「なるほどね キルア坊ちゃんの友達ですかい」
ゼブロは細い目をさらに細めて言う。
「嬉しいねぇ、わざわざ訪ねてくれるなんて。あたしゃ20年勤めてるけど、あんたたちが初めてだよ。坊ちゃんの友人としてここにきてくれたのはね」
「初めて?は違うのか?」
「キル君は友人の息子さんですよ」
「ええ、様は旦那様と奥様のご友人ですからね。坊ちゃまたちの友達となると...雇われの身でこんなこと言うとバチが当たりそうだけど、本当に寂しい家だよ。(坊ちゃんの友達は)だーれも訪ねてきやしない。あんな連中はひっきりなしに来るんだけどね」
「体積から換算すると昨日は3人来たみたいですねぇ」
「ええ、ひとりプロのハンターがいましたがご覧の通りです」
「「「プロハンター!?」」」
ゼブロが親指で指したほうには、ゴミ箱のふたを押し上げている頭蓋骨が見える。
は骨の量から前日に先ほどのアマチュアハンターと同じ運命をたどった人数を言い当てた。
そして、さらに付け加えられたゼブロの言葉に3人は顔を強張らせた。
「まぁ、稀代の殺し屋一族だから仕方ないけど、因果な商売だよねぇ...」
「もっとも、稀代と言われるように腕が良いおかげで顔は知られてませんけどね」
「ええ」
ゼブロはの言葉に頷きお茶を音を立てて啜った後、ゴンたちに深々と頭を下げて言った。
「いや、本当に嬉しいよ。ありがとう!」
「いやいや」
頭を下げたゼブロに、レオリオは嬉しそうに笑いながら手で制して言う。
「しかし、君らを庭内に入れる訳にはいかんです。例え、様の頼みでも」
「言いませんよ。今の3人じゃ入ったら確実に食われますしね」
「「「......」」」
「さっき君らも見たでしょ?でっかい生き物の腕を。あれはミケと言ってゾルディック家の番犬なんですがね」
ゼブロはそこまで言うと灰皿に置いていたタバコを吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。
「家族以外の命令は絶対に聞かないし、懐かない。10年前から出された命令を忠実に守ってる。“侵入者は全員噛み殺せ”...あ、忠実じゃないやな。喰い殺してるから」
「それはポチがそうだったからじゃないですか?」
「ポチ?」
「ミケの親です」
「まあ、とにかく。ミケがいるからあんたたちを中には入れられないね。坊ちゃんの大事な友達をガイコツにするわけにゃいかないからね」
笑いながら話すゼブロの言葉に、クラピカがふと疑問を覚える。
「守衛さん、あなたは...いや、あなたとはなぜ無事なんですか?」
「ん?」
「どうしてそう思います?」
「はここに来る途中の話の中身を考えればこの中に入ったことがあるとすぐに分かる。そして、守衛さんは中に入るんでしょう?中の入る必要がないのなら鍵を持つ必要もないですからね」
「......いいとこつくねェ」
「お見事!半分当たりです」
「そして半分外れですね」
「?」
2人の言葉にクラピカは訝しげに眉を寄せた。
「中には入るが鍵は使いません。これは“侵入者用”のカギなんですよ」
「?」
「こういう連中は不思議なもんで10人中8・9人は正面から堂々とやってくる。そんで扉が開けられないと門を壊してでも正面から入りたがるんだな。迷惑な話ですがね」
「バスジャックして突っ込んだりされたんですよね。結構な回数」
「ええ。そこで、わざわざカギ付きの扉を設けたんですよ。侵入者は無抵抗のあたしからカギを奪い、ミケに食い殺されるって寸法だ」
「(わざわざカギ付きの)...そうか......」
それが何を意味するか気付いたクラピカにゼブロは笑みを浮かべたまま言う。
「お察しの通りあたしゃ守衛じゃない。ミケの後片付けをする掃除夫ですよ」
「そして本当の門にはカギがかかっていない!」
「正解です」
「その通り」
「何!?」
第四十二話 試しの門
目を見開いて驚きの声を上げたレオリオが、門へと駆け出した。
門の中央に来ると、両手に力を込めて押した。
「むん!!...ん゛ぎ......ぎがが......ハッ!ハッ!!ゼ ッ」
だが、門は全く動く様子がない。
「んが !!押しても引いても左右にも開かねーじゃねーかよ!」
「上にあげるんだったりして」
「いえいえ、ちゃんと押せば開く造りになってます」
「単純に力が足りないんですよ」
「アホか !!全力でやってんだよ!」
キレながら叫ぶレオリオには苦笑しながらゼブロを見た。
「ゼブロさん、お願いしてもいいですか?」
「そうですねェ...様がやるとあまり実感がないでしょうから、あたしがやりましょう」
ゼブロは門に歩み寄りながら上着を脱ぐ。
「まあ、ごらんなさい。この門の正式名称は“試しの門”この門さえ開けられないような輩は...ヒュー...ゾルディック家に入る資格なしってことです」
「「「!?」」」
ゼブロの腕が丸太のように膨れ上がりさらにいくつも太い血管が浮かび上がる。
「はっ」
ギィゴォオン
