デルフィニア戦記の第1部と第2部の間(王座奪回後)のお話です。

ネタばれを含みます。

それでもよろしければ、下へスクロールしてください。


























































「女官長、ウォルは執務室ですか?」

「はい。陛下はただいま.....................」

後ろから投げかけられた問いに、振り向きながら答えようとした女官長(カリン)の言葉が途切れる。

固まったまま目を見開いている女官長に、質問を投げかけたが首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「.........な...」

「な?」

「何という格好をしてらっしゃるのですかっ!!?」

カリンの叫び声が辺りに響き渡った。





それから数分後、執務室まで響いてきたカリンの叫び声に、何事かと廊下へ出てきた者たちがしばし硬直した。

他の者たちが集まってくる前にと、執務室に放り込まれたは、周りからの視線を気にすることなく、暇つぶしに書類に目を通している。

の姿をまじまじと見ていた者たちの中で、最も早く我に返ったのは、誰もが規格外と判断する国王と王女の2人であった。

、その姿はいったい何なんだ?」

「女装です」

「それ、ほんとに女装?僕にはの性別自体変わってるように見えるんだけど」

「相変わらず、素晴らしい観察力ですね。実際に体は女性に変わってますよ。見てみますか?」

「「殿下!!」」

グイと服の前を引っ張って胸を見せようとすると、カリンとシャーミアンがそろって声を上げて止めた。

はそんな2人に肩をすくめると、素直に服から手を放した。

その場に偶然居合わせた独立騎兵団長(イヴン)ティレドン騎士団長(バルロ)ラモナ騎士団長(ナシアス)宰相(ブルクス)、ドラ将軍の5名は、女性たちの声にやっとまともに言葉を話せる余裕ができた。

「なあ、...その胸、本当に本物なのか?」

「本物ですよ。なんなら触ってみますか?」

「いや。遠慮する」

さすがに、カリンとシャーミアンの目の前でそんなことをするのは気が引けると思いながら、イヴンは首を振った。

「なぜ、体が女に変わっているんです?」

顔を多少ひきつらせながら言うバルロに、他の者たちも同感だと頷きながらを見やる。

「ちょっと薬を被ってしまったので」

「...殿下、申し訳ありませんが、もう少し詳しく話していただけますか?」

「詳しくと言われても、『薬を被った』以外に言いようがないんですけれど」

ナシアスの問いに、首を傾げながら言うと、周りが困惑したように顔を見合わせる。

そんな中、シャーミアンが遠慮がちに言った。

「殿下、よろしければ、どうして薬を被ることになったのか、その時の状況を含めてお聞かせ願えませんか?」

「その時の状況ですか?」

「はい」

頷いて了承すると、立ち話もなんだからと、皆に椅子をすすめた。

カリンは椅子に座るのを躊躇したが、ドラ将軍とブルクスに促され、おずおずと腰をおろした。

その場にいた者たちの視線がへと集まる。

「薬を被ったのは昨日の...というか、今日の未明なんですが、もともとは、ちょっとした鎮痛剤を作ってたんですよ」

「「なぜ鎮痛剤で性別が変わるんですか(だ)?」」

思いがけず言葉がそろったイヴンとバルロが嫌そうな顔をするが、今はの話が優先と、互いに言いたいことを押しとどめる。

「まあ、鎮痛剤と言っても、製作途中のものでしたからね。ビーカーが割れて、薬を被ることがなかったら、こんな効果があるなんて分からなかったでしょうね」

、なんだか少し嬉しそうに見えるんだけど...気のせい?」

「いいえ。思いがけず、新しい薬効が分かったので、結構機嫌がいいですよ」

「しかし、女性になる薬とは...あまり周りに喜ばれないと思うのですが」

がこの国の王子(性別がないため、殿下という呼称を使っているが)になってから、西離宮の片隅に、が自腹及び自力で建てた『温室』と『工房という名の実験室』(ともに外側と内側で広さや高さが一致しない)がある。

さまざまな植物をその温室で育て、実験室でさまざまな新しい薬を作り、それの作り方を記したものを売っている。

売り上げの一部が国庫に入っていることは、国王と一部の重臣たちしか知らない。

ブルクスも勿論それを知る重臣の一人ではあるが、さすがに女性になる薬は需要がないのではないかと思う。

「そうでもないと思いますよ。材料さえ変えれば、男性になることも可能でしょうし」

「へぇ」

その言葉に興味を示したのはリィだ。

だが、はすぐにリィはだめですよと断った。

「何で?」

「リィの今の体が魔法によるものなら、薬と反応してどんな作用を引き起こすか分からないからです。材料が材料ですし」

真剣な顔で言われては、リィも引かざるをえない。

しかし、最後に付けたされた言葉が問題だった。

「いったい、材料は何を使ったんだ?」

「マンドレイク、別名マンドラゴラを少々」

「マンド...何だって?」

「マンドレイクです」

「何それ?」

リィと同様に皆、聞いたことのない言葉に、不思議そうに耳を傾けている。

「貴重な材料で、珍重されているんですけれど...マンドレイクは完全に成熟すると、自ら地面から這い出し、先端が二又に分かれた根を足のようにして辺りを徘徊し始めます

「「「「「「「「「.........え?(何だと?)」」」」」」」」」

「この植物を手に入れるには、非常に注意が必要です。なんせ、地面から引き抜かれると、この世の生あるもの全てを呪うかのような絶叫を発して聞いたもの全てを死にいたらしめますし」

あっさりと重要事項を暴露したに、聞いていた全員が固まる。

「一説には精力剤、媚薬、または不老不死の薬の原料とも言われるせいか、1株でも見つけて売り払えば結構いい値になるんじゃないですかねぇ」

「.........

「ん?売ったらいくらになるか聞きたいですか?」

「いや、値段に関してはどうでもいいんだが」

真っ先に我に返ったウォルが、冷や汗を流しながら言う。

「本当にそれを薬に使ったのか?」

「使いましたよ」

その言葉に、ぎょっとして身を引く皆を眺めた後、悪戯っぽい顔でこう付け足した。

「魔法薬に使うような動くマンドレイクではなく、薬効植物として普通に自生しているナス科のマンドレイクですが」

「「「「「「......何?」」」」」」

「...つまり、先に言った変な植物じゃなくて、引っこ抜いても悲鳴を上げないのを使ったと?」

「その通りです(もっとも、こっちのマンドレイクでこんな効果が出るのは予想外でしたが)」

にっこりと笑って言ったに、聞いていた者たちが安堵の息をついた。

だが、からかわれていたと分かると、やはり面白くはない。

「全く、お前の冗談は(たち)が悪いぜ」

「まったくです」

「殿下、薬のことなど分からない我々に、言っていいことかどうか判断も出来ないのですかな?」

「まあ、確かに冗談としてはあまりいいものではなかったでしょうけれど、先に言ったマンドレイクも嘘というわけではありませんよ」

「またまた」

「「「「殿下、冗談はほどほどになさいませ!」」」」

カリン、ブルクス、ドラ将軍、シャーミアンの4人の怒声を聞いたウォルは苦笑しながら言う。

、さすがに俺とて2度も同じ冗談は通じんぞ」

「いえいえ、冗談ではなく......ほら」

いつものように、が小物入れに手を突っ込んで、取り出したものを見せると、辺りが静寂に包まれた。

しばらくそれを手に持っていたが、は誰も言葉を発しないので、再び小物入れの中に戻した。

「..............................」

「何ですか?」

「それって...いや、何でもない」

思わず確認をしようとしたイヴンだが、ウォルやリィ、仲の悪いバルロまでもが必死に首を振って止めるので、イヴンも首を振って質問を取り消した。

首を振らなかった者たちも、なにも質問の答えを聞きたかったわけではない。

女性たちは顔を青ざめさせたままかろうじて気絶していない状態で、他の3人はまだ思考が停止していたというだけだ。

何せマンドレイクの容貌はゴブリンやコボルトに似て醜い。

予備知識もなしにこれを直視すれば、間違いなく数日間は悪夢にうなされるだろう。

そんな状態の5人を気にしながらも、ウォルは当たり障りのない内容に話を変えようと口を開いた。

「ところで、いつ薬が切れるんだ?」

「そうですね...薬に対して耐性がある私なら、丸1日というところでしょうか」

「...それじゃ、俺たちみたいに耐性がなかったら?」

「ん〜...60年くらいですかねぇ」

それを聞いた者たちは、そろって聞かなければよかったと顔を歪めた。

「コホン...そう言えば、そのお召し物はどなたのものですか?」

「これですか?」

がひょいとスカートの端をつまんでみせると、バルロは頷いた。

「ええ。まさか王女のものではないでしょう?」

「当たり前だ。僕はそんな服持ってないぞ」

「まあ、そうだろうな」

「で、結局それは誰の何だ?」

「歓楽街のお嬢さんたちにお借りしました」

その言葉で、再びウォル達の動きが止まる。

「.........歓楽街?」

「っていうと...あの?」

「『あの』が城下にあって主に夜営業している場所を指すなら、それで合っていますよ」

その言葉にそろってポカンと口を開ける。

「何しに行ってんだよ、お前が」

「まさか、女を買いに行ってるんじゃないでしょうね」

「何しにって、試作品の香水やお香を試してもらってるんですよ」

イヴンとバルロの不審そうな問いに、は逆に不思議そうな顔で当たり前のように答えた。

「香水?」

「確か女官長に頼んで、侍女たちにも渡していなかったか?」

「侍女がつけるような香水と、夜お仕事している女性がつける香水は、香りの系統が違うんですよ」

「しかし、なにもわざわざ歓楽街まで足を運ばなくとも」

「デルフィニアで夜に女性が働くところは、他に思いつかなかったんです」

肩をすくめながら言うに、バルロはまだ納得いかないような顔をする。

ふと何かに気づいたリィが口を開いた。

「なあ、

「何ですか?」

「君、城下からここまで、その格好で堂々と来たの?」

リィの言葉に、3人はそう言えばと顔を見合せた。

「そうですよ」

「誰もだって気づいてなかった?」

「いえ、気づいてましたよ。そうじゃなかったら、門番をしている方たちが通してくれないじゃないですか」

「...門番だけ?」

「まさか。顔立ちからして、この周辺の人たちと違う(外見)14歳の子なんて、私以外いないじゃないですか」

その言葉で、城下で間違いなく噂になっていると悟った4人は、がっくりと肩を落とした。

しばらくして我に返った者たちも、その話を聞いて頭を抱えることとなったのは言うまでもない。










あとがき

悠さま、83333HITありがとうございました!
大変お待たせして申し訳ありません(汗)
『デル戦で設定はメインキャラ出演で夢主人公女性体』ということで、一応女性体にはしましたが...(滝汗)
気に入らなかったら返品可ですので、お知らせください。

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