夕食後の穏やかな一時を、アサヒはの入れた珈琲を飲みながら本を読んでいた。
珈琲のよい香りが部屋の中に満ち、風でこすれる木の葉の音と虫たちの声がかすかに聞こえてくる。
洗い物が終わったが台所からこちらに来る気配に顔を上げる。
そのとき、いつの間にか8月に変わっているカレンダーを目の端にとらえた。
「がここに来て半年以上経つのね...」
思わずもれた独り言に、新しい珈琲をそぎながらが言葉を返した。
「どうしたんですか、いきなり?」
「んー、カレンダーを見たからなんとなく...かしら?が来てから、毎日が慌ただしかったし」
「ああ、なるほど。最近、私が注意されることが少なくなってきたから、アサヒさんの生活に少し余裕が出来たんですね」
アサヒは微笑を浮かべながら答えた。
「そうね。あなたもすっかり『一般人』になったわね」
「そうですね。初めの頃と比べれば、料理も、洗濯も、掃除も、ちゃんと『人と同じように』出来るようになりましたから」
その言葉に『人と同じように』なる前を思い出して、無意識にアサヒは顔をひきつらせた。
「.........そうね」
「...そんなにひきつった顔をしなくてもいいじゃないですか」
少し顔をしかめてが言うと、アサヒは苦笑した。
「思い出したら自然とひきつっちゃうのよ。魚を焼けば炭にしたり、料理の本を読んで作るときに材料を0.001gまで量ろうとしたり...ああ、洗濯洗剤もそうだったわね。掃除は上のほうからしていくって知ったら、屋根の上を掃除しようとしたり...他にも「もういいです!ちゃんと覚えてますから!」
が途中で言葉をさえぎると、アサヒはからかうような笑みを浮かべて質問した。
「そう?それなら、顔がひきつる理由は分かった?」
「...はい、分かりました」
「それなら、これくらいで許してあげる」
「...ありがとうございます」
アサヒは、の『人間らしい』反応に笑いを抑えられなくなった。
「ふふっ...どういたしまして」
いつまで経ってもくすくすと笑っているアサヒに、は憮然とした顔を向けた。
「いい加減に笑うのをやめてくださいよ」
「しょうがないじゃない、の反応がとってもかわいかったんだもの」
「......」
アサヒの言葉を、どう取れえたらよいものか分からかったは、複雑な視線をアサヒに向けた。
「そんな顔しないの。とっても人間らしくなったてことなんだから」
「...はい」
うなずいたの頭をひと撫ですると、微笑を浮かべたままカレンダーに目を移した。
「あら、来週なのね」
その言葉にもカレンダーを見た。
「え?ああ、報告書の提出ですか?」
「ええ、面倒だけどしょうがないわね」
アサヒはため息をつきながら、に来週の留守番を頼んだ。
「お土産に面白そうな本何冊か買ってくるわね」
幼い子どもに対するような態度に、は少し照れながら答えた。
「分かりました。あ、お風呂が沸きましたから入れますよ」
「ありがとう、そうするわ」
その返事を聞いて、は着替えを準備するために2階へと上がっていった。
第二話 初めての訪問者
「それじゃあ、留守番お願いね。多分、3時過ぎには帰って来られると思うから」
「分かりました。いってらっしゃい、気をつけて」
「ええ、いってきます」
はアサヒを玄関先で見送ると、庭に移動し、昨日残ったパンを小さくちぎって鳥たちに与えた。
鳥たちを観察していた目を、フッと空に上げた。
夏の強い日差しが、朝早くから降り注いでいた。
その強い日差しに、は目をすがめ、手をかざした。
「いい天気ですね...」
ポツリと呟くと、しばらくそのまま空を眺めた。そして、目線を家のほうに向けると、今日の予定を口にした。
「さてと、まずは洗濯と掃除と、あと裏の畑(の草むしり)もですね」
そう言うとは、いつもどおりに、最も効率のよい方法を計算して動いていく。
家の中の仕事がすべて終わり外へいこうとしたとき、のセンサーは、誰かが家へ向かってくるのを感知した。
(!...この反応は、アサヒさんではありませんね。でも、なぜかは分かりませんけど、密猟者がこの家に来るなんてありえませんし...アサヒさんに会いにいらしゃった、ええと、『お客さん』になるのでしょうか?)
が状況を推測しているときも、センサーは家に近づいてくる人物との距離を正確に捕捉していた。
(あと、100m...50...20...5..4..3..2..1..)
コンコンコン...
