深い朝霧の立ち込める森に、起きたばかりの鳥たちの声が木霊している。
まだ夜が開けきらぬためか、森で生活している動物たちの姿も見られない。
森を覆う巨木の群れも、地面を覆うシダやコケも風にゆられること無く、ただ静かに葉や幹に露を蓄えている。
その森の静寂を破ることなく一人の女性が森の中を移動している。
不思議なことに足音も、衣擦れの音も、木の葉とぶつかってもかすかな音さえたてない。
しかし、移動する速さは驚くほど速く、まるで風そのものであるかのようだ。
わずかな先さえ見えぬ濃い霧の中、冷たい霧の雫をまとって、迷うことなく目的地へと駆けていく。
10分ほど駆け続けたであろうか、女性が徐々に走る速度を落とし始めた。
歩く程度の速さまで落とした頃、ふと女性は立ち止まり辺りを見回しはじめた。
その動作はゆったりとしたものだったが、その目は非常に厳しく、表情もわずかに強張っていた。
「......この辺りよね...」
女性は眉根を寄せて、自分自身に確認するかのようにつぶやいた。
「おかしいわね。いきなり反応が出たから能力者かと思ったのに。オーラが一般人と同じだわ。しかも弱ってて、移動した様子も無いなんて...」
しばらく口元に手を当てて考え込むと、霧の先を確認するかのように顔を上げ、目を向けた。
そのとき、朝日が差し、霧をわずかながら取り去り、彼女が目を向けていた先が見えるようになった。
そこには、何か黒っぽい小さな塊が落ちていた。
それは黒い大きめの服に包まれた10歳前後の子どもであった。
「...!?」
それを見た瞬間女性は目をみはり、あわてて駆け寄った。
「ねえ!ちょっと!!」
大声で呼びかけると、木に止まっていた鳥たちが驚いて飛び立ち大きな音を立てるが、子どもはぴくりとも動かない。
「オーラがあるから死んではいないようだけど、体が冷え切ってる。急いだ方が良さそうね」
そう呟くと、上着を脱ぎ、子どもの体を包んで抱き上げた。
子どもをしっかりと腕に抱えると、ここへ来たとき以上の速さで駆けていった。
第一話 落ちていた人形
チチチチチ......ピピィ...チィチチチチィ......
「...............」
ゆくっりと意識が浮上してゆく。耳が聞こえるはずのない鳥の声をとらえている。
「.........?」
(...鳥の声?録音されたもの...ではない...のか?それ以前に、今日は確か...では、ここは...)
閉じていたまぶたをゆっくりと上げていく。子どものものとは思えないような静かな目が、木目の天井をとらえる。
天井をとらえた瞬間、ほんのわずかながら目が見開かれた。
数秒ほどそのまま天井を見ていたが、1、2度まばたきをし、ゆっくりと上半身を持ち上げベットにすわりこんだ。
ベットに座ったまま室内を見回す。
ふと何かに気付いたかのように部屋の扉へと目を向けた。
すると、戸がわずかにきしみながら開かれて赤い髪の女性が入ってきた。
女性は子どもが起きているのを見ても驚くことなく、子どもにカップを差し出しながら微笑んで声をかけた。
「おはよう。気分はどう?体が冷えていたからこれを飲むといいわ。」
子どもはこくりとうなずいて女性からカップを受け取ると、中を覗き込み無表情に首をかしげた。
女性はその様子を笑みを浮かべた。
「ただのホットミルクよ。別に毒なんて入れてないわよ」
「...ホットミルク?」
子どもは女性を見上げて首をかしげた。
「ええ、そうよ。ホットミルク。飲んでごらんなさい」
女性がそう声をかけると、子どもはカップに目を戻し、ゆっくりと飲み始めた。
その様子を見ていた女性も、もう1つのカップに注がれたコーヒーを飲みながら子どもの様子を観察した。
(オーラから判断すると一般人のようだけど、一般人以上の回復力ね。
知らない所ででも取り乱さずに観察することといい、私がくる気配を感じとったっことといい、それなりの経験があるようだけど。
それにしては物事の捉え方が子どもっぽいというか、まるで赤ちゃんみたいだけど。
いったいどうやったらこんなふうに育つのかしら?)
