「キル君、ゴン君、約束してたお弁当です」
「ありがとう!」
「サンキュー」
飛行船から降り緊張している受験生達をよそに、と子供達はいつものように笑顔で会話していた。
それを少し呆れたように見ていたレオリオとクラピカにも弁当を渡すと、2人は非常に微妙な顔でそれを受け取った。
あまり緊張感の無い5人に他の受験生達が苛立ったような視線を向けたとき、受験生のあとに降りてきたマーメンが話し始めた。
「ここは、トリックタワーと呼ばれる塔の天辺です。ここが3次試験のスタート地点になります。さて、試験内容ですが、試験官からの伝言です。生きて下まで降りてくること 制限時間72時間」
飛行船を降りた受験生たちにそう言ったマーメンは、飛行船へと戻っていく。
しばらくして浮かび上がった飛行船のスピーカーからマーメンの声が聞こえてきた。
『それではスタート!!頑張って下さいね』
それを聞いた受験生達は個々にトリックタワー頂上の床を調べるために歩き回ったり、外壁の様子を確かめるために端から下を覗き込んだりしている。
もゴンとキルアと共にうろついていたとき、携帯が鳴った。
は2人に断ってから電話に出ると、電話の主は飛行船にいるネテロからだった。
「どうかしましたか?」
『お前さんに、どのルートを通ってもらうか言ってなかったと思っての』
「そうですね」
『そこの隠してある扉に念のかかったものが3つあるじゃろう?』
「...ええ」
『そのうちの1つに入ってくれんか』
「分かりました」
そう言って携帯をきると、トリックタワーの縁で下を覗き込んでいる2人の下に移動する。
「うわ、すげ〜」
「もうあんなに降りてる」
「降りてるってここをですか?外壁を降りたら狙われると思うんですけど」
「何に?」
「あ...」
「ん?」
「あれ」
ゴンが指差した方向からは、大きな鳥のようなものがタワーへ向かって飛んで来ていた。
そして、その鳥たちは外壁をつたって降りていた86番の受験生を襲った。
「...やっぱりですか」
「怪鳥に狙い撃ち...外壁をつたうのは無理みてーだな」
「きっとどこかに、下に通じる扉があるはずだ」
「そうですね」
クラピカの言葉に頷くと、は再びゴンとキルアと共に歩き回り始めた。
そして、2人に気づかれないように徐々に念のかかった扉へと近づくと...落ちた。
「「!」」
それに気づいた2人が慌てたように名前を呼んだのを聞きながら、床に足をつけた。
上を見上げると、扉はすでに閉まっていて、2人が何か言っているらしい音が聞こえてくる。
それに心配させてしまったかなと思いながらも、『小さな蜜蜂 』もつけているから大丈夫だろうと考えて周りを見渡すと、すでにそこには2人の受験生がたたずんでいた。
「やあ♠」
「...カタカタカタ...」
「イル君とヒソカ君?」
残り2つの扉から入ったらしい2人が、に声をかけてきた。
「もやっぱり念が気になってあの扉に入ったのかい?」
「ええ」
「カタカタカタ...ちょうどよかった。はあれね」
「あれ?..............................え?」
イルミの指した方向にあるものが信じられなくて、長い沈黙の後に、思わず首を傾げていた。
「譲り合いの道らしいから♣」
「俺は腕で、ヒソカは脚の重りだから、はあれね」
「...譲り合いというか、この場合、押し付け合いの道じゃないんですか?」
「大丈夫だよ なら似合うから◆」
「母さんに付き合ってよく着てるだろ」
「そうなのかい?」
「うん。うちの母さん、着せ替え好きだから」
「へぇ♥」
「......だからって...だからって....何でドレスなんですか!?」
の目の前にはレースのついた、所謂ゴスロリと呼ばれるドレスが、レースの下着と共に置いてあった。
第三十話 譲り合いの道
(ネテロさん!最初からこれを狙ってましたねっ!!)
