エドワードとアルフォンスがイズミと共に旅立ってから、ピナコの誘いもあってはほとんどの日々をロックベル家で過ごしていた。
ピナコを手伝って義肢をつけた患者のリハビリに付き合い、エルリック家の掃除をして戻ってきたとき、ピナコはのんびりとキセルをふかしていた。
「ただいま戻りました」
「ああ、おかえり。毎日ご苦労さん」
「いえいえ、私が好きでやってることですから。2人が帰ってきたときに、ホコリだらけの家で出迎えたくないと言う私の我侭ですよ」
笑いながら話すの言葉に、ピナコはふと壁にかかっているカレンダーへと目を向けた。
「あの子達が出て行ってもう半年かい...早いもんだねぇ」
「ええ、もうそんなになるんですねぇ...」
「...心配かい?」
「そうですね...あの子達はがんばりやさんですから、無理してないと良いんですけど...」
「そういう所はあんたに似たんだろうね」
「...そうですか?」
「自覚が無いあたり、あんたもあの子らも一緒さ」
「あはは、手厳しいですね」
「...まあ心配してくれるあんたがいるから、あの子らも無茶をやらかすんだろうけどね」
「じゃあ私が無茶をするのは、心配してくれるピナコさん達がいるからということでv」
「言うじゃないか」
「ふふっ、ありがとうございます」
そのときピナコの言葉に笑って答えていたが、突然驚いたような顔をして外に目を向ける。
それに気づいたピナコが不思議そうな顔でを見つめる。
「どうしたんだい?」
「ピナコさん、もう帰りを待たなくても良いみたいですよ?」
窓の外を見てとろけるような笑みを浮かべるにピナコが首を傾げていると、ロックベル家のドアが勢いよく開けられた。
「!!」
「「ただいま!」」
「おかえりなさい、エド君、アル君」
慌ただしく入ってきたエドワードとアルフォンスには最上級の笑みを浮かべ、ピナコは驚いた後やれやれとため息をついた。
帰ってきた2人はに向かってメシ!っと言うと、はくすくすと小さな笑い声をたてて台所へいって食事を用意した。
2人の声に気づいて2階から降りてきたウィンリィと、の横にいたピナコが呆れたような視線を向けるが、嬉しそうに笑うとテーブルにヘタっている2人を見て、とりあえず文句を飲み込んだ。
が2人の食事をテーブルに置くと、2人は勢いよく起き上がりがつがつと食べ始めた。
2人の食べる勢いを見て今ある分だけでは足りないだろうと、が鍋ごとテーブルに運んでくると、2人の食べる様子をポカンと見ていたウィンリィが、頬を膨らましながら2人に文句を言った。
「あきれた!電話もしないで、いきなり帰ってくるなり『メシ!』だもん!」
「しょうがねーだろ?腹減るもんは減るんだから」
「そうさね、元気そうで何よりさ。ひとまわり逞しくなった様だし、身長も随分伸びたんじゃないかい?」
「ええ、それに大分筋力もついたんじゃないですか?」
「え?そお?やっぱそう思う?」
とピナコの言葉にエドワードとアルフォンスが嬉しそうに笑い声を上げる。
「で、どんな修業だったの?」
「「ッッッッ!!!!!!!!!!!」」
「...え?」
ウィンリィの言葉にすごい顔になった2人は、椅子の上で縮こまってガタガタと震えだす。
「...言いたく無いなら、無理して言わなくても良いわ...うん...」
「よっぽど扱かれたんですねぇ...(2人に聞くのを楽しみにしようと思って、『小さな蜜蜂《シークレット アイズ》 』を付けなかったのは失敗でしたかねぇ)」
たちが震えているエドワードとアルフォンスに困惑していると、近所に住んでいる子供たちがロックベル家へとやってきた。
「よう!帰ってきたって?」
「...おう、久しぶり!」
「ピナコ先生、先生、こんにちは」
「はい、こんにちは」
「さっき帰ってきたって聞いてさ...うちの父ちゃんが連れて来いって言うから」
「何?何かくれんの?」
「ちがう、ちがう、羊小屋直してくれって」
「ふーん、んじゃ行くか?」
「うん」
「いってらしゃい」
子供たちと一緒に走っていく2人に、ピナコは呆れたように呟いた。
「やれやれ、忙しない子達だねぇ」
「でも、あれがあの子たちですから」
「もうってば、あの2人に甘いんだからっ!」
「おや、私はウィンちゃんにも甘いつもりですけど?」
「ウッソだぁー!!」
「あれ?信じてもらえないんですか?...しょうがないですねぇ、今夜のデザートはウィンちゃんのリクエストの物を作りましょう!」
「ホントッ!じゃあ、この前のあれっ!あのかわいいの!!」
「かわいいの?...ああ、ハリーケーキですか?コンデンスミルクのかかった」
