三千世界の鴉を殺し (7)






現在、の息子であるサラディン・アラムートが所属するのは、惑星バーミリオンという、銀河系のはずれにある、いわば辺境惑星の連邦軍病院である。 

バーミリオン星は辺境なだけあり、宇宙港は、首都カーマインにたった1ヵ所だけしか存在しない。

宇宙港の構造は、銀河連邦軍が宇宙港を管理するための検疫室(けんえきしつ)があることと、土地だけはあるためか規模が大きいこと以外は、基本的に通常の空港大差がない。

それだけを聞くと、宇宙ステーションと惑星を往復するシャトルもそれなりに本数がありそうなものだが、事実はその逆である。

発着は旅客便と貨物便が1日1回ずつ、1番近い惑星アンバーからの星間連絡便でさえ、4日に1回休航するありさまだった。



そして、もうひとり、の良く知った人物がバーミリオン星に存在する。

友人たちの息子である、ルシファード・オスカーシュタイン。

階級は大尉だ。

大尉が所属するカーマイン基地では、駐屯する銀河連邦宇宙軍陸戦部隊、約1万5千名が、六連隊に別れ、うち二個連隊がひと組となり、1カ月交代で宇宙港警備を担当する。

各連隊は、3か月に一度、警備の順番が回ってくるたび、宇宙港と空港を交互に担当していた。

誰もが認めるトラブルメーカーのルシファード・オスカーシュタイン大尉がいるためか、第六連隊は宇宙港の受け持ちの期間中に、女テロリストの自爆事件という大きな事件も起こった。

だが、数日経つと、その後片付けも済み、ようやくシャトルの運航が再開されるようになった。

その一見落ち着いたかに見える宇宙港に、この強烈な2人以上の、人物が降り立つことを知るのは、幸か不幸か1人だけだった。



2メートルに少し欠けるぐらいの身長に、足の膝裏まで伸びた髪、黒いスクリーン・グラスに一部隠された奇跡の美貌、それが大人になたルシファードの容姿である。

そして、そのルシファードの隣で部下に、今までの警備の様子について聞いているのが、彼の副官であるライラ・キム中尉である。

彼女の容姿は、コヒー・ブラウンの肌で、シャギーを入れたショートボブの前髪の下には、目尻のつり上がった大きな茶褐色の目をもつ、客観的に見て非常に魅力的な女性だ。

「あれ?なあ、あれってドクターじゃねえか?」

「え?あらホントにドクターだわ」

モニター越しに青緑色の髪に気づいたルシファードが、ライラに尋ねると、それに対して肯定の言葉が返ってくる。

それに驚いたのは、他のモニターを見ていた部下たちだ。

何しろ話に出たのが、マッドで、サイコで、変態な外科医として有名な人物として、皆に恐れられている医者なのだ。

その恐怖の対象が近くにいると知って、ほとんどの者たちが青ざめる。



サラディン・アラムートは、モニター越しの視線に気づいていたが、進路の先にある時計が表示している時刻を見て、珍しく周りに分かるほどはっきりと苛立たしげな顔をする。

もともと今日は、1ヵ月前から休暇届けを出し、何とかもぎ取った休暇であり、余程のことがない限り呼び出されないはずだった。

はずだったのだが...今日に限って『余程のこと』が起きてしまったのだ。

一応連絡は入れているが、シャトルの到着予定時刻からすでに3時間近く経っている。

あの父がこの程度で自分を怒ることはない(それどころか、きっと自分を労わってくれるだろう)と分かっているが、唯一存命中の兄の反応を考えると思わずため息が出る。

兄の性格は、以前一緒に住んでいた双子の妹曰く、古い娯楽小説の『江戸っ子』らしい。

その話題が出た時、全員で『江戸っ子度チェック』という、よく分からないものをさせられたが、その内容を見て思わずなるほどと頷いたものだ。

その1:両隣に住んでいる隣人の顔を知っている(長年住んでいるためではなく、1ヵ月で完全に覚えたらしい...隣と言っても500m以上離れているせいで滅多に合わないのに)

その2:大工の知り合いがいる(1人、2人、ではなく20人以上いるらしい)

その3:もんじゃ焼きをつくれる(お好み焼きはバラバラにするが、もんじゃ焼きだけは上手い)

その4:我が家には桐ダンスがある(兄の部屋は畳敷きで、押し入れにはもちろん布団が入っている。しかし、なぜか行燈(あんどん)まである)

その5:ジマンではないが、貯金がない(父がくれるお小遣い(自分が200歳を過ぎた今でもくれる)は、ケタが大き過ぎて口座がひとつでは足りないのだが、しばらくすると、兄の通帳だけは普通の(、、、)子供のお小遣い程度しか残っていない)

