リゼンブールに悲しげな教会の音が鳴り響く。
教会にいる人々は皆黒い服を身にまとい、故人に対しての悲しみを顔に浮かべ、泣き叫んでいる2人の子供と呆然と涙を流す青年へ哀れみの目を向ける。
「流行り病だそうだよ」
「悲しいことだ...2人の子供を残して...」
「この前まで、もう1人子供が出来たようだと笑っていたのに...」
「...あの子も懸命に看病して、薬代を稼いでいたんだがねぇ...」
「ご主人いたでしょう?」
「さぁ...どこにいるのか連絡もつかない」
「かわいそうに...」
いつもなら笑顔を絶やさぬ顔に何の感情も浮かべずに、ただ視線を棺に向け涙を流すには、周りの声も子供たちの泣き声も耳に入ってはいなかった。
葬式を終え数日経ったころ、トリシャの墓の前にはいつも夕方遅くまで墓の前に座り込む2人の子供の姿があった。
「兄ちゃん、おなかすいた...」
「............」
「さむいし...」
「............」
「かえろうよぉ」
「............」
「またが迎えに来るよ...」
2人は共に無言になり、エドワードがゆっくりと顔を上げる。
「錬金術の本に人造人間ってのがあるんだ」
「...?」
「人間は魂と精神と肉体の3つで出来てるんだって」
「うん、僕も読んだことある」
「......おかあさんを元に戻せないかなぁ」
「でも人間を作るのは、やっちゃいけないことだって書いてあったよ」
「うん...だから、2人だけのひみつ」
「...にも?」
「うん...言ったら、はきっと今以上に無理するから...」
「...うん」
2人はもう1度夕日に染まる母親の墓を見つめた。
ロックベル家で医学書を読んでいたが、窓の外で日が大分傾いていることに気づき本を閉じた。
「今日も迎えにいくのかい?」
「ええ」
「...あんまり無理するんじゃないよ。家の事も全部やって、生活費も稼いで、あの子達にいつも笑顔で接して、医学知識も詰め込んで...そのうち倒れるよ」
「心配をかけてしまって、すみません」
「あたしゃ謝って欲しいわけじゃないよ」
「...はい」
静かな笑みを浮かべるにピナコはため息をついた。
「あんたもまだ子供だ。無理しないで、あたしらを頼んな」
「...充分に頼ってますよ。私も自分の限界は分かってますから大丈夫です」
「......本当に無理をするんじゃないよ」
「ありがとうございます」
は心配してくれるピナコに深く頭を下げた。
第三話 見送る日
トリシャが亡くなってから5年以上経ち、の見た目も20歳程となりリゼンブールで1番の働き手となっていた。
5年ほどの間で医療技術を身に着けたおかげで、ロックベル夫婦が戦争に行った後のリゼンブールに医者がいなくなるという事態は免れた。
しかしその後、戦場から届いた手紙でしばらく何も手につかなくなってしまったことがあったが、を気遣う周りの人達のおかげで何とか乗り切ることも出来た。
が医療の技術を取り込んでいくのと同様に、エドワードとアルフォンスも錬金術の知識を増やしていく。
も2人と一緒に錬金術の本を読むこともあったが、2人のようにトリシャを生き返らせようとは思わなかった。
の知識だけではどうにもなら無いと感じたせいもあるが、前の世界で死んでいく人々を何度も見たことがあるだけに『死=戻らないもの』という考え方がはっきりしていたためだ。(だからと言って、近しい人達が死んでいくのを黙って見ていることは、の性格上出来ることではなかったが...)
