宿で全員分の個室が取れたため、三蔵は部屋の中でタバコを銜えながら新聞を読んでいた。
コンコンコン
「三蔵、ちょっと良いですか?」
ノックの音と共に聞こえてきた八戒の声に、三蔵は新聞から目を上げた。
三蔵が目を向けたのとほぼ同時に、八戒が部屋の中に入ってくる。
「なんだ?」
「この宿、料理人が手を怪我をしてて夕飯が出ないそうです。台所を使う許可はもらったので、これから買い物に行って来ますね」
「ああ」
「それと、と悟浄を連れて行きますから」
「猿も連れていけ。置いていかれると、俺が迷惑だ」
「あはは、今回は遠慮しておきます。食材を減らしたくはありませんし」
「なら、を置いて行け。多少は静かにしてるだろ」
「それが、が買出しに行きたいと言ったんですよ」
「あいつが?」
八戒の言葉に、三蔵がわずかに目を見張った。
「ええ。桃源郷に来てから料理をすることが減ったので、料理の勘を取り戻したいそうです。それに『料理をするなら食材から』と言うことらしいですよ」
「チッ、今回だけだ」
そう言って三蔵は、八戒にカードを渡した。
「はい。では悟空のことお願いしますね」
「ふん、知るか」
予想通りの三蔵の言葉に、八戒は苦笑しながら部屋を出て行った。
八戒が宿のロビーに行くと、既にと悟浄が待っていた。
「お待たせしました。行きましょうか?」
「はい」
3人が宿を出てしばらくすると、悟浄がふと思ったことを八戒に尋ねた。
「...ところで、何で俺も一緒なわけ?」
「荷物持ちです」
「...あっそ」
笑顔で言い切った八戒に、悟浄はため息をつきながら頷いた。
「しょうがないでしょう?悟空だと食料が減ってしまいますし、三蔵が手伝うわけ無いですし、あなたと悟空が一緒だと余計なものを買ってしまいますし...」
「はいはい、分かったよ。...ん?お前とだけでも間に合ったんじゃねーのか?」
「食糧以外にも買うものがあるんですよ。それに、にタバコやお酒を買わせる訳にはいかないでしょう?」
「あー、そういうことか。...?」
の声が聞こえないことを不思議に思った悟浄が振り返ると、後ろにいると思っていたは人ごみに押されて、2人から大分離されていた。
それに気付いた八戒も足を止める。
しばらくすると、人ごみを掻き分けながらが2人に追いつく。
「すいません」
「いや、今のは気付かなかった俺らがワリィって」
「ええ、この人ごみですからね。こうなることを予想しておくべきでしたね」
「で、どうするよ?」
「当然こうするでしょう?」
そう言うと八戒は、の左手を掴んで歩き出した。
いきなり手を掴まれて引っ張られたは、目をぱちぱちと瞬かせて八戒を見上げる。
「こうすれば、はぐれないでしょう?」
見上げてくるに笑顔を向けながら、八戒はごく当たり前のように言う。
はそれに納得して頷くと、黙って八戒に手をひかれて歩く。
すたすたと歩いていく2人に、悟浄は呆れたように呟いた。
「...俺は無視かよ...」
「...包帯、ガーゼ、傷薬、消毒液...食料以外はこれで全部ですね」
今まで買ったものを、メモを見て確認しながら言う八戒にも同意する。
「はい、それで全部です。...悟浄、大丈夫ですか?」
「...結構つらいぞ。八戒、お前も持てよ!」
今まで読み上げていた荷物をすべて押し付けられた悟浄が、八戒に向かって文句を言う。
「あはははは、ほら、僕の手も片方塞がってますし」
八戒はそう言ってと繋いでいるほうの手を、少し持ち上げて見せた。
それに悟浄が呆れたような視線を向けると、が申し訳なさそうに悟浄を見上げる。
の視線に気付いた悟浄が、諦めたように大きくため息をついた。
「ったく、あと食料だけなら先に帰ってるぞ。これ以上持てねーし」
「そうですね。じゃあ、お願いします」
「...最初からそのつもりだったろ?」
笑顔でお願いしてくる八戒に、先ほどより呆れた目で見ながら言うと、悟浄は宿に帰るために歩き出そうとした。
っくん
「っと!?」
歩き出そうとした悟浄の服を後ろから引っ張って、が引きとめる。
引っ張られた悟浄は、不思議そうにを見下ろした。
「あ?どうした?」
「夕御飯のリクエストはありませんか?」
「は?ああ、夕飯ね。...そうだな、酒のつまみになるようなやつ頼むわ」
「分かりました。引き止めてすいません」
「気にすんなって。じゃあな」
宿へと戻っていく悟浄を見送ると、は八戒を見上げた。
「どこから回りますか?」
「八百屋から回りましょうか。肉や魚は痛みやすいですし」
「はい」
と八戒は人ごみの中を手を繋いで歩いていく。
しばらくすると八百屋の前に着き、2人は材料を選び始めた。
「ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、玉ねぎ、チンゲン菜、ホウレン草、長ねぎ、しそ、パセリ、かぶ、里芋、さつま芋...」
「あははは、やっぱり悟浄に残ってもらうべきでしたかね」
「私も持ちますよ?」
「の場合、あまりいっぱい持つと前が見えないじゃないですか」
「...あ」
「やっぱり気付いてなかったんですね」
「......はい」
八戒の言葉に自分の大きさを思い出したは、しばし呆然とした。
八戒はその様子を見て苦笑をもらす。
「いらっしゃい。何にしますか?」
「えーと、ジャガイモとニンジンと、玉ねぎと...」
まだ呆然としているの代わりに、八戒が先ほど言っていた野菜を注文していく。
注文の途中で我に帰ったが心配そうに八戒を見上げる。
注文し終わった八戒がを見ると、心配そうな目とぶつかった。
「大丈夫ですよ。これくらいの量なら、悟空が遊びに来たときに買ってましたから」
「はい」
八戒の言葉に、はほっとため息をつく。
「はい、お待ちどうさま。少しおまけしといたよ」
「ありがとうございます」
店主が八戒に買ったものを渡すと、に目を向けた。
「偉いな、ボウズ。お父さんと一緒に買い物なんて」
「...え「あははは、今日はこの子ががんばって作ると言ってくれたので、僕がそのお手伝いなんですよ」
「はっか「ほう、そりゃあ大したもんだ!よし!これもおまけしてやろう!」
「え?あ「ありがとうございます。でもこんなに良いんですか?」
「いいって、いいって。ボウズ、がんばれよ」
「あ、はい。がんばります」
は店主と八戒の話について行けず、多少混乱しながらも何とか言葉を返した。
「、ちゃんとおまけしてくれたお礼を言わないと」
「あ、はい。ありがとうございます」
八戒に言われてが頭を下げて言うと、店主は豪快に笑いながらたちを見送った。
八百屋を離れて、肉屋と魚屋に行っても2人は親子に間違われた。
そのたびにの混乱具合は大きくなり、八戒は笑顔で本当に親のように振舞う。
すべてのものを買い終わると、さすがに2人とも両手が塞がったために、は八戒のすぐ後ろをついて行くような形になった。
宿までの道をカルガモの子のようにくっついて歩くに、すれ違った人たちが温かい目で見ていたが、はそれに気付かずに歩いていく。
もちろん八戒は周りからどう見られているか分かっていたが、あえてそれを口には出さなかった。
宿についてすぐ、2人は厨房へと向かい夕食の仕度を始めた。
夕食の準備がととのったころ、においにつられた悟空が食堂へとやってきた。
「うわー!すっげーうまそう!」
「悟空、三蔵と悟浄を呼んで来てくれますか?全員そろったらご飯にしましょう」
「分かった、すぐ呼んでくる!」
ドタドタと足音を響かせながら呼びに行った悟空に八戒は笑みをこぼす。
厨房で後片付けをしていたが、最後の料理を運びながら笑っている八戒に首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「悟空もお腹を空かせているみたいなので、後片付けは食べ終わってからでもかまいませんよ」
「いえ、もうこれでおしまいですから」
そう言うとは洗った鍋を拭いて片付けた。
そのあとに人数分のグラスとビールやお茶をお盆に載せると、テーブルまで運ぶ。
2人がテーブルに運び終わると、ちょうど3人が食堂に入ってきた。
「へぇー、うまそうじゃん」
「2人とも早くしろよな!ハラ減ってんだから」
「...うるせえ」
慌ただしい悟空たちにと八戒がそろって苦笑すると、悟空に急かされる前にと椅子に座った。
「いただきまーす」
二人が椅子に座るとすぐに悟空が食べ始める。
「うめぇ!、これうまいぞ!」
「うまくて当たり前だろ?今日はが作ったんだから」
「え!マジ!」
「私だけではなくて、八戒と一緒に作りましたよ」
「それでもすごいって!八戒と同じくらいうまいぞ」
「「ありがとうございます」」
「...なんで八戒も言うわけ?」
「だって、と同じくらい僕の料理もおいしいってことでしょう?」
「まあ、そうなんだけどな」
そう良いながら悟浄が目の前にあった春巻きをとると、悟空から叫び声が上がる。
「あーっ!俺が取ろうとしてた春巻き!!」
「あ?まだいっぱいあるじゃねぇか?」
「だったら、これとこれとこれとこれと...」
「てめぇ!取り過ぎだろうが!」
悟空と悟浄が言い合いになりかけたとき、は目の前にあったコロッケを悟空の口に放り込むと、悟浄に話しかけた。
「っ!...むぐもぐもぐ」
「悟浄、ちょっとこれ食べてもらえませんか?一応ビールにあうように作ったつもりなんですけど」
「ん?おう」
「三蔵の出番が取られちゃいましたね」
「ふん、面倒が無くてちょうどいい」
悟浄に料理を勧めつつ、悟空の皿に料理を取り分けてやっているを見て、八戒が苦笑し、三蔵は我関せずといった感じで食べている。
悟空に取り分けていた箸をふと止めて、は三蔵を見た。
「三蔵、私と八戒って親子に見えますか?」
「...」「ぶっ!!」「うわ、汚ね!」
の言葉に三蔵は固まり、悟浄は吹き出し、悟空は吹き出した悟浄に文句を言った。
3人の反応を見て八戒だけはいつもと同じように笑っている。
「...何故いきなりそういう話になる...」
「食糧の買出しのとき、行く先々で親子に間違われたので。そんなに親子に見えますか?」
「僕がの親だと、12歳のときに出来た子どもですかね」
「12歳くらいなら、親子ではなくて兄弟でもいい気がするんですけど?」
「うーん、僕が老けて見えるんでしょうか?」
「がチビだからじゃねーの?」
「悟空、いくら私が小さくても3、4歳には見えないでしょう?」
「じゃあ、八戒がお父さんて感じだったとか?」
「...どうなんでしょう?」
首を傾げると悟空に、三蔵は呆れながらも話しかけた。
「お前らの髪の色と、雰囲気からなんとなくそう思ったんだろ。言葉遣いも似てるからな」
「そうそう、特に深い意味はねーって。は八戒みたいに黒く無いしな」
「...悟浄、誰が黒いんですか?」
「......何でもありません」
にっこりと笑って言う八戒に、悟浄は降参というように手を上げた。
「でも、今度間違われたら、ちゃんと否定してくださいね?」
「は八戒と親子に見えるの嫌なのか?」
「親子に見えるのは構いませんけど、女の人が誰もいませんから。八戒が、奥さんに逃げられた旦那さんってことになりますよ?」
「それは...僕も嫌ですね。今度からはちゃんと否定しますね(兄弟だって言えば良いわけですし)」
「ありがとうございます」
八戒がわざと言わなかったことに三蔵と悟浄は何となく気付いたが、八戒の仕返しが嫌なので言葉には出さなかった。
あとがき
ヒジリさまのリクエストで、『最遊記ネタで、八戒(できれば+悟浄)との絡身が多めのお話』です。
日常のほのぼのとした雰囲気をということなので、私なりにほのぼのにしてみました。
気に入っていただけると、嬉しいです。
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