ちょっとした不幸で『泉』に落ちたはどんどん底へ沈んでいた。
体のほとんどが金属のだが、泳げないわけではない。
いざとなれば、念で覆った手で水を殴って水圧で移動するという方法もある。
だが、それはあくまで普通の水の場合である。
手で水を掻いても水圧がほとんどかからず、まるで大気中にでもいるようだ。
だからと言って普通に呼吸ができるわけではないから、一応水の中なのは確かだろう。
(モコナさんが自分から飛び込もうとしたのは確かですけど...私にわざと体当たりしてきたような気がするんですよね)
ほとんど日の光りも入らない暗闇と、淵も見えない『泉』に沈んでいる状況で、本人は割とのんきに考えごとにふけっている。
(私が落ちたあと、モコナさんもう1度『泉』に飛び込もうとしているかもしれませんね)
実はもうとっくに飛び込んでいるのだが、あいにくそれを教えてくれる人物はここにはいない。
(光ちゃんたち心配してるでしょうね。それとも、泉に飛び込もうとしてるでしょうか?『エスクード』はこの中のようですし...でも、『魔法騎士』以外の人がこの『泉』に飛び込んで無事に出られるんでしょうか?)
今のところそれが一番の問題だ。
(まあ、でも、『エスクード』が取れなくても泉の外には出れるでしょう。そうじゃ無かったらモコナさんも体当たりなんてしないでしょうし)
後半は予測半分、期待半分だが。
そんなことをつらつらと考えているうちにの足が地面を踏みしめた。
「...空気がある?」
つい先ほどまで水だと思っていたが、いつの間にか空気に変わっていた。
「さて...どうやったら戻れるんでしょうか?」
この周辺をぐるりと見渡しても端は見えない。
あたりは薄暗いが半径20mほどは余裕で見渡せる。
上を見上げると暗闇が広がっていて、これで星や月が出ていればいつの間にか外に出ていたと思ったかもしれない。
「これ位の暗さの日暮を『黄昏時』とか『逢魔ヶ時』と言うんでしたっけ?」
ぽつりと呟いた時、ふっとから見えない場所に気配が現れた。
慌てず、騒がずが気配のしたほうを向くと、小さな足音とともにその気配が近づいてくる。
(............生体反応がない?)
表情に出さずに訝しみながら、近づいてくる3つの気配の姿が見えてくるまで待つ。
だが、その姿が見えた時、の表情は驚愕へと変わった。
第十一話 『エスクード』
しかし、驚愕を露わにしていたことなど幻だったかのように、数瞬後には無表情になった。
それはただ驚愕を押し殺すための無表情ではなく、湧き上がってくる不快感と苛立ちを抑え込んだ冷たい無表情であった。
その証拠に、は不機嫌なオーラを隠しもせずに目の前に現れた3人に向けている。
お互いにしばし黙って相手を見ていたが、向かい合っていた3人がおもむろに手を掲げた。
そして手に集まった光りが、何本もの刃となってへと放たれた。
その攻撃をは軽く身をひねるだけで、その場から動かずにかわす。
続けて放たれようとしている光りの塊など眼中にないとでもいうかのように、は前へと足を踏み出した。
だが、おそらく相手にの姿が見えたのは最初の1歩だけだったろう。
なぜならば、が1歩目を踏んだ次の瞬間には、3人の後ろへと移動しており、その3人の首がごろりと地面に転がっていたのだから。
「............」
地面に落ちた『赤髪の女性』と『2人の金髪の少年たち』の生首が、空虚な目でを見つめている。
はそれを怜悧な目で見下ろしている。
「.........何が目的かは知りませんが...」
ゆっくりと紡がれるの声は、響きが氷のような冷たさを含む。
「私の家族の粗悪なコピーなど作って......苦しまずに『壊された』だけありがたいでしょう?」
地面に向けられていた眼がスッと細くなる。
「本当なら細切れに刻みたいところですが、今回だけこれで見逃しましょう...例え、これらを作ったのが人ではないのだとしても.........2度目はありません」
そう言って視線を3つの体の方に移すと、それを合図にしたかのように、炎のように揺らぐ光りを出しながら転がっていた頭も含めて1つに集まる。
それを微動だにせず見ていると、光りがはれるとともに、そこには1m弱の透明な石が浮いていた。
その中央には見たことのない模様が浮かびあっがているその石が、おそらく『伝説の鉱物・エスクード』なのだろう。
しばらくそのままじっとそれを見ていたが、が全く動かなかったためか、『エスクード』が滑るようにしての前へと移動してくる。
そして、の30cmほど前でピタリと止まった。
さらにしばらく沈黙が続いた後、はおもむろに腕をあげて......
