

「2人もお疲れ様。間に合ったようでよかったわ」

「あ、ああ...」

「ほんとになのか?」

「あら、この姿はお気に召してもらえなかったのかしら?」

『残念だわ』と口では言うが、その顔には笑みが浮かび2人をからかっているということが分かる。

クラピカとレオリオが知っているは、穏やかでやや突拍子もない性格なので、子供たちのようにどうも素直に受け入れられないらしい。

そんな2人を尻目に、キルアがに話しかけた。

「なあ、は時間がないときに、5人でいけるけど長くて困難な道と、3人しかいけないけど短くて簡単な道どっちを選ぶ?」

「それがキル君たちの通ってきたルートかしら?」

「うん!多数決の道でね、それが最後の選択だったんだ」

ならどっちにする?」

わくわくとした顔で問いかけてくる子供たちに、はにっこりと楽しげな笑みを向けた。

「あら、それなら決まってるわ」

「「どっち?」」

「どちらも選ばずに、短い道のほうの扉を壊すのよ」

その答えにゴンはきょとんとした顔をしたが、他の3人(正確には4人)は呆気にとられた。

「どっちも選ばないの?」

「ええ。絶対に多数決をしなさいという決まりはあったのかしら?」

「ええと...絶対にってことはなかったと思う」

「それなら大丈夫ね。ゴン君たちはどうしたのかしら?」

「えーとね」

ゴンがそれを説明しようとしたときに、アナウンスが流れてきた。

『タイムアップ !!3次試験通過人数26名!!(うち1名死亡)』

それが終ると外への扉が開いた。

「あら、おしゃべりの時間はないみたいね。あと聞かせてもらえるかしら?」

「もちろん!」

このときゴンは、の柔らかな笑みを独り占めにした。









あとがき

H×H第33話終了です。
セシリアさんを久しぶりに出しました。
強化系って結構いい正確だと思うのは管理人だけでしょうか?

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