創竜伝 序章
「.........油断しましたね」
は腹に開いた大きな穴を押さえながらポツリとこぼした。
ハンター協会からの依頼で、人を生贄に捧げていた宗教組織を壊滅したのはいいものの、死に掛けた信者が道連れとばかりに抱きついて自爆したのだ。
相手が爆薬を仕込んでいた場所と自分の腹が接してしまっていたことと、硬をするひまがなかったことで腹に大穴が開いたのだ。
もちろんそれくらいで壊れて動けなくなるようなことはないのだが、このまま人前に出るわけにもいかない。
しかも、家に帰ってゆっくり直そうと思ったのが悪かったのか、うっかり見知らぬ世界に迷い込んでしまったのだ。
の回りは木立に隠れて見えないが、人の気配がたくさんあるし、どこからかチャイムの音が聞こえてくる。
どうやらここは学校のようだ。
下校時間らしく、ざわめきと共に気配がの近くからどんどん離れていく。
授業中に、大勢の前に姿を現すよりはましかと、ため息をつきながら近くの木に背を預け座り込む。
(......ハッキングは出来るようですね。あー、でもハンター世界よりは科学は発達してはいないんですね)
そんなことをぼんやりと考え込んでいると、いきなり茂みががさりと揺れた。
はぎょっとして音のしたほうに眼を向ける。
油断なく周りの気に注意を払っていたのに、その気が自然すぎてここに近づくまで気づかなかったのだ。
慌てて気配を消して木の上に飛び乗る。
木の上から下を窺っていると、1人の老人が木立の中から現れ、何かを探すように辺りを見回した。
その老人はのいる木の根元に何かを見つけたようだった。
それが何かに気づいたは内心舌打ちを洩らしていた。
背を預けていたために、木の幹には血糊がべっとりとくっついているのである。
まじまじとその場所を見ている老人が不意に木の上を見上げた。
2人の視線がぶつかる。
ともにしばし無表情で見つめあう。
しばらくその状態が続いた後、老人が口を開いた。
「けがが酷いようだが、命に別状はないかね?」
その言葉に困惑しながらも、はとりあえず頷き返す。
「ふむ。実は君が突然現れたところを上から見ていたのだが」
の体が緊張でこわばる。
それを分かっているのかいないのか、老人はかまわずに言葉を続けた。
「どこか行く宛はあるのかい?ないのなら、私の家に来ないかね?」
思っても見なかった言葉には目を瞬き、困惑もあらわに老人を見つめた。
「うちの家系もちょっと普通とは違っていてね。1人や2人普通でない子が一緒に住んだところで、たいして変わらないんだよ」
笑いながら言う老人は嘘をついているようには見えない。
それに、もう見つかっているのに、いつまでも木の上にいるというのも意味がない。
は決心にしたように老人の隣に飛び降りた。
まだ腹の穴は開いているし、そこから金属が見える状態であったが、老人は気にせずに話しかけてきた。
「私の名前は竜堂司と言うんだ。妻と息子夫婦と暮らしていてね。娘は1人暮らしをしているんだ」
「私は...です」
これが、1月後に養父となる『竜堂 司』と、養子になる『竜堂 (旧姓)』の出会いであった。
それは奇しくも、司の初孫『竜堂 始』が生まれる半年前のこと。
ありがとうございました!
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