女性が考えているうちに、子どもが飲み終わりもう1度女性に目を向けた。
それを見て女性が口を開いた。
「いくつか聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「...私もいくつかお聞きしたいことがあるのですが...よろしいでしょうか?」
女性は何かを確認するようにじっと子どもの顔を見つめた。そして、ふっと顔を緩ませると、近くにおいてあった椅子をひきよせて腰掛けた。
「ええ、もちろんよ。でも、まずは自己紹介をしましょうか。私はアサヒ。アサヒ=クロガネよ。この希少樹木の森の保全をしているハンターよ」
「はんたー?」
「ええそうよ。あなたの名前は?」
そう聞かれて子どもは、ゆっくりと数回瞬き、少し困ったように言葉を口にした。
「...Real doll trial type-s No.11、略式ではR.D.T-S11、エルディナ軍 Real doll シリーズの11番試験機体です。」
「...試験...機体?」
「はい」
信じがたい言葉に、アサヒは思わず口をあけたまま子どもに見入った。
子どもはただ静かにアサヒの視線を受け止めている。
しばらくするとアサヒは子どもに確認するように質問した。
「あなたが言ったのは本当に名前?」
「はい」
「あなたが軍の試験機体?」
「はい」
「あなたが機体?...ロボット?」
「はい」
「......本当に?」
「はい」
アサヒの質問に子どもは無表情で返事をした。
アサヒは困惑した顔で子どもを見つめ、もう一度確認のために質問した。
「何か...証拠になるようなことあるかしら?」
「胸部の音を聞けば分かると思います。聞こえるのは心音ではなく、機械の稼動音ですから」
「...聞いてもいいかしら?」
「どうぞ」
アサヒは座っている子どもの胸に耳を当て、目を閉じて耳をすませた。
...ウィウィウィウィウィィーン... ウィウィウィウィウィィーン...
(...確かに機械の音ね。心音がまったく聞こえない。そういえば、オーラがあるから生きてると思ったけど、この子呼吸してたかしら?)
アサヒは思わず大きなため息を吐いて、子どもの胸から耳を離し、子どもの顔を見つめた。
子どもは静かにアサヒの言葉を待っていた。
「本当に...ロボットなのね」
「はい」
アサヒは思わずため息をついた。
「..とりあえず他の質問いいかしら?」
「はい」
「ああ、でもその前に...」
「?何か?」
「あなたに名前つけちゃっていいかしら?」
「なまえ?」
「ええ、さすがにあなたが言った名前は呼び辛いもの。だめかしら?」
「いいえ、...うれしいです」
そう言うと、子どもはほんの少し口元を緩めた。
それを見たアサヒは驚き、そして、子供につられて笑みを浮かべた。
「そうね、私の遠い親戚に黒目黒髪の綺麗な人がいたらしいから、美人になるようにその名前もらいましょうか?」
「美人になるように?」
「そうよ。名前には意味や思いが込められるのよ。」
「意味や思い...」
何かを考えている子どもに向かって、にっこりと笑うと、
「あなたの名前は。=よ」
と告げた。
「=」
「そうよ。付け加えると、私の故郷の文字ではこう書くのよ」
テーブルにあったメモ用紙を手に取り、さらさらと書いていく。
「この書き方だと苗字が最初だから、読み方は になるわ。私の名前もこうなるわ」
そう言うと、アサヒはの名前の下に書き加えた。
鉄 旭
「......」
は書かれた文字をじっと見つめ、アサヒはそれを微笑んで見つめた。
しばらくするとゆっくりと顔を上げ、アサヒの顔をまっすぐに見て、ぎこちない笑顔で「ありがとうございます」と呟いた。
アサヒはその言葉に笑みを浮かべると、の頭をなでながら話した。
「じゃあ改めて、私はアサヒ=クロガネよ。よろしくね、」
「はい、私は=です。よろしくお願いします、アサヒさん」
あとがき
H×Hの第一話終了です。
まだオリキャラしか出てきてないのです。
二話からでてきます。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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