「それじゃあ、また後ろを向いていてくださいね」

にっこりと笑って言ったをイルミは首を傾げながら見た。

「今度は乗り気だね」

「カクテルドレスが好きなのかい?」

「いいえ。着替えがこれ最後なので、さっさと終らせたいだけです」

きっぱりと言いきると、イルミが少し沈黙したあと言葉を発した。

「それって開き直りって言わない?」

「言いますよ」

笑顔を崩さず即答するが、そのオーラはどこか物悲しさが漂っている。

不機嫌なわけでも、殺気が混じっているわけでもないのだが、ニヤニヤと笑いながらヒソカはそのやりとりを見ている。

「あと1時間もすれば出口につきますよ。ですから早くたどり着くためにも、さっさと後ろを向いてくださいね」

「じゃあ、あと1時間でのその格好も見納めなんだ」

「そうだね♠残念だ♣」

ふふふふふふ......2人とも後ろを向いてくださいね

さっさとこの服装を何とかしたいにとっては禁句だったらしい。

浮かんでいる笑みとオーラが禍々しくなったのが2人だけでなく、画面越しの試験官たちにもはっきりと伝わった。

それを見ていた試験官たちは冷や汗をかいたが、このくらいのことには慣れているイルミは相変わらずの無表情である。

その横にいたヒソカはのオーラを浴びて笑みを深くし、興奮で肌を粟立たせた。

「ん〜♦いいね♥、ボクと戦ってみない?」

「試験が終ってからならいいですよ」

「...♠」

予想外の答えだったらしく、ヒソカは何も言葉を返さずにまじまじとの顔を見た。

「ヒソカ君、いい加減に後ろを向かないと...」

「向かないと?」

(しび)れ薬、眠り薬、麻痺薬、幻覚剤、自白剤、どれがいいですか?

今まで以上に満面の笑みを浮かべて問いかけるが本気であることを悟り、ヒソカは生返事を返すと素直に後ろを向いた。

イルミはというと、ヒソカとのやりとりの間にちゃっかり後ろを向いていた。

の我慢の限界を知っている辺りは、さすが生まれる前からの付き合いといったところだろうか。

2人が後ろを向いている間に、は頭の中で『これで最後これで最後これで最後...』といいきかせながら服を着替える。

真紅のカクテルドレス、ルビーのついたベルベットのチョーカー、赤いラメのピンヒールに、真っ赤なつけ爪と口紅と髪飾り。

見事なまでに全身真っ赤なコーディネートである。

どうも今までの服と若干系統が違う辺りに、微妙にアサヒとビスケ以外の『誰か』の思惑が入っているような気がしないでもないが、どうせこれで最後だと気にしないことにする。