が内心で叫び声を上げていると、平坦な口調でイルミが話しかけてきた。
「が来てくれてよかったよ。さすがに俺もごついやつらの女装は見たくなかったから」
「それを着てくれないと、入り口が開かないみたいだよ♠」
「..................分かりました」
親友の息子の口調に含まれるわずかな安堵と、その友人の楽しそうな声に、は深いため息をつきながら了承するしかなかった。
「......後ろを向いててください」
「なぜ?」
「今さらだと思うけど?」
「着替えの最中を見たことはないでしょう。何が悲しくて、こんな下着をつけるところを見られなきゃいけないんですか」
「ふーん」
「残念♣」
そう言いながらも後ろを向いた2人を確認して、はこちらを監視しているカメラの映像にハッキングした。
(一応これで何も言っては来ないでしょう)
がハッキングした後、モニターを見ていた試験官たちが、驚きながらも何ともいえない顔をしていた。
モニターの1つが映像を写さなくなったあとすぐに、メッセージが記されていた。
『着替え中。覗くな。覗いた場合、男の着替えを除くのが趣味の変態とみなし、電脳ページに事細かに情報を公開します』
試験官たちが何とも言えない顔でモニターを見ているころ、は素早く服を着替えている最中だった。
もちろん男のまま女装したって見苦しいだけなので、女性体に変化している。
ただし、ブラジャーが大きめのサイズなのに口元を引きつらせながらだったが。
しかも今のままの身長では丈が足りなくなってしまうため、身長まで縮めなければならず、の姿はミルキの部屋に置いてあるフィギュアを彷彿とさせるものだった。
さらにはレースのリボンや可愛らしい鞄など、小物まで充実しているとあっては、ネテロが本気で幼女趣味に走ったのかとさえ考えてしまうものがある。
ただ着替えるだけなのに、かなり精神的に疲労を感じながら、は2人に着替えが終わったと声をかけた。
振り返った2人は、片方は相変わらず無表情で、もう片方は笑顔のままで首を捻っている。
「...お疲れ」
「驚いたな◆本当にかい?」
「ええ...」
「へぇ♥美人だね♠」
「...ありがとうございます」
楽しそうな声に何とか返事をしたとき、の携帯にメールが届いたので、ハッキングの要領で携帯を取り出すことなく確認すると、思わず数瞬固まり、2人から訝しげな視線が送られてきた。
『があの扉を通ったと報告が来たぞ。その服や小物はアサヒとビスケからじゃ。汚したり破いたりしたら、怒られるじゃろうのぅ。ほっほっほ。 ネテロ』
(アサヒさん、ビスケさん...何で今なんですかぁ。せめて...せめて、帰ってからにしてくだされば...いや、帰ってからでもファッションショーは嫌なものなんですけど...)
「?」
「ん?ああ、何でもありません。ちょっと以前のことを思い出して...」
「...そう」
誤魔化しとして言ったはずなのに、同情的に見られているのは気のせいではないかもしれない。
それに少し落ち込みながら、監視カメラの映像を元に戻そうとして、思い出したようにイルミに声をかけた。
「あ、イル君、変装解きますか?解くなら映像処理しておきますけど」
「お願い」
「分かりました。先に変装を解いても大丈夫ですよ」
「うん」
そう言ってイルミが針を引き抜いていくと、顔が音を立てながら歪み、も見慣れているイルミの顔に戻った。
「ふぅ」
「お疲れ様」
「♥」
イルミの顔が戻ったことを確認し、画像処理をしてから監視カメラの映像を切り替えると、しばらくして入り口が開かれた。
しかし、その入り口も先の通路も異様なほど狭く、せいぜい成人男性1人が通れるほどの幅しかない。
「ここでも譲り合いかな♠」
「そうじゃない?」
「誰が1番最初に通るかですよね。最初のトラップは30m先のようですけど」
「分かるのかい◆」
「ある程度なら。いっそのことトラップが発動しないようにしますか?」
「俺は別にそれでもいいけど」
視線がヒソカに集まる。
「僕はそのままがいいな♣せっかくだからね♠」
「それなら最後のほうがトラップが発動する確率が高いようですから、順番は最後にしますか?」