その6:私はイキなヤツだ(イキとは何かと聞いたら、6時間ぶっ通しで説明される)

その7:意外と涙もろい(フ○ンダースの○では、必ず号泣する)

その8:うどんよりそばだ(麺を全てつゆにつけず、噛まずに飲み込み、あっという間に平らげる)

その9:○はつらいよシリーズは、かかさず見た(全て持っていて、自分や他の兄弟にも見せようとする)

その10:祭と聞くだけで血が騒ぐ(たとえ大陸が違っても、嬉々として参加しに行った)

その11:職人肌に憧れる(一応職人であるはずだ。ただし、造るのはなぜか兄と自分に相性の悪い銃火器や戦闘機のみ)

その12:喜怒哀楽が激しい(感謝された時の喜びは隠そうとするが、非常に分かりやすい)

その13:風呂はかなり熱めしか入らない(『Hell(ヘル)』の風呂は温泉だったのだが、温度の関係で深さの違う源泉がひとつずつあった)

その14:気が短い(かなり...だけでは足りないほど短い)

他にもいろいろあったが、さすがに全ては覚えていない。

おそらく待たされて1時間ほどは、父が時間のかかるコース料理のある場所を探して一緒に食事をしてくれているだろう。

さらに30分は手持ちの本を読むか、仕事関係の話でもするだろう。

そして、理由を知っていても苛立ちはじめ、2時間を過ぎた頃から、患者と自分の心配をしだす。

さらに30分にはうろうろと歩きまわり、父になだめられながら、辺りを見回し、見つからずに更に心配する。

会った時、感動の再会とばかりに、人目をはばからず、子供のようにギュウッと抱きつくだろう兄を思うと来た道を戻りたくなる。

だが、さすがにそのまま兄を置いておくのは恥ずかしい。

そんなことを考えているうちに、2人の近くまで来ていたらしい。

「サラディン!!」

「...エリー兄さん」

予想に違わず抱き付かれたサラは、深く溜息を吐いた。

「エリー、そんなに腕に力を入れたら、サラが潰れてしまいますよ」

「...親父?...あ、すまん!」

「いえ、お久しぶりです、エリー兄さん。父さんもお久しぶりです」

「ええ、お久しぶりです。それと、お疲れさまでした。手術してすぐに来たのでしょう?疲れているなら少しここで休んでから行きましょうか?」

「大丈夫ですよ」

気遣うような笑みを浮かべながら話す自分より幾らか小さな父に、サラディンも微笑みながら返す。

「それじゃ、サラも来たことだし行くか」

兄、エリジオの言葉に、父とともに頷こうとしたが、それはガラスの砕ける大きな音と、自分たちの方へ突っ込んでくる大型のトラックによって遮られた。

しかもそのトラックは軍の装甲車とまではいかないが、分厚い金属板が全体に溶接され、ぎりぎりまでスペースを削ったらしいガラス部分も金属の格子で囲まれ、タイヤの周辺までもが金属板で囲まれている。

トラックが自分たちへと、猛スピードで向かってきていても、3人の顔に恐怖や混乱の色はない。

エリジオは1歩サラディンの前へ出て壁となり、サラディンもトラックは見えるが、万が一破片が飛んできても兄が何とかしてくれる位置につく。

それと同時に、はトラックとほぼ同じ速さで前へと駆け出す。

3人をモニター越しに見ていた軍人たちは、息を飲み、正気を疑い、悲鳴を上げ、顔を覆い、様々なリアクルションを取る。

そんな中ルシファードは、が車に向かって走っていくことよりも、とサラディンが親しそうなことともうひとりの蓬莱人であるエリジオに驚いていた。

そして、が何をしているのか理解し、思わず「ゲッ...」と口に出していしまった。

パニック状態な中でその声を聞いたのは隣にいた副官だけだった。

そのことをルシファードに問いただす前に、モニターにはありえないような光景が映し出される。

モニターには、突っ込んできたトラックを拳ひとつで殴り飛ばし、その後トラックが宙を飛び、新しくガラスに大きな穴を開け、外へと吹っ飛んで行った様子が克明に映し出されていた。

それを見ていた人たちが自分の眼を疑うなか、ルシファードは後のことを考えて肩を落とし、ライラは説明を求めるようにルシファードを睨む。

カメラの向こう側の様子を知ってか知らずか、3人は無傷なことを確認しつつ、家族の時間が事情聴取や現場検証で削られることを思い、残念そうにため息をついた。















ありがとうございました!


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