ガッ!!!
......殴りつけた。
「......『硬』をしながら殴っても壊れないんですね」
殴ったままの姿勢でそう呟いた時、『エスクード』が強い光を発した。
次の瞬間、目の前に広がる景色が歪むと、はいつの間にか『伝説の泉・エテルナ』の水面より少し上に立っていた。
「ぷぅ、ぷぅ!」
「......モコナさん...これって普通に歩いてそちらに行けるんですか?」
「ぷぅ」
「そうですか」
はモコナの鳴き声に頷くと、すたすたと『泉』の上を歩いて淵まで行き、モコナの目の前にひょいと飛び降りた。
そして何事もなかったかのようにモコナを顔の高さまで抱き上げ、目を合わせる。
「ぷぅ」
「モコナさん、いきなり体当たりは止めてくださいね。びっくりしますから」
「ぷぅ、ぷぅ」
「分かっていただけて何よりです。ところで、私も『エスクード』取って来てしまったみたいなんですが、光ちゃんたちの分がなくなったりしませんよね?」
「ぷぅ」
「それなら安心です......『エスクード』、どうしましょうか?このままふわふわと浮いていられるのも邪魔なんですけど」
「、あなたが『エスクード』を邪魔だと言うのは、あなたが異世界の人間だからなのかしら?」
「『魔法騎士』ではないからじゃないですか。ところでプレセアさん、ここまでどうやっていらっしゃったんですか?」
「『沈黙の森』に住んでいる私しか知らない抜け道があるのよ」
「そうなんですか」
モコナと話している時に突然現れたプレセアに驚く様子もなく、は返事を返した。
「しかし...ほんっとうに『エスクード』どうしましょうか?」
「が取ってきた『エスクード』だもの、のいいようにすればいいんじゃないかしら?」
「と言われても...さすがに鍋や包丁にするわけにもいかないでしょう?」
「私は、なぜあなたが武器にしてほしいと言わないのか不思議よ」
「そう言われても...武器は特に作ってもらう必要がありませんしねぇ」
「ぷぅ」
「ん?」
は突然鳴き声をあげたモコナに視線を移して首を傾げた。
「ぷぅ、ぷぅ」
「?、さわればいいんですか?」
「ぷぅ」
モコナに言われ(?)、もうすでにさわった(殴った)んだけどなと思いながら、は近くに浮いている『エスクード』にペタリと手のひらを当てた。
すると『エスクード』は、まるで紐が解けていくように形を変えて、の腕に巻きついてきた。
「っ!!?」
慌てて手を引こうとしたが、それより早く『エスクード』はの全身を覆う。
「!?」
「...っ..............................?...あれ?」
が口元を覆った「エスクード」を引きはがそうとしたときには、すでに全身を覆っていた『エスクード』は影も形もなくなっていた。
「......いったい何だったのかしら?」
「さぁ?......モコナさん、なくなってしまったんですけど、これでいいんですか?」
「ぷぅ!」
「まあ、いいなら構わないんですけど...人騒がせな鉱物ですね」
「それだけで済ますことが出来るのは、あなただけだと思うわよ」
プレセアがそうしみじみと呟いた時、『エテルナ』の水面から強い光りが発せられた。
「...光ちゃんたちですか?」
「ぷぅ」
が尋ね、モコナがそれを肯定した後、の時と同様に『エテルナ』の上に少女たちが現れた。
「自分も同じ状態になってので今更ですが...不思議な光景ですね」
本当に今更だと突っ込んでくれる人物はあいにく近くにいなかった。
あとがき
レイアース第11話終了です。
大変遅くなりました(汗)
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12話