重い音を立てて開いた扉の厚さと、それを動かしたゼブロを3人は呆然を眺める。
ゴォォォン
「ふう 」
ゼブロが手を離し体を元の位置に戻すと、ほとんど間を置かずに扉が閉まった。
「ご覧の通り扉は自動的に閉まるから、空いたらすぐ中に入ることだね」
「お疲れ様です。どうぞ」
「いえいえ、ありがとうございます」
に差し出された上着を着ながらゼブロは話を続けた。
「年々これがしんどくなってきてねェ。でも開けられなくなったらクビだから必死ですよ。“試しの門を開けて入って来た者は攻撃するな”ミケはそう命令されているんです。1の扉は片方2トンあります」
「2ト...!そんなもん動かせねーぞ普通......?1の扉は、だと?」
レオリオの疑問の声にゼブロは上を向いて説明する。
「ええ。ご覧なさい。7まで扉があるでしょう?」
「ああ」
「一つ数が増えるごとに重さが倍になってるんですよ」
「倍!?」
「力を入れればその大きさに応じて大きい扉が開く仕組みです」
「そういえば、キル君はこの前...と言っても1年以上前ですが2の扉開けてましたね」
「数日前にキルア坊ちゃんが戻って来た時は3の扉まで開きましたよ」
「3...ってことは、12トン!!」
「......16トンだよゴン」
「“4トン(1の扉両方の重量)×3(扉の数字)”じゃなくて“4トン×2(2の扉)×2(3の扉)”ですよ(何だかジン君に会った始めの頃を思い出しますねぇ)」
ゴンの間違いをクラピカが指摘し、が細かく説明する。
「お分かりかね?敷地内に入るだけでこの調子なんだ。住む世界が全く違うんですよ」
「う ん、気に入らないな 」
眉間にシワをよせ試しの門を睨むようにしてゴンが唸る。
「おじさんカギ貸して」
「え?」
「「?」」
「...」
「友達に会いに来ただけなのに試されるなんてまっぴらだからオレは侵入者で良いよ」
「良い訳ないでしょう」
スパァン!
「イテッ!?」
「...それはどこから出したんだ」
「気にしなくて良いですよ...さて、ゴン君?」
ゴンの頭を叩いたハリセンの出した小気味良い音にちょっとすっきりしながら、叩かれた所を抑えているゴンに綺麗すぎる笑みを浮かべた顔をずずいと近付ける。
ゴンはそれに少し気押されながらもムッと口をへの字にして反論する。
「だって納得いかないもん。友達を試すなんて変だよ」
「それは一般家庭の場合でしょう?ここに住んでるは暗殺者とその使用人とペットです」
「そんなの関係ないよ」
「関係あります。なぜなら...」
「絶対そんな門から入らない!」
「キチンと人の話を最後まで聞きなさい...こういう所がジン君そっくりじゃなくても良いでしょうに」
「イタタタタッ!」
の言葉を遮って睨みつけるように言ったゴンだったが、その程度でに効果があるはずもなく今度は耳を引っ張られた。
「ゴン君直接聞いた訳ではないでしょうけど、イル君が...キル君のお兄さんが言った『殺し屋に友達なんていらない』というセリフ覚えてますか?」
「...一応」
「そんな顔してないでちゃんと聞いてください。私の話を聞き逃しますよ」
「あ、うん」
「元々『殺し屋に友達なんていらない』というセリフには、ある言葉が省略されています」
「ある言葉?」
「正確に言うと『殺し屋に、自分の身を守れない友達はいらない』です」
「「「「...え?」」」」
思いがけなかった言葉に、ゴンだけではなくクラピカとレオリオ、そしてゼブロまで大きく口を開けて驚く。
「同じことをキル君にも伝えてあります」
「だったらなんで...」
「ゴンくんが自分の身を守れない位弱いからです」
「むっ!?」
ゴンは思わず頭に血がのぼったが、の見下すでも嘲笑する訳でもない静かな視線を受けてすぐに冷静さを取り戻す。
「キル君も暗殺者です。殺した人の家族や友人たちから狙われることも少なくないでしょう。もしその時に、キル君の傍に自分の身を守れない友人...ゴン君がいたとしたら、どうなると思います?」
「オレも戦うよ!」
「...そしてキル君の目の前で殺されて、自分が友達になったからだと一生心に傷を背負わせると?」
「やってみなくちゃ分からな...っ!?」
良く言えば前向き、悪く言えば無謀な言葉に、はニィッコリと笑顔で脅しをかける。
「ゴン君、あなたはキル君より弱い。相手の力量がキル君と同等かそれ以上の場合、あなたが起こした行動でキル君の気が反れ、キル君は殺されます。あなたの前で」
「っ!?」
「「っ!!」」
咎めるように叫ぶクラピカとレオリオを無視してさらに言葉を続ける。
「ゴン君、あなたはどこかでキル君の家族はキル君に殺しを強要してるのだから、キル君が死んでも悲しまないと思っていませんか?」
「...思ってたかもしれない」
「「ゴン!?」」
少し考え込んだ後顔を俯かせて正直に言ったゴンにクラピカ達が驚きの声を上げ、わずかに口元を緩めたが右手でそっとゴンの顔を上げさせ目を合わせる。
「ゴン君、人の愛情の示し方は千差万別。同じに見えて全てが違うものです。ここまでは良いですね」
