少年陰陽師 序章




さぁっとかすかな音をたてて細い雨が降る晩。

鳥も、獣も、虫たちも皆雨を避けて(ねぐら)で眠りについている晩であった。

安倍晴明は加茂家で陰陽師となるために師の元で修行を積む日々を送っていた。

そんなある日の晩、何かに惹かれるようにふらりと庭へと足を向けた。

しばらく歩くと池のほとりにポツリと人影が立っていた。

その人影は池の方を向いていたが、晴明が来たことが分かったかのように振り返った。

歳のころは晴明とさほど変わらなく見える。

だが、ただの人には見えぬ。

しかし、物の怪とは異なるようにも見える。

「こんばんは。そんな格好で外に出ては風邪をひいてしまいますよ」

その言葉に、晴明は自分が(まと)っているのが(ひとえ)だけなのを思い出した。

それに、その単も、雨を吸ってしっとりと濡れている。

確かにこのままでいれば間違いなく風邪をひくような格好だ。

晴明が自分の姿を確認していると、不意に降り注ぐ雨がとぎれた。

いつの間にか近寄ってきていた人影が、なにやら紙と木でできたものを差しかけている。

「いまさら傘を差しても遅いかもしれませんが、ないよりはましでしょう」

そう言いながら、傘というものを晴明に持たせると、どこからか布を取り出して晴明の髪を拭いていく。

そのさまはまるで幼子にでも接するように優しげで、とても丁寧なものだった。

「すみません。勝手にお宅のお庭にお邪魔してしまって」

いまさらであるがそんなことを言い出した。

「わざと入ってきたわけではないんだろう」

なんとなくそんな気がしたことを口にすると、驚いたような顔をした後、苦笑しながら頷いた。

「はい。ちょっと迷子になってしまって」

「...帰れるのか?」

「半年ほどすれば」

「なら、俺の式にならないか?」

「式?」

人影が問い返すと、晴明は自分の言ったことを初めて理解したかのように驚いた顔をした。

相手が人か物の怪かも分かっていない状態なのに、そんなことを無意識に口に出していたことに狼狽した。

そんな晴明の様子に軽く笑い声を立てて、その人影は1度だけ頷いた。

「私で良いのでしたら」

「...ああ」




これが若かりし頃の『安倍晴明』と、その初式神となった『』の出会いである。













ありがとうございました!

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