「ピナコさん、いつもすみません」
「気にするこたぁないよ。あたしとウィンリィだけで食うより楽しいからね」
「ありがとうございます」
はいつものようにロックベル家でピナコと共に夕食を作っていた。
「でも、やっぱり食費くらいは...」
「いいんだよ。あんたよりあの子らのほうがよっぽど食べるじゃないか」
「まぁ、そうなんですけど...」
「あんたも諦めが悪いねぇ」
鍋をかき回しながら呆れたように言うピナコに、は困ったような笑みを浮かべる。
「ただいまぁ!」
「おや、おかえり」
「おかえりなさい、ウィンちゃん」
「あ、もう来てたんだ」
「ええ、エド君とアル君はまた錬金術の勉強ですか?」
「うん、いつも2人で秘密にしてずるいよね!」
頬を膨らませて怒るウィンリィに、とピナコは苦笑する。
「あの2人は仲良しですからね。ウィンちゃんもいつまでも膨れてないで、おやつがありますから手を洗ってきてください」
「はーい」
洗面所へとかけていくウィンリィを笑顔で見送ると、は食事の仕度に戻った。
その日の夕食を終え、がエドワードとアルフォンスと共に家に帰ると、しばらくして雨が降り出した。
2人はいつものようににのぞくなよと言って、自分達が研究室として使っている部屋へとこもってしまった。
はそれにいつものように苦笑すると、温かい飲み物をいれ、ドアの外から声をかけると廊下に置き、自室へと戻っていった。
が部屋に戻ったことをドアの音で確認すると、2人がドアを開けて飲み物を持っていく。
2人がいる部屋には、大量の本や実験器具、薬品などがそこかしこにあふれていた。
部屋の中にある明かりはランプが1つだけで、エドワードとアルフォンスはランプの近くに寝そべり、本を開いて話し合っていた。
「そもそも、何で人体練成は法律で禁止されてるんだ?」
「成功した人がいない、危険な練成だからじゃない?ほら、一夜で国が滅んだっていう...」
「東の砂漠の賢者の話か?」
「そうそう完全な人間を作ろうとして、国民が巻き込まれてさ」
「あんなの、ただのおとぎ話だろ」
「じゃあさ、あれは?練成中にハエが入り込んで、ハエ人間になっちゃったってやつ」
「そりゃ、この前見た映画の話だ...」
そこまで話すと、エドワードは仰向けになって天井を見つめた。
「大人はきっと、自分が出来ないからって禁止してるんだ。死んだ人が生き返れば、みんな嬉しいに決まってるのに...オレとアルとと母さんと、また楽しく暮らせるなら母さんだって喜んでくれるよ」
「ねぇ、やっぱりボク達だけの知識じゃ無理だよ...父さんがいれば、錬金術を教えてくれたかな」
「あいつの話はするな!勝手に出てって、母さんを泣かせて!母さんは女手ひとつで苦労してオレ達を育てて、病気になって...がいなかったら、もっと母さんは苦労してたんだ!そんな目にあわせといて、あいつは葬式にも帰って来やしない!」
「...でも、やっぱり独学じゃ限界があるよ」
「......うん」
夜が深まると共に次第に雨音が強くなっていく中、2人は眠りについた。
数日間強い雨が止まず、エドワードとアルフォンスが家で錬金術の勉強をしてると、家のドアが激しく叩かれた。
がドアを開けると、そこには近所に住む男性がずぶぬれで立っていた。
「川の水があふれそうなんだ!今は土のうを積み上げて防いでいる!手伝ってくれ!!」
「分かりました。エド君とアル君は留守番お願いしますね」
「急いでくれ!!」
「はい」
慌てて出て行ったたちを見送ると、エドワードとアルフォンスは顔を見合わせて頷くと、かっぱを着込んでの後を追いかけた。
より遅れて川の土手にたどり着いた2人は、勢いを増しあふれそうな川のそばで作業するをすぐに見つけた。
激しい雨の中、リゼンブールの男手のほとんどが土のうを作り、積み上げていく。
「もっと土のう持って来い!」
「間に合わねぇ!台車ごと突っ込め!!」
「だめだ!この先も決壊しかけてる!非難した方が良い!」
「くそっ...」
「堤防が切れるぞ!」
「高台に逃げろ!」
「切れるぞ!!」
「早くしろ!!」
「あんたも早く!!」
「はい...え?」
声を掛けられたも避難しようとしたとき、1人の女性が歩いてくるのに気がついた。
の声につられて振り向いた人達も、歩いてくる女性に呆気にとられ口をポカンと開けている。
「えっ...おい、あんた...」
「危ないから、離れててください」
「あ、はい」
「おい、何素直に言うこと聞いてんだ!」
「危ないって...そりゃ、俺のセリフだ!!ここはもうじき決...『ズ...』壊...」
ド...ドン......ンン...
