嵐が過ぎ去り穏やかな様子を見せる海を眺めながら、は甲板でのんびりと本を読んでいた。

そこへ船倉で船酔いしていた者たちの看護をしていたゴンが甲板へと上がってきた。

ゴンはふと何かに気づいたように船首へと足を向け、じっと海を見つめる。

ゴンがしばらくそうしていると、この船の船長が酒瓶を片手に歩いてきた。

「2時間ほどカラダ休めとけ。これからが本番だ」

「「「はい!」」」

「この海に関しては、やはりあなたが一番ですね」

「ん?...!!か!?」

「ええ、お久しぶりです」

驚いている船長に、がにっこりと笑みを浮かべて挨拶する。

「ああ、お前のうわさは時々聞くが...全然老けねぇな」

「嫌ですねぇ、私の童顔は今に始まったことじゃないでしょう?」

「...(30過ぎてもそれじゃあ、童顔どころじゃねぇだろ?)で、何でお前がここに?」

くすくすくす...あの子と話をすれば分かりますよ」

「あ?」

船長はが指指した方へと顔を向け、船首に立つゴンを見た。

船長は黙って笑顔を向けてくるをちらりと見ると、ゴンのほうへゆっくりと歩いていった。

「...どーした小僧?今頃船酔いか?」

「もっとでっかい嵐が来るね」

「ほう...何故そう思う?」

「風が生ぬるくて塩気が多いし、ウミヅルも注意しあっているから」

「小僧!鳥言語が分かるのか!?」

「全部じゃないけど...」

「(こりゃ、おどろいた...)...!!

何かに気づいた船長が、じっとゴンの後姿を見る。

船長がふっと目を後ろにやると、が楽しそうに2人を眺めているのが目に入った。

「...小僧、くじら島から入船したんだったな」

「うん」

「親父は何してる?」

「ハンター!!写真でしか知らないけど、尊敬してる!!」

「そうか...」

船長がもう1度に目をやると、は声を出さずに口の動きで船長に言葉を伝えてきた。

理由、分かったでしょ?内緒ですよ

「...小僧、嵐の規模と到来時間を予想できるか?」

「波の高さはさっきの倍くらいかな。このスピードで進めば3時間くらいで衝突すると思う」

ゴンの言葉に船長は口と端を上げて笑みを浮かべ、も2人の様子を楽しそうに眺めていた。

「よし、来い!!操舵のコツを教えてやる」

「うん!!」

「お前も来い」

「分かりました」

ゴンと共に操舵室へと向かう途中、船長はニヤリと笑みを浮かべてに声を掛けた。

はそれに苦笑しながら、2人のあとに続いていく。

操舵室に入ると、船長はゴンを舵の前まで連れて行き、はゴンのやや後ろから2人を眺める。

「陸風の機嫌が変われば、2時間半後にかち合う可能性もある。それまである程度、船の仕組みを覚えときな。一流のハンターを目指すなら、何でもできるようになっとかねぇとな。もっと詳しく知りたきゃそいつに聞け、船以外のことでも何でもな。そいつは大抵のことなら知ってる、オレの古い馴染みだ」

「おや、そこまで言っていただけるとは思いませんでしたね。まあ、ある程度のことなら分かりますから、知りたいことがあったら聞いてください(そのために、ここにいるんですから)」