「うん」
「ゾルディック家の...というよりはキル君のご両親はキル君もキル君の兄弟も愛しています。だからこそ殺し方を教えるのです」
「え?...それって変だよ!」
「世間一般から見れば変でしょうね。ですが、暗殺一家と呼ばれているこの家では、殺し方を、身の守り方を知らない方が危険なんです」
その言葉を聞いた全員がはっとしたようにを見た。
「今までキル君が一人だけ暗殺を請け負っていなかったと仮定しましょう。何も知らない周りから見れば、キル君は暗殺者の落ちこぼれ。弱いただの子供にしか映りません。両親や兄弟が殺した人の家族や友人、ブラックリストハンターにはちょうどいいターゲットになっていたのは間違いありません。現にキル君以外の兄弟も3歳くらいまでは集中的に侵入者...この場合は屋敷までめぐりついた侵入者です、に狙われていました」
「キルアに人を殺させることがキルアを守ることになってたってこと?」
「ええ、そしてキル君を鍛えて生き残れるようにすることが、あの人たちなりの愛情の示し方でもあります」
「でもキルアに無理やり人を殺させていい理由にはならないよ!」
「だから最後まで聞きなさいと言ったでしょう」
きっぱりと言い切ったゴンは今度は鼻にデコピンをくらったが、注意をひくための動作だったため痛みはなかった。
「はっきり言って無理やり人を殺させていたということが既に前提として間違っているんですよ」
「え?」
「7、8歳くらいまでは殺しになれるために家族が一緒に付いて行ったり依頼内容を決めたりしていましたが、それ以降は自分で好きな依頼内容を選んでいたはずですよ。一応キル君がゾルディック家の跡取り最有力候補ですが家にいる時に必ず依頼を受けなくてはいけないという決まりもありませんよ」
の言った内容にぽかんと口を開けているゴンに苦笑しながら話を続ける。
「それにキル君のご両親は親バカですが過保護ではありません。きちんと出ていく目的と一緒にいる相手を言っていけば快く送り出してくれる位にはね」
「あれ?でも、キルアは連れ戻されて...」
「家を出るの反対されて母親刺したんじゃねえのかよ!?」
ゴンの疑問にかぶせるように言ったレオリオの言葉には肩をすくめた。
「『いったん家に帰りましたよ』って言ったでしょう?キル君は連れ戻されたのではなく、自分で戻ったんです」
「...確かにそう言っていたな」
「そうだっけ?」
「ってそれだけで分かるかよ!」
「キル君の母親が刺されたのも『家を出るならお父さんにも言ってから行きなさい』って言おうとしたのを止められたとキル君が勘違いしたからです」
「勘違いィい!?」
抗議の言葉をあっさりと無視されたレオリオだが、そのあとに言われたの言葉に思わず叫んだ。
「まあ、子供たちの自立精神を養うためとか言って普段は超過保護な母親の振りをしてるせいもあったんでしょうけど」
「振り...自分の子供にか?」
「自分の子供だからこそですよ。シルバさん...父親のほうも普段は冷静で落ち着きと威厳のある当主を演じてますけど、キキョウさん...母親にメロメロでラブラブなんです。自分の子供に嫉妬するくらい。あ、キル君には内緒ですよ?」
笑いながら告げられた事実をゴンは素直に信じて考え込み、クラピカとレオリオは何とも言えない表情で顔を見合わせ、ゼブロは唖然としたまま口を開いて固まっている。
「何と言うか...暗殺者一家というイメージが崩れていくのだが」
「あのキルアの兄貴も実はなんてことねェよな?」
「イル君は演じてるキキョウさんの影響でちょっと過保護ですけど、シルバさん達が許可を出せば無理やり連れ戻したりしませんよ」
「ねえ、。キルアがお父さんとお母さんにオレ達と一緒にいるって言ったら、普通に一緒にいられるってこと?」
「いいえ。ちょっと違います」
見上げながら訪ねてくるゴンには軽く首を振って答える。
「今の状態だと“ゴン君たちと”ではなく“私と”でしょうね」
「どうして?」
「自分の子供を死なせないために一緒にいる人にある程度以上の力があることという条件は、親の考えとして間違っていますか?」
「間違ってないと思う......ある程度以上っていうのはこの門を開ける事?」
「ええ」
は笑みをゴンとクラピカ、レオリオに向けて言う。
「と言う訳で、キル君が来るまでに“私と”ではなく“みんなと”キル君が一緒にいられるようにこの門開けられるようになりましょうね」
「うん!そういうことなら頑張って開けられるようになるよ!」
「...よしっ!いっちょやるか!」
「ああ、そうだな」
やる気を見せる3人にはさらににっこりと笑顔を向けた。
あとがき
H×H第四十二話終了です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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