「そう!それっ!!アッ、でもふわふわのチョコケーキもおいしいし...この前の栗のもおいしかったし...」
「スフレチョコレートケーキにモンブランですか?...じゃあ、全部作りましょうか?」
「いいのっ!」
「ええ、楽しみにしてて下さいね?」
「うん!!」
嬉しそうに笑うウィンリィとに、ピナコも笑みを浮かべ、デンも尻尾を振って2人を眺めていた。
第四話 扉
エドワードとアルフォンスがイズミの許から帰ってきて2年ほどの間、2人はさらに錬金術の知識を詰め込んでいった。
その間ウィンリィはピナコを手伝うようになり、も医療に関する錬金術を少しずつ覚えていった。
そんなある日、診療所から家に帰ってきたを2人が満面の笑みで嬉しそうに迎えた。
「「おかえりー!!」」
「ただいま...めずらしいですね、いつもは夕飯に呼ぶまで部屋に篭っているのに...」
「うん!やっと完成したんだっ!!」
「?...完成?」
「「まだ、ひみつーーっ!!」」
「おや?私は仲間はずれなんですか?」
「ううん、でもまだ秘密っ!!」
「うん!絶対びっくりするぜっ!!」
「「だから、明日まで入ってこないでねっ!」」
「...しょうがないですねぇ」
本当に嬉しそうに話してくる2人に、は穏やかな笑みを浮かべながら2人に言うことを受け入れた。
その日の夕食を食べ終わると、2人は慌ただしく部屋へと戻って行った。
「あちちっ」
「気をつけろよ!母さんの元になるんだから」
部屋に戻ってきた2人は、すぐに材料を準備し始めた。
「えへへ、母さんに会ったら最初に何て言おう?」
「決まってんだろ?『師匠には黙っといて』だ!」
「あはは!」
2人は材料を一箇所に集め、その周りに構築式を書いていく。
そして仕上げに自分達の指から血をたらし、構築式に両手をついた。
「いくぞ、アル」
「うん」
バシ!
ゴッ バシバシバシ...バシバシバシバシ...
バシバシバシバシ...バシバシ...
バシ...バシバシ...バシバシ...バシ... オオオオォォォオオオオオォォォオオ...
「......え?」
「兄さん、何か変だよ......『パキ』...!!」
「アル!!...『バキ』...!!!」
突然周りから2人に黒い腕のようなものが巻きついてきて、2人の体が練成反応の光を出しながら少しずつバラバラになっていく。
「兄さん兄さん兄さん兄さ...」
「アルーーーーーーーーっ!!」
その夜いつものように自室で本を読んでいたは、ハッと顔を上げた。
その後の顔は真っ青になり、体が小刻みに震えた。
は震える体を叱咤して、慌てて2人がいる部屋へと向かった。
そして入らないでと言っていた2人の言葉も忘れ、ドアを壊すのかというほど勢いよく扉を開けた。
「2人と...「返せよ!!たった一人の弟なんだよ!!」
エドワードが叫んで両手を合わせた瞬間、はまったく見知らぬ場所に立っていた。
「!!...エド君!?アル君!?...まさか、また...」
「よぉ」
「っ!」
は突然聞こえた声に慌てて後ろを振り返ると、そこには真っ白な人に形をしたものが座っていた。
はまったく気配の感じなかった相手に目を細め、鋭い視線を向ける。
「............」
「そんな警戒することも無いだろ?オレは『お前』なんだから」
「!?...どういう...」
「オレはお前たちが『世界』と呼ぶ存在...あるいは『宇宙』、あるいは『神』、あるいは『真理』、あるいは『全』、あるいは『一』...そして、オレは『お前』だ」
「......随分と口の悪い『私』ですね」
「はっ!言うじゃねーか、『造り物』」
「...『真理』、『全』、『一』...あの子たちが時々言っていた言葉ですね...ここはまだあの世界ですね」
「その通り!もっともお前はあいつらに巻き込まれただけだからな...今なら引き返すことができるぜ?」
「引き返さなかったら...どうなるんですか?」
「さあな...兄の持っていかれる分が減るか、弟の戻る分が増えるか、そのとき次第だろうな...で、どうする?」
「...決まっている答えを聞いてどうするんですか?ねぇ『私』?」
「くっくっく...それじゃあ、真理を見せてやるよ」
の後ろの扉がゆっくりと開いていき、黒い無数の腕がを中へと引きずり込む。
「ようこそ、考えなしの『造り物』」
「...私にとっては褒め言葉ですよ?」
「......知ってるよ」
穏やかに微笑みながらが引きずり込まれ扉が完全に閉まった後、『真理』はぽつりと呟いた。
扉の内側へ引きずり込まれたは、押し寄せてくる膨大な情報を静かに受け入れていた。
(...普通に人がこれだけの情報を処理しようと思ったら、廃人になりかけるかもしれませんね...)
が情報を受け入れて、どのくらい時間が経ったか曖昧になってきたころ、急激に視界が明るくなりは『真理』の前にたたずんでいた。
「...錬金術の原則は、質量保存の法則と自然摂理の法則にのっとった『等価交換』...でしたか?」
「ああ、『通行料』はお前の『今の体』と『能力のほとんど』だ...貰うぜ」
『真理』が近づいてくるほどに、自分からだが分解されていくのを感じながら、は『真理』へと穏やかな笑みを向けた。
は急速に意識が浮上し、いつもよりくぐもって聞こえるアルフォンスの声を捉えた。
が声のするほうに目を向けると、アルフォンスのオーラをまとった鎧が、血を流しているエドワードを抱えたいた。
「そんな...何で!!兄さんの理論は完璧だったはずだ!!」
「ああ、理論上では間違っちゃいなかった...間違っていたのはオレ達だ...」
「...エド君?...アル君?」
「「!!」」
2人は突然聞こえたの声に、ハッと入り口のほうを見て息を呑んだ。
「...?」
「!?エド君!そのケガはっ!!」
慌てて起き上がろうとしたに、ぶかぶかの服が絡みつきは前のめりに倒れそうになりたたらを踏んだ。
の体は、が2人の名前を呼ばなければ分からないほどに若返り、5歳くらいの子供の姿へと変わっていた。
「...っ!まさか...巻き込んだのか?」
「っ!!それじゃあ、も!!」
「そんなことより止血です!アル君、そのままエド君を支えててください!」
「...、ボクだって分かるの!?」
「家族を見間違えるほどもうろくしてません!ああもうっ!この服ジャマですっ!!」
はぶかぶかになった服を脱ぐと、近くに落ちていたナイフで布状にしてエドワードの傷口に巻いていく。
「...オレ...」
「話は後です!アル君、エド君を運べますね?ピナコさんの家に行きます!!」
「あ、うんっ」
「急いでっ!!」
「はいっ!!」
エドワードを抱えたアルフォンスと、子供になったは急いでロックベル家へと向かい、勢いよくドアを開けた。
「ピナコさんっ!」
「ばっちゃん!兄さんを...兄さんを助けて!!」
「家では止血しか出来なかったんです!早く処置を!!」
慌ただしく入ってきた3人に、ピナコとウィンリィは呆然とし、の声で我に帰ると急いでエドワードを2階へと運んだ。
その日から三日三晩エドワードの体調が落ち着くまで、はほとんど眠らずに看病し続けた。
そして今、熱が下がって落ち着いたエドワードとアルフォンスを座らせ、は2人の前に立ち静かに話しを聞いていた。
そしてから少し離れて、ピナコとウィンリィも2人の話しを聞いていた。
2人の話が終わると、はうつむいている2人の元へ歩み寄り勢いよく2人の頬を叩いた。
「「!!」」
「「っ......」」
のいきなりの行動に、ピナコとウィンリィは呆然とし、叩かれた2人はさらに顔をうつむかせた。
「...2人とも、自分達が何をしたか分かっているんですか?」
「「......」」
「私が何に対して怒っているかも、分かっていないでしょう...」
「「......」」
「...2人とも...顔を上げなさい」
「「......っ!!」」
に言われ顔を上げた2人は、幼くなった顔で静かに涙を流しているを呆然と見つめた。
「あなた達は...死んでいたかもしれないんですよ?...お願いですから、自分で命を投げ出すようなことをしないで下さい......お願いですから...」
「「.........ごめん...な...さい」」
「あなた達が...生きていてくれてよかった...」
小さな手でエドワードとアルフォンスの手を握り締めながら涙をこぼすに、2人はもう1度ごめんなさいと呟いた。
あとがき
鋼の錬金術師第四話終了です。
主人公『大人の姿』と『能力のほとんど』を持っていかれました。
その代わりに、アルフォンスがオーラをまとっているという設定です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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