「そうさせてもらうよ♥」
「イル君は最初と真ん中どっちがいいですか?」
「どっちがトラップの確率高いの?」
「最初ですね」
「じゃあ、最初でいいよ。、その服じゃ動きづらいだろうから、今回は守られてれば」
「そうだね◆せっかくのドレスが汚れたらもったいないよ♣」
「ありがとうございます」
2人の気遣いにが笑顔でお礼を言うと、ヒソカは楽しそうに笑い、イルミは無表情に頷いた。
そして通路をイルミ、、ヒソカの順に通っていくと、ときどきトラップが発生したが、この3人が壁から刃物が飛び出してきたり、落とし穴になっている程度でどうこうなるわけもないので、当然無傷のまま進んでいく。
スタートしてからいくらか下に降りたところで、幾分か広い空間に出た。
その中央にはテーブルとその上に液体の入ったビンが2つ、そしてガラスケースに入った『どこの王侯貴族だ』と問いたくなるようなレースのついた男性用の服が置いてある。
その服を見たイルミとヒソカの視線がに集中する。
は2人の視線を受けていることに気づきながらも、見返す余裕もない。
本気でいじけて泣いてやろうかと思いながらも、ぎこちない動きで2人を見た。
「2人とも...」
「「よろしく(◆)」」
「.........はい」
どちらかが着てくれないだろうかと思いながら言いかけた言葉を途中でさえぎられ、はがっくりと肩を落とす。
そんなを置いて、2人はテーブルの上においてある液体を検分していた。
「やっぱり毒かな?」
「さあ?見ただけじゃ分からないし」
「君って毒入りの食事を摂ってるんじゃなかった?」
「毒は食べても大丈夫だっていうだけ。区別はつかないから」
「そうなのかい?」
「そう。」
「...何ですか?」
「これ何だか分かる?」
「えーと......片方がただの水で、片方が飽和状態の砂糖水のようですね」
の言葉に2人か首を傾げる。
「ただの水と砂糖水?」
「あまり意味がないんじゃないかい?」
「どちらかというと、体調を崩させるためというよりは、不満を煽るためでしょうね」
「ああ、そういうことか♣」
「ただの水を飲んだ人が敵意を向けられるように出来てるのか」
なるほどと頷く2人に、がどっちを呑むのかと言おうとしたとき、イルミがを見下ろして言った。
「じゃあ、お願いね」
「...............え?」
「譲り合いの道とは書いてあったけど、3人平等にしなきゃいけないとは書いてなかったし」
「そういえば、そうだね♠」
「うん。なら一時的に味覚をなくすことが出来たよね」
「いや、まあ、確かに、出来ますけど...」
「、『お願い』」
「僕からも『お願い』するよ♥」
「...今回だけですからね」
が大切な人たちに『お願い』されて、今まで断れたことがあるはずがなく(しかも2人とも、何気なく『お願い』を強調していた)、結局了承してしまった。
そして深くため息をつき、味覚を消して、あおるように2つの液体を一気に飲んだ。
そのあと、最初と同じような状況で着替え、アサヒとビスケからのプレゼントらしいドレスを、『贋物の本物』を使い『携帯衣裳部屋』に丁寧にしまう(放り込んだりしたら、後で何を言われるか分からないため)。
それだけで、は通路にあったトラップを避けるよりも、かなり気力を剥ぎ取られた感じがした。
「...次の課題はちゃんとあなたたちがしてくださいよ」
「「課題によるかな(◆)」」
「......2人とも、要領がいい子ですよね」
ため息と共に呟かれた言葉に、相変わらずヒソカは笑い、イルミは無表情だった。
そして、開いた入り口から続く狭い階段を見て、この先のことを思うと、気持ちが沈んでしまうのはどうしようもなかった。
あとがき
H×H第三十話終了です。
夢主人公の周りの女性に着せ替えをさせられていたら、きっとトラウマになるだろうなあと思います。
しかも、きっと周りの人は被害を恐れて助けてくれないでしょう。
補足:『携帯衣裳部屋』はデルフィニア戦記で書いてた小物入れのことです。
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