わう わう わう
わう わうっ
「ピナコさん、デンがお客様に吠えてますけど...」
「お客?今日は誰か来る予定は無いんだけどねぇ...うるさいよ、デン。お客さんには...」
「失礼、ロックベルさん」
ピナコがデンに声をかけながら玄関のドアを開けると、軍服をまとった若い男女が家の中へ上がりこんできた。
「っ!!軍人がいきなり何だい!!」
「すみません。エルリック兄弟がこちらにいると聞きましたので」
「...!」
部屋の中に入った男が、部屋の暗がりにいた鎧をまとっているアルフォンスと車椅子に乗ったエドワードを見つけると、エドワードを険しい視線で睨みつけ、乱暴に胸倉を掴んだ。
「君達の家に行ったぞ!何だあの有様は!!何を作った!!」
問い詰める男の言葉にエドワードは唇をかみ締め、じっと耐えた。
そしてエドワードの後ろにいたアルフォンスが、エドワードの胸倉を掴んでいる男の腕をそっと押さえた。
「ごめんなさい...許してください...ごめんなさい...ごめんなさい...」
ひたすら謝り続けるアルフォンスを、男は訝しげな表情で見つめる。
「...とりあえず手を離していただけますか?」
「...君は?」
「始めまして、・と申します。ピナコさん、診療室には今日誰もいらっしゃらないんですよね?」
「あ、ああ...その予定だよ」
「では、そちらに行きましょう...お話はそれからでも構いませんね?」
「...ああ」
ピナコが先導するように2人の軍人を家の奥へと案内していく。
も車椅子を押すアルフォンス、車椅子に乗っているエドワードと共に診療室へと移動する。
男は女に部屋の外で待機するように言うと、部屋の中へと入りピナコの前の席へと着いた。
はエドワードの横にそっと立つと、椅子に座っている男へと目を向けた。
「家を見てきたなら、大体のことは予測なさっているでしょうから...あなたの質問に答えると言う形の方がよろしいですか?」
「...いや、君の言うように大体のことは予測できている。こちらの用件のみ言わせて貰おう」
「...分かりました」
男の言葉に、は静かに頷き返した。
第五話 覚悟
「...高額な研究費の支給、特殊文献の閲覧...国の研究機関、その他施設の利用など、国家錬金術師になればさまざまな特権が得られます。その代わり軍の要請には絶対服従の身になるわけですが、一般人では手の届かぬ研究が可能になるのです。この子達が元の体に戻る方法もあるいは...」
「でも、錬金術は大衆のためにあるものだと...」
「そう、それゆえに『軍の犬』などと呼ばれている」
それまで黙って話しを聞いていたピナコが、難しげな顔をしながら男に話しかける。
「この子らに国家資格を取れるだけの力量があると?」
「エルリック家に残された練成陣と人体練成の過程。そして...魂の練成を成し遂げたことで確信しました」
「...............マスタング中佐」
ピナコはキセルの煙を吐きながら男の名を呼んだ。
「この子が血まみれで転がりこんできた後にね、あたしはこの子の家に行ったのさ。あれは...家の裏に埋葬したよ」
がエドワードを看病している間に、ピナコがそうしていたことを始めて知り、わずかに驚いた顔をした後ピナコへ向かって静かに頭を下げた。
ピナコはのそんな行動を目の端に入れながら言葉を続ける。
「あれは...あれは人間なんかじゃなかった!!あんな恐ろしいものを作り出す技術なのかい!錬金術ってのは!!あんたは!!またこの子らをそっちの道に引きずり込もうってのかい!!」
「...ロックベルさん、私はこの子達に強制しているわけではありません...ただ私は可能性を提示する!このまま鎧の弟と共に絶望と共に一生を終えるか!元に戻る可能性を求めて軍に頭を垂れるか!...決めるのは君たちだ」
そこまで言うと中佐はコートを持って立ち上がった。
「今日はこれで失礼する...その気になったらイーストシティの司令部に来ると良い。力になれるだろう」
中佐が出て行った後、はエドワードを見上げて困ったような嬉しいような複雑な笑みを浮かべた。
「...決めたんですね」
「ああ...」
エドワードの返事を聞き、はふっと目を伏せる。
「...ピナコさん、申し訳ありませんが、少し3人で話させていただけますか?」
「?、そりゃかまわないけど...」
不思議そうな顔でを見るピナコとエドワード、アルフォンスに、は今まで3人が見せたことの無い笑顔を向けた。
「この子達が険しい道を進む覚悟持ったのなら、私もこの子達が生き残る術を教えるための覚悟が必要ですから...」
ピナコが出て行き3人だけになった部屋で、はエドワードとアルフォンスに向き合っていた。
「以前教えた『燃』と言うのは、本当の『念』を隠すために作られたものです。『念』とは生命エネルギーを操る力...修業もなしに奇跡的に念を使える人を『超能力者』や『超人』と呼ぶほど特別な力です」
「超能力?...本当にそんな力があるの?」
「...実際に見てみた方が良いかもしれませんね」
そう言っては近くに置いてあった花瓶から花を一本抜き取ると、その花を花瓶に突き刺した。
「「なっ!!」」
はそれが見間違い出ないことを示すために、さらに数本の花を花瓶に突き刺した。
「...生命エネルギーは誰もが微量ながら放出していますが、そのほとんどが垂れ流しになっています」
そう言っては右手を2人に向かってあげた。
「「!!」」
「感じますか?」
「...何にもねーのに、圧迫感がある」
「...何も感じなくなったはずの僕にも分かるよ!」
「それはアル君がオーラ...生命エネルギーをまとっているからです。本来なら、貴方たちに『念』を教えることはなかったでしょう。ですがこれからのことを考えた場合、教えておいた方が生存率が上がると判断しました」
そう言ってが手を下ろすと、圧迫感がなくなったことに2人がほっとため息をついた。
「オーラは人間の内部から発するエネルギーです。それ故に人間同士の使用が効果的です...良い意味でも悪い意味でも...」
「悪い意味?」
「悪意を持って無防備の人間を攻撃すれば、オーラだけで人が殺せます」
「っ!!」
「それほどまでに『念』が使えるかどうかで差が出てきます...当然念を使える人間に対して銃は脅威ではありません。オーラで防ぐことが出来ますから」
「...だから、ボク達にその『念』を教えるの?」
「そうです。軍と関わる以上、銃による戦闘に巻き込まれるでしょうから...ただし、強制はしません。あなた達がどうしたいか、今ここではっきりと教えてください」
が真っ直ぐに2人の顔を見ると、2人も真剣な顔でを見つめ返す。
「...オレは、アルとの体を取り戻したい!...絶対元に戻してやる!!そのために必要だと言うなら、教えてくれ!」
「兄さん......、戻るときは3人一緒だよね?」
「...アル」
「ええ、もちろんです」
「...」
エドワードは泣きそうになるのを唇をかみ締めて耐える。
「、ボクも教えて欲しい。3人一緒に戻るために」
「...分かりました」
はアルフォンスの言葉に頷くと、エドワードの顔を覗き込んだ。
「?、?」
「エド君、あなたはまず動けるようにならなければなりません。そのためには...」
「...機械鎧...」
「ええ...耐えられますか...いえ、耐えてくれますか?」
「ああ」
は真剣な顔で頷くエドワードをきつく抱きしめたあと、今度はアルフォンスの顔を覗き込む。
「アル君、あなたはその体にオーラをまとっています...ですが、その体でどれほどのオーラを操ることができるのか全く予想がつきません。試行錯誤をしながらの修業になります」
「うん...時間はかかるだろうけど、大丈夫。絶対に諦めたりしない!」
「...ええ、そうですね」
はアルフォンスも抱きしめると、そっと体を離して2人を見上げた。
「...それともうひとつ...話しておかなければならないことがあります」
「「もうひとつ?」」
「ええ...」
は決心を固めるためにぎゅっとこぶしを握ると、真っ直ぐに2人の目を見据えた。
「...私は...人ではありません」
「「.........え?」」
「全身が機械で出来ている『人形』です」
「...、そう言う冗談は...」
「事実です...」
2人は目をそらすことなく見上げてくるの目に、それが嘘では無いということを感じ取った。
「そんな...だって、は...ボク達と一緒に成長してたじゃないか!?機械だって言うなら...」
「...この世界の技術では、確かに無理です。私は他の世界の技術で作られましたから」
「成長するって言うこと?」
「...ええ」
が違う世界の軍事施設で作られたこと、体を変える能力があったこと、体は機械だが感情を持っていることなどをポツリポツリと話していくと、話しを聞いていたエドワードが驚きの表情を次第に怒りに変えを怒鳴りつけた。
「何で今までオレ達に...!!」
「秘密にしていたのは...私の存在を知った人達が私を狙ってきた場合、あなたたちが人質に取られる可能性があったからです...決してあなた達が信用できなかったからではありません」
「じゃあ、何で今になって...」
「...私の体は機械です。全身をバラバラにされる様な事が無ければ、動き続けるでしょう...ですから、もしものとき...あなた達が危険なときには、私があなた達の盾になります」
「「なっ!!」」
「元に戻るまで生き続ける気なら...」
「を犠牲にしろって言うのかよっ!!」
「何で...何でそんなこと言うのさ!?」
の言葉に憤る2人に、は静かな笑みを向けた。
「...私の我侭です」
「我侭って...?」
「あなた達に念を教えたとしても、それで絶対に生き残れる保障はありません。私は...あなた達に生きていてもらいたいんです」
「だからって!!」
「それに...弟を守るのが兄というものでしょう?」
この場合は『義兄と義弟』かもしれませんがと付け足すに、エドワードとアルフォンスが呆気に取られる。
「?、どうしました?」
「......なあ、アル...今なら、見た目的にはオレらのほうが兄だよな?」
「うん...そうだね」
「?、2人とも、いったい何を...」
「弟に守られてばっかりじゃダメだよなっ!」
「うんっ!」
「...!、2人ともまさか!」
「「当然、オレ(ボク)達もを守るからな(ね)っ!」」
「そんなのダメに...」
「が我侭を言うんなら、オレらも我侭を通すからなっ!!」
「そうそう...それに、協力し合ってこその家族だしね!」
にやりと笑いながら言うエドワードと楽しそうな声で言うアルフォンスに、は困ったような顔を向けた。
「...そんな風に言われたら、拒否出来ないじゃないですか...」
「「ふっふっふ、家族の性格ぐらい心得てるからな(ね)!」」
「......はぁー...分かりました、降参です」
はため息をつきながらも、どこか嬉しそうな顔で2人に言った。
あとがき
鋼の錬金術師第五話終了です。
エルリック兄弟のほうがちょっとだけ主人公より上手かも...
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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