「...548...549...550...551...何で毎回こんなことやらされるんだ...」
アサヒの家の前でナハトが腕立て伏せをしている傍らで、セシリアがお茶を飲みながら呆れたように見下ろしている。
「あなたもいい加減に学習しなさいよ」
「うるせぇ...610...611...」
「だって、これで何回目よ?」
「618...619...620...そんなもんいちいち数えてるわけねぇだろうが...634」
合い間に答えるナハトに、セシリアのため息が追加される。
「そんなもんって、師匠たちに聞かれてたら、回数追加されるわよ」
「あら、分かってるじゃないさ」
「げっ...」
セシリアの後ろから聞こえた声に、ナハトが嫌そうな目を向ける。
「何よ。あたしなだけマシでしょう?ほらもう500回追加だよ」
「...へーい」
腕立て伏せを再開したナハトを見下ろしながら、ビスケも椅子に座り、紅茶をカップに注ぐ。
「しっかし、ナハトが菜食主義者だなんて以外だわね」
「まあ、足りないものはサプリメントで補ってるし、栄養的には問題ないんだけどね」
「問題はやっぱりなんだわよね」
「ええ」
紅茶を飲みながら、家の中でアサヒと一緒にお菓子を作っているに目を移すと、2人は深くため息をついた。
「これで何回目だったかしら?」
「さあ?腕立て伏せがなかったほうが少ないのは確かだけど」
「アサヒも、もうちょっと親馬鹿ぶりを治せばいいのにねぇ」
「やあね、ビスケ。それじゃあ、師匠が師匠じゃなくなっちゃうわ」
「あはは、違いない」
「...その親馬鹿のせいで毎回これをやらされる俺の立場はどうなる......」
「あら、終わったの?」
「ああ...」
「お疲れ。紅茶飲む?」
「ああ」
セシリアの隣にどかりと座り込んだナハトに、紅茶を渡すと一気に飲み干す。
「はぁ...つーか、何で飯のメニューが違うだけで、毎回毎回腕立て伏せしなきゃいけねーんだよ」
「やーね。そんなの決まってるじゃない」
「あの馬鹿が、が特別扱いしてるあんたを気に入らないからでしょ」
「分かってんならどうにかしろよ」
「「無理だわさ(よ)」」
「.........」
即座に否定されたナハトはがっくりと肩を落とす。
「あの師匠が、私たちが言ったくらいで嫉妬するのをやめるわけがないでしょう」
「あの親馬鹿が、のお願い以外を聞くもんですか」
「.........何でこれを見ててが気づかねぇんだよ」
「4歳児にそこまで期待するんじゃないわさ」
「もっとも、に言ってもらったら逆効果でしょうけどね」
「...ああ、そりゃ、そうだよなぁ」
ますます肩を落とすナハトに、ビスケとセシリアはポンと肩を叩く。
「「頑張れ」」
「......おう」
「何を頑張るのかしら?」
部屋の中からかけられた楽しそうな声に、ナハトが過剰に反応し、ビスケとセシリアから同情の視線が送られる。
「...あー...念能力を考えるのを...」
「そう。かたよりまくった知識を総動員しなきゃいけないものね」
「「.........」」
こめられた毒に弟子2人が沈黙する。
それを哀れに思ったのか、キッチンで洗い物をしているにビスケが声をかけた。
「ー!アサヒがねぇー」
「なっ!ちょっとビスケ!」
今のことを言おうとしていると悟ったアサヒが、慌ててビスケを遮る。
「アサヒさんがどうかしましたか?」
「え?いや、えーと...」
「紅茶じゃなくてコーヒーが飲みたいんだってさ。悪いけど入れてくれる?」
「分かりました。いつもどおりブラックでいいんですよね?」
「え、ええ」
洗い物の手を止めて、コーヒーメーカーをセットし始めるを横目に、アサヒが小声でビスケに話しかける。
「ビスケ、あんた何言おうとしてんのよ!」
「あんたが大人気ないことしなきゃ言いやしないわよ」
「.........」
「自覚があるならやらなきゃいいだろうに」
無言で顔をそらすアサヒにビスケがため息をつく。
「あんたがいちいちこんなことしてたら、に友達が1人もいなくなるわさ」
「別にが友達を作ることに反対してるわけじゃないわ」
「嫉妬してるだけだもんね」
「.........」
「あんたもねぇ、いい加減自覚してくれたらいいんだけどねぇ」
「...何をよ」
「本人の口から聞くのが一番だろうさ」
「どういうこと?」
ビスケの言葉にアサヒが眉をしかめ、弟子たちが首を傾げたとき、がコーヒーとお菓子を持って歩いてきた。
「お待たせしました。今日のお菓子はリーフパイとローファットブラウニーです」