センサーの距離が0になったのと同時に、玄関のドアがノックされた。
は2、3秒ドアに目を向けたままでいたが、ドアを開けて『客』を確認した。
ドアの外には、長い茶色の髪をツインテールにした10代前半の少女が立っていた。
少女は、ドアを開けたに驚いたように目を見開き、アサヒがどこにいるのか尋ねてきた。
「あの...ここは、アサヒさんのお家ですよね?アサヒさんはどこにいるんでしょうか?」
「アサヒさんは報告書の提出に行ったのですが...途中でお会いになりませんでしたか?」
「はい。さすがにこの森は広いので...あの、あなたは?」
「申し遅れました。アサヒさんにお世話になっている=です。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
が尋ねると、少女は恥ずかしそうに頬を染めて名前を告げた。
「私は、ビスケット=クルーガーといいます」
「呼び方は、ビスケットさんでよろしいでしょうか?」
「あの、堅苦しいのは苦手なのでビスケと呼び捨てでいいです」
「いえ、アサヒさんのお客様ですから...では、ビスケさんと呼ばせてください。それに、年上の方に敬称をつけないというのは...」
がそういった瞬間、ビスケの雰囲気が激変した。
ビスケは
を射殺すような鋭い目で睨みつけて詰問する。
「あんた、何者なの?」
「?、どうかしましたか?」
なぜ急にビスケの様子が変わったのか分からず、は首をかしげた。
「とぼけないで!何であたしが年上だってわかったの!?それとも私を知ってるの!?」
「今日はじめてお会いしたので知ってはいませんでしたよ。アサヒさんからも聞いてはいませんし」
「なら、そういう能力なの!?」
「?、能力というのが何を指すか分かりませんが...年上だといったのは、私の年齢が一歳未満だからですよ」
「.........え?」
「正確には、8ヶ月と11日、14時間29分ですが...」
ビスケは、何を言っているのかすぐには理解できなかったが、内容を理解するとをじっと見つめた。
(からかってる...わけではなさそうね。ウソをついてる様子もなし。隠してることも無いようだねェ...勘だけど...)
はビスケが結論を出すまで、ビスケの様子を観察した。
(外見だけなら12、3歳ですけれど、私の今の外見年齢は15歳ほど...童顔に見える10代後半といったところでしょうか。ああ、でも整形や成長が緩やかな体質ということも考えられますね。そうなると、20代、30代...最高50代、60代ということもありえますね。それに、意味は分かりませんでしたが、先ほどビスケさんが言った『能力』というのも可能性としてあげておいたほうがいいでしょうね)
5分ほどたった頃、の顔をまっすぐに見て、ビスケは結論を口にした。
「......ウソは言ってないみたいね。一応(話の内容は)信じてあげるわさ。」
「ありがとうございます。...ところでビスケさん」
「ビスケでいいわよ。どうしても何かつけて呼ぶならビスケちゃまにして 」
ビスケは満面の笑みを浮かべて、からかうようにに言った。
「では、ビスケちゃま。アサヒさんが帰ってくるのは3時過ぎになりますが、どうしますか?」
だが、はその呼称を何の迷いも無く受け入れ、続きを話した。
「...あっさり後の方を呼んだわね(『ビスケさん』って呼び方にこだわるにと思ったのに)。まぁ、いいわ。アサヒが戻るまで中で待たせてもらうわさ」
家の中に移動しながら、ビスケはさりげなくの様子を見ていた。
(さっきは話の内容で気にしてなかったけど、歩き方がアサヒにそっくりね。なんとなくだけど、雰囲気もすこし似てるわね)
「では、お茶を入れてきますね。何か飲みたいものはありますか?」
「そうね、アイスティーがいいわね。ダージリンがあったらそれちょうだい」
「分かりました、そちらでお待ちください」
ビスケはが紅茶を入れる様子を見て驚いた。
(なっ!何なのよ、あの子!紅茶の缶を確認するしぐさも、砂時計を軽く叩くしぐさも、その時のオーラの揺れ方もアサヒそのものじゃない!あれは、似てるなんてレベルじゃないわ!!)
紅茶を持ってきたが目の前に座るのを待って、ビスケは口を開いた。
「、あんた何者なのさ?歩き方といい、いろんなしぐさといい、アサヒと一緒に暮らしてるってだけであそこまで似るなんて事ありえないんだよ」
そう言われて、
はしばらく口元に手を当てて考え込むと、ビスケに問いかけた。
「...あなたにとって突拍子も無い話ですけれど...構いませんか?」
「アサヒは知ってるんでしょ?」
「はい、拾っていただいたときに話しました」
「なら聞くわよ。知ってるのと知らないのとじゃあ、対応の仕方が変わるもの」
はその言葉にアサヒそっくりの微笑を浮かべて話し出した。
「私は........」
あとがき
H×H 第二話終了です。
ビスケさんがご登場。
口調がいまいちつかめないので、少し変かも...
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
1話
戻る
3話