言い換えると、その誰かを想像したくなかったとも言う。

着替え終わる頃には、400回近く『これで最後』と繰り返すことになったが、とりあえず無事に着替えを終えたので後ろを向いている2人に声を掛けた。

「へぇー」

「よく似合うよ♣」

片方は棒読みで、片方は面白そうに言うのはこれで21回目である。

ここまでの時間が5時間弱なので、15分に1回着替えをしていることになる。

ただ今回は今までと服の系統が違うので、目の前にいるのはレースのついた服を着ている幼い少女でも派手な男装の麗人でもなく、妖艶で背の高い美女である。

足元がピンヒールなので移動や戦闘には向かないこと()け合いだが。

「それじゃあ行きましょうか」

笑顔で言うが、頭の中ではさっさと着いて脱いでやるという内容なのは、どうやら見ている2人にも分かったらしい。

ヒソカは笑いを抑えるように、イルミは小さくため息をついて通路へと足を進めた。









   第三十一話   服役囚の少女










もうまもなく出口というところで、通路は行き止まりになっていた。

だがそれにいぶかしげな顔をするわけでもなく、3人は黙って壁についているモニターに眼を向けている。

1分ほどすると、右・中央・左という文字の下に、44・301・406と番号が表示された。

それを確認してすぐに、壁の3箇所がゆっくりと音を立てて倒れ、その先に暗い通路が現れた。

3人はモニターの表示と開いた通路を確認して、番号が書かれている通路に進むのだということをすぐに理解した。

「なぜ最後だけ『譲りあいの道』の意図とずれた障害になっているんでしょうか?」

「さあね ボクとしては、この先で闘うことになりそうだから面白そうだとは思うけど♣」

「それは3人ともだと思うよ。はその格好で平気?」

「大丈夫ですよ。ウェディングドレスを着せられて、お嫁さんにされそうになったときよりずっと楽ですし」

「懐かしい話を持ちだすね」

「6年って懐かしがるほど昔ですか?」

「面白そうな話だね♦」

「面白いと言うか、大騒ぎというか、睨み合いというかなかなか難しいところですけどね」

、それじゃあ意味が分からないと思うよ」

「ぜひ詳しく聞きたいな♥」

「ここを通過してからにしましょうか。この先にいる人たちも待ちくたびれているようですし」

「それじゃあ、楽しみにとっておこうかな♠」

3人は軽く言葉を交わすと、自分の名前が書かれた先へと足を進めた。

2人と別れてから5分ほど歩くと、また通路の先が壁になっていた。

しかし、それをが確認してからまもなく、壁の一部が奥のほうへと倒れていった。

完全に倒れたのを確認してから中へ踏み込むと、そこには薄暗く狭い空間が広がっていた。

部屋の中央には頭から布をかぶった人影が立っていた。

「こんにちは。お姉さん」

「あら。こんにちは。お譲ちゃん」

挨拶として掛けられた低い言葉に、はあたかも世慣れた女性のように艶然と笑って返す。

声を掛けたほうは、の返した呼びかけに驚いたように体を揺らした。

「...何故」

問いかけた声は、先ほどとは異なりやや高く澄んだ少女の声へと変わっていた。

ころころと楽しそうな笑い声を上げながら、はそう少女の言葉に答える。

「いやね。どうしたらあなたを男の人と見間違うのか教えてほしいくらいだわ」

「...顔を隠して、低い声で話しかけたら、誰だって男だと勘違いした」

「だから私も、と思ったのかしら?」

「ああ。それに...」

少女はかぶっていた布を取り去り、その姿をあらわにした。

顔には縦横無尽に傷が走り、まぶたが切り裂かれたのか眼球が普通の人よりの露出している。

また体には肉をこそげ落とされたような傷跡や、何かを押し付けられような火傷がそこらじゅうにあった。

その姿を見ても、は眉ひとつ動かさず少女の姿を眺めている。

「...この姿を見ても変わらないんだな」

「他の人たちはどんな風に変わったか聞いてもいいかしら?」

「驚くか、気味悪そうに見るか、同情するか、怖がるか...そんなところだ。なのに、あんたはどれにも当てはまらないんだな。何でだ?」

「そうね...実際に人を細切れにしたこのある人が、単に傷のある人間を怖がるというのも変でしょう。それに本人が気にしていないことを、どうして同情しなければならないの?」

その言葉に少女は少し驚いたあと、分かるか分からないかの微妙な笑みを向けてきた。

「そうか」

「そうよ」

少女にとってそれは初めて向けられた言葉だった。

顔に、体に、無数に刻まれた傷は少女が強くなっていく過程で次第に増えていったものである。

これを見た人々は、顔を歪め、あるいは(おのの)き、同情してくる。

この傷を少女は決して嫌っているわけでも、治したいわけでもない。

むしろこの傷は、自分に技術が伝承された証であり誇りでもあるのだ。

だがあまりにも向けられてくるものが同じだと面倒に思うこともある。

ましてこの傷のせいで就職もできずに盗みを繰り返していたとなっては、シャレにもならない。

それを目の前の女は、初対面にもかかわらず自分の本心を見透かしてきた。

少女はここの囚人であり、足止めを1時間するごとに1年分の刑期が短縮されるという条件をだされ、久しぶりに戦うつもりでここにいた。

それなのに、すっかり闘う気がなくなってしまっている自分に気づき深々とため息をついた。

「...あたしの負けだ。通っていいよ」

少女がそういうと部屋の壁が横にずれるように開いた。

「足止めしなくてもいいんですか?」

「あんたとは戦いたくないと思ったんだよ。何となくね」

「ふむ。何となくですか」

少女の言葉に考え込むように言ったの言葉遣いが、普段のものに変わっている。

「あなたの刑期は残り何年ですか?」

「何でそんなことを聞く?」

「聞いてはいけませんか?」

「......183年」

「そうですか」

はそう言うと携帯を取り出し、なにやら操作しだし、少女にいぶかしげな視線を向けられる。

1分ほど経つと携帯を閉じ、少女に向かってにっこりと笑みを浮かべた。

「それじゃあ、一緒に行きましょうか」

「.........は?」

「知ってますか。ここの刑務所にも保釈金があるんですよ」

「...知ってる。刑期1年で10億だろ」

「ええ。ですから、1830億払っちゃいました」

「..............................はあっ!!!!!??」

少女は大きな声で叫んだ。

会ったばかりの相手の莫大な保釈金を払って一緒に行きましょうなどと言う相手には当然の反応だろう。

「ちょっと待て!!何であんたがあたしの保釈金を払うのさ!!?」

「ん〜......何となく?」

「何となくで1830億も出すなあ!!!!!」

「そんな常識人みたいのことを...」

「あんたが非常識なだけだ!!!」

肩で荒く息をついている少女に、は困ったように首をかしげた。

「私があなたを気に入ったからじゃ駄目なんですか?ちゃんと就職先も紹介しますよ」

心底不思議そうな声で言うに、少女はがっくりと肩を落とした。

少女は悟った。

この人は違う、一般的とか、常識とか、価値観とか、いろんなものが普通じゃないと。

何を言っても無意味なのだと。

慧眼である。

そんな少女の内心など知るよしもなく、は少女が脱ぎ捨てた布を人が『いっぱいいてうざったいかもしれませんからかぶっていましょうね』と言いながらかぶせている。

そして頭から布をかぶった少女の手を引いて出口へと歩き出した。

「遅くなりましたが、私の名前はです」

「.........ココル」

「これからよろしくお願いします」

「...よろしく」

和やかな自己紹介のあとに、が『この先にちょっとユニークな子達がいますけど気にしないでくださいね』と言った。

しかし、まさかそれが自称奇術師・他称ピエロの戦闘狂と、無表情猫目の暗殺者だとは夢にも思わないだろう。

知っていたら、間違いなく引き返していたと後にこの少女は語った。









あとがき

H×H第三十一話終了です。
なぜかオリキャラが...出す予定はなかったのになあ?と首を傾げています。
これからこのこにも主人公の無茶が降りかかる予感(がしなくもないかな)。

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