「うん」

2人の会話を聞いた後、船長はスピーカーのスイッチを入れ、マイクに向かって話し出した。

「これからさっきの倍近い嵐の中を航行する。命が惜しい奴は、今すぐ救命ボートで近くの島まで引き返すこった」

船長がマイクを切ると、船倉の方からバタバタと人が上がってくる音が聞こえて来る。

はその音を聞きながら、苦笑して船長を見る。

「船員さん達の休憩時間が短くなってしまいましたね」

「ふん、あんな奴らを降ろすのなんかたいした手間じゃねぇさ。小僧、静かになるまで船のしくみを教えてやる。一度で覚えろよ」

「うん!!」

船に乗っていた乗客のほとんどが降りて、ウミヅルの声と波の音だけが聞こえて来る中、船長はゴンに船の仕組みや舵取りを教え、ときどきが解説を加える。

2時間ほど経ち、波が大分高くなってきたころ3人は船倉へと向かった。









    第二十二話   嵐









強い風と波で船がきしむ音が響き渡る船倉には、船長を含め5人のみがその場にいた。

「結局、客で残ったのはこの4人か。名を聞こう」

「オレはレオリオという者だ」

「オレはゴン!」

「私の名はクラピカ」

です」

それぞれの名前を聞いた後、船長は4人の顔を眺め次の質問をした。

「お前ら、何故ハンターになりたいんだ?」

「?、おい、えらそーに聞くもんじゃねーぜ。面接官でもあるまいし」

「良いから答えろ」

「何だと?」

「オレは親父が魅せられた仕事がどんなものか、やってみたくなったんだ」

「私はある友人に(ゴン君と一緒に)ハンター試験を受けに行ってくれと言われたから...でしょうか?」

船長の言葉に喧嘩腰になりかけたレオリオを遮るように、ゴンとがそれぞれの理由を述べる。

「おい待てガキども!!勝手に答えるんじゃねーぜ。協調性のねー奴らだな」

「良いじゃん、理由を話すくらい」

「いーや、ダメだね。オレはイヤなことは決闘してでもやらねェ」

「私もレオリオに同感だな」

「おい、お前年いくつだ?人を呼び捨てにしてんじゃねーぞ」

「もっともらしいウソをついて、いやな質問を回避するのはたやすい」

「レオリオさんと訂正しろ!」

「しかし偽証は強欲と等しく、最も恥ずべき行為だと私は考える」

「聞けコラ!」

「かといって初対面の人間の前で正直に告白するには、私の志望理由は私の内面に深く関わりすぎている。したがって、この場で質問に答えることは出来ない」

騒いでいるレオリオの言葉を無視して話すクラピカに、は苦笑すると困ったように口を開いた。

「言っておいた方が良いと思いますよ。船長さんがした質問は、そういうことも考えた上で言われたことですから」

「そういうことだ。お前らも今すぐ船から降りな」

「何だと?」

「まだ分からねーのか?すでにハンター試験は始まってるんだよ」

「「「!」」」

船長の言葉に、以外の3人は驚いたように船長を見る。

「知っての通り、ハンター資格をとりたい奴らは星の数いる。そいつら全部を審査できるほど、試験官に人的余裕も時間もねェ。そこでオレ達みたいなのが雇われて、ハンター志望者をふるいにかけるのさ。すでにお前ら以外の乗客は、脱落者として審査委員会に報告している。別のルートから審査会場に行っても、門前払いってわけだ。お前らが本試験を受けれるかどうかは、オレ様の気分次第ってことだ。細心の注意を払ってオレの質問に答えな」

船長の言葉に、船倉がしばらく沈黙に包まれた。

船長に目を向けていた2人のうち、クラピカがおもむろに口を開いた。

「...私はクルタ族の生き残りだ」

「!!」

驚きをあらわにする船長に、はわずかに首を縦に振ってクラピカの言った内容を肯定した。

「4年前、私の同胞を皆殺しにした盗賊グループ『幻影旅団』を捕まえるため、ハンターを志望している」

賞金首狩り(ブラックリストハント)志望か!幻影旅団はA級首だぜ。熟練のハンターでも、うかつに手を出せねェ。ムダ死にすることになるぜ」

「死は全く怖くない。一番恐れるのは、この怒りがやがて風化してしまわないかということだ」

「......」

「要は仇打ちか。わざわざハンターにならなくたって出来るじゃねーか」

「この世で最も愚かな質問のひとつだな、レオリオ。ハンターでなければ入れない場所、聞けない情報、出来ない行動というものが、キミの脳みそに入りきらない程あるのだよ」

「く...」

「おい、お前は?レオリオ」

クラピカの志望理由を聞いた船長は、クラピカの言葉にムッとしているレオリオに質問した。

「オレか?あんたの顔色をうかがって答えるなんて真っ平だから、正直に言うぜ!金さ!!金さえありゃなんでも手に入るからな!でかい家!!いい車!!うまい酒!!」

「品性は金で買えないよ、レオリオ」

「...三度目だぜ。表へ出なクラピカ、薄汚ねェクルタ族とかの血を絶やしてやるぜ」

「取り消せ、レオリオ」

「『レオリオさん』だ」

「おい、こら!おまえらまだオレの話が終わってねーぞ!オレの試験を受けねー気か、コラ!!」

質問の途中で出て行く2人に船長が怒鳴り声を上げるが、2人はそのまま船倉を出て行った。

「「放って(おこうよ)(おきましょう)」」

「なっ」

「『その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れ』ミトおばさんが教えてくれたオレの好きな言葉なんだ。オレには、2人が怒ってる理由はとても大切なことだと思えるんだ。止めない方が良いよ」

「う...む」

「あの2人も、ここで命のやり取りをするほど馬鹿ではないでしょう。放っておいても大丈夫ですよ。それよりも...」

「船長!!予想以上に風が巻いてます!!」

「!!」

「やっぱり嵐のほうが『船』にとっては大変でしょう?」







3人が甲板へ上ると、船員達が嵐の中必死に帆をたたんでいた。

「こりゃやべぇな!!海に落ちたら浮かんでこれねぇぞ!」

「船長、オレも何か手伝う!!」

「私も手伝いますよ」

「よし、来い!」


  バキッ!!