女性が地面に手を着くと、地面が巨大な壁となっていくつもせり上がり川の水をせき止めた。
「これでしばらく持つでしょう。一応土のうで補強しといてください」
「おっ...おう」
「ああ、足元陥没させちゃってごめんなさいね」
「いえ、助かりました」
「信じらんねぇ...こんなバカでけぇの一瞬で......」
「あんた何者だ」
「通りすがりの主婦です...『ぶば』...」
にっこりと笑ったあと、いきなり血を吐いた女性にそこにいた全員がギョッとなる。
「だっ...誰かタンカ持って来い!!」
「医者だ、医者ーーーっ!!」
「おい!ーッ!」
「とりあえず診療所の方へ...運んでいただけますか?」
「...ああ」
皆が慌てる中、は冷静に女性に傘をさしていた男性に話しかけ、診療所へと運んでもらった。
『東部を中心に降り続いた豪雨も、今朝峠を越え...』
翌朝、診療所に寝かされている女性の元に、リゼンブールの人達が噂を聞きつけて何人か集まっていた。
「東部には観光に来てただけですよ。この雨で足止めをくらって困ってたんですけど、役に立ててよかった」
「いや、本当に助かりました」
「すげぇ錬金術だったな!」
「おお!あんたアレじゃねーの?国家錬金術師とか言うやつ」
「ただの肉屋の女房ですよ。イズミ・カーティス、こっちが旦那のシグ」
女性とリゼンブールの人達が笑顔で話す中、エドワードとアルフォンスが顔を見合わせ頷きあう。
「「おばさん!オレ(ボク)達を弟子にしてよ!!」」
ドシン!!
「2人とも患者さんが興奮してしまいますから、そんな言葉使いをしたらダメですよ」
眠っていたベットを放り投げるイズミと、それにつぶされたエドワードとアルフォンスを見てがのんびりと言う。
「おばさん、ちょーっと耳が遠くて聞こえなかったなァ...も1回言ってくれるゥ?」
「て、訂正です」
「弟子にしてください、おねえさん」
「これ、お前達いきなり何を...」
「...2人とも...」
「ボクたち、少しだけ錬金術を使えるんですけど」
「もっと腕を上げたいんだ!だから!」
「だめ!」
「なんでー!」「どうしてー!」
「私は弟子をとらないの。それに店もあるから、すぐに店に戻らなきゃならないし」
そう言いきったイズミの手足をエドワードとアルフォンスが引っ掴む。
「連れてってー!!」
「弟ー子ーにーしーてー!!」
「あーもう、しつこい!!」
「2人とも、イズミさんは病人なんですから...」
「錬金術の腕前を上げて何をしたいの、あんた達は!」
「え...えっと...」
「ひ...人の役に立ちたい!!」
(2人とも、その答え方では...何か隠してるのが丸分かりなんですけど...)
「.........両親の許可は?」
と同じように思ったイズミが2人に尋ねると、2人がグッと黙り込む。
「ああイズミさん、今はあたしとが保護者みたいなもんだけど...この子らには両親がいない」
「あ...」
「そうお聞きになるのは当たり前のことですから、気にしないで下さい」
ピナコの言葉に動揺したイズミにが言葉をかけると、イズミは自分を見上げてくる2人の子供を見おろした。
「〜〜〜〜〜〜〜〜......どうにも弱いね」
2人の必死な顔にイズミがため息をつく。
「1ヵ月!とりあえず1ヵ月だけ仮修業って事で、この子達を私に預けてくれますか?本当に錬金術を教えるに値するか、この子達の才能を見極めさせてください」
「もし才能なしと判断したら?」
「すぐここに帰します」
「あの...それで仮修行に合格したら...」
「そのまま本格的に修業...だね」
「ばっちゃん!!!!」
イズミの話を聞いた2人がとピナコに顔を向ける。
「オレ達、1ヵ月じゃ帰ってこないから!」
「...言うと思ったよ」
「そうですね」
「「いってらっしゃい」」
あとがき
鋼の錬金術師第三話終了です。
このころの主人公は、外見年齢20歳くらいで身長176cmくらいの設定です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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