「ありがとう」
「あー...サンキュ」
「今日もおいしそうね」
「ありがとうございます。アサヒさんコーヒーのお代わりもありますからね」
「ええ、ありがとう」
「いえ。ビスケさん、紅茶のお代わりはいかがですか?」
「ん。もらうわさ」
「はい」
ビスケのカップに紅茶を注ぎ終わると、ビスケがに問いかけた。
「ねぇ、。の1番大事な人って誰?」
「アサヒさんです」
恥ずかしげもなくあっさりと答えたに、ビスケ以外の3人が危うく口の中の物を噴出しそうになった。
「じゃあ2番目は?」
「ビスケさんとネテロさんです」
「あら、ありがと(あのジジイと一緒ってのが気に入らないけど)。ついでにこの子達は?」
「3番目ですよ」
「...えーと、ありがとう」
「お前、そんな恥ずかしげもなく...」
「?、2人とも顔が赤いですけどどうかしましたか?」
「気にすることないわさ。照れてるだけだから」
「そうなんですか?...って、アサヒさんもですか?」
「そうよ」
2人以上に真っ赤に染まっているアサヒを呆れたように見ながら、ビスケは紅茶を飲む。
アサヒが真っ赤になったのを見て多少冷静になった弟子たちが、に疑問を投げかける。
「私たちが3番目ってことは、シルバも3番目なのかしら?」
「そうですよ」
「アサヒ、いい加減に正気に戻んなさい」
「え?あ、え、ええ。そ、そうね」
「どもってるわよ」
「あ、う、うん。気をつけるわ」
いつもなら嫌そうな顔で言い返すようなビスケの言葉を、まだ動揺が残っていたため、アサヒは素直に聞き入れた。
「アサヒさん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
そう言ってコーヒーを飲み干すと、わずかに緊張した面持ちでを見た。
「えっと...私がいち...1番の理由を聞いてもいいかしら?」
(((ああ、まだ動揺してるんだ)))
見ている3人の心が同調する。
「理由って、家族だからですけど?」
「...それだけ?」
「他に何かいるんですか?」
「え?...いえ、別にそれだけでもいいんだけれど...」
「?」
「じゃあ、あたしが2番目なのは師匠だからで、この子たちが3番目なのは友達だから?」
「いいえ。2番目が最も家族に近いからで、3番目が家族のカテゴリーに入るくらいの親友だからですよ」
「「「.........」」」
ついでのように『5番目までが大好きで、6番目から9番目までが好きのカテゴリーです』と付け足される。
さも当たり前のように返される言葉は、予想以上にストレートで恥ずかしかった。
そして暗に家族が中心なのだと明言した言葉に、アサヒの顔がさらに赤く染まる。
他の3人に顔もとても赤い。
もちろん暗に大好きといわれたこともだが、そう言ったときののやわらかい笑顔が4人の瞳にやきつけられる。
恥ずかしくて顔をそらしたいのに、の笑顔が見えなくなるのがもったいなくて顔をそらせない。
5人中4人の顔が真っ赤なままお茶の時間が終わると、めずらしくアサヒがの手伝いを申し出ることもなく、森の中へとそろって修行に出かけていく。
それを仲がいいなぁと嬉しそうに見送ったをよそに、から見えなくなったところで4人ともへたりこんだ。
「.........うわぁ...もうだめぇ...」
「あー..........あっちぃ...」
「うぅ...分かってはいたけど...すっごい破壊力...」
「........................」
アサヒにいたってはもう言葉も出ないらしい。
これから後の半年間、ナハトは嫉妬で修行内容が増やされそうなときに、と「1番好きなのは?」→「アサヒさん」と言うやり取りで回避する方法を覚えたが、残り1ヶ月ほどで耐性のついたアサヒに返り討ちにされていたりする(「はナハト好き?」→「大好きです!」というやり取り。ただしアサヒにもダメージが大きい)。
余談だが、がこうして4人を撃沈させたことなど知る由もなく、数ヵ月後ゾルディック家で似たようなやり取りをして、シルバも沈めたことをここに記しておく。
あとがき
サクヤ様、39100hitありがとうございました!
リクエストは『アサヒさんの所で弟子達が修行している所』でしたが...まともに修行していたのは本の少し(しかもナハトだけ)ですいません。
この辺りが管理人の限界なので、ご了承ください(汗)。
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