「うわぁああ!!」


3人が移動しようとしたそのとき、マストの一部が風に耐え切れずに折れてしまった。

ロープを引いていた船員達は、突然抵抗がなくなり体勢を崩す。

そして折れたマストの破片が1人の船員にぶつかり、船員は吹き飛ばされる。

そして間の悪いことに、船が大きな波にあおられ船員達は自分の体を支えるのが精一杯だった。

「カッツォ!!」

「チィッ」

甲板に出ていたレオリオとクラピカは、吹き飛ばされた船員に気づき動きを止め、レオリオが舌打ちをしながら走り出す。

クラピカもレオリオにわずかに遅れながらも駆け出し、2人は船の柵に飛びつくような形で手を伸ばす。

しかし2人の手はわずかに届かず、諦めかけたそのとき、2人の後ろからゴンとロープを片手に持ったが飛び出した。

ゴンは船員の腰に飛びつき、レオリオとクラピカがゴンの足首を掴む。

はゴンと船員を片手で抱え、もう片方の手でロープを飛ばし柵に巻きつける。

船員達も慌てて駆け寄り、柵に巻かれたロープをたぐり寄せたり、レオリオとクラピカが3人を引き上げようとするのを手伝う。

「先にケガ人を、早く!!」

「よくやったボウズたち!!」

「ボウズ!!礼を言うぞ」

助かった船員を手当てしながら喜ぶ船員達に、は笑顔を向け、ゴンは鼻をさすっていた。

「あいてー、鼻うっちった」

「そう言えば、さっき顔を押し付けるような形で抱え込んじゃいましたからね。大丈夫ですか?」

「うん...ん?」

「おや、2人とも息が荒いですね」

肩で息をしながら目を見開いて2人を見ているレオリオとクラピカに、2人が気づくと、レオリオとクラピカはすごい勢いでしゃべりだした。

「何という無謀な!!下は激早の潮のうずで、人魚さえ溺れるといわれる危険海流だというのに!!」

「オレ達が足をつかまえなかったら、オメェまで海の藻屑だぞ、このボケ!!」

「君もロープが柵に届かなかったら、どうする気だったんだ!!」


「でも、つかんでくれたじゃん」

「届いたんだから、問題ありませんよ。それにあなた方がゴン君の足をつかんでくれたでしょう?」

あっさりと言い切ったゴンとに、レオリオとクラピカ、船長までも呆気にとられた顔をする。

「あ...ああ、まーな」

「ね」「でしょう」

2人の言葉に納得したレオリオとクラピカはお互いの目を見合わせる。

「...非礼をわびよう。すまなかった、レオリオさん」

「何だよ、水くせえな。レオリオでいいよクラピカ。俺のほうも、さっきの言葉は全面的に撤回する」

ゴンとは2人を見て楽しそうに笑みを浮かべる。

「ふっ...くっくっくっはははは」

4人の様子を見ていた船長も、楽しそうに笑い声を上げた。

「お前ら気に入ったぜ!今日のオレ様はすごく気分が良い!!お前ら4人はオレ様が責任を持って、審査会場最寄の港まで連れて行ってやらぁ!!」

「あれ、でも試験は?」

「うれしくて忘れちまったよ。それより舵取りの続きを教えてやる!!」

「うん!!」

船長の言葉に嬉しそうに走っていくゴンを見送って、は微笑ましいというような笑みを浮かべた。

「若い子はいろいろな方と仲良くなるのが早いですねぇ」

「は?お前ゴンと大して変わりねぇだろ?」

一緒にゴンを見送っていたレオリオが呆れたような声で言うのを、は苦笑しながら聞いた。

「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、とっくに30超えてますよ」

「...はそういう冗談を言うようには見えなかったんだが」

「本当ですって...ほら、免許証」

「「......よく出来てるな」」

「まだ言いますか」

結局船に乗っている間どんなに説明しても、2人がの年齢を信じることはありませんでした。










あとがき
H×H第二十二話終了です。
原作の2